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2章 命にふさわしい
試練・葛藤・そして母
しおりを挟む「変だと思ったんだよ。君の記憶には、かなり幼い頃に人を傷つけた光景さえしっかり残っている。
生まれて2年ほどの記憶もあった。周囲の物を破壊してしまう程度の事が、物心ついたばかりの赤ん坊の記憶に、そんなはっきり残るものかな?」
ケロックのコピー、通称【コピック】の目の前に立つのは若い女性。その姿はケロックの母・ルナリアに酷似しており、違いがあるとすればその輝く青い瞳と頭髪のみである。
「君の母親、オルディナ・ドラグニカ・アイゼンヴァルト。ガルド先生の長女で、【僕】の母さんの姉にあたる人物。つまり【僕】と君はイトコ同士ってことになる」
ルイは答えない。
「彼女は君を産んだ直後に大きく体調を崩した。病名は【魔力欠乏】。何らかの要因により急激に魔力が失われ、各種器官に大きくダメージを及ぼす病だ。【僕】や君の身体にも起こった魔力暴走と同様に、魔術的な回復は見込めない」
ルイは答えない。
「君が壊したり傷つけたりした記憶の中で、その命を奪ってしまったという認識のものが二つあった。
飼っていたウサギのニックと、母であるオルディナ。君の中で最もはっきりとした記憶だったはずだ」
ルイは答えない、下を向いている。
「その腕の中で首の骨を折って死んだニックとは違い、母親の死因は魔力欠乏だ。自らの短命を悟り心を病んでしまった彼女は、毎日のように娘に謝罪をした。共に歩めぬ申し訳なさからくるものだったんだろうけど、物心ついた時から聡明な君には逆効果だったろうね」
ルイは答えない、その肩が震える。
「生まれて5年が経ち、最愛の母が亡くなった事をきっかけに、自身の壊してきたものに対して意識するようになった。生まれて間もない頃の事ですら、辛い記憶として鮮明に思い返す。この時既に力のコントロールをだいたい覚えていたにも関わらずだ」
ルイは答えない、その拳が強く握られる。
「結果、君は生まれてからの12年間の記憶を、後悔と自責の念で埋め尽くした。君の母親は、育て方を間違えたんだよ」
「・・・・・それ以上」
気づけば、下を向いていたルイの目は、突き刺すようにコピックをにらみつけていた。
「それ以上は、言葉に気をつけて欲しい。使う言葉を選んで欲しい。じゃないと、僕は君をどうしていいかわからなくなる」
その紺色の瞳と黒い髪から、青い光の蒸気が揺らめきながら吹き出していく。偶然なのかその色は、母であるオルディナと同じ輝きだった。
コピックは、そんな彼女を見て鼻で笑った。
「そうだね、管理者権限で見れる情報はひどく疎らだから、憶測でモノを言うのはここまでにしよう。
さて、ここからはちょっとした提案だ。
目の前にいる君の母親は、君の【壊してしまったもの】の記憶の中から、僕が引っ張り出して再現したものだ。あくまでイメージ、されどイメージ。君の深い深い後悔の源泉とも言える」
「・・・何が言いたいの?」
「ぶっ壊してあげるよ、君の後悔」
ずぶり
母の下腹部に、コピックの腕が肘まで突き刺さるのを、ルイは見ていることしか出来なかった。
「・・・・っ!」
「もう一度言うよ? あくまでイメージ、されどイメージ。こんなものが君の邪魔をするというのなら、即刻唾棄すべきだと僕は思うんだ」
ずぶり、ずぶりと、ケロックは腕を動かし、オルディナの内臓を掻き回していく。オルディナは微動だにしないが、その口からは鮮血が溢れた。
ルイの生まれた場所を象徴するかのように。
「チープなセリフかもしれないけど、人とは前に進む生き物だ。あらゆる苦難を乗り越え成長していくものだ。12歳という年齢を考えれば、今のこの状況は大きな転機とも言えるかもしれない」
理屈はわかる。
目の前のケロックはただのコピーであり、母は自身のイメージに過ぎない。
いつかは自身で整理をつけなければならない話を、今ここでされているだけだ。
それでも。
「お願い、やめて」
とてもじゃないが、許容出来なかった。
「君を殺したくないし、お母様を殺して欲しくない」
「ソイツは傲慢が過ぎないかなぁ? ウジウジウジウジ悩んでるよりも、キレイさっぱり忘れちゃった方が身のためだと思うけどね?」
「それでもだよ」
青い光の粒子が、勢いを増して吹き出していく。その輝きが部屋中を照らし、周囲を威圧していく。
「それが正しい事だとしても、それは、その記憶は、二度と壊してはいけないもの、今度こそ守らなければならないと誓ったものなんだ。簡単に乗り越えていい記憶ではない」
彼女を中心に吹き荒れる風は、青い光の渦となる。彼女の寝室を投影していた空間は、その勢いに飲まれて消えていく。
「ケロックには感謝してる。コピーである君も同じだから、ないがしろにするつもりは無い。
でも、それ以上僕の心に土足で踏み荒らそうと言うのなら、僕は君を本気でぶん殴るよ」
「良いね、やってみなよ。その瞬間に僕はこの女をズタズタに引き裂いて・・・・・」
「何より、僕の中のお母様がそんな顔をしてるのが許せないんだ」
踏み込みは、その拳は、音を置き去りにした。
偽りの部屋は全て吹き散らされ、再び世界は真っ白な空間に戻る。
オルディナの目の前を青い閃光が通り、コピックの首から下が焼失する。
そして遥か後方には、拳を振り抜いた姿のルイと。
顔面にその拳をめり込ませたケロックがいた。
「・・・・・一応聞くけど、何故?」
「ケロックもコピックも同じケロックでしょ? 延長線上にいたからついでに殴った」
『本質的に愉快犯のクズであることがバレてしまいましたね』
「否定出来ない・・・」
常時ユニランが受ける苦難を傍観するという、自身のクズ兄っぷりを振り返りながら、ケロックは噴き出す黒い鼻血を手で押さえながら立ち尽くした。
その様子を見届けてから、ルイは踵を返し、腹に穴を開けて倒れるオルディナと、首だけになったコピックのもとへ。
コピックはボケーっとしながらもまだ生きていた。しぶとい。
「えっと、大丈夫?」
「君のパンチでこうなったのによく聞けるね、グフッ」
「うっ、ごめん・・・」
「ハァ、情報開示〝ルイジアナ・更新〟」
NEW!【勇者の卵】
己の意思を乗り越え、強大な敵に立ち向かった者に与えられる称号。
運と成長率に若干の補正がかかる。
NEW!【竜の因子】
三親等以内に竜の血族がいた場合、稀に取得出来る常時発動スキル。
病に侵されても小康状態を保ち、90%以上力を解放すると、自動的に竜闘気が発動する。
「・・・えっ、何これ」
「ちょっと予想外だったけど、これで今のままでも寿命は伸びるし、動くのも楽になるかもね」
「まさか、この為じゃないよね?」
「当たり前でしょ? 狙って出来るなら昨日の時点でやってるって。
あくまで全力が見たかっただけなんだから。まあ、ちょっとだけムカついていたのは否定しないけど」
そう言うケロックの身体(首から上だけ)は、白い光のかけらに変わり薄れていく。
「消えちゃう、の?」
「ゾンビだから頭を潰さないと死なないし、オリジナルならゆっくり再生出来るんだろうけど、僕は所詮劣化版だからね。
別に消滅するわけじゃないよ? 記憶はケロックのものと統合されるから、機会があればいつでも復活出来るし・・・」
「そっ、それじゃあ最後に聞きたいんだけど! どうしてあんな嫌われるような真似を?」
なぜか顔を赤くして話を遮るルイに、コピックは怪訝な顔をする。
「別に今あわてて聞かなくても、後で本人から聞けばいいのでは?」
「ケロック自身の事は、君ならひねくれながらも答えてくれるけど、彼は多分めんどくさがると思うから」
「・・・よくわかってるじゃないの」
「それに、全力を出させるなら他にやりようはあるだろうし」
「まだ後悔してる? 母親の事とか」
「え?」
言われて初めて気がついた。いつのまにかオルディナが死んだ事について、ルイは既に後ろ向きな感情を抱えることが無くなっていたのだ。
「君の今までの後悔や自責の念っていうのは、自身の無力感から来る現実逃避だった。
本当に二度と傷つけたくないのなら、奪ってしまった命を背負いたいなら、その人達の分まで生きて守りなよ。君にはそれだけの力がある」
「で、でも・・・」
「『自分が壊したり傷つけたりして来たし、これからもそうなるなら、何もせず居なくなった方がいい』? そんなんでよく父親に憧れたな。自領の民を守る英雄の背中を汚すんじゃねぇよ」
「・・・・・」
少なからず怒りがあったのだろうか、ケロックの口調が激しいものに変わっていく。それに対してルイは何も言えなくなっていた。
「ウサギのニックはどうか知らんけど、母親を殺したのはお前じゃない。母がお前に命を繋ぐ事を選んだんだ。産むと決めた時から、彼女は覚悟を決めていたんだよ」
「そっそんなの、どうしてわかるのさっ」
「ルイの記憶を覗いた時に、何故かこの記録があったんだけど、今ようやく理由がわかった。
そうですよね、オルディナさん?」
「・・・・・えっ?」
ルイがおそるおそる振り返るとそこには、
「やっほーオルディナさんだよー」
かつてと変わらぬ笑顔で手を振る母の姿があった。
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