37 / 132
34
しおりを挟む「あーっ、やっと見つけたっ」
生徒の夕飯や風呂の時間を見つつ巡回をしていたら、聞き慣れた声が飛んできた。
これから風呂に行くところだったのか、クラスメイトと一緒の七海がまん丸な目で俺を見つめていた。
周りのクラスメイトが「えっ」と驚いた顔を見せる中、七海は気にせず俺のところへ飛んでくる。
「どこにいたんすかっ。全然見ないから来てないのかと思っちゃいましたよ」
「…クラスは神谷に任せているからな。それよりお前、風呂に行くところじゃないのか」
そう言ったら、あっと声をあげて思い出したように振り返る。
先に行くようクラスメイトに促してから、再び俺へと向き直った。
どう考えてもアイツ何してんだという真っ青な顔をした生徒の視線を受けたんだが。
まあそれが普通の反応だ。
「あれ、みーちゃん。あれっ?」
何か楽しげに含んだ顔をした七海が、俺に手を伸ばしてくる。
なんだと目を細めたら、ふわりと前髪を持ち上げられた。
「焼けました?かーわい。顔ちょっと赤くなってますよ」
「神谷にも言われたな。そんなに目立つか」
「ほら、いつも色白美人さんじゃないっすか。だから珍しいなって」
「…茶化しているのか。そういうお前は変わらないな」
元々部活で日に焼けた肌をしているから、何らいつもと変わらない。
健康的で羨ましい限りだ。
まじまじと七海の顔を見上げていたら、前髪を持ち上げていた手が優しく耳を擽る。
甘やかすように目を細められて、記憶に残るその仕草にトクリと心臓が音を立てた。
だが不意に人の声がして、サッとその手が引かれる。
「忙しいんすか?俺との時間、やっぱり取れないですか?」
「教師はこれから食事でその後はミーティング、それから交代で朝まで見回りだ。くれぐれもお前も羽目を外すような行動をとるなよ」
「フリですか?」
「…だから俺は――」
「冗談を言わない、ですよね?分かってますって」
ニッとどこか悪戯な笑顔を浮かべながら、先にセリフを言われた。
あれだけ断りを入れたし、噓も付かせたし、今は昼休みだって避けるように職員室で昼食を取っているというのに、コイツはいつだって変わらない態度で俺に接してくれる。
そのことがなぜだか、堪らなく俺をホッとさせる。
「じゃあ風呂入ってきます。みーちゃんに怒られる前に」
別に今は怒ろうと思っていたわけじゃない。
だが七海はあっさりとそう言って背を向けた。
あっという間の出来事だった。
嵐のように過ぎ去って行ったアイツの背中を無意識に見送っていたが、すれ違った生徒から「ボケ眼鏡」という言葉が小さく聞こえてきて、イラッとしながら歩きだす。
やはりアイツに関わると調子が狂う。
生徒の風呂が終わり、教師で集まりようやくミーティングと一緒に飯を食う。
明日からは自由行動があるため、生徒にもしものことがないようにしっかりと話し合いをする。
修学旅行中と言えど教師は仕事ばかりで、風呂に入るのは一番最後だ。
生徒の就寝時間になって、ようやく自分たちの風呂の時間になる。
「紺野先生、お風呂行きましょう。お風呂」
若干鼻息が荒くなってる神谷にじとっと目を細める。
風呂に行くのにそのカメラは一体なんだ。
「お前は会議をちゃんと聞いていたのか。俺が見張りをしている間にお前が風呂に入るんだろうが」
「…ですよね。行ってきます」
いまだかつてこんなに残念そうな姿を見たことがないほど神谷はガックリとして、トボトボと俺に背を向ける。
担任と副担任の見張る場所が同じで本当に良かったと思う。
交代制のおかげで、寝室をともにする時間は見張りを終えた明け方のほんの数時間程度だ。
見張り自体はそれに適した作りのホテルをわざわざ選んでいることもあって、俺は長い廊下の一番奥にあるソファに腰掛けた。
廊下には自分以外誰もいないが、チカチカという蛍光灯の音とまだ寝ていない生徒の声が部屋から響いている。
七海も今頃自室で友人たちと騒いで、修学旅行の思い出を作っているのだろう。
いや、アイツのことだからもう寝ているのかもしれない。
何をしているのかは分からないが、のんびり物思いに耽っていると神谷が来た。
引き継ぎをしてから交代で風呂に入る。
時間も時間ということで広い大浴場には俺と教頭だけだった。
いつもは会話を交わさないのに二人だからかやたら話しかけてくる教頭に付き合って、少し長風呂をしてしまった。
そう言えばこの間七海がフザけて神谷に言っていたが、年寄りが豆知識を存分に披露するとはこのことか。
「こ、紺野先生。明日の仕事の打ち合わせも兼ねてほんの少量ですが、この後飲みませんか?」
「…いえ、一応勤務中ですので」
生徒の就寝後に酔わない程度にだが、少しだけ酒を酌み交わすことはある。
教師同士の付き合いのようなものだが、さすがに今日は初日でこの後も見張りがあるためそれは出来ない。
ホテルの浴衣は着ずに、動きやすいTシャツとジャージを着てから眼鏡を掛けた。
ふと教頭を見ると、なぜか一気に残念そうな顔をされた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
126
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる