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2章 命にふさわしい
襲撃・対等・危機・筋肉
しおりを挟むとりあえず、失踪した使用人マリィの捜索と、領内外および国境沿いの警備兵への早馬に、邸内の僅かな兵士のうち十数名を送り出した。現在領主であるバルディアの体重を支えられる馬がいないので、他の兵士達とは出遅れる形になるのだが、今回に至ってはその遅れが幸いした。
「なに!? 襲撃だと!!??」
いざ出陣とばかりに全身甲冑に身を包んだが、邸内からの襲撃という予想だにしない異常事態に困惑を隠せない領主。執事クリストフからの報告に思わず大声で聞き返したが、普段優秀であるはずの執事ですらなぜか苦々しい顔をして俯いている。
「使用人や娘たちの安全を確保せねば! そもそもどこのどいつがどうやって屋敷に侵入した!」
「相手が魔物であったり魔法などの痕跡があったりすれば、設置された魔道具で即座に感知されるはずです。しかし・・・・・」
「しかし、なんだ? お主ともあろうものがすぐに動けず、こうして我の目の前におることにも関係があるのか?」
鍛え上げられた肉体派執事であり、特に蹴り足に自信と定評のあるクリストフ。当然早駆けも凄まじく、すぐにでも使用人や令嬢の救出に駆けつける事だって出来たはずだった。
それが出来ない理由。すなわち、事態の解決が困難である事は、彼の口から伝えられる事になる。
「現在、刃物を手にしたスケルトンの群れが屋敷の全てを埋め尽くしています。地から湧いたかと思えば略奪・攻撃・蹂躙も一切なく、ただ並んで立ち尽くし屋敷を占拠。我々は屋敷の全てを人質に取られました」
「 ・・・私としたこと、が」
「先生! ルシル先生っ!!!」
「待ってルイねーちゃん!」
背中を斬りつけられたルシルが鮮血を散らしながら倒れるのを見て、ルイはベッドから身を起こすもバランスを崩し、落ちそうになるところをフニランに支えられる。
そのままゆっくりとルイを床に下ろして、フニランは斬りつけてきた相手の前に立ちふさがった。
それは血塗られたナイフを手に持った人体骨格。白磁色の身体を光らせカタカタと頭を揺らす襲撃者。
ただ、その動きや雰囲気に「意思」と言ったものがおおよそ感じられない。むしろ、殺意なき凶刃であった事が反応の遅れに繋がったのだろう。
すなわち、目の前のスケルトンはただの傀儡。裏で糸を引いているのは・・・・・。
「大人しく投降していただけませんかねぇ? ケロック・クロムハーツとそれを支援するアイゼンヴァルト辺境伯家ゆかりの者は、我々教会が『神敵』と見なし既に包囲しています。逃げ場などありませんよ」
「ウェルムート神官長・・・・・」
青を基調とした高位の神官服を身に纏い、その裾をズルズルと引きずるほど背の低い小太りの男。部屋の扉を大仰に開け放ち、某医療ドラマの院長回診の如く白い集団を率いてこちらに向かってくる。
「ルイジアナ嬢、今回は神罰だけでなく、貴女の救出も任務の内に入っております。貴女が従ってくれさえすれば、そこの下賤なゾンビ以外の身の安全を保障しましょう」
「下賤なゾンビとは片腹痛い。貴方の方こそ、禁忌である死霊術まで使って屋敷を襲撃だなんて、聖職者の風上にも置けませんね」
「待て、ルイ…違う」
「ルシル先生! あまり喋らない方が」
「死霊術は闇属性、その魔力を持つ者は、神官には、なれない。うっ・・・」
「ほほう、それで?」
ルシルは背中を浅く斬られただけのようだが、呼吸をするのも辛いようで身を起こす事も出来ない。その様子が愉快で仕方がないのか、ウェルムートはニヤニヤと見下ろし続きを促す。
「っはぁ、最初のスケルトンは、この男が入るっ前に、私を襲撃した。魔力反応も無く、背後に突然現れたんだ。
床の大理石が、一部抉れている。考えられるとしたら、死霊術や召喚術ではなく、【人形生成】。それも、魔法ではなく、能力。人間業じゃない・・・・・」
「素晴らしい、伊達に長生きはしてないようですね? 『時の囚人』チェルーシル・リシル」
「ったく・・・禁忌とまでは、言わない、が、魔王と手を組むなんて、はぁ、飛んだ破戒僧だな」
「やれやれ、全てお見通しですか。魔王とはいえ、我らが神の兄弟が生んだ眷属ですからねぇ。「神敵滅殺」の意志を伝えたら快諾してくれましたよ」
「それをさっき、伝えたにしちゃ、早すぎる、な。多分、元々この辺境伯家を、『神敵』と偽って襲うつもりで、準備してた・・・」
「良いじゃないですか。結果的にこうして本物の『神敵』を倒せるのですから。
さて、時間稼ぎは終わりにしませんか?」
こうして話している間にも、対象の背に展開される魔方陣は更に複雑さを増しているのがわかる。ルシルも上手く魔力を隠蔽しているが、何かしらの魔法で形成逆転を狙っていることも、何となく雰囲気で読み取れる。
ウェルムートは腐っても神官長。若い頃から魔法の発動速度に定評があり、特に聖属性の簡単な防御魔法なら無詠唱で繰り出せるほどだ。
それに比べてルシルはどうだ。背中のケガで精神的に安定しない状態で、無詠唱かつ魔力の隠蔽などしようものなら、どんな魔法も大した威力にはならないはずだ。
(全く問題ない。いかに老獪な魔術師とて、魔力量に大きな差がなければ、私の防御魔法を貫くなどあり得ん。
いや、魔力操作に長けたこの女なら可能だっただろうが、ルイジアナ嬢の治療で疲弊し、背中の傷のせいで呼吸も整えられない。これだけハンデがあって負けるわけがない!)
元々ルシルのことを良く思っていなかったウェルムート。
神代から存在するとされる長命種エルフーン族の末裔で、教会から勝手に神具を物色するなど神をも恐れぬ暴挙を繰り返す亜人なのだ。教会にとってその存在は到底許されるものではない。
ルシルがゆっくりと手を上げる。その手に杖はないが、恐らく魔力が集まっているだろう。
だからといって焦ってはいけない。先に防御を展開してしまっては、あの老獪で狡猾な魔術師に即座に対応されてしまう。ここは先に撃たせるのが重要なのだ。
そしてついに、ルシルの手が振り下ろされ、目の前のフニランが光り輝く。
「・・・・・・・・・・は?」
「いけフニランっ」
「せーのぉ!!!!!」
対飛竜撃墜武技【撃竜槍】。
この2日間、ガルド・ローエン・アイゼンヴァルトが指導し、この年齢で繰り出せる最高のパフォーマンス。
それが、【身体強化】と【推進向上】の二重付与を得て、今ここに完成した。
「なっ、【二連聖櫃】【聖絶】!!!!」
一瞬呆気にとられていたウェルムートも即座に魔法を発動。ドーム型の簡易障壁である【聖櫃】の二重展開と、聖属性では最高硬度を誇る板状の障壁【聖絶】をもって迎え撃つ。無詠唱に不安があったのか、魔法名のみの短縮詠唱となった。
そして瞬時に、二枚の【聖櫃】がガラスのように砕け散り、【聖絶】に先端が食い込むところでせめぎ合う形となる。
(なんですかっこの馬鹿げた威力はっ!!)
フニラン・クロムハーツ。木製の槍を振り回すだけの11才の少女を、「警戒に値しない」と見て全く意識していなかった。
木製の穂先は砕け散り、中の鉄芯の先端のみが男を貫こうとする。
止めてるのに止められない。威力を全く殺せず、ドリルのように突き立った所からねじ込まれる。
脅威ではなかったはずの少女の槍は、じわじわと確実に、ウェルムートの命に近づいてくる。
「ひ、ヒィイいいいいいい!!!??? 助けてぇっ!!!!!」
バキィンと。
金属の割れるような音が響く。
「・・・・・・・・・・・・・・・あれ? ひっ」
途中で心は折れ、覚悟していた自身の死が一向に来ないのを訝しげに思う。いつの間にか閉じていた目をゆっくりと開ければ、穂先の先端は目と鼻の先まで来て止まっていた。
というか、無数の骸骨がその槍を掴んで止めていた。
「あ、『助けて』・・・そうか命令・・・・・」
ガシャアッと崩れ落ちたスケルトンは、槍を下敷きにその場で骨の山を作った。中には両腕をもがれた姿のスケルトンもおり、先ほどの技の凄まじさを物語っている。
「ひ、ヒヒヒ、ヒーッヒッヒッヒぃ!!!!
流石は旧神の眷属が作った無限兵団! 命令に忠実な機械兵!!!『その小娘を抑えろ』!」
「むぎゅぅっ! う、動けない…」
高笑いを放ったウェルムートが拘束を命じると、3体のスケルトンがフニランを抑えつける。限界以上の力を引き出した反動か、抵抗はほとんど無いようだ。
ウェルムートは息を整えながら、フニランの横を通ってルシルの元に歩み寄る。
「はぁ、はぁ、驚きましたよ…魔力の隠蔽すらもブラフだったとは。目線や手の動きから「小細工をしている」雰囲気を見せ、威力の低い攻撃しか出来ないように見せかけた。私を油断させ、この小娘の凄絶な一撃を確実に決めるために。
本当に、本っ当に死にかけましたよ。しかし、その見事な策も全て無駄になったっ!!!」
「があっ!?」
「やめろっ!!」
一度立ち止まり悪態をついたかと思った瞬間、その短い脚でルシルの腹を踏みつけるウェルムート。既に戦闘不能になった相手にあまりの仕打ち、ルイは慌てて庇おうとする。
「おやルイジアナ嬢、その豪腕で私を止めようというのなら、やってごらんなさい。
しかし良いのですか? 今貴女が力を解放すれば、せっかく回復させた身体がまた爆ぜますよ?」
「たとえこの命尽きようとも、みんなが傷つくぐらいなら!」
「『みんな』、ねえ・・・・・貴女の手の届く範囲なら良いのですが」
「・・・っ!!!」
「伊達に神官は名乗ってませんよ。その力は一度か二度まで、それ以上は身体が持ちますまい。その命がけの悪足掻きで、貴女はいったい何人を救うおつもりで?『私が攻撃されたらそれを防ぎ、屋敷内にいる者全員を攻撃しろ』」
この命令に周囲の骨がカタカタと頷くのを見てしまい、ルイは握りしめた拳を震わせる事しかできず、ウェルムートは満足そうに笑みを浮かべた。
「よろしい、ご令嬢は聡明であらせられる。先刻も申した通り、貴女が大人しく従ってくれさえすれば、身の安全は保障します。このゾンビ以外はね!!!
光は闇を照らし、悪しき者を挫く神罰と知れ!【聖光】ォ!!!!」
今この瞬間が決着である事を示すように、聖属性の基本呪文をあえて高らかに詠唱する神官長。その両手からは聖なる光が降り注ぎ、その光に触れたケロックの肌が瞬時に泡立ち燃焼を始める。
「だめぇえええええええええええええ!!!!!」
ケロックが、命の恩人が、自身が傍らに居続けると誓った存在が、白い炎に包まれていく。
その光景を、彼女たちはただ見ている事しか出来なかった。
天から降ったか地から湧いたか、見渡す限りの骨、ほね、ホネ。
屋敷の中をスケルトンの集団が占拠するという異常事態だが、彼らは何故か領主であるバルディアスの進行を妨げようとはしない。むしろどこかに誘導するかのように道を空けていくので、それに従わざるを得ない。
「お待ちしておりました、伯父上」
「貴様か…」
男は大広間で待ち構えていた。
小さな眼鏡に七三分け。口をへの字に曲げ、その金属製の胸当てから溢れんばかりの大胸筋を張りその場に佇む青年。
男爵家長男、アーノルド・エデル・ローベン。
「使用人は」
「ご安心を、みな無事です。彼らには歴史の目撃者になっていただかねば」
男が太い指をパチンと弾くと、円形に周りを囲んでいた骨の山が波打ち盛り上がり、やがて十数人の男女がそこから頭を出した。
「お前達…」
「ぶはっ! 旦那様、お逃げください!」
「これは罠ですっ!!」
「罠とは心外ですな。私の条件を飲んでさえくれれば、この者達は然るべき時に解放しましょう」
「条件?」
「私と爵位を賭けて決闘していただきたい! 誰にも邪魔をされない一対一の決闘だ!」
「そのような事のために、こんな回りくどい事をしたのか」
「否! この決闘はクーデター下であるからこそ意味が生まれる!! 圧倒的優位に立った上での決闘であれば、国にはこのクーデターの正当性をより高い精度で主張出来る!!!」
彼の発言にも一理ある。
中央集権国家である王国にとって、辺境の大部分の統治を任された豪族。辺境伯領への反逆は、王国への反逆と同義であるとされている。
だからこそ、この下克上には正当性が求められる。領主の統治や本人の性格に問題があれば良いが、これはあくまでアーノルド個人の野心によるもの。それを自覚しているからこそ、下手な嘘で難癖をつけるより、正々堂々を貫いた実績を国に差し出す方が良いと、彼は判断したのである。
「旦那様! 私どものことは構わずお逃げください!」
「お嬢様の無事の確認がまだ取れてません! どうか、どうかお二人の安全を!!」
しかし、使用人たちからすればそんなことは知ったこっちゃない。このような約束など後でいくらでも反故できるに決まっている。
とにかく自分達の主人の安全を一刻も早く確保せねばならないと、必死に訴え続けた。
しかし、この説得がよろしくなかった。
「・・・・・霧? つまり何だ。武芸百般で名を馳せた誇り高きアイゼンヴァルト家の者が、決闘を挑まれておきながらおめおめ引き下がれとでも言うのかね?」
「えっ違、そうじゃなくて、勝っても負けても形勢は不利ですから、勝ち目がないんですって!」
「おいバカっ」
「怒!? あのクソガキに我では勝てないと!!! そう言うのかね!!??」
「旦那様落ち着いて…」
「クリストォオオフッ!!!!!!」
「旦那様、私はここに」
「この決闘、お前が見届けよ!! 決着がつき次第、即刻早駆けでルイを迎えに行け!!!」
「御意っ」
いつのまにか背後に控えていた執事に、大音声で決闘の受諾を報せる領主。
煽り耐性0の我らが領主様は、使用人の忠告すらも被害妄想に変換、怒りのエネルギーに変える生粋の喧嘩野郎であった。
「お受けくださるのですね、感謝します」
「ひとつ聞きたい。ウチのマリィの行方が分からん」
「あぁ、ご安心を。私達もまだ把握してませんし、知ってたとしても身の安全は保証しますよ。最大の目的のひとつでもありますから」
「・・・? どういう意味だ?」
「これ以上言葉は無用、ここからは肉体で語らいましょうぞ! ォ裸ァッ!!(ババツーン)」
「貴様ごとき若造が、我と張り合うだけの肉体を持っておるのか? 墳ッ!(ドババーン)」
2メートル越えの大男二人がポージングを見せ合う。互いの鎧やベルト、更に服までが弾け飛び、アーノルドは上裸、バルディアスは赤ふんどし一丁と、眩いばかりの肉体美をさらしていく。
「出た! アイゼンヴァルト家一子相伝【赤ふんモード】!!!!」
「本気だ・・・旦那様はああ言ったが、アーノルド様の筋肉をお認めになっているんだ!」
先祖代々伝わるアイゼンヴァルト家の戦闘形態に、使用人達は戦慄した。ああなっては鎧も帯剣も何の意味があったのか疑問に思う。
ちなみにこのモード、直系の男子のみ受け継ぐのだとか。ルイが女子で本当に良かった。
「既に男爵家嫡男の座は弟に譲った! 我が名はアーノルド・エデル・ローベン! いざ、尋常に勝負っ!!!」
「その覚悟、実に見事! バルディアス・バルガ・フォン・アイゼンヴァルト! 辺境伯家当主として、受けて立つ!!!」
肉と肉が打ち合う音が鳴り響き、史上稀に見る暑苦しい戦いのひとつが、今始まったのだった。
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