神様の手違いで死んだ俺、チート能力を授かり異世界転生してスローライフを送りたかったのに想像の斜め上をいく展開になりました。

篠崎笙

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プロローグ:滝凛太郎の人生

最後の記憶

 俺の名前は瀧 凛太郎たき りんたろうという。

 名乗ると、大概の人が「ん?」と首を傾げる。おそらく、大多数の人が思い浮かべているのは、高名な作曲家の名だと思われる。
 あちらは廉太郎れんたろうだし、親戚でも何でもない、全くの他人であるのだが。
 どういうつもりでこんな紛らわしい名前を付けたのか。理由を訊いてみたが、名付けた当の父は、俺が物心つく前にはもう亡くなっていたし。母は理由を訊いておらず、特に疑問も持たずに「良い名前ね」と即決したという。日本の有名な作曲家には興味がなかったようだ。


 俺は、東京都は某区立保育園に勤める調理師……だった。

 専門学校で調理師免許と栄養士の資格を取り、公務員試験を受けて調理師になった。
 志望理由は、特に何という事もない。俺が高校三年の時に亡くなった母が小学校の調理師をしていたのだが。葬式などで母の同僚から話を聞いたりしているうちに、自分もやってみたくなって、志望していた大学から調理師専門学校へ進路を変え、公務員試験にも合格したので志望した職に就けた、というだけの話である。

 地方公務員なので、とんでもないやらかしでもしない限りは定年まで安泰な仕事である。
 しかし、公務員の悲しさで。3年に一度くらいに試験や異動もあり、やっと職場に馴れた時に離れることになる。
 それと、有事の際には何よりも職場に駆けつけなければいけない義務がある。台風や大雨などの災害時には炊き出しに呼び出されたこともあった。

 冬は水場で底冷えし、夏はクーラーも効かない蒸し風呂のような調理室で。重い寸胴鍋などの調理器具を使うので、肉体的にはかなりきつい仕事だ。
 それでも、俺が当番の時は子供が残さずに完食してくれたり、笑顔で「おいしい」と感想を言ってくれた時は嬉しかったし、異動や卒園時には折り紙で作られたお花を貰ったりして。
 やっぱりこの職についてよかったなあ、とほっこりしたものだ。


 おばちゃんの多い職場で力仕事を押し付……もとい任されたり、コミュ障気味なのをからかわれたりしていじられつつ。
 主任などに昇進して責任を負うのが嫌で、平のまま。
 昇進試験や見合いの話を持ってくる上司をのらりくらりとかわしながら調理の仕事をしているうちに30を過ぎ。パワハラだのセクハラだのでうるさくなった昨今、お見合い話を持ってくる人もいなくなってしまった。

 そして、女性の多い職場だと、女性に対しての幻想とか一切抱けなくなるので、結婚への憧れなんてものはとっくに枯れ果てていた。


 そんな感じで。
 独身のまま、35歳の誕生日を迎えた。

 両親はいないし。親戚とは母親の三回忌以来、特に交流もなく。
 友人は皆、既婚者になり。葬式や同窓会などの大きなイベントでもなければ会わなくなり、年始などハガキはメールになり、そのメールすら年に一度あるかないかくらいに疎遠になってしまった。

 家に帰っても、特にケーキを食べるでもなく。誰からも祝われることのない誕生日にも、もう慣れていた。


 *****


 普段通りに仕事を終え、駅前の商店街で総菜を買って帰るのがルーティンだったが。
 その日は「せっかく誕生日なんだし、たまにはいいか」と思い、奮発して、いつもよりちょっといい総菜を購入し、帰るところだった。

 特に変わりのない毎日。
 40歳を過ぎてもこのまま独りで過ごすのかなあ、などと思いながら信号待ちをしていたら。片側二車線の道路の向かい側に、電動自転車の前後に子供を乗せたお母さんがいて。その子供たちが俺に気づいて、手を振った。
 子供は二人とも、うちの保育園で預かっている園児だった。

 どうやら俺と同じように商店街で買い物をして帰るところだったようだ。
 前かごの買い物袋がぱんぱんで、子供が剥き出しのネギを持っていた。
 歩道が狭いため後ろを人が通れるように、自転車は横向きで停めていたので、子供二人の笑顔がよく見えた。

 手を振り返したら。園児らのお母さんも、俺に気づいて笑顔になった。
 送迎の時に何度か言葉を交わしたことがあったので、顔を知っていたのだ。

 ここまでなら、よくある光景だった。

 だが。
 この日はいつもと違い、とあるアクシデントがあった。


 お母さんも子供たちと一緒になって俺に向かって手を振った。
 その拍子に、持っていたスマホをすっ飛ばしてしまったのである。

 彼女は慌てて、落ちたスマホを拾おうとして屈み。
 バランスを崩した電動自転車が、子供達を乗せたまま車道へ倒れそうになった。

 ちょうど、信号も青に変わったタイミングだったのも幸いし、俺は慌ててそちらへ走った。
 最悪、自分が自転車の下敷きになる覚悟で。


 間一髪。
 自転車が倒れる前に、支えることができた。

 シートにベルトで固定されていたお陰で子供が落ちなかったので、ホッとしたが。
 前後に子供が二人乗った状態の電動自転車は重い。その上、両ハンドルには買い物袋も掛かっていた。
 更に、前傾姿勢になった不自然な体勢で自転車を支えてしまったため、あまり力が入らない状態だったので、起こすのに手間取ってしまった。

 冷静に考えれば、ハンドルに掛けられた買い物袋や子供達を一旦下ろして、自転車を建て直せば良かったのでは……、と後になって思うのだが。後の祭りである。


 俺が悪戦苦闘している間に信号は赤に変わってしまっていたが。
 幸い、信号待ちしていた車はことの一部始終を目撃していたからか、クラクションも鳴らさずに待ってくれた。

 どうにか苦心して、自転車を元通りに起こした。
 どこか不安げな顔をしていた子供達は、俺に向けてホッとしたような笑顔を浮かべた。


 その時だった。

 停止していた車をすり抜けてきたバイクが。
 まだ車道に残っていた俺に向かって突っ込んできたのは。


 *****


 もしそれが原付だったら、運が良ければ怪我だけで済んでいたかもしれない。

 しかし、俺に突っ込んできたのは、排気量の多い外国製の大型バイクだった。
 虹色に光るサングラスをかけ、いかつい革ジャンを着た髭のオッサンだったことだけは覚えている。


 横断歩道の前で、赤信号にもかかわらず自動車が停まってたら、それにはそれなりの理由があるのだと考えろ、と言いたい。
 しかも確認せず、スピードを出して突っ込んでくるなど言語道断の行いである。

 ……などと、その時の俺には、何も言えなかったが。


 何せ、俺は血だらけでバイクの下敷きになっていて。
 もはや口もきけない状態だったのだから。
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