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ローラン・ロートレック・ド・デュランベルジェの人生
Merci de m'avoir choisi.(選んでくれてありがとう)
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「……馬鹿なやつだ」
アンリは苦笑して。俺の額を指でバチン、と弾いた。
「痛っ、……?」
思わず弾かれた額を押さえる。
今のは何だ? 初めて見る仕草だが。わりと痛かった。
「私は、この身体はともかく、精神的には男として育って来た。性認識もそうだ。……ここまでは理解しているな?」
念を押され、頷いて見せる。
それは知っている。
アンリ自身、15歳になるまで、自分が完全体だと知らなかったことは、目の前で一部始終を見た。
俺も、アンリは普通の男だと思っていた。普通というには美しすぎるが。
「想像してみろ。自分は幼少の頃から国王になることを目指していたとして。例えば……そうだな。ヴェルソー侯から、自分が国王になるので王配になって欲しいと言われたらどうする?」
「断るに決まってる」
俺が仕えたいのは唯一、アンリだけだ。
「ああ。私も断る」
*****
「……?」
今、アンリは何と言った……?
アンリがもしも、ヴェルソー侯から王配になって欲しいと乞われたとしても。
その申し出は断る、と言ったように聞こえたが。
アンリは国王になりたいから、俺の申し出を受け入れたんじゃなかったのか?
そう思っていた俺に。
アンリは、思いもよらないことを言った。
「もし、ヴェルソー侯が本気で国王を目指せば、こちらはやや不利になる。だが、私は自分の身を犠牲にしてまで、王座が欲しいとは思っていない」
「な……っ!?」
じゃあ、何で。俺の申し出を受け入れた?
約束の証に抱かせろと言われて。それを承諾したのは。
アンリは微笑みを浮かべて。
己の胸の膨らみに手を当てて、言った。
「この身体に触れていいのは、世界でただ一人。お前だけだ」
*****
「……しかし。お前は私のことを、誰が相手でも寝るような尻の軽い男だと思っていたのか?」
アンリは拗ねたように唇を尖らせた。
言われてみれば、そう言っていたも同然だった。
アンリは極度の恥ずかしがりで。
人前で服を脱ぐのも嫌がり、この年まで清らかな身だったというのに。
「え? いや、その。まさか、あんたが俺のことを受け入れてくれるなんて、信じられなくて」
おたおたしている俺に。
優しげな笑みを浮かべて、アンリは言った。
「知らなかったのか? うちに押しかけて来るのを許しているのも、お前だけだったのだが」
ベリエ領の城は通常、許可のない人間は俺以外は門前払いで。勿論裏門も、俺以外の誰が来ても衛士が追い払っている。
基本的に、出入りの商人や王城からの使者以外の来客は許していない、とのこと。
俺が行くと、裏門の衛兵は俺の顔を覚えていて。笑顔で門を開けて、庭へ通してくれた。
特別お目こぼしされていたのは知っていたが。
まさか唯一、俺だけだったとは。
「まあ、稽古も相手がいた方が張り合いがあるし、女中たちも、ロロが来るのを楽しみにしていたからな」
照れているのを隠すように、早口でそう言った。
「ええと、その……。もしかして俺、わりとあんたから愛されてたり、する……?」
「”わりと”程度で受け入れるほど、軽くはないつもりだ。……後は察しろ」
頬を染め、怒ったように言った。
では。
少々の好意、程度ではなく。
アンリから、かなり好かれている、と。受け取ってもいいのか? 本当に?
「……なんたる僥倖。これは夢か? 神よ……」
思わず、口をついて出た言葉。
……神?
俺の頭にあったのは。
この世界の唯一新である、トゥトゥ神ではなかった。
では、俺は今。
何に対して、感謝した?
額から胸。両肩に手を動かす祈りなど。
この世界には、存在しないというのに。
アンリは苦笑して。俺の額を指でバチン、と弾いた。
「痛っ、……?」
思わず弾かれた額を押さえる。
今のは何だ? 初めて見る仕草だが。わりと痛かった。
「私は、この身体はともかく、精神的には男として育って来た。性認識もそうだ。……ここまでは理解しているな?」
念を押され、頷いて見せる。
それは知っている。
アンリ自身、15歳になるまで、自分が完全体だと知らなかったことは、目の前で一部始終を見た。
俺も、アンリは普通の男だと思っていた。普通というには美しすぎるが。
「想像してみろ。自分は幼少の頃から国王になることを目指していたとして。例えば……そうだな。ヴェルソー侯から、自分が国王になるので王配になって欲しいと言われたらどうする?」
「断るに決まってる」
俺が仕えたいのは唯一、アンリだけだ。
「ああ。私も断る」
*****
「……?」
今、アンリは何と言った……?
アンリがもしも、ヴェルソー侯から王配になって欲しいと乞われたとしても。
その申し出は断る、と言ったように聞こえたが。
アンリは国王になりたいから、俺の申し出を受け入れたんじゃなかったのか?
そう思っていた俺に。
アンリは、思いもよらないことを言った。
「もし、ヴェルソー侯が本気で国王を目指せば、こちらはやや不利になる。だが、私は自分の身を犠牲にしてまで、王座が欲しいとは思っていない」
「な……っ!?」
じゃあ、何で。俺の申し出を受け入れた?
約束の証に抱かせろと言われて。それを承諾したのは。
アンリは微笑みを浮かべて。
己の胸の膨らみに手を当てて、言った。
「この身体に触れていいのは、世界でただ一人。お前だけだ」
*****
「……しかし。お前は私のことを、誰が相手でも寝るような尻の軽い男だと思っていたのか?」
アンリは拗ねたように唇を尖らせた。
言われてみれば、そう言っていたも同然だった。
アンリは極度の恥ずかしがりで。
人前で服を脱ぐのも嫌がり、この年まで清らかな身だったというのに。
「え? いや、その。まさか、あんたが俺のことを受け入れてくれるなんて、信じられなくて」
おたおたしている俺に。
優しげな笑みを浮かべて、アンリは言った。
「知らなかったのか? うちに押しかけて来るのを許しているのも、お前だけだったのだが」
ベリエ領の城は通常、許可のない人間は俺以外は門前払いで。勿論裏門も、俺以外の誰が来ても衛士が追い払っている。
基本的に、出入りの商人や王城からの使者以外の来客は許していない、とのこと。
俺が行くと、裏門の衛兵は俺の顔を覚えていて。笑顔で門を開けて、庭へ通してくれた。
特別お目こぼしされていたのは知っていたが。
まさか唯一、俺だけだったとは。
「まあ、稽古も相手がいた方が張り合いがあるし、女中たちも、ロロが来るのを楽しみにしていたからな」
照れているのを隠すように、早口でそう言った。
「ええと、その……。もしかして俺、わりとあんたから愛されてたり、する……?」
「”わりと”程度で受け入れるほど、軽くはないつもりだ。……後は察しろ」
頬を染め、怒ったように言った。
では。
少々の好意、程度ではなく。
アンリから、かなり好かれている、と。受け取ってもいいのか? 本当に?
「……なんたる僥倖。これは夢か? 神よ……」
思わず、口をついて出た言葉。
……神?
俺の頭にあったのは。
この世界の唯一新である、トゥトゥ神ではなかった。
では、俺は今。
何に対して、感謝した?
額から胸。両肩に手を動かす祈りなど。
この世界には、存在しないというのに。
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