異世界の天使~鳥は二度羽搏く

篠崎笙

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レティシアにて

イニス:陵辱と救済者

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……何が起こったんだろう。

ぐらぐら揺れている。
あちこちから、叫び声が聞こえる。


領主の男は、娼館での常連だった。

僕を、初めて犯した男。僕に何度も孕めと言った男。
それが、どうして。


『かわいそうに……あの悪魔に捕らえられていたのだね。こわかっただろうに……私の愛しいイニス』
大きな手によって抱き締められ、頬ずりされる。

男は、馬に乗っていて。
僕は男に、人形みたいに片手で掴まれてる状態だった。

後ろから、騎馬隊が追いかけてきている。


「イザヤに逆らったら、殺されちゃうんでしょ? 何で……」
こんな馬鹿なことをしたのか、とは言えなかった。

馬が走ってるため、舌を噛みそうになった。

『おお、言葉を覚えたのか。しかも、私を心配してくれるとは……何という優しい子だ。やはりきみは、本物の天使なのだね』
……天使?


男は言った。
『あの”天使の館”できみを見たときから、私はきみを愛してしまったのだ』


◆◇◆


天使の館。


ぞっとした。
あの娼館は、そんな名前だったのか。おぞましい。

男でも女でもない子供を作って。
それを天使と呼ばせて、客を取らせていたのか。


『私以外の男に抱かれるなんて、許せなくて。あそこから救い出す機会を狙っていたのに。……あの悪魔に、先を越されてしまった』

男の目が、狂気ともいえるような怒りに光っていた。
『悪魔め。……それだけでは飽き足らず、私の弟を、惨殺するとは……』

手に、力が込められる。
肋骨が、みしりと音を立てた。

「い……っ、」

『ああ、すまなかった』
手の力が緩んだ。


弟……って。
まさか。盗賊団の男?

レモン爆弾で、原形をとどめない酷い姿で死んだっていう?


『今度こそ、私の子を孕んでもらうよ』

男の声は、熱っぽかった。
まるで、恋をしているように。


……怖気がした。


◆◇◆


領主の屋敷の中だろうか。
中を、めちゃくちゃに走っていたような気がする。

ここは地下室のようだ。
鉄で出来たような厚い扉。上から、かすかに怒号が聞こえるようだけど。


『……私はあの悪魔に殺されるだろう。しかし、その前に、きみを抱く』

「!?」
服を、力まかせに引き裂かれる。

『さあ、孕んでおくれ。私の子を』
ズボンも、下着ごと剥かれた。

首輪も外そうとしたけど。これはどうにもならないと、すぐに諦めた。


『あの悪魔でも、きみの子なら、殺さないだろう。きみを傷付けるおそれがあるからか、チャンスはあったのに、一切攻撃をしてこなかったくらいだからね。……だから、安心して身篭っていいんだよ?』
男の声は、あくまでも優しかった。

だからこそ、こわかった。
こいつは本気で、僕を孕ませようとしてる。

犯される。


……いやだ。

気持ち悪い。
嫌悪感で、吐きそうだ。


身体が、震えているのがわかる。

「や、」
お尻に太い指を突っ込まれた。


朝方まで、イザヤに抱かれていたから。
まだ。

『やわらかい。これならすぐに入れても大丈夫そうだ……』
男はうっとりと目を細めていた。

「無理、あんなおっきいの、無理、」
男の指は、そこを拡げるようにうごめいている。

男のものは、太く、大きかった。
ダミアンに慣らされたのに。痛かったのを覚えている。


『ああ、私のをちゃんと覚えてくれていたのだね。……そう、きみの大好きな、おっきいのを、あげるよ』

先走りでべとべとなものをあてがわれて。

「いやあっ、入れちゃ、やだぁ、」

泣き叫んでも。男はきかない。
目の焦点が合っていない。

こわい。
……助けて。イザヤ。


『……孕め。私の子を孕むんだ、イニス』

「ひ……っ、」
ぐっ、と突きつけられる。


◆◇◆


『孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕めっ!』
何度も腰を叩きつけられる。

「あぐ……っ、ぐ、……くぁ、」


胃の中身を、全部吐き出したんじゃないかと思う。
喉が、焼けるように痛い。

もう、胃液も出ないのに、吐き気がおさまらない。
涙や鼻水、吐瀉物で顔がぐしゃぐしゃだというのに、男は萎えない。

男の精液のにおいと、饐えたにおい。


腰を叩きつけられて、ぐらぐら揺らされて。
更に吐き気がもよおされる。

気持ち悪い。


そうか。
僕はずっと、こんな気持ち悪いことを、されていたんだった。

心を殺して。
何も考えないようにしていた。

そうするしかなかったから。


……イザヤに抱かれてるときは、こうじゃなかった。
心を殺さなくても良かった。


そうか。
僕は、もう、とっくに。


◆◇◆


『孕めっ、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、まだ、孕まないのか!』


苛立ったように男が腰を叩き付けるたびに、ぐちゃぐちゃ耳障りな音がする。
中に、いっぱい出された。

焼けるように痛かったお尻の感覚は、もう無い。
間違いなく、切れてるだろう。


……孕むわけ、ないじゃないか。

愛し合う2人の間にしか、子供は生まれないんだろ?
おまえなんか、好きじゃない。


一方的に気持ちを押し付けてくるだけの、ただの、少年趣味のヘンタイなんか。
大っ嫌いだ。


『孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め、孕め!』

ああ、うるさい。
心底気持ち悪い男だ。

僕に女神のご加護があったとしても、おまえの子なんか、絶対に孕まない。死んでも無理だ。


『孕、ごぼっ』
ごぼ?

男の動きが止まった。


「ひっ、」
中に、大量の精液が叩きつけられた。

「うう……、」
気持ち悪い。

泣きたくても、もう、涙も何も出やしない。


ずるり、と大きなものが引き抜かれていく。
べちゃ、と何かが落ちた音がして。


続いて、巨体が後ろで倒れた音が響いた。


◆◇◆


……イザヤ。


血で汚れた長刀を手にして。イザヤは完全に無表情で、立っていた。
白い軍服が、鮮血で、紅く染まっている。
美しい顔にも。

全身に返り血を浴びた、凄惨な状態なのに。
思わず、見惚れてしまうほど。

あまりに美しい、その姿。


イザヤは、僕の方へ手を差し出したけど。
吐瀉物や、涙や鼻水でぐちゃぐちゃな、みっともない自分の顔を見られたくなくて、顔を背けた。

『すまない。いやかもしれないけど……来て?』
マントで、身体を包まれる。

イザヤのマントが、汚れてしまう。
いやだと首を横に振るけど。抱き上げられて。


顎から上が消失したあの男の死体から、血が噴き出しているのが見えた。
さっきの音は、これだったのかと理解した。
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