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ヴァルラム
聖神召喚
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「我らが獣王、ヴァルラム様。地割れがこの王都にまで及んでおります。我々の力ではもう、大地の怒りを止められません。どうか、ご決断を」
司教のユリアーンが、儀式を急いた。
荒れ狂う大地を、天候を。
どうにか魔力で抑えつけ、誤魔化しながらやってきたが。
そろそろそれも、限界のようだ。
まだ、最終手段を召喚することが可能なだけの魔力があるうちに。
決断せねばならない。
私の父もまた、銀の体毛の狼族の王であった。
しかし、不幸な事故によりツガイを喪った悲しみで憔悴し、王としての責務をきちんと果たせぬまま、死んだ。
兄弟のうち、最も魔力の高かった私が王を継ぎ。
王の不在で、荒れた地や旱魃などから民を救い、何とか王としての威光を盛り返したものの。
私の代で、それが来るとは。
王への試練にしても、過酷すぎではないだろうか。
*****
千年に一度。
我らが神は、”Бог Святой Дух”の存在を欲し、荒れるのだ。
それは、天候に現れる。
滅びてしまえとでもいいたげなほどに暴力的な天災が訪れるのだ。
地上には穢れた獣ばかりで嫌気が差し、我慢できなくなるのだろうか?
私とて、己の獣性を浅ましく思う時はあるが。
ならば何故、神は我らをこのような姿に創り、産みたもうたか。
……聖神などというあやふやな存在には頼りたくはなかったが。止むを得ん。
これ以上の被害は、作物にも影響が出てしまうだろう。
それは、我が民の困窮に繋がる。
聖神が悲しめば大雨が降り、嵐になり。怒れば大地が揺れるという。
故に、聖神を召喚したならば、手厚く扱わねばならない。
つまり、聖神のご機嫌取りをしろ、というのだ。理不尽極まりない。
先代の聖神は資格を失い、獣人の娘と結婚したというが。
ずいぶんと短命であったようだ。
ただのヒトが神の守護を失い、この世界で生きるのは難しいことだろう。
同情はするが。
何故、聖神だからといって、皆でご機嫌を伺ってやらねばならぬのか。
むしろ機嫌で天候を左右するような厄介者は、この世界にとってはかえって災いではないのか?
そう思い、今まで儀式の遂行を躊躇していたのだが。
しかし、私のつまらぬ疑惑や我儘で、民を餓え苦しませるわけにはいかない。
呼べばこの未曾有の災害が収まるのなら、呼ぶしかないだろう。
いざとなれば。
繭の中に閉じ込めたまま、魔法で眠らせておくまでだ。
*****
「よし、召喚の儀式を行う。すぐに準備せよ。神殿に繭の用意を」
「はっ、」
山へ噴火を鎮めに出ていた魔術師のパーヴェルを呼び戻し、呪医のイリヤと騎士のレナートも呼び出す。
この世界には存在しない”聖神”を異世界より召喚するには、莫大な魔力が必要である。
今期は、何故か王都務めの者は魔力の強い猛獣ばかりとなったが。
それが幸いした。
不幸な事故で先代の騎士を喪い、騎士を継いだレナートは熊人族で、最年少ではあるが、魔力は高かった。
”繭”が出来上がったので、その中に陣を敷く。
その線の一本一本に魔力を込め、召喚の場を作るのだ。
最近は、異世界でも聖神に相応しい清い魂はなかなか見つからないという。
あまりに若すぎる場合、欲に弱く。先代のように誘惑に負ける。
年寄りの聖神は記録にはない。
肉体だけでなく、精神までも清らかに保つのは難しいのだろう。
神の好みは厳しい。
先々代の聖神は神の寵愛を得、千年近くの時を生きたというが。
どのような人間だったのだろう。
今まで、まるで興味はなかったが。記録を読んでおくべきだったか。
*****
「прийти、Бог Святой Дух」
「Свет там」
祈りと共に、陣の光が収束して。
美しい、虹色の珠のようなものが現れた。
これが、聖神の魂か?
清らかな光を放つ、美しい珠。
見ている者の心をも、癒すような。
「何と美しく、清い魂でしょう……、聖神様、ようこそいらっしゃいました。こちらでお休みくださいね」
イリヤはそれを、そっと包み込むように持ち。
繭の揺り籠へ入れた。
「新しい肉体が再構築されるには、半日ほどかかるかと思われます」
召喚されたのは、魂のみである。
こちらで肉体を新しく作らねばならないようだ。
異世界人ではなくなり、こちらの人間になるのだが。今のところ、我らと同じ種族の聖神は記録されていない。
やはり、神は獣を厭うておいでなのか。
「いいですか、新しく作られた肉体と魂が完全に結合するまでは、くれぐれも繭の外に出さないように……」
とりあえず私の役目は終わりなようなので、繭から出ると。
火山の噴火や地割れなどが収まり、凪いでいると兵士から報告が入った。
魂の状態で、早くも天変地異が止んだというのか。
聖神というのは、そこまでこの世界に影響を及ぼすものなのか。
……全く、嫌になる。
私の、王としての能力で左右されるならともかく。
そのような訳のわからぬ原因で政に影響が出るとは。
私は。
王は。何のために在るのか。
*****
「目を覚ましました!」
イリヤの声に呼び出され。
繭へ向かった。
そこにいたのは。
黒い髪、黒い目の幼子であった。
生まれたばかりの、つやつやした象牙のような肌。
……いや、聖神として召喚されたなら、少なくとも精通し、成人しているはずだが。
毛色を置いて考えたとしても、子供にしか見えん。
精通直後に死んだ、子供の魂だったのか?
ああ。
何と愛らしいのだろう。
皆も、この聖神を、ひと目見て気に入ったようだ。
しかし、聖神は私達を見て。
怯えたように、揺り籠から降りようとした。
突然大きな男達に囲まれ、驚いたのだろうか?
「怯えないで、これを飲んでください」
イリヤに”нектар”を渡されている。
イリヤの優しげな容貌に、こちらに害意のないことを受けたか。
聖神はおとなしくチャーシカを受け取った。
聖神は警戒するように、子猫のようにちろりと舌を出して舐め。
大丈夫だと確信したのか、こくこくと飲み干した。
手が小さく、片手で持てないのだろう。
チャーシカを両手で持っている姿も稚く、愛らしい。
あれは神から賜ったПраздник цветовの絞り汁で、たちまち病を癒す薬として重宝されている。
異世界の者が飲むと、こちらの言語を理解するようになるという。
早く言葉を交わしたいものだ。
司教のユリアーンが、儀式を急いた。
荒れ狂う大地を、天候を。
どうにか魔力で抑えつけ、誤魔化しながらやってきたが。
そろそろそれも、限界のようだ。
まだ、最終手段を召喚することが可能なだけの魔力があるうちに。
決断せねばならない。
私の父もまた、銀の体毛の狼族の王であった。
しかし、不幸な事故によりツガイを喪った悲しみで憔悴し、王としての責務をきちんと果たせぬまま、死んだ。
兄弟のうち、最も魔力の高かった私が王を継ぎ。
王の不在で、荒れた地や旱魃などから民を救い、何とか王としての威光を盛り返したものの。
私の代で、それが来るとは。
王への試練にしても、過酷すぎではないだろうか。
*****
千年に一度。
我らが神は、”Бог Святой Дух”の存在を欲し、荒れるのだ。
それは、天候に現れる。
滅びてしまえとでもいいたげなほどに暴力的な天災が訪れるのだ。
地上には穢れた獣ばかりで嫌気が差し、我慢できなくなるのだろうか?
私とて、己の獣性を浅ましく思う時はあるが。
ならば何故、神は我らをこのような姿に創り、産みたもうたか。
……聖神などというあやふやな存在には頼りたくはなかったが。止むを得ん。
これ以上の被害は、作物にも影響が出てしまうだろう。
それは、我が民の困窮に繋がる。
聖神が悲しめば大雨が降り、嵐になり。怒れば大地が揺れるという。
故に、聖神を召喚したならば、手厚く扱わねばならない。
つまり、聖神のご機嫌取りをしろ、というのだ。理不尽極まりない。
先代の聖神は資格を失い、獣人の娘と結婚したというが。
ずいぶんと短命であったようだ。
ただのヒトが神の守護を失い、この世界で生きるのは難しいことだろう。
同情はするが。
何故、聖神だからといって、皆でご機嫌を伺ってやらねばならぬのか。
むしろ機嫌で天候を左右するような厄介者は、この世界にとってはかえって災いではないのか?
そう思い、今まで儀式の遂行を躊躇していたのだが。
しかし、私のつまらぬ疑惑や我儘で、民を餓え苦しませるわけにはいかない。
呼べばこの未曾有の災害が収まるのなら、呼ぶしかないだろう。
いざとなれば。
繭の中に閉じ込めたまま、魔法で眠らせておくまでだ。
*****
「よし、召喚の儀式を行う。すぐに準備せよ。神殿に繭の用意を」
「はっ、」
山へ噴火を鎮めに出ていた魔術師のパーヴェルを呼び戻し、呪医のイリヤと騎士のレナートも呼び出す。
この世界には存在しない”聖神”を異世界より召喚するには、莫大な魔力が必要である。
今期は、何故か王都務めの者は魔力の強い猛獣ばかりとなったが。
それが幸いした。
不幸な事故で先代の騎士を喪い、騎士を継いだレナートは熊人族で、最年少ではあるが、魔力は高かった。
”繭”が出来上がったので、その中に陣を敷く。
その線の一本一本に魔力を込め、召喚の場を作るのだ。
最近は、異世界でも聖神に相応しい清い魂はなかなか見つからないという。
あまりに若すぎる場合、欲に弱く。先代のように誘惑に負ける。
年寄りの聖神は記録にはない。
肉体だけでなく、精神までも清らかに保つのは難しいのだろう。
神の好みは厳しい。
先々代の聖神は神の寵愛を得、千年近くの時を生きたというが。
どのような人間だったのだろう。
今まで、まるで興味はなかったが。記録を読んでおくべきだったか。
*****
「прийти、Бог Святой Дух」
「Свет там」
祈りと共に、陣の光が収束して。
美しい、虹色の珠のようなものが現れた。
これが、聖神の魂か?
清らかな光を放つ、美しい珠。
見ている者の心をも、癒すような。
「何と美しく、清い魂でしょう……、聖神様、ようこそいらっしゃいました。こちらでお休みくださいね」
イリヤはそれを、そっと包み込むように持ち。
繭の揺り籠へ入れた。
「新しい肉体が再構築されるには、半日ほどかかるかと思われます」
召喚されたのは、魂のみである。
こちらで肉体を新しく作らねばならないようだ。
異世界人ではなくなり、こちらの人間になるのだが。今のところ、我らと同じ種族の聖神は記録されていない。
やはり、神は獣を厭うておいでなのか。
「いいですか、新しく作られた肉体と魂が完全に結合するまでは、くれぐれも繭の外に出さないように……」
とりあえず私の役目は終わりなようなので、繭から出ると。
火山の噴火や地割れなどが収まり、凪いでいると兵士から報告が入った。
魂の状態で、早くも天変地異が止んだというのか。
聖神というのは、そこまでこの世界に影響を及ぼすものなのか。
……全く、嫌になる。
私の、王としての能力で左右されるならともかく。
そのような訳のわからぬ原因で政に影響が出るとは。
私は。
王は。何のために在るのか。
*****
「目を覚ましました!」
イリヤの声に呼び出され。
繭へ向かった。
そこにいたのは。
黒い髪、黒い目の幼子であった。
生まれたばかりの、つやつやした象牙のような肌。
……いや、聖神として召喚されたなら、少なくとも精通し、成人しているはずだが。
毛色を置いて考えたとしても、子供にしか見えん。
精通直後に死んだ、子供の魂だったのか?
ああ。
何と愛らしいのだろう。
皆も、この聖神を、ひと目見て気に入ったようだ。
しかし、聖神は私達を見て。
怯えたように、揺り籠から降りようとした。
突然大きな男達に囲まれ、驚いたのだろうか?
「怯えないで、これを飲んでください」
イリヤに”нектар”を渡されている。
イリヤの優しげな容貌に、こちらに害意のないことを受けたか。
聖神はおとなしくチャーシカを受け取った。
聖神は警戒するように、子猫のようにちろりと舌を出して舐め。
大丈夫だと確信したのか、こくこくと飲み干した。
手が小さく、片手で持てないのだろう。
チャーシカを両手で持っている姿も稚く、愛らしい。
あれは神から賜ったПраздник цветовの絞り汁で、たちまち病を癒す薬として重宝されている。
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