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三章 一陽来復
涸轍鮒魚
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ああ、なんと美しくお育ちになられたのか。
今日も、眩いばかりの黄金色。
「そういえば、もうじき中庭の薔薇が咲くようです」
中庭へ視線をやる。
「今年は早いな。欧州より献上されたものだったか?」
「ええ、あちらでは庭一面に薔薇が植えられて、天上の花園のようだと聞いております」
「それは是非、見てみたいものだ。来年あたり、二人で外遊でもするか?」
「崔公が拗ねますよ」
外交は、本来太尉の職務である。
「拗ねさせておけ。たまには、二人きりでどこかへ行くのもいいだろう。……誰も知らぬ、耳目の無いところへ行きたいものだ」
陛下は、夢を見るような表情をされた。
*****
何故だろう。
妙に、胸騒ぎがするのは。
陛下がどこか遠くへ、行ってしまわれるような。
秋の、この季節のせいだろうか。
この時期には、どこか気鬱になる。
仁が亡くなったのは、ちょうど今頃であった故か。
崔公は、センチメンタルと称していたような。
会話に外国語を混ぜるのが癖のようだが、どのような意味なのか、説明くらい欲しいものだ。
何故こうも、不安になるのか。
陛下の天子の力は、強大である。何も心配することなど、ありはしないのに。
あたたかな手。
離さないと。側にいろと命じられて。
来世も共にと誓ったのだ。
陛下は。
何度か、大きく瞬きをされて。
不思議そうに、私を見た。
「陛下、いかがなされましたか?」
今まで、夢を見ていたような。
そして、今、目を覚ましたかのような。
まるで、見知らぬ誰かを見るような目で。
「陛下、……亮?」
陛下は、突然頭を押さえ、苦しみ出した。
「ううっ……、頭が痛む……! あああ、自分の名前が思い出せない……!!」
頭が痛む?
まさか。脳の病では。
仁のように?
定期健診はしているはずだ。
見落としか?
「誰ぞ、呪師を呼べ!」
*****
すぐに、駆けつけてきた。
呪師、李信季。
去年呪師として、皇宮仕えになった医師だ。
16の若さで医師免許を取得し、異能を持つ天才である。
心霊治療と併せ、取れた腕までも元通りに繋ぐという。
李公は陛下の診察を終え、言った。
「体調は問題なさそうですが。”気”がまるっきり違いますね。まるで、別人のようです」
脳に、異常は無かったか。
安堵したが。
気が違う、だと?
何を莫迦な。
この黄金色の気は、皇帝以外に持ち得ないものだというのに。
……いや、言われてみれば。
今の陛下には、覇気が無い。世を統べる、覚悟ともいえる、覇気が。
しかし。
「だが、先ほどまでは、きちんと受け答えをしていたのだ……!」
別人が陛下に成り代わるなど、有り得ない。
中身が突然入れ替わりでもしない限り。
*****
見知らぬ者を見るような目で見られた、と言うと。
李公は、目を剥いて驚いた。
「広陵丞相の顔を忘れたというのですか? 莫迦な。あの陛下が!?」
そうだ。
陛下が、この私を忘れるなど。天地が引っ繰り返ろうが有り得ぬことである。
思わず、陛下の肩を掴んでしまった。
「私の名は広陵、字は戎、諱は耀です。……思い出しませんか? 乳兄弟の耀です。来世も共にと誓ったというのに……!」
陛下は。
怪訝そうな顔をされている。
そんな、……まるで、見知らぬ者を見るような目で、私を見ないで欲しい。
李公や崔公は。陛下が記憶を失くされたのを契機とばかりに、自分こそが秘密の恋人である、と主張し出した。
そんなことを言っている場合ではないだろうに。
「……こっちの記憶が無いからって、自分は恋人だとかでたらめ教え込もうとしてるんじゃないだろうな?」
陛下は、すっかり疑いの目を向けておられる。
それも致し方ない状況であるが。
「でたらめではありません、真実です」
必死に否定しているが。
残りの二人も同じことを言うのでは、信憑性に欠ける。
生まれて初めて、人を殴り飛ばしたいと思った。記憶を失くされるなど一大事である。
巫山戯ている状況ではない。
今日も、眩いばかりの黄金色。
「そういえば、もうじき中庭の薔薇が咲くようです」
中庭へ視線をやる。
「今年は早いな。欧州より献上されたものだったか?」
「ええ、あちらでは庭一面に薔薇が植えられて、天上の花園のようだと聞いております」
「それは是非、見てみたいものだ。来年あたり、二人で外遊でもするか?」
「崔公が拗ねますよ」
外交は、本来太尉の職務である。
「拗ねさせておけ。たまには、二人きりでどこかへ行くのもいいだろう。……誰も知らぬ、耳目の無いところへ行きたいものだ」
陛下は、夢を見るような表情をされた。
*****
何故だろう。
妙に、胸騒ぎがするのは。
陛下がどこか遠くへ、行ってしまわれるような。
秋の、この季節のせいだろうか。
この時期には、どこか気鬱になる。
仁が亡くなったのは、ちょうど今頃であった故か。
崔公は、センチメンタルと称していたような。
会話に外国語を混ぜるのが癖のようだが、どのような意味なのか、説明くらい欲しいものだ。
何故こうも、不安になるのか。
陛下の天子の力は、強大である。何も心配することなど、ありはしないのに。
あたたかな手。
離さないと。側にいろと命じられて。
来世も共にと誓ったのだ。
陛下は。
何度か、大きく瞬きをされて。
不思議そうに、私を見た。
「陛下、いかがなされましたか?」
今まで、夢を見ていたような。
そして、今、目を覚ましたかのような。
まるで、見知らぬ誰かを見るような目で。
「陛下、……亮?」
陛下は、突然頭を押さえ、苦しみ出した。
「ううっ……、頭が痛む……! あああ、自分の名前が思い出せない……!!」
頭が痛む?
まさか。脳の病では。
仁のように?
定期健診はしているはずだ。
見落としか?
「誰ぞ、呪師を呼べ!」
*****
すぐに、駆けつけてきた。
呪師、李信季。
去年呪師として、皇宮仕えになった医師だ。
16の若さで医師免許を取得し、異能を持つ天才である。
心霊治療と併せ、取れた腕までも元通りに繋ぐという。
李公は陛下の診察を終え、言った。
「体調は問題なさそうですが。”気”がまるっきり違いますね。まるで、別人のようです」
脳に、異常は無かったか。
安堵したが。
気が違う、だと?
何を莫迦な。
この黄金色の気は、皇帝以外に持ち得ないものだというのに。
……いや、言われてみれば。
今の陛下には、覇気が無い。世を統べる、覚悟ともいえる、覇気が。
しかし。
「だが、先ほどまでは、きちんと受け答えをしていたのだ……!」
別人が陛下に成り代わるなど、有り得ない。
中身が突然入れ替わりでもしない限り。
*****
見知らぬ者を見るような目で見られた、と言うと。
李公は、目を剥いて驚いた。
「広陵丞相の顔を忘れたというのですか? 莫迦な。あの陛下が!?」
そうだ。
陛下が、この私を忘れるなど。天地が引っ繰り返ろうが有り得ぬことである。
思わず、陛下の肩を掴んでしまった。
「私の名は広陵、字は戎、諱は耀です。……思い出しませんか? 乳兄弟の耀です。来世も共にと誓ったというのに……!」
陛下は。
怪訝そうな顔をされている。
そんな、……まるで、見知らぬ者を見るような目で、私を見ないで欲しい。
李公や崔公は。陛下が記憶を失くされたのを契機とばかりに、自分こそが秘密の恋人である、と主張し出した。
そんなことを言っている場合ではないだろうに。
「……こっちの記憶が無いからって、自分は恋人だとかでたらめ教え込もうとしてるんじゃないだろうな?」
陛下は、すっかり疑いの目を向けておられる。
それも致し方ない状況であるが。
「でたらめではありません、真実です」
必死に否定しているが。
残りの二人も同じことを言うのでは、信憑性に欠ける。
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巫山戯ている状況ではない。
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