異世界の天使~鳥は二度羽搏く

篠崎笙

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レティシアにて

イザヤ:敵襲

「どうしたハーマン、寝不足か?」

ハーマンの目の下に、くっきりとそれとわかる隈が出来ていた。
体調管理も仕事のうちだというのに。情けない。

「……誰の部屋の隣だったとお思いで?」

じろりと睨めつけられ、嫌味っぽく言われた。
……ああ、なるほど。

朝方まで、イニスの悩ましい声を聴かせてしまったか。
それでは安眠できまい。


「それはすまなかったな。独り身には堪えよう」
笑顔で背中を叩いてやる。

「殿下は元気ですよね!」

ハーマンは腹を立てた様子で、馬を早駆けして行ってしまった。
26にもなって、おとなげないやつだ。


そういえば。あれほど欲望を吐き出したというのに、体調はすこぶる良い。
愛ゆえか。

イニスは馬車で、毛布に包まれて夢の中だ。
寝顔も愛らしい。

ずっと眺めていたいが。
きちんと仕事をしなければ、イニスに呆れられてしまいそうだ。

愛する人にはなるべく格好良い姿を見せたい。


◆◇◆


ハーマンが戻ってきた。

「……この先に、山賊がいるっぽいです」
気配を感じ、戻って来たようだ。

山賊、か。


「我が騎士団の旗を見て襲うほどの馬鹿と思うか?」

この国で、私の騎士団に手を出そうと思うのは、死を望むのと同じことを意味するのだが。
たまに腕試しのつもりなのか、わざわざ死にに来るものがいるのだ。気が知れない。

「馬鹿に1リン」
ハーマンが手を上げた。

「私も馬鹿に1リン」
副隊長のアンドリューもそちらに乗ったようだ。


「1リンでは花も買えぬではないか。……では、馬鹿であれば、今宵は眠らせてやろう。そうでなければ、皆に一杯奢る、でどうだ」
連続で抱いては、イニスの体力がもたないしな。

「わー嬉しい……」
「馬鹿でないといいですけど」
「俺はどっちでも嫌だな」

どういう意味だ?
私と酒を酌み交わしたくないとでも?


後方の馬車には、遅れて来るよう指示をする。
万一、イニスの乗る馬車が巻き込まれたりしないように。


◆◇◆


手綱を繰り、一番に馬を走らせると。
矢が飛んできたので、剣で払う。

……馬鹿だったか。
知らず、口元が笑みを作ってしまいそうになる。


林の陰に隠れているのも含め、総勢50名、といったところか。
我が騎士団を襲うには、少なすぎる。

その十倍以上連れて来ても勝ち目はないだろうが。
やはり馬鹿だな。


「あンたがイザヤ王子か?」

リーダー格だろうか。赤毛の男が馬の前に立ちふさがるように現れた。
手には曲刀を持っている。切れ味は良さそうだ。

あとから数十人、わらわらと出てきて、道を塞いだ。
自主的に扇状に並んでくれるとは、丁度いい。

「そうだが。私に何か用か?」


男は、こちらに曲刀の先を向けた。
「ウェンデルには、商品を卸してたンだ。商売の邪魔をしてくれた慰謝料を貰いに来たぜ」

卸していた商品は、麻薬か、人間といったところか。
では、遠慮はいらないな。


「慰謝料か。わかった。今すぐに支払おう。受け取れ」
懐に手を入れ、革袋を取り出して。

男に向かってそれを放ってやる。

「へ?」
男は目を剥いた。


「貴様らの命、10リンで貰い受ける」


◆◇◆


男に向けて放り投げた袋には、リモネの汁が入っている。
魔術により、それは針状に固められ。

男が受け取ると同時に炸裂。
リーダー格の男は、全身穴だらけになり即死した。

その場に居た賊総て、死ぬか悶絶しながら地に伏した。酸は傷にしみるのだ。


林に潜んでいた10名の賊には、10リン。
同じように魔術で小銭を投げ飛ばして仕留めた。

罪人への手向けには多すぎたか。


「うっわぁ……相変わらずえげつねえ術使いますねえ……」
「全滅ですか?」
ハーマンとアンドリューが、先立って追いついてきた。

えげつないだろうか?
辺りは血塗れだが。内臓はぶちまけてはいないし、綺麗なものだと思うが。


「ウェンデルの残党であった。”商品”を卸してたそうだ。使い走りのような者は急所を外し、生かしておいたぞ」
リモネの針で、悶え苦しんではいるが。

「そういうとこがえげつないんですって……」


「回収!」
ハーマンが言い、兵士や騎士たちが死骸やまだ息のある者を回収する。

辺りにリモネの爽やかな香りが漂う。

「ひええ、頭部、原形とどめてねえよこれ」
「俺もうリモネッロ飲めねえ……」

「誰だ情けないことを言っているのは。まさか騎士ではあるまいな?」
皆、慌てて回収作業をしている。


イニスはまだ夢の中のようだ。
汚いものを見せずに済みそうで、よかった。


◆◇◆


次の目的地は、ニューエル。

オリバー伯の統治する街だ。
オリバー伯は、現在のところ悪い噂も聞かないし、ニューエルも、特に視察するべき場所はないのだが。
視察しなければいけない決まりなので仕方ない。

宿を取り、仕度をしていたら、オリバー伯が挨拶に来た。


「今からそちらへ向かう用意をしていたのだが」
来られては困るような、疚しい秘密でもあるのだろうか。

「いえ、先程盗賊団討伐の報せを受けまして。是非お礼を申し上げたかったのです」
オリバー伯は赤毛の大男で、気の良さそうな顔をしていた。

やつらのせいで治安が悪化したので、討伐隊を組もうと準備していたところだったという。


「礼を言われるほどのことではない。行く手を塞がれたので相手をしたまでのこと」
「賊のリーダーは剣技が凄まじく強いとの話でしたが、やはり殿下の剣技が勝りましたか? 賊はどうなりましたか?」
どうやら武勇伝を聞きたいようで、わくわくしている様子だが。

通常、騎士団が賊と一対一で戦うことはない。決闘ではあるまいし。
私は一人で退治したが。

「いえ、リモネマインで蜂の巣でした」
ハーマンが申し訳なさそうに言った。
私の術を、勝手におかしな名称で呼ぶでない。


オリバー伯はその詳細を聞いて顔面蒼白になっていた。
大きな図体をして、気の小さな男なのだろう。

「視察に来られるのでしたね。お待ちしております」
オリバー伯は礼をし、戻っていった。

何とはなしに、その後姿を見ていたが。


オリバー伯は。
イニスを見て、立ち止まり。


……イニス、と呼んだ。
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