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おまけ
月狼と時猫
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全能の神であるケイオスは、新しい”世界”を作るべく、その偉大なる力で十三の神々を産み出した。
太陽は世界を明るく照らし、昼と夜が生じた。
月と星の神は夜空を彩り、地上の暗闇を照らし。月と地の神は重力神とも協力し合い、”世界”を支えた。
地と水は世界を覆い、空気と風を産み出した。
地と火の神より噴火や地殻変動で地形は変わり、天候の神は大気と水を世界全体に巡らせる。
神が作った生物に”終わり”を与える死の神により、寿命が出来た。
そして、時間の神の誕生により世界の時間が動き出した。
太陽は獅子、月は狼、星は熊、地の神は竜の姿を持ち。
最後の時間神クロノスは、産まれたばかりの子猫の姿だった。
愛らしい子猫の姿をした末っ子を、皆は競って可愛がった。
その中で、一番クロノスを可愛がったのは、白金の狼の姿をした月神、リュカオンだった。
太陽神ポイボスもクロノスを可愛がりたかったが。
炎を纏う獅子の姿であるポイボスは、熱苦しい、と逃げられてしまったのだった。
「リュカオンばっかり懐かれて、ずるい……」
しくしくと泣くふりをするポイボス。
「俺達だってあのふわふわの毛を撫でたいのに。あ~あ、俺が天に散らばる星の光にならなければ、もっと近くにいられただろうになあ」
雄々しき鈍色の熊の姿をした星神ウラノスも、文句を言っていたが。
リュカオンはそんな嘆きも素知らぬふりをして、クロノスの毛づくろいをした。
それまで気持ち良さそうにしていたくせに、急にくすぐったい、と愛らしい後ろ足でげしげし蹴る、気まぐれな子猫。
それでもかまわず、幸せそうに毛づくろいをしているリュカオンに、周囲は呆れつつ。
仲睦まじい二神を頬ましく見守っていた。
リュカオンが、母乳が出れば飲ませてやれるのに、などと微妙に歪んだ愛情を抱いているとは誰も知らず。
*****
しかし。
世界が平穏だったのは、”ニンゲン”に世界の管理を任せるまでだった。
国を任された王は、国をもっと豊かにしたいという理由で領地の拡大を望み、侵略を始めた。
そんなことをしなくとも、望めば実りは与えられたのに。
愚かな争いによって、多くの命が失われた。
ニンゲンだけでなく、動物や、植物の命までも。
クロノスは、ニンゲンが過ちを犯す度に時間を巻き戻して、最初からやり直させたが。
何度やり直しても、争いはやまなかった。
他の神々はただ見守るだけで、ニンゲンに干渉しようとしない。
すでに諦めて、己に課された仕事をこなすだけであった。
死の神タナトスは、淡々と戦いに敗れた者の命を回収していた。
寿命でもないのに命を奪うのは悲しいと思っていたが。
勝手に寿命を伸ばすことは不可能。
どうにもならないと諦めた。
何度やり直しても争いをやめないニンゲンに完全に愛想を尽かせたクロノスは、異世界へ飛び出して。
傷ついた心を癒すため。その世界で、自分に似た名の、心の清らかなニンゲンの魂で眠ることにした。
リュカオンは、ただ眺めているだけで、最愛のクロノスの精神が傷つくのを止められず、異世界に飛び出すまで追い詰められていたのに慰められなかったことを嘆き悲しんだ。
涙を流し尽くし、月からは水が消えた。
*****
リュカオンは、ずっとクロノスの帰りを待っていたが。
もう限界だった。
クロノスのいない世界など、意味がない。
とうとう孤独に耐え切れなくなったリュカオンは、ニンゲンの世界に転生し、異世界までクロノスを迎えに行くことに決めた。
月が消えれば、”世界”も破滅する。
月と重力の神が手を組むことにより引力が生じ、水や生物が地上に留まっている。
潮の満ち引きも引力によるものだ。天候のバランスも崩れてしまう。
なので、天空にある月の姿はそのままに、魂だけを地上へ飛ばすことにした。
ニンゲンとして転生するための代償として、その記憶と、神としてのほとんどの力を使い果たしてしまったリュカオンだったが。
全能の神の慈悲により、”道逢の儀”で異世界の扉が開かれた。
ヴォーレィオ王国の王子ゼノン・リカイオスとして転生したリュカオンは。
異世界である地球の日本という国で、黒野蘇芳という少年の魂で眠っていた、愛しいクロノスと再会を果たすことができたのだった。
万全とは言えない再会であったが。
*****
「色々あったようだけど。無事結ばれたようで良かったなあ」
太陽神ポイボスは、自分たちが見守る”世界”に、ニンゲンとして降りた二人の幸せを願った。
可愛い末っ子に乞われれば、いつでも力を貸そうと思っているのは太陽神だけではない。
皆、その機会を狙っていた。
手を貸す機会が来ないだろう、星神と死の神は嘆いていたが。
「でも、神がニンゲンに転生したら、寿命とかどうなるんだ? 死ななくなるのかな?」
「ニンゲンのまま普通に生涯を終え、ニンゲンの身体を脱ぎ捨て、その魂は再び神へ戻る」
ポイポスの独り言に、死の神タナトスが淡々と答えた。
「二人のニンゲンとしての生を終わらせるのが俺の役目だ」
そう言って、蒼い馬の姿をした死の神は、炎を纏った獅子の傍に腰を下ろした。
「しばらく出番がないといいねえ」
「……そうだな」
可愛い末っ子に、早く帰ってきて欲しいと望んでいたが。
地上であんなに幸せそうな二人を見たら。
ついつい末永く幸せに暮らして欲しい、と願ってしまう。
つくづく身内に甘い神々だった。
「ニンゲンにも、まだ見守る価値があるってわかったからね。さて、この世界はあとどのくらい続くかな?」
星神ウラノスも世界を見下ろした。
「また争いが起こったら。また降りてっちゃうんじゃないか?」
「困った末っ子と次男だ」
「そしたらまた、平和になるさ」
「違いない」
神々は愉快そうに笑った。
*****
それから百年のち。
タナトスの気遣いにより、同時に寿命を終えた二人の魂は天へ上り。
それぞれあるべき形へ還った。
ヒトだった記憶はあるものの、神として復活したのだ。
月の光のような美しい狼と、黒く愛らしい子猫。
お互い、鼻先を合わせて。
「長いようで短かったな」
「うん。あっという間だったな。ヒトの人生って儚いね」
「ん~、」
子猫は黒髪にキトンブルーの瞳の美青年の姿に変化し、伸びをした。
「ニンゲンになってみたら、色々なことが理解できた。いやあ、いい勉強になった」
不老不死である神の身では味わえない、老いや死を経験した。
身を焦がすような恋も。
どこか得意げな青年を後ろから抱き締めたのは、プラチナの髪に金茶の瞳、浅黒い肌の美青年だった。
ゼノンが若返ったような姿だが。
彼の容姿は、まさしく月神の化身だったのだ。
「もう二度と、目の前から消えないでおくれ。愛しい子猫」
「……その姿でペロペロ舐めるの、やめて欲しいんだけど……」
毛づくろいではなく、愛撫になってしまう。
今まで、神の身では持ちえなかった欲望も覚えてしまった。
リュカオンの、すでに大きくなってるものを腰に押し付けられて。
子猫に変身して逃げてやろうかと思ったが。
「……嫌か?」
悲し気に問われ、クロノスはおとなしくリュカオンの力強い腕の中に納まった。
「何だよもう、ヒトの時も神に戻っても変わってないし!」
などと文句を言いつつも。
結局は嫌じゃないので。
愛するツガイに擦り寄り、もたれ掛かった。
そうした二神の仲睦まじい姿は、地上からも夜空を見上げる度に見られたという。
奇しくもその姿は、とある国の王妃が食器に描いた印章によく似ていて。
狼と猫が寄り添うその絵姿は、全ての国民から長い間好まれ、使われていたそうだ。
おしまい
太陽は世界を明るく照らし、昼と夜が生じた。
月と星の神は夜空を彩り、地上の暗闇を照らし。月と地の神は重力神とも協力し合い、”世界”を支えた。
地と水は世界を覆い、空気と風を産み出した。
地と火の神より噴火や地殻変動で地形は変わり、天候の神は大気と水を世界全体に巡らせる。
神が作った生物に”終わり”を与える死の神により、寿命が出来た。
そして、時間の神の誕生により世界の時間が動き出した。
太陽は獅子、月は狼、星は熊、地の神は竜の姿を持ち。
最後の時間神クロノスは、産まれたばかりの子猫の姿だった。
愛らしい子猫の姿をした末っ子を、皆は競って可愛がった。
その中で、一番クロノスを可愛がったのは、白金の狼の姿をした月神、リュカオンだった。
太陽神ポイボスもクロノスを可愛がりたかったが。
炎を纏う獅子の姿であるポイボスは、熱苦しい、と逃げられてしまったのだった。
「リュカオンばっかり懐かれて、ずるい……」
しくしくと泣くふりをするポイボス。
「俺達だってあのふわふわの毛を撫でたいのに。あ~あ、俺が天に散らばる星の光にならなければ、もっと近くにいられただろうになあ」
雄々しき鈍色の熊の姿をした星神ウラノスも、文句を言っていたが。
リュカオンはそんな嘆きも素知らぬふりをして、クロノスの毛づくろいをした。
それまで気持ち良さそうにしていたくせに、急にくすぐったい、と愛らしい後ろ足でげしげし蹴る、気まぐれな子猫。
それでもかまわず、幸せそうに毛づくろいをしているリュカオンに、周囲は呆れつつ。
仲睦まじい二神を頬ましく見守っていた。
リュカオンが、母乳が出れば飲ませてやれるのに、などと微妙に歪んだ愛情を抱いているとは誰も知らず。
*****
しかし。
世界が平穏だったのは、”ニンゲン”に世界の管理を任せるまでだった。
国を任された王は、国をもっと豊かにしたいという理由で領地の拡大を望み、侵略を始めた。
そんなことをしなくとも、望めば実りは与えられたのに。
愚かな争いによって、多くの命が失われた。
ニンゲンだけでなく、動物や、植物の命までも。
クロノスは、ニンゲンが過ちを犯す度に時間を巻き戻して、最初からやり直させたが。
何度やり直しても、争いはやまなかった。
他の神々はただ見守るだけで、ニンゲンに干渉しようとしない。
すでに諦めて、己に課された仕事をこなすだけであった。
死の神タナトスは、淡々と戦いに敗れた者の命を回収していた。
寿命でもないのに命を奪うのは悲しいと思っていたが。
勝手に寿命を伸ばすことは不可能。
どうにもならないと諦めた。
何度やり直しても争いをやめないニンゲンに完全に愛想を尽かせたクロノスは、異世界へ飛び出して。
傷ついた心を癒すため。その世界で、自分に似た名の、心の清らかなニンゲンの魂で眠ることにした。
リュカオンは、ただ眺めているだけで、最愛のクロノスの精神が傷つくのを止められず、異世界に飛び出すまで追い詰められていたのに慰められなかったことを嘆き悲しんだ。
涙を流し尽くし、月からは水が消えた。
*****
リュカオンは、ずっとクロノスの帰りを待っていたが。
もう限界だった。
クロノスのいない世界など、意味がない。
とうとう孤独に耐え切れなくなったリュカオンは、ニンゲンの世界に転生し、異世界までクロノスを迎えに行くことに決めた。
月が消えれば、”世界”も破滅する。
月と重力の神が手を組むことにより引力が生じ、水や生物が地上に留まっている。
潮の満ち引きも引力によるものだ。天候のバランスも崩れてしまう。
なので、天空にある月の姿はそのままに、魂だけを地上へ飛ばすことにした。
ニンゲンとして転生するための代償として、その記憶と、神としてのほとんどの力を使い果たしてしまったリュカオンだったが。
全能の神の慈悲により、”道逢の儀”で異世界の扉が開かれた。
ヴォーレィオ王国の王子ゼノン・リカイオスとして転生したリュカオンは。
異世界である地球の日本という国で、黒野蘇芳という少年の魂で眠っていた、愛しいクロノスと再会を果たすことができたのだった。
万全とは言えない再会であったが。
*****
「色々あったようだけど。無事結ばれたようで良かったなあ」
太陽神ポイボスは、自分たちが見守る”世界”に、ニンゲンとして降りた二人の幸せを願った。
可愛い末っ子に乞われれば、いつでも力を貸そうと思っているのは太陽神だけではない。
皆、その機会を狙っていた。
手を貸す機会が来ないだろう、星神と死の神は嘆いていたが。
「でも、神がニンゲンに転生したら、寿命とかどうなるんだ? 死ななくなるのかな?」
「ニンゲンのまま普通に生涯を終え、ニンゲンの身体を脱ぎ捨て、その魂は再び神へ戻る」
ポイポスの独り言に、死の神タナトスが淡々と答えた。
「二人のニンゲンとしての生を終わらせるのが俺の役目だ」
そう言って、蒼い馬の姿をした死の神は、炎を纏った獅子の傍に腰を下ろした。
「しばらく出番がないといいねえ」
「……そうだな」
可愛い末っ子に、早く帰ってきて欲しいと望んでいたが。
地上であんなに幸せそうな二人を見たら。
ついつい末永く幸せに暮らして欲しい、と願ってしまう。
つくづく身内に甘い神々だった。
「ニンゲンにも、まだ見守る価値があるってわかったからね。さて、この世界はあとどのくらい続くかな?」
星神ウラノスも世界を見下ろした。
「また争いが起こったら。また降りてっちゃうんじゃないか?」
「困った末っ子と次男だ」
「そしたらまた、平和になるさ」
「違いない」
神々は愉快そうに笑った。
*****
それから百年のち。
タナトスの気遣いにより、同時に寿命を終えた二人の魂は天へ上り。
それぞれあるべき形へ還った。
ヒトだった記憶はあるものの、神として復活したのだ。
月の光のような美しい狼と、黒く愛らしい子猫。
お互い、鼻先を合わせて。
「長いようで短かったな」
「うん。あっという間だったな。ヒトの人生って儚いね」
「ん~、」
子猫は黒髪にキトンブルーの瞳の美青年の姿に変化し、伸びをした。
「ニンゲンになってみたら、色々なことが理解できた。いやあ、いい勉強になった」
不老不死である神の身では味わえない、老いや死を経験した。
身を焦がすような恋も。
どこか得意げな青年を後ろから抱き締めたのは、プラチナの髪に金茶の瞳、浅黒い肌の美青年だった。
ゼノンが若返ったような姿だが。
彼の容姿は、まさしく月神の化身だったのだ。
「もう二度と、目の前から消えないでおくれ。愛しい子猫」
「……その姿でペロペロ舐めるの、やめて欲しいんだけど……」
毛づくろいではなく、愛撫になってしまう。
今まで、神の身では持ちえなかった欲望も覚えてしまった。
リュカオンの、すでに大きくなってるものを腰に押し付けられて。
子猫に変身して逃げてやろうかと思ったが。
「……嫌か?」
悲し気に問われ、クロノスはおとなしくリュカオンの力強い腕の中に納まった。
「何だよもう、ヒトの時も神に戻っても変わってないし!」
などと文句を言いつつも。
結局は嫌じゃないので。
愛するツガイに擦り寄り、もたれ掛かった。
そうした二神の仲睦まじい姿は、地上からも夜空を見上げる度に見られたという。
奇しくもその姿は、とある国の王妃が食器に描いた印章によく似ていて。
狼と猫が寄り添うその絵姿は、全ての国民から長い間好まれ、使われていたそうだ。
おしまい
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