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背中に爪を立てて、と望まれました。

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「宗司。君だけが、私に痛みや快楽を与えてくれる、唯一の存在だ。喜びや悲しみ、愛情という、人間的な感情を教えてくれる……」
愛おしそうに、額にキスをされた。

「理由はわからないが。君をひと目見た時、が震えるのを感じた。それまで中身の無い人形のようだった私に初めて感情を与えてくれたのが君だった」


ヴィットーリオは、天才児だった。
母親ですらその異様さに引いてしまうほどの。

1歳の頃、もうすでに言葉もしっかり理解していたし、テレビなどで見聞きした言語は全て記憶していた。

乳児の時点で達観していて。
泣きも笑いもしなかったのが、隣の子……僕と一緒にいる時は、普通の子供のように見えたという。


*****


それを聞いて、僕も驚いた。

ちょっと変なところはあったけど。
よく笑う、可愛らしい子だと思ってたし。


じゃあ。
大人になったら結婚しようとか、一緒に住みたいとか、白いエプロンつけて欲しいとか。

子供の口約束じゃなく。
ちゃんと意味を理解した上で、本気で言ってたの!?


当時は、毎日が楽しくて。
いつも、明日が待ち遠しかったという。

夕方にお別れする時は、離れ離れになるのが嫌だって、泣いてごねてたっけ。
また明日って、指切りしたら笑ってくれた。

思い返せば、いつもニコニコ笑ってた。
可愛い鷹ちゃん。

大好きだった幼馴染み。


でも。
鷹ちゃん……ヴィットーリオにとって僕は、幼馴染み以上の存在だったんだ。

本気で”私の人生ラ ミア ヴィータ”って言い切っちゃうくらい。

自由になって、僕を迎えにいくために、マフィアのボスになって。クリスティアーニの総帥の座を手にして。
自分の命をかけるほど。


赤ん坊の頃から今まで、ずっと同じ気持ちで、変わらなかったとか。
執念深いってレベルじゃない。

もはやすごいな、としか言えないけど。


*****


手を握られて。
その手を、ヴィットーリオの左肩まで持ってこられて。

「もう一度、に爪を立ててみてくれないか?」
真顔で頼まれた。

え、傷口に?
爪を立てろって?


「今まで、”傷みドローレ”というものは、相手に恐怖を与え、支配するためのものだと認識していた」

それ、マフィアが言うと、ものすごく怖い。
リアルで怖いんだけど。


「しかし、先ほど君が与えてくれた”痛み”は、私に”痛み”だけではなく、”官能フンツィオナーレ”を与えてくれたのだ」

そんなドMみたいな。
いや、今の発言は、間違いなくドMのそれだった。


「僕は痛いの嫌だし、人に痛いことをするのも嫌なんだけど……!」
手を引こうとしても、動かせない。

自分の傷の辺りに僕の手をぐいぐい押し付けさせるのやめてくれないかな!?


「大丈夫だ、痛くはない。むしろ気持ちいいほどだ」

額に汗を浮かべて。
何だか恍惚としたような顔をしてるし。

「うわあ、やっぱりドMだ!」

嫌がる顔より、気持ち良さそうな顔が見たい、ということで。
傷口に爪を立てるのは勘弁してもらったけど。


その代わり、なかなか眠らせてもらえなかった。


*****


翌朝、怪我の具合を見に来たリッカルドは。

ヴィットーリオが得意げに痛みを感じるようになったというのを聞いて。
それならもう少し怪我をしないよう自重してください、と呆れたように言った。

心の底から同感だった。


幸い、傷口は開いてなかった。
本当に丈夫な身体だ。

痛みを感じないせいで、ろくに回避や防御をしようとしないので。
それで恐れられてもいたようだけど。

まあ、撃たれたり刺されてもノーダメージな様子で、無表情のまま向かって来られたら怖いか。

刃物を通さないシャツや防弾チョッキも、リッカルド達が心配して、無理矢理着せてる状況だそうだ。
困ったボスだな。


『これからは、首領が怪我をしたら、貴方の大切な方が心を痛めることをお忘れなく』
リッカルドに諭されて、ヴィットーリオは驚いたような顔をしてこっちを見た。

「そうなのか?」
と聞かれたので、こくこく頷いた。

『ならば、何よりも大事な愛しい我が半身のために、危険からは身を避けるようにしよう』

これからは気をつけてくれるようだ。
でも、その言い方、どうにかならないかな……。


『そうしていただければありがたいですね。……我々の心労も少しは思いやって欲しいものですが』
リッカルドは、大きな溜め息を吐いた。


今までは、何度言っても聞いてくれなかったんだろうな。
お疲れ様です……。


*****


そろそろ、母さんの四十九日だというので。

日本に一時帰国させてもらえるようだ。
自分が着いていくと騒ぎになるだろうから。南郷さんを僕の上司ということにして護衛につけるという。

日本じゃそんな護衛が必要なほど危険なことなんて、滅多にないと思うけど。
心配性だ。


挨拶をするために、町内会の会議所に顔を出したら。
近所の人たちは、母さんの葬式の後、突然居なくなってしまった僕を心配してくれていたようだ。

「我が社の研修の都合で、急ぎの用だったもので」
南郷さんは、懐からカードを取り出した。

それは名刺、ではないようだけど。
クリスティアーニ法律部門……? そんなの聞いてないよ!?


「確か、稲葉さんの葬式の時にも、きびきびと指示してた方よね? ……てっきり葬儀屋さんかと」
「あらあら、上司の方が手伝ってくださったのね、内定おめでとう」

「有名な会社でしょう? おめでとう」
お祝いの言葉を掛けられた。

「そういえば、稲葉の奥さんも、クリスティアーニの下請け会社でパートされてたわ。やっぱりねえ……」


え?
どういうこと?

「それでは法事の支度がありますので、」
南郷さんに背を押されて。


待たせてあった黒い車に乗って、その場を去った。
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