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しおりを挟むそこから修学旅行まではあっという間で、結局七海とはまともに話をしないままその日を迎えた。
アイツからは何度も連絡があったが、一度も返事はしていない。
それでも授業終わりに話しかけてくるから、全く会話をしていないというわけではないが。
「…暑い」
空港から出ると一気にうだるような暑さと蒸すような湿気に汗が滲む。
6月じゃまだ涼しい地元とは違い、沖縄の気温の差にいきなり体力を持ってかれる。
梅雨時の修学旅行ということもあって、天気が崩れる心配もあったが初日は見事に晴れていた。
「紺野先生、大丈夫ですか?水分ちゃんと取ってくださいね」
「…お前は俺じゃなく生徒の心配をしろ」
どこか浮足立っている神谷に言われたが、しっかり引率をしろと追い払う。
修学旅行は三泊四日で、初日と最終日は全体行動、二日目、三日目はクラスや班別行動という予定になっている。
自由行動での行き先は予めHRでしっかり決めているため、あとは羽目を外す生徒が出ないかという心配だけだ。
全く景色の違う街並みを視界に入れながら、盛り上がる生徒の姿を監視して歩く。
一日目は資料館や記念碑を見たり、講習会の参加などをして沖縄の平和学習を行ってからホテルへ向かう予定だ。
修学旅行で沖縄には何回か来ているということもあり、他の教師と話し合いつつ先導してスケジュールをこなしていく。
本州とは違うジリジリとした日差しの強さに、パタパタとシャツの襟元から風を取り入れる。
こういうイベント事になると必ず問題を起こす奴というのはいて、そういう生徒の対応に追われているうちにあっという間に一日が終わっていく。
辿り着いたホテルで手続きを済ませ、生徒を部屋へと促してから自分たちも荷物を部屋へと持っていく。
「今日は色々なものを見れてすごく新鮮でした。下見には参加出来なかったので、生徒たちと一緒に勉強になりました」
機嫌よく俺に話しかけてくる神谷とともに、指定の部屋へと向かう。
修学旅行を満喫しているようで何よりだが、慣れない気候と予想外に騒ぐ生徒のせいで、早くも俺はバテていた。
日頃からの体力の無さが悔やまれる。
だがホテルへ帰ってきたからと言ってゆっくりはできない。
生徒に夕飯やら風呂を促して、それから教師間のミーティングが控えている。
部屋に入って荷物を置く。
生徒は和室の大部屋だが、教師の部屋は洋室の二人部屋でこじんまりとしている。
というかストーカーと同室って一体大丈夫なのか。
「――紺野先生」
そう心配した瞬間、不意に神谷の手が伸びてきた。
前髪をふわりと持ち上げられて、ビクリとしてその手を払う。
パシッと軽い音が室内に響いた。
「…あ、すみません。少し焼けたかなと思いまして」
「え?…あ、ああ。日差しが強かったからな」
「明日はちゃんと日焼け止め塗ってくださいね。綺麗な肌が傷ついてしまいますから」
神谷はそう言ってクスリと微笑む。
急に手を伸ばしてきたから、咄嗟に振り払ってしまった。
サッと視線を逸らして、慌てて荷物の整理をする。
俺のほうが変に意識してどうする。
いやストーカー宣言されて何食わぬ顔で過ごせという方が無理だが、ヘタに刺激するようなことはしたくない。
「ふふ、そんなに怯えないで下さい。無理に何かをしようなんて気持ちはありませんよ」
確信をつくようなセリフに、ドクリと心臓が跳ねる。
思わず背筋に冷や汗をかいたが、その言葉には少しホッとした。
一応修学旅行は俺たち教師にとってはずっと仕事みたいなものだし、さすがに引率中に変な真似をするようなことはないと信じたい。
そう思いふと神谷の整理する荷物を見たら、やたら高そうなカメラがズラリと並んでいた。
一体何をそんなに撮るつもりだ。
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