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ローラン・ロートレック・ド・デュランベルジェの人生

Je ne peux plus me retenir.(もう我慢できない)

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「移動魔法を使わないのか?」
首を傾げている。

正直言えば、俺も今すぐ寝室へ直行したい。だが。

「この人は俺のものだって、見せつけて歩きたいんだ」
皆に見せびらかす目的で、こうして国中を練り歩きたいところだが。
それは後日、パレードでやるつもりだ。

「そうか。……疲れたら、言え」
「いや、アンリは軽いから大丈夫だ」

疲れたと言ったら降りる気なのかと思い、抱く腕につい力が入ってしまったが。


「違う。……回復魔法、かけてやるから」
頬を染め、恥ずかしそうに言った。

「……ありがとう」

アンリは軽いから、疲れることはないだろうが。
その気持ちが嬉しかった。


*****


ベリエ領の城からついてきた女中が祝いの花を撒く中、彼女らは俺たちの仲を密かに応援していたのだと教えられた。
”BL”というジャンルがあることは知っていたが。この世界にもそんな趣味を持つ娘たちがいるとは。

[……同人誌が出せるような平和な世の中になるには、どのくらいかかるかなあ]
寝室に入ったところで、アンリが日本語で呟いた。

「俺がついてる。すぐ読めるようになるだろ」
安心しろ、と背を撫でてやる。

BLなら、すぐ出そうな予感がするが。
まずは見本として、俺の妄想を書きなぐった本でも出すか。駄目だ。秒で発禁になりそうだ。


「ただでさえ国民から大人気な王様が”フタナリ”なんだから、あんたの大好きだった”フタナリ”も流行るだろ」

[だからそれは俺の趣味じゃねえって何度言ったらわかるんだよ!?]
相変わらずアンリは可愛い。


*****


寝室には、うちの城から持ってきた天蓋付きベッドを据えた。

天蓋を覆うレースのカーテンも、黒い絹のシーツも全てアンリのために作らせた、最高級の特注品だと言ったら驚いていた。
乙女趣味? 誰がだ? 俺?


お姫様抱っこのままベッドまで運び、そっと寝かせる。
結婚したんだな、と思うと泣きそうになるが。結婚はゴールではない。スタートだ。

「長かった。これほど求めたのは、あんただけだ」
前世では半年くらい、生まれ変わってからは17年間。ずっと求めてきた。

「こうして受け入れてくれるなんて、奇跡みたいだ」


[まあ、普通はドン引きだよな]
悪戯な少年のように笑う。
こんな素の表情を見せるのも俺だけだと思うと。幸福感が沸き上がる。

「ははは、あんたが普通じゃなくてよかった」

[それ、褒めてなくない?]
拗ねた顔も可愛い。

「とんでもない。褒めてるよ。あんたが特別なんだ」


異世界の言葉と日本語で会話をするのも、おかしなものだが。
それがお互いの”素”の姿だ。


*****


アンリの額や頬に、触れるだけのキスを落とす。
伴侶の証である、左手薬指の指輪にも。

[でも、こっちまで追いかけてきてくれたの、なんだかんだ言って嬉しいっていうか。良かったと思ってるよ? この異世界で、たった一人じゃないんだって思えるし。こうして、日本語での話もできる]

俺がいるだけでも、かなり救われているという。

「そこでそう思えるあんたが、心から愛おしくてたまらない」
前向きというか。
あまりに素直に受け入れてくれるので、不安になったくらいだ。

俺だけだと知って、安心したが。


手の甲にキスを落とす。
「俺が惹かれたのは、その純粋で美しい魂だ。俺が触れて汚したら駄目だってわかってるのに。どうしても欲しくて、我慢できなかった」

[アンドレもだけど。お前ら、俺アンリに対して夢を見過ぎだっつーの]
「だが、同人誌の内容を実際にやったり、しようと考えたこともないだろう?」

[そんなのだろ。凌辱モノだぞ? 普通に犯罪じゃん]

当たり前、か。
その当たり前が当たり前ではない世界に生きていたにとって、その潔癖さは眩しいくらいだ。
それはも同じことだが。
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