異世界の婚活イベントに巻き込まれて言葉が通じないままイヌ耳黒騎士に娶られてネコにされてしまいました。

篠崎笙

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プロローグ

異世界、カルデアポリにて

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地球とは異なる世界、25大陸のうち、77ある国のひとつ。

カルデアポリと呼ばれる国の中央には、天まで届きそうな白い塔が建っており、そこには神が棲むと言われている。
そして、まるでその塔を守るかのように、迷路の如く複雑に入り組んだ白く高い塀がそびえ立っていた。

神域であるので、普段は立ち入りを禁じられているが。
今日は儀式のために解放されており、二か所ある迷路の出入り口の一つには結婚を望む大勢の若い男たちが集まり、反対側では同じように年頃の女たちが集まっていた。

この世界には、生涯を神に捧げた聖職者を除き、神の意向により、男も女も30歳までに必ず結婚しなくてはいけない決まりがある。

それまで相手が見つからなかった者、結婚が嫌で逃げ回っていた者は問答無用、強制的にこの”道逢テレトゥルギコ・の儀スィナンティシス”に参加させられる。
あまりないが、同性婚も認められている。それは自力で結婚できない者への救済措置とも考えられている。


10年に一度だけ行われる神事、”道逢の儀”のルールは。

男女が別々の入り口から迷路に入り、その入り組んだ道を無作為に歩き、相手と出逢うこと。
男は出逢った相手に贈り物を渡し、相手側が贈り物を受け取れば結婚が成立する。

それだけの単純なものである。

基本的に無作為……つまり神の意思によって出逢った運命の相手、ということなので、通常はお互いそのまま”運命”を受け入れる。
どうしても相手が気に入らなければ、断ることも可能だが。
もし断ってしまった場合、最後まで残ったら残り者同士で必ず結婚しなければならないので、えり好みもよく考えてしなければならない。


儀式に参加したら最後。
必ず相手を見つけ結婚しないと迷路から出られないのである。

なお、神事により結婚した二人は離婚を赦されないが。相手が死亡した時のみ、赦される。


*****


「よお、ゼノン。お前もとうとう強制参加させられたのか?」

儀式への期待で熱気溢れる人だかりの中。
顔見知りの青年を見つけ、明るく声を掛けたのは。風になびく長い金色の巻き毛も麗しい美青年であった。
金の混じった緑色の瞳も鮮やかで人目を惹く。

丸い獣耳、腰から伸びている鞭のようなものは彼の尾。獅子の獣人である。

白い軍服を金糸で飾ったような服、腰には剣を佩き、金で縁どられた目の覚めるような青いマントを羽織っている。
煌びやかなその服装と、気品を感じさせる所作からわかる通り、身分は高い。

カルデアポリより南に位置するノーティオ王国の王太子、アドニス・レオンであった。

王太子たる身分の者が、供も連れずに一人で歩いているのは、神事ということもあるが。
刺客に襲われても対処できるだけの腕があるからだ。

王子だというのに儀式に強制参加させられるまで結婚していない、というのは大変珍しいことだ。しかし、それはアドニスだけではなかった。


声を掛けられて振り返った、ゼノンと呼ばれた青年は。
浅黒い肌、白金の髪に金茶の瞳の美青年で。狼の耳と立派な尻尾が生えている。

煌びやかなアドニスと対称的に、黒い甲冑に黒いマントを羽織っている。
マントの裏地は真紅。

こちらはカルデアポリより北に位置するヴォーレィオ王国の王太子である、ゼノン・リカイオス。


笑顔を振りまく気さくなアドニスとは違い、ゼノンからは常に干渉を拒む、氷の刃のような気を漂わせていた。
なので彼も目を引く美形であり、人気もあったが誰も彼に近寄らず、話しかけなかった。

アドニスを除いて。

光と闇、静と動。軟派と堅物。
一見何の共通点のなさそうな二人だが、意外にも幼い頃から家同士も仲が良く、幼馴染であり、友人だった。


*****


「……アドニス、お前もか」

ゼノンはその精悍な顔に、物憂げな表情を浮かべていた。
常に無表情である彼にしては珍しいことであった。

「おう。俺もだよ。親父がさあ、いい加減ふらふらしてないで一人に決めろってさ。まいっちゃうよな。まだ猶予があるのに、次の儀式の頃には30過ぎてるだろうって。この俺が、結婚相手の一人や二人、自力で見つけられないと思われてるのかね?」

自分がモテることを自慢するようにわざとらしく肩を竦めたアドニスを、ゼノンは呆れたように見た。
「間際になっても相手を決められないと思われてるだけだろう。いっそ後宮でも作ればいい」


「ひ、ひどい。親友のお前までじいやみたいなこと言うのかよ……」
わざとらしく泣き真似をして。
「そういえばお前は今まで浮いた噂のひとつもなかったけど。本命、いなかったの? ふられたの?」

「興味が無い。女も、男にも」
からかいの言葉を一蹴したゼノンを、アドニスは珍獣を見るような目で見て、あんぐりと口を開けた。
「おま……、本当に、誰かと付き合ったことなかったのか?」

「過去にも。結婚など、したいと思わん。……いっそ、今から聖職者になるべきか……」

「…………、」
王太子というその立場上、今更聖職者になどなれるはずもないだろうに。
しかし、本気で悩んでいる友人に、生来遊び好きであるアドニスには掛ける言葉も思いつかなかった。


今日は女性人気の高いアドニスだけでなく、物静かなのが素敵、と男女問わず密かに人気があったゼノンまでも儀式に参加するとあって。
年頃の未婚女性だけでなく、話題の美しい若者たちの結婚を見届けようと、カルデアポリ中がかつてないほど盛り上がっていた。

10年に一度の祭でもある。
なのに、その片割れがこんなでは盛り上がりに欠けるなあ、とアドニスは思った。


*****


「お、」
儀式開始の合図である花火が上がり、アドニスが顔を上げた。


「じゃ、俺一番だし、行ってくるわ。お前も参加してみれば意外と好みの子に出逢えるかもしれないぞ?」
くじ引きで引いた番号札を手に、アドニスはゼノンの背中を叩いた。

「……匂う……」
ゼノンは眉間に皺を寄せ、鼻をおさえていた。

「ええっ!? 俺、ちゃんと風呂入って来たよ!? これもちゃんと新品だし!」

アドニスが思わず自分の服の匂いをあたふたと確かめていると。
ゼノンは迷路のような道の先を見据えた。


「違う、そういう意味ではない。……これは。……ツガイゼーヴゴス……!?」
そう呟くと。

ゼノンは、今まで見たことのないほど必死な形相で駆け出した。


「おい、……ゼノン? ちょ、俺の番なんですけど!?」
突然駆けだしたゼノンを、慌てて追いかけながら。

アドニスは、犬族には”運命の相手”である”ツガイ”が存在すること。
更に狼族は”ツガイ”一筋で。それ以外の相手には目もくれず。ツガイとしか結婚しない、といういにしえの風習を思い出した。


しかし、もう二百年ほど犬族や狼族がツガイと結ばれた、なんて話は聞かないし。
おとぎ話や伝説のように語られているものである。

今時、そんな伝説を信じる者など居ないのだが。


「おいおい、ツガイの匂いに惹かれて行くんじゃ無作為で儀式する意味ないじゃないか!」
そう言いながらも、面白そうなので。

親友の”運命の相手”とやらをひと目見てやろうと、アドニスはいたずらっぽい笑みを浮かべながら青いマントを翻し、後を追いかけたのだった。
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