ドSワンコとクズ眼鏡

うさき

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 夏の暑さも少しずつ和らぎ、学校内が文化祭に向けて忙しなくなってくる。
 休み時間や放課後に文化祭の準備を進める生徒の姿が目立ち始め、それぞれが嬉々とした表情で文化祭を待ち望んでいる。

「おかえりなさいませっ。ご主人さみゃっ」

 昼休みになり数学準備室を開けると、猫耳でフリルのエプロンドレスと女装をした結城が、手を丸くしたポーズで目の前に現れた。
 ひらりとスカートをはためかせて一周した後、俺にウインクをしてみせる。
 何だこの非常にイラッとする生き物は。

「まだ帰宅はしていない。それに俺はお前の主人などではなく教師だ。舐めた口を聞くな」
「うわお。眼鏡センセー相変わらず清々しいほどのノリの悪さっ」
「なんだそのフザけた格好は。男が女の服など着るな」
「それ偏見でーすっ」

 鼻先に指を突きつけられ、む、と考える。
 確かにそうかもしれない。
 服の趣味は人それぞれだったかと反省していると、七海も顔を出した。

「おお、あーちゃん可愛いじゃん。あーちゃんメイドさんご奉仕してくーださい」
「はーいっ。七海先輩ノリ良いから大好きですにゃー」

 そう言って七海に抱きつこうとした結城の首根っこをひっ掴む。
 七海はこんなのが可愛いと思うのか。
 犬派だと思っていたが猫派だったのか。

「ちょー、眼鏡センセー離してくださいっ。俺が可愛いからって嫉妬はやめてくださいよっ」
「嫉妬などしていない。お前何しにきたんだ。勉強をする目的がちゃんとあるんだろうな」
「は…っ?テスト前でもないのに勘弁してくださいよっ」

 そう言って結城は慌てたように俺から離れると、さっと七海の後ろに隠れる。
 七海を盾にすれば許されるとでも思っているのか。
 イライラと見合っていたが、七海に笑顔でまーまーと宥められれば仕方なく口ごもる。

「ところであーちゃんのクラス何やんの?メイド喫茶?」
「猫耳女装メイド喫茶ですにゃー。今日衣装出来たんで試着してたんですよね。七海先輩も遊びに来てくださいねっ」
「詰め込み感ハンパないけど楽しそーだな」
「でしょでしょ。文化祭のMVPは俺が頂いちゃいますよっ」
「それはどーかな」

 楽しげに学生同士盛り上がっている姿を、やれやれと眺める。
 俺の若い頃は文化祭なんぞ勉強が出来なくて煩わしいとしか思っていなかったが。

 とはいえ文化祭は生徒が中心になって盛り上げるもので、その企画のほとんどを生徒がやってくれるため教師の仕事は予算等の裏方仕事くらいだ。
 あとは各々クラスや部活の手伝いと、当日不審者がいないかの見回りだ。

「眼鏡センセ、知ってますか?」
「なんだ」
「後夜祭で告白すると、幸せになれるって噂」
「ああそれか。知っている」
「えっ、超意外なんですけどっ。そういうの興味なさそーな眼鏡センセーが知ってるとなると信憑性高いなぁ」

 俺の返答に結城が目を丸くする。
 あまりにベタな噂だが、俺が知っているのは当然だ。
 なぜならそれは数年前に生徒指導部がでっち上げたデタラメだからだ。

 概要はこうだ。
 毎年後夜祭前に抜け出していなくなる男女の生徒が多いため、何かあってはいけないと後夜祭まで生徒をいさせるためにこの噂を考えた。
 ダメ元で流してみた噂が功を奏したのか、今では文化祭より後夜祭をメインとして浮足立っている生徒もいるくらいだ。

「――えっ、マジで」

 だがそれに反応する純粋生徒がもう一人。

「あれ、七海先輩知らなかったんすか?」
「道理で毎年後夜祭でやたら告白されると思ったわ。みーちゃん、告白するから後夜祭は絶対一緒に過ごしましょーねっ」

 それは既に告白していることにならないのか。
 だが純粋な子供は、全く疑いのないニコニコとした笑顔を俺に向けている。
 そんな真っ直ぐな愛情を向けられたら、噂がデタラメなどとは言えなくなってしまう。

「ちょっとバカップルっ。イチャイチャは他所でやってくださいよ。そーじゃなくて、俺が告白したいんですっ」
「え」

 突然の結城の言葉に俺と七海が驚く。
 神谷の前であれほど縮こまっているくせに、告白なんて出来るのか。

「いやちょっと待て。教師と生徒の恋愛は禁止だ」
「眼鏡センセーそれ世界で一番説得力ないですよ」

 思わずうっと胃を抑える。
 その通り過ぎて反論する余地もない。

「それで眼鏡センセーにお願いがあるんですけどぉ」

 結城は改まって言うと、どこか上目遣いに俺を見上げた。
 キリキリとする胃を抑えながらじとりと目を細める。

 コイツひょっとしてまた夏祭りのように俺に神谷を誘えとでもいうのか。
 さすがにもう乗ってやるつもりはない。
 
「告白しても断られるのはちゃんと分かってるんです。でも俺にはまだ長い高校生活があるし、七海先輩を見習ってまずは意識だけでもしてもらいたいなって。…だからカミヤンがもし生徒を振ったことで凹んでたら、少しくらいフォローしてあげてください」
「…それは」
「眼鏡センセーが慰めてあげるのが、きっと一番カミヤンは嬉しいですから」

 そう言って笑顔を作った結城の表情に息を呑む。
 どうして気持ちを受け入れて貰えないと知っていて、笑顔を作れるのだろう。

 七海もそうだ。
 俺が何度断ってもいつも笑顔だった。

 俺は結城の言葉に何も言えず、ただ頷くことでしか返せなかった。
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