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はじめの夏の国

王様のスイートルーム

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あ~あ。夏期講習、月額けっこうするのに。休んじゃって、もったいない。

今頃、まだ帰ってこない俺を家族はもちろん心配してるだろう。
もう警察に相談に行ってるかも。

今まで、門限なんか破ったことない真面目っこだもん。俺。
それは夕飯の時間が早いからなんだけど。


このまま戻れなかったら。どうなるんだろ。

まず祖母ちゃんが話し相手いなくなって寂しがるだろ?
講習終わったら、近所の爺ちゃんちに電球替えにいくって約束、してたのに。ヘルパーさんが来るまで、暗いままの部屋で待つのかな。それは困るよな。

高校最後の夏休みだし。
学校の友達とも、どっか遊びに行こうぜって約束もしてたのに。

休みの間、花壇の様子も見に行きたかった。
卒業式用に育ててるガーベラとか、枯れてないかな。後輩とかが見に行ってるといいけど。

風邪気味だった地域猫のトラの様子も気になるし。
夕方、散歩に出るシベリアンハスキーをもふらせてもらうの、毎日楽しみにしてるのに。

やりたいことだって、いっぱいあったんだ。


……帰れるのかな、俺。
ずっと、ここにいることになっちゃったらどうしよう。

外出するにも、面倒なメイクしなくちゃいけないし。
嫌だなあ。


こんな高待遇なのに文句を言うなんて、贅沢だよな。それは、いくらおバカな俺だってわかってるんだ。

でも。
悪いほうへ悪いほうへ、考えが行ってしまう。


一生、ここにいることになったりしたら、どうしよう。


◆◇◆


『……泣いてるのか? イチ』
俺の頬に、そっと、指先が触れた。


うわ。
ウルジュワーン!? いつの間に!?

「え、王様!?」
『ウージュで良い。心細いか? 一人にしてすまなかった』

心配そうな顔で、俺を見てる。
至近距離にある美貌に、心音が跳ね上がる。

うわ、めそめそしてるとこ見られちゃった。
情けねえ……。

思わず、目元をゴシゴシ擦ると。

『擦ってはいけない。腫れてしまう』
目を擦ろうとする手を握られて。

やわらかい布を頬に当てられた。そっと、水気を取るように。まるで、壊れ物を扱うみたいに。
優しいんだな。王様なのに。


「だ、大丈夫。ええと、あの、どこから入って来たんデスか……?」

一応、鍵は閉めといたような気がするんだけど。

そこだ、と示されたのは。
さっき部屋を見て回って、開かないから、飾りかと思っていたドアだった。
この寝室、王様の部屋の寝室と繋がっているという。

何で?


『案ずるな。余が身柄を預かると決めたのだ。その責を持ち、イチを幸せにすると誓う』
そう言って。

けぶるような長い睫毛の間から、紫水晶みたいなきらきらした瞳がまっすぐにこっちを見ている。
超絶美形のアップは心臓に悪い。無駄にドキドキしてしまうじゃないか。

ウルジュワーンの顔を直視できなくて、視線を下ろしたら。


「んんっ!?」
口を口で塞がれて。後頭部を押さえられて。

「……っ、」
そのまま、ベッドに押し倒されてしまったのだった。


◆◇◆


何? 今、何が起こってこうなった!?


”幸せにする”って。

まさか。
プロポーズの言葉だったのか!?


「んう、……っ、」

口をこじ開けるみたいにして。ぬるん、と舌先が入ってきた。
……これ、ディープキスってやつだ。

別に大事に守ってきたわけじゃないが。俺の、ファーストキスが。
男相手に。それも出逢ったばっかの、異世界の、超美形な王様相手に奪われるとは。予想外にもほどがある。


俺だって、年頃の普通の男だし。知識だけは一人前にある。
男同士のも。一応。

って。ケツでするんだろ? ピストン運動を。

噂では、すげーイイって話だけど。
ケツだぞ!? 怖すぎる。


嘘だろ。
何で、俺みたいな一般人が、こんな目に遭うんだ?

いくらこの世界じゃ、”カワイイ”とされる存在だからって。
何もかも普通で。面白味もないだろう、ド庶民の俺が。よりによって、王様からこんなことをされるなんて。

そういうのは、プリンセス願望持った女子相手だけにしてくれよ!


◆◇◆


『……イチは、いくつになる?』

「じゅ、十七。もうすぐ、十八……」
未成年なので! インコーは、カンベンしてください……!!

『なんと。年上だったか!』
ウルジュワーンは、俺の年を聞くと。驚いたように目を瞠った。


『……ならば、何の遠慮もいらないな?』
にやりと笑った。

うう、そんな笑顔も麗しい……。

え? って年上って言った? ってことは、年下だったのかよ!?
ウルジュワーンってば、俺よりも年下!?

こんないい身体して。どっからどう見ても、大人にしか見えないのに!?


「こういうの、したことないし! 遠慮してください!」

じたばたと暴れようとしても。容易く押さえつけられてしまう。
日本人の平均的な体格では、異世界の恵まれた肉体には勝てないのだった。


ウルジュワーンは、嬉しそうに目を細めた。
『ほう、未経験か。では、余が手取り足取り、この身体に快楽を教えてやろう』

教えてやろうって。いらないよ!
年下のクセにー!


勇気を出して年を聞いたら、ウルジュワーンはなんと16歳だった。
王様は16歳。若じゃん。若い若様じゃん。

王子だったけど、前の王様が死んでしまったので。去年、王座を継いだばかりだという。
全然そうは見えない貫禄があるのに。


◆◇◆


この世界の人間は、本来、頑張れば200歳くらいまで生きられるくらい寿命が長いのに。生きる気力がないと、すぐに死んでしまうらしい。

人口が減っていった頃から、生きる気力をなくした人間が多くなって。それで、どんどん平均寿命が下がっていったようだ。
もっとやる気を出せ。


近衛隊の平均年齢も、18歳だっていうし。
一番年上が20歳とか。少年隊じゃん。そういや、みんなハタチ前後なんだって言ってたな。前だけじゃん。後がいないじゃん。

ラクさんもハルさんも、俺と同い年だった。
嘘だろ。特にラクさん。その貫禄はどこでつけたんだと言いたい。絶対5歳以上は年上に見えるもん。逆サバ読んでない?

ダルさんはいっこ上だった。それはまあ、どうでもいいかな。


ウルジュワーンは、かなり優秀だけど。
あまりやる気のない王様だったという。子供作ったらとっとと王様業を引退しよう、と考えていたくらいにやる気がなかったそうだ。

そんなウルジュワーンが。

今、生まれて初めて興奮しているとか言ってるんですけど。
普通の容姿をした日本人……異世界人である、この俺相手に、だ。


いくら超絶美形に飽きるほど見慣れたからって、そりゃねえだろ。
目を覚ませといいたい。

言える余裕なんか、与えられなかったけど。
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