ドSワンコとクズ眼鏡

うさき

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「あーちゃんには悪いけど、俺は嫌ですよ。カミヤン慰めるのなんて」

 結城がいなくなった数学準備室で七海が不貞腐れたように言う。

 アイツ本当に要件だけ言うと逃げるように去っていったな。
 どれだけ勉強したくないんだ。

「告白するって言ったから余計な口挟まないほうがいいかなって黙ってたけど。でもやっぱり嫌です」
「心の狭いことを言うな。何も神谷が気落ちすると決まったわけでもないだろう」
「ここぞとばかりに甘えてきたらどうすんですか。隙見せないで下さいよ。触らせたりしたら怒りますからね」

 ムキになって言う姿は駄々を捏ねる子供のようだ。
 だがそんな風に必死に言われると、どこかくすぐったさを覚えてしまう。
 この間いきなり帰るなどというから少し不安になってしまったが、この様子ならそんな必要もなさそうだ。

「あっ、何笑ってるんですか。可愛いですけどダメですよ。みーちゃんは俺だけ慰めてればいいんです」
「それはおいといてなぜ押し倒そうとしている」
「そんな笑顔見せられたらムラムラせずにいられません」

 神谷の話をするのか俺を犯すのかハッキリしろ。
 いやハッキリしたところで神谷のことに関してはもう結城に頷いてしまったし、ここで犯されるわけにもいかないのだが。

 だが顎をすくい取られてちゅ、と不意打ちのように唇を吸われる。
 ぶわっと一気に体温が上がって、身体が強張る。

「あーもう。なんでそんな可愛い顔してくれるんですか。俺の事完全に誘ってますよね」
「さ、誘ってなどないっ。お前の目がおかしいんだっ」
「おかしくないです。俺の視力2.0なんで」

 それは凄い。校内の視力検査の最高値だ。
 などと感心している暇もなく、七海はあっさりと俺の唇を奪う。

 触れたところから堪らなく甘い痺れが湧き上がり、頭の芯が蕩けていく。
 机に押し倒されて何度も角度を変えてされる深いキスに、抵抗も忘れてされるがままに受け入れてしまう。

 どうしようもなく気持ちがいい。
 俺からも触れたい衝動に駆られ、無意識に七海に手を伸ばす。
 それに応えるように七海の手が重なり、しっかりとお互いの指が絡んでいく。

 ――と、不意にジリッと室内のスピーカーが無機質な音を立てた。
 単調な呼び出し音の後、俺の名を呼ぶ校内放送が響く。

「な、七海…っ、今――」

 慌てて七海に離すよう言おうとしたが、繋いだ指先は外れない。
 それどころか余計に机に押し付けられて身動きが取れなくなる。

 聞こえていないはずがないが、どうやら七海は俺を離すつもりはないらしい。
 なんの要件かは分からないが下手をしたら数学準備室まで探しに来られる可能性は十分にあるし、さすがにまずい。

「んー…っ、なな…」

 なんとか唇を離そうとするが、強く舌を吸われてビリビリと腰に快感が抜けていく。
 俺からの抵抗なんてもう慣れたもので、簡単に快感を与えられて鼻から甘い声が漏れてしまう。

 再び七海のペースになってしまったが、二度目の呼び出し放送が響きさすがにハッと意識が覚醒した。
 それでも離そうとしない七海に気持ちが焦る。

 コイツは俺とのことがバレても構わないと思っているのか。
 今はもう夏休み中でも俺の家でもなく、学校だ。
 さすがにこれ以上の甘えた行動を許す訳にはいかない。

「――っ」

 ビクリと驚いたように七海が唇を離した。
 同時に強く噛みすぎてしまった唇から、ぽたりと鮮血が垂れる。

「…っあ、す、すまない」

 俺の態度で七海が気付いたように落ちた自分の血を見たが、特に気にした様子はなかった。
 ぺろりと唇を一舐めして、俺の髪を撫でる。

「…あー、いえ。俺のほうがすみませんでした。呼び出しですよね。行って下さい」
「で、でも…」
「そーやってみーちゃんが優しくすると、俺また調子に乗っちゃいますよ」

 そう言ってニッと悪戯に笑顔を作る。
 さすがに今調子に乗られるわけにはいかないと、慌てて身体を起こす。
 数学準備室を出ようとしてから、もう一度七海に振り返った。
 
「だいじょーぶですから。また後で構ってくださいね」

 七海はそう言ってニコニコと俺に手を振る。
 そこまで深い傷ではなかったのか、もう血は止まっていた。
 どうやら気を使って取り繕っている様子もないし、ひとまずコクリと頷いて数学準備室を後にした。
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