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2章 命にふさわしい
辺境伯令嬢⑤
しおりを挟む現実の時間にして3分ほど経過しただろうか、3人の意識は元の世界に戻って来ていた。
ルイは現実の自分の状態を再認識したのか、少しだけ寂しそうな目をしていた。そんな彼女にフニランが声をかける。
「ルイねーちゃん、大丈夫?」
相手を気遣っての言葉だったが、フニランも不安そうな顔をしてたのだろう。それに気づいたルイはその目だけではなく…ゆっくり首ごとフニランに向け、ニコッと微笑むのだった。
ガタガタッ
「誰!!!」
「廊下にいるメイドさんだよ、ずっと覗いてたんだろうね」
「そっか、視線感じるなぁとは思ってたけど・・・」
『だっ、旦那様ぁぁああああ!!!!!』
ドタバタと走り去る音と共に、メイドの叫び声が館中に鳴り響く。
(そう、家政婦は見た!
愛しのお嬢様に対して不埒な真似をされぬよう、扉ののぞき穴から中を確認していた時。
案の定あの少年は、思春期の汚らわしい欲望そのままにお嬢様に近寄り、身動きが取れないことをいいことにそのか細い手に触れた!!!)
そこから数分間、3人で輪になって目を瞑ったままだったが、このメイドからすれば「集中してお嬢様の柔肌を堪能する少年」と「目を瞑ってこらえるお嬢様」と「兄に協力する洗脳された少女」にしか見えていない。
彼女の中では既に断罪モノだが、まだ性犯罪には至っていないため、目と歯茎から血を流す事しか出来ないらしい。
普通にヤバいヤツだった。この館は変態が多すぎる。
(3人が一斉に目を開け、クソガキは一歩離れ賢者タイム! 少女に少しは心が残っていたのか、お嬢様を気遣う素振りを見せる。
そこで、家政婦は見てしまったっ!!!)
暴走する力を押さえ込み、どんだけ痛みがあろうとも笑って応えてくれていたルイ。1ヶ月前のあの事件があってからは、痛みと失意と暴走の恐怖により眉一つ動かさなくなってしまった。残された感情表現は、勝手に出てくる涙だけ・・・・・。
そんな彼女が、ひと月ぶりに首を動かし、笑ったのだ。
首から上の傷も少なくない。下手に回復薬や治癒魔法をかければまた暴走するので、ろくに治療も出来ていない。それを動かそうとするには相当の激痛が伴うはずだ。
(お嬢様っ、汚されてしまったのですね!? あの数分で、あなたは女の喜びを知ってしまった・・・!!!
今すぐ、今すぐ旦那様に知らせなくては!!!!!)
「お嬢様専属メイド・マリィ! あなたの貞操は、アタシが守りますっ!!」
なお、彼女のこの性格がトッカータでは周知の事実だったので、「1ヶ月ぶりにお嬢様が笑った」ことだけが正しく伝わることになる。
「ルイっ! 入るぞっ!!!」
「ケロック! フニラン! お前ら何したの!?」
「「「あっお父さん」」」
お父さん'sが慌ただしく部屋に飛び込んだ時、お子さま3人組は仲良く談笑していた。ファランが少しメイドの報告に引きずられているらしい。
「ルイ!!! 喋って大丈夫なのか!!??」
「いたい、けど、だいじょぶ」
「む、無理すること、無いんだぞ・・・?」
「お父、さま。ぼく、がんばる。ケロックが、たすけて、くれる」
「っ!! お前というヤツは・・・!!」
なるべく怪我に障らぬよう、その巨体で包み込むように抱きつき、感涙にむせび泣く父:バルディアス。娘:ルイは困ったような笑顔でこれに応える。
その様子を後ろから見つめ、涙と鼻水をダバダバしている変態はマリィ。「あぁ、なんて美しい光景・・・濡れる・・・」とか言いながら、床に座り込んでいた。
「えーと、2人とも、説明頼めるか?」
「父さん、ちょっと手出して」
「え? こうか?」
疑問には応えず指示を出すケロックに、ファランは何も考えず右手の平を差し出す。
ケロックはその右手の人差し指と中指を掴み、手首ごと下に折り曲げた。
「イデデデデなんでなんでなんで!!!?? 」
前腕のスジが伸ばされ激痛が走り、反射的に肘と膝が伸びたところを、フニランの槍による足払いが襲いかかる。
「ていっ」
「ぐっはぁぁあ!!!??」
ズダーン!!と仰向けに倒れたファランの足が更に槍の柄で抑えられ、その胸の上にケロックが腰を下ろした。見事な連携プレーである。
「ぐっ、ふたりとも悪ふざけは」
「先に父さんから説明頼める? 僕、今日がお見合いとか知らなかったんだけど。何? 1ヶ月前から決まってたの?」
「・・・・・・・・・・(滝汗)」
「別に親が婚約とか決めるのは良いんだ。ただ、何も知らない子どもの様子を見て面白がるとか大人げないよね?」
「フューフュフューフュッフュー♪(鳴らない口笛)」
「・・・フニラン、サンドイッチってまだ残ってる?」
「うん! あと3個ある!」
「よし、この何も言わない口を塞いじゃおう」
「ま、待て! ガルド先生が「面白いから黙っとけ」って言ったんだ! 師匠だし義父だぞ!? 逆らえるわけなぐぉわっふ」
無慈悲に突っ込まれる3つのサンドイッチ。確率は33%なので、『ハズレ』はほぼ確定である。
ファランはこの時、生まれて初めて神頼みをした。
そして奇跡は起きる。全弾命中という形で。
「・・・・・・・・・・ガクッ」
ファランは即気絶、悶死は免れたようだ。せめてもの神の慈悲である。
「お前ら、患者を増やすなっつったろ」
そう言って廊下からこの様子を眺める者がいた。町医者のチェルーシルである。
ケロックはファランの上に正座し、ルシルの方へ向き直った。
「・・・ルシル先生、お願いがあります」
「ほう、なんだ、言ってみろ」
「僕にルイの、ルイジアナ様の治療をやらせてください。本人にも許可はもらっています」
ルシルの眉がピクリと動いた。
「・・・出来るのか?」
「わかりません。でも、試したい事があります」
「この私が10年かけても解決しなかった問題だ。現代でも未だに教会の神具で進行を遅らせる事しか出来ていない」
「そこは先生が貸してくれた本と、頼もしい能力があるので」
相変わらず死んだ魚の目だが、今回のケロックはマジだった。ルシルの脳裏に、杖を突きつけた時の姿が蘇る。
自らのふわふわの白髪に手を差し込み、ガシガシと頭をかく。
「【天の声】か、それとも【女神の死徒】としての力か。
はぁ、勝手にしろ。どうせ【麻痺】も【筋力低下】も抵抗されたんだ。魔力が暴走すれば、遅かれ早かれ打つ手は無かったからな」
「ありがとうございます」
「律儀に許可なんか貰わないで、勝手にすりゃいいのに」
「時間がかかりそうですし、いちおう担当医には相談しないと」
「先生! 旦那様! アタシは反対です!!!」
ここで噛みついてきたのが専属メイドのマリィだ。
「担当医がケロック様に変わるという事は、彼がお嬢様を好き放題出来るということですよ!?
きっと診察にかこつけてあられもない姿をさせたり、治療のフリしてあやしいクスリを投与したりするに違いありません!!!!」
「・・・あの、辺境伯、本当にこんなのが専属メイドなので?」
「正直我も手を焼いているが、仕事はきちんとこなすのだ・・・・・」
「これを機に人事を見直すべきでは」
「そんな!!?? アタシを捨てるんですか旦那様!!!!」
「やめい人聞きの悪い!!!!!」
「あの、ぼく、ケロックなら、いいよ?」
戦場が凍りついた。
「そういう、契約だし」
「貴様ぁぁあ!!! お嬢様に何をしたぁぁああアアアアッ!!!!!!」
「・・・・・霧ぅ、これはもう婚約させても良いような?」
「お兄ちゃんもルイねーちゃんもかっけえ・・・」
「ったく、こんな大事な場面で馬鹿は寝てるし、早く治療しないと」
「若者は良いのう、孫の青春を見れて幸せじゃわい」
「「「「アンタいつからいた!?」」」」
『前も言いましたが、こうやって外堀は埋められていくんですよ』
「・・・・・・・・(遠い目)」
ケロックの受難はまだまだ続くようだ。
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