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幕間Ⅰ
榊原流星の人生
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ウィリアム・ヘンドリック・ゲインズ=キングスレイ。
キングスレイ国の第二王子として生まれた私は。
15歳の時に再び生まれ変わった。
……生まれ変わる、というのは少々語弊があるか。
正確に言うならば。
この世界の人間であれば必ず15歳で行われる”神託”の儀式によって。
この世界に生まれる前の、もう一つの人生の記憶を思い出したのである。
*****
前の人生で、私は”アイドル”と呼ばれる職業だった。
今の世界には無い職業である。
ここでは、音楽を奏で、歌うのは吟遊詩人くらいしか存在していない。
この世界で”アイドル”という職業を説明するならば、”人々の前で恋愛などの歌を歌いながら踊り、時には芸人の真似事もする職業”だろうか? お遊戯呼ばわりする者もいたな。
自らその道を目指す者もいたが。
前世での私……榊原 流星は10歳の時、親によって事務所に売られた。そのために育てた、と言われたのだ。
ダニー北澤という、元アイドル歌手の創立した、業界最大手の芸能事務所である、ダニーズ事務所に所属していた。
所長がゲイだったせいか、そこは男のアイドルしか所属できなかった。女の目で見ているからだろうか? 所長が特別目を掛けたアイドルの女性人気はすごいものだった。見る目はあったのだろう。
そこでは、毎年数百数千は送られてくる書類審査から選ばれ、更にダンスや面接を通った数十名がアイドル予備軍として、研修所に入所する。
研修所には10にも行かない子供から、26歳までの研修員がいた。
研修員は狭い寮に閉じ込められ、体育会系のような縦社会を仕込まれ、バックダンサーや荷物運びなどの下働きをさせられる。
給料も支払われず、逆に授業料を払わされたりする研修員もいた。
アイドルとして表舞台に立てないまま研修所の年齢制限である26歳になり、事務所を辞める者も少なくなかった。
*****
流星は所長の目に留まり、すぐにデビューが決まった。
しかし、最初は一人で売られるはずだったが。一人で売るには微妙な人気の者たちと組まされ、5人集団のアイドルになった。
歌と踊りが売りの職業だというのに、何故かどちらも下手な者もいたが。
”アイドル”は笑顔で誤魔化せば許された。
人気があるうちは、寝る暇もなく分単位で仕事を押し込まれ。歌と踊りは一時間、最短では移動の車の中で覚えなくてはいけないこともあった。
番組の宣伝だからとタダ同然の早朝仕事も押し付けられる。
元々の仕事外である、身体を張ったお笑いの仕事や司会の真似事までさせられ。
楽器や料理ができるのは当たり前。学校へ行く時間も無いのにクイズ番組に呼ばれ、知性まで求められる。無知を笑われ、道化役を押し付けられる者もいた。
大御所芸能人やプロデューサー、スポンサーに媚びを売るのも仕事のうちだと身体を売ることを強要された者も少なくなかった。
とっくに汚れきった身体でも、若い女性に夢を売る仕事だからと言われ、事務所を辞めるか人気が衰えるまでは恋人も作れないし、結婚もできない。
結婚した途端に、あからさまに人気が下がるからだ。
”アイドル”という、表側の華やかな部分だけを見、憧れて芸能界入りした者は、こんなことをやりたかったんじゃない、と後悔しても。契約が終わるまでは辞めることもできない。
開き直って派手に遊び回る者もいたが。精神を病み、酒や薬に走る者もいた。
それでも、この仕事が少しでも好きだったのなら、満員の客席から応援される声に励まされていたかもしれなかった。
しかし、流星にとって、歌や踊りは生きる術でしかなかった。
楽譜通りに歌えて当然、見本通りに踊れて当然のこと。
流星は、芸能界の華やかな表面だけでない裏の部分も知っていたが。
この世界で暮らしていくには潔癖過ぎた。
枕営業を拒み。あやしげなクスリや闇営業を持って近寄ってくる者を突っぱねた。
人気のあるうちは、それらの”我儘”も許されたが。
30を過ぎ、人気が衰え、旬ではなくなった頃。
舞台の大御所との”接待”を、断れない形で持ってこられた。
元トップアイドルである流星には、それは死ぬほどの屈辱であった。
*****
追い込まれた流星はこれまで我慢してきた、芸能界の汚い部分をすべて書き連ね。雑誌社の何社かあてに、コピーしたそれを投函し。
呼び出された高層ホテルの窓から身を投げ、その生涯を自ら終わらせた。
10歳の頃から寝る暇もなく働いて。
稼いだ金は親兄弟にむしり取られ、手元には何も残らない。恋人もいない。
信じられる者すらいない。ろくな思い出もない。
そんな人生に疲れ果て。
何もかもが嫌になったのだ。
それが、前の人生の記憶の全てである。
キングスレイ国の第二王子として生まれた私は。
15歳の時に再び生まれ変わった。
……生まれ変わる、というのは少々語弊があるか。
正確に言うならば。
この世界の人間であれば必ず15歳で行われる”神託”の儀式によって。
この世界に生まれる前の、もう一つの人生の記憶を思い出したのである。
*****
前の人生で、私は”アイドル”と呼ばれる職業だった。
今の世界には無い職業である。
ここでは、音楽を奏で、歌うのは吟遊詩人くらいしか存在していない。
この世界で”アイドル”という職業を説明するならば、”人々の前で恋愛などの歌を歌いながら踊り、時には芸人の真似事もする職業”だろうか? お遊戯呼ばわりする者もいたな。
自らその道を目指す者もいたが。
前世での私……榊原 流星は10歳の時、親によって事務所に売られた。そのために育てた、と言われたのだ。
ダニー北澤という、元アイドル歌手の創立した、業界最大手の芸能事務所である、ダニーズ事務所に所属していた。
所長がゲイだったせいか、そこは男のアイドルしか所属できなかった。女の目で見ているからだろうか? 所長が特別目を掛けたアイドルの女性人気はすごいものだった。見る目はあったのだろう。
そこでは、毎年数百数千は送られてくる書類審査から選ばれ、更にダンスや面接を通った数十名がアイドル予備軍として、研修所に入所する。
研修所には10にも行かない子供から、26歳までの研修員がいた。
研修員は狭い寮に閉じ込められ、体育会系のような縦社会を仕込まれ、バックダンサーや荷物運びなどの下働きをさせられる。
給料も支払われず、逆に授業料を払わされたりする研修員もいた。
アイドルとして表舞台に立てないまま研修所の年齢制限である26歳になり、事務所を辞める者も少なくなかった。
*****
流星は所長の目に留まり、すぐにデビューが決まった。
しかし、最初は一人で売られるはずだったが。一人で売るには微妙な人気の者たちと組まされ、5人集団のアイドルになった。
歌と踊りが売りの職業だというのに、何故かどちらも下手な者もいたが。
”アイドル”は笑顔で誤魔化せば許された。
人気があるうちは、寝る暇もなく分単位で仕事を押し込まれ。歌と踊りは一時間、最短では移動の車の中で覚えなくてはいけないこともあった。
番組の宣伝だからとタダ同然の早朝仕事も押し付けられる。
元々の仕事外である、身体を張ったお笑いの仕事や司会の真似事までさせられ。
楽器や料理ができるのは当たり前。学校へ行く時間も無いのにクイズ番組に呼ばれ、知性まで求められる。無知を笑われ、道化役を押し付けられる者もいた。
大御所芸能人やプロデューサー、スポンサーに媚びを売るのも仕事のうちだと身体を売ることを強要された者も少なくなかった。
とっくに汚れきった身体でも、若い女性に夢を売る仕事だからと言われ、事務所を辞めるか人気が衰えるまでは恋人も作れないし、結婚もできない。
結婚した途端に、あからさまに人気が下がるからだ。
”アイドル”という、表側の華やかな部分だけを見、憧れて芸能界入りした者は、こんなことをやりたかったんじゃない、と後悔しても。契約が終わるまでは辞めることもできない。
開き直って派手に遊び回る者もいたが。精神を病み、酒や薬に走る者もいた。
それでも、この仕事が少しでも好きだったのなら、満員の客席から応援される声に励まされていたかもしれなかった。
しかし、流星にとって、歌や踊りは生きる術でしかなかった。
楽譜通りに歌えて当然、見本通りに踊れて当然のこと。
流星は、芸能界の華やかな表面だけでない裏の部分も知っていたが。
この世界で暮らしていくには潔癖過ぎた。
枕営業を拒み。あやしげなクスリや闇営業を持って近寄ってくる者を突っぱねた。
人気のあるうちは、それらの”我儘”も許されたが。
30を過ぎ、人気が衰え、旬ではなくなった頃。
舞台の大御所との”接待”を、断れない形で持ってこられた。
元トップアイドルである流星には、それは死ぬほどの屈辱であった。
*****
追い込まれた流星はこれまで我慢してきた、芸能界の汚い部分をすべて書き連ね。雑誌社の何社かあてに、コピーしたそれを投函し。
呼び出された高層ホテルの窓から身を投げ、その生涯を自ら終わらせた。
10歳の頃から寝る暇もなく働いて。
稼いだ金は親兄弟にむしり取られ、手元には何も残らない。恋人もいない。
信じられる者すらいない。ろくな思い出もない。
そんな人生に疲れ果て。
何もかもが嫌になったのだ。
それが、前の人生の記憶の全てである。
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