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ヴァルラム
幸福な求婚ののち、喪失
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結婚式を挙げることが決まり。
日常業務の他、式の準備や国民集会の為の書類の製作などで忙しかったが。
まだ魂の安定していない状態で余計な心労が掛かるのを避けるため、智紀には繭で待機してもらうことにした。
ツガイと離れがたいので。
夜は私が繭へ赴き、床に絨毯を敷いて、獣姿になって寝る。
獣姿になるのは、嬉しさのあまり、智紀の身体に負担をかけるほど抱いてしまうのを避けるためでもある。
揺り籠で寝かせておけば、炎症くらいなら治るのだが。
そもそも痛い思いをさせるのは本意ではない。
思う存分愛し合うには、智紀の身体は小さいのである。
元々、性器ではない器官に無理を強いているのだ。
無理は禁物である。
智紀は私の毛皮を殊のほか気に入っているので、目が覚めると懐に潜り込んで眠っていることが多々あった。
朝には揺り籠に戻してやるのが日課になっている。
魂が安定したら、繭の中に二人用の寝台を用意させよう。
私が獣姿でも眠れるものを。
*****
不吉な夢を見た。
智紀が、誰かに呼ばれ。
私の元から去ってしまうという、不吉な夢を。
暗闇の中。
私はひとり、慟哭する。
「……はっ、」
未だ心臓が、ばくばくと鳴っている。
嫌な夢であった。
智紀はここに居るのに。
すやすやと、寝息を立てて。
「……智紀?」
違和感に、気付く。
肉体は、生きている。
だが。
魂はここに居ないのだ。
まさか。
先日、私がここから連れ出したせいで。
魂が抜けてしまったのか?
「誰か、……イリヤ! 今すぐ”繭”へ参れ!」
*****
急ぎ駆けつけたイリヤも、智紀の異変に即座に気付き、手を取った。
肉体から、魂だけが抜けていること。
しかし肉体は、未だ生命活動を維持していること。
何故揺り籠から出ているのかを問われ。
智紀はよく私の懐に潜り込んでいるが、明け方には揺り籠に戻していたことを説明した。
騒ぎを聞きつけ、皆、集まってきた。
外は大雨が降り、嵐が来ているという。
ユリアーンが、智紀の魂の気配を辿ってみたが。
この国内には居ないと言う。
司教がそう断言するなら、この世界には居ないのだろう。
では占いで、と。イリヤに捜索を頼む。
イリヤは水晶で出来た占い板を出し、意識を集中させている。
「……見つけました! 智紀様は現在、異世界におります」
前の召喚の時は、智紀の死は確定しており、仮死状態だったので魂を呼べたが。
突然、向こうから強い力で呼び戻されたのだと言う。
救助され、向こうの世界で息を吹き返した智紀は、本来の肉体と強く結びついている。
その上、もし智紀にこちらへ戻る気が無ければ。
再び召喚を試みても、もう一度こちらへ召喚するのは難しいだろう、と。
*****
「……聖神様にしてみれば、獣だらけで、恐ろしい世界でしたよね……」
レナートは俯いて言った。
「酒を飲まされて寝ている間に忍んでくる人とかいましたし、安心して夜も眠れませんよね……」
ユリアーンは遠くを見ながら呟いた。
いや、私の懐ですやすやと寝ていたぞ。
「この国の頂点、獣王からの求婚ですし。断れないので受けたものの、本当は嫌だったのでは……」
イリヤも、何を言い出すか。
「そうだね。戻れたら元の世界へ戻りたかったのかも。いつも僕らに遠慮してたし。この世界に嫌気が差してもおかしくないよね……」
パーヴェルまで。
「……私のせいか」
寝ているだけのように見える、智紀の身体を抱き締める。
私の求婚を受け、頬を染めてはにかんでいたのは。
喜びからではなかったのか?
触れられて、嫌ではなかったというのは、偽りだったのか?
身体は、まだこんなにもあたたかいのに。
もう、目を覚まさないのは。
「私が、悪かったというのか」
私に問題があれば、いくらでも謝罪しよう。
許しを得られるまで、幾度でも。
智紀。
どうか。私の側に戻って来てくれ。
私の大切なツガイ。
*****
魂が抜けた肉体は、しばらくすればその活動を止めるという。
しかし、まだあたたかい身体を離せずにいた。
口づければ、今すぐにでも。
くすぐったそうに身動ぎし、目を覚ますのではないか。
あたたかいのに。
眠っているだけのように見えるが。
……もう、この手には戻らぬのだろうか。
「智紀……、」
ふと。
風の動く気配に、顔を上げれば。
「智紀!?」
智紀の魂が、私を悲しげに見下ろしているではないか。
声こそ届かぬが。
その唇が、ヴァルラム、と言っているのはわかった。
智紀は、何かに引っ張られているように見えた。
抗い、もがいている。
「……行くな、戻って来い!」
伸ばした手に応えるように、智紀もこちらへ手を差し出して。
触れられぬまま、消えた。
夢ではない。
智紀は望まぬまま、あちらへ引き戻されたのだ。
間違いなく、私に助けを求め。
こちらに手を伸ばした。
ならば。
することは決まっている。
「ユリアーン、皆を呼べ! 今より聖神召喚の儀式を始める!」
*****
「智紀はこちらに帰りたいと、そう願っていると感じた」
智紀の魂が私の元へ現れたことを説明し。
「私が魂を異世界まで飛ばし、直接、智紀を迎えにゆく」
宣言に、皆は反対した。
「そんな、失敗すれば、次元の狭間に魂を引き裂かれますよ!?」
「私以外、誰が異世界にいる智紀を迎えに行けるというのだ? 危険は承知の上。どのみちツガイを失った狼族は死ぬ運命にある。ただ嘆き死ぬよりも、前向きであろうが」
「しかし、まだ正式に式を挙げた訳ではないでしょう、他に相手を……」
「智紀は、私の唯一のツガイである。智紀以外を伴侶になど、考えられぬこと」
私の意志は変わらぬとみて、皆もようやく納得し。
召喚術の準備をした。
魔力を込め、陣を描き。
私が召喚に参加出来ぬ分、魔術師と神官を十数人呼び、召喚術の補佐をさせる。
「獣王、どうかご無事で……!」
「戻っていらしたらこの件での始末書、山積みですからね!」
「無理そうだったら無茶しないで戻ってきなよね……離魂」
パーヴェルの術により、肉体と魂を切り離し。
召喚術の道に沿い、魂だけの状態で異世界へと向かった。
日常業務の他、式の準備や国民集会の為の書類の製作などで忙しかったが。
まだ魂の安定していない状態で余計な心労が掛かるのを避けるため、智紀には繭で待機してもらうことにした。
ツガイと離れがたいので。
夜は私が繭へ赴き、床に絨毯を敷いて、獣姿になって寝る。
獣姿になるのは、嬉しさのあまり、智紀の身体に負担をかけるほど抱いてしまうのを避けるためでもある。
揺り籠で寝かせておけば、炎症くらいなら治るのだが。
そもそも痛い思いをさせるのは本意ではない。
思う存分愛し合うには、智紀の身体は小さいのである。
元々、性器ではない器官に無理を強いているのだ。
無理は禁物である。
智紀は私の毛皮を殊のほか気に入っているので、目が覚めると懐に潜り込んで眠っていることが多々あった。
朝には揺り籠に戻してやるのが日課になっている。
魂が安定したら、繭の中に二人用の寝台を用意させよう。
私が獣姿でも眠れるものを。
*****
不吉な夢を見た。
智紀が、誰かに呼ばれ。
私の元から去ってしまうという、不吉な夢を。
暗闇の中。
私はひとり、慟哭する。
「……はっ、」
未だ心臓が、ばくばくと鳴っている。
嫌な夢であった。
智紀はここに居るのに。
すやすやと、寝息を立てて。
「……智紀?」
違和感に、気付く。
肉体は、生きている。
だが。
魂はここに居ないのだ。
まさか。
先日、私がここから連れ出したせいで。
魂が抜けてしまったのか?
「誰か、……イリヤ! 今すぐ”繭”へ参れ!」
*****
急ぎ駆けつけたイリヤも、智紀の異変に即座に気付き、手を取った。
肉体から、魂だけが抜けていること。
しかし肉体は、未だ生命活動を維持していること。
何故揺り籠から出ているのかを問われ。
智紀はよく私の懐に潜り込んでいるが、明け方には揺り籠に戻していたことを説明した。
騒ぎを聞きつけ、皆、集まってきた。
外は大雨が降り、嵐が来ているという。
ユリアーンが、智紀の魂の気配を辿ってみたが。
この国内には居ないと言う。
司教がそう断言するなら、この世界には居ないのだろう。
では占いで、と。イリヤに捜索を頼む。
イリヤは水晶で出来た占い板を出し、意識を集中させている。
「……見つけました! 智紀様は現在、異世界におります」
前の召喚の時は、智紀の死は確定しており、仮死状態だったので魂を呼べたが。
突然、向こうから強い力で呼び戻されたのだと言う。
救助され、向こうの世界で息を吹き返した智紀は、本来の肉体と強く結びついている。
その上、もし智紀にこちらへ戻る気が無ければ。
再び召喚を試みても、もう一度こちらへ召喚するのは難しいだろう、と。
*****
「……聖神様にしてみれば、獣だらけで、恐ろしい世界でしたよね……」
レナートは俯いて言った。
「酒を飲まされて寝ている間に忍んでくる人とかいましたし、安心して夜も眠れませんよね……」
ユリアーンは遠くを見ながら呟いた。
いや、私の懐ですやすやと寝ていたぞ。
「この国の頂点、獣王からの求婚ですし。断れないので受けたものの、本当は嫌だったのでは……」
イリヤも、何を言い出すか。
「そうだね。戻れたら元の世界へ戻りたかったのかも。いつも僕らに遠慮してたし。この世界に嫌気が差してもおかしくないよね……」
パーヴェルまで。
「……私のせいか」
寝ているだけのように見える、智紀の身体を抱き締める。
私の求婚を受け、頬を染めてはにかんでいたのは。
喜びからではなかったのか?
触れられて、嫌ではなかったというのは、偽りだったのか?
身体は、まだこんなにもあたたかいのに。
もう、目を覚まさないのは。
「私が、悪かったというのか」
私に問題があれば、いくらでも謝罪しよう。
許しを得られるまで、幾度でも。
智紀。
どうか。私の側に戻って来てくれ。
私の大切なツガイ。
*****
魂が抜けた肉体は、しばらくすればその活動を止めるという。
しかし、まだあたたかい身体を離せずにいた。
口づければ、今すぐにでも。
くすぐったそうに身動ぎし、目を覚ますのではないか。
あたたかいのに。
眠っているだけのように見えるが。
……もう、この手には戻らぬのだろうか。
「智紀……、」
ふと。
風の動く気配に、顔を上げれば。
「智紀!?」
智紀の魂が、私を悲しげに見下ろしているではないか。
声こそ届かぬが。
その唇が、ヴァルラム、と言っているのはわかった。
智紀は、何かに引っ張られているように見えた。
抗い、もがいている。
「……行くな、戻って来い!」
伸ばした手に応えるように、智紀もこちらへ手を差し出して。
触れられぬまま、消えた。
夢ではない。
智紀は望まぬまま、あちらへ引き戻されたのだ。
間違いなく、私に助けを求め。
こちらに手を伸ばした。
ならば。
することは決まっている。
「ユリアーン、皆を呼べ! 今より聖神召喚の儀式を始める!」
*****
「智紀はこちらに帰りたいと、そう願っていると感じた」
智紀の魂が私の元へ現れたことを説明し。
「私が魂を異世界まで飛ばし、直接、智紀を迎えにゆく」
宣言に、皆は反対した。
「そんな、失敗すれば、次元の狭間に魂を引き裂かれますよ!?」
「私以外、誰が異世界にいる智紀を迎えに行けるというのだ? 危険は承知の上。どのみちツガイを失った狼族は死ぬ運命にある。ただ嘆き死ぬよりも、前向きであろうが」
「しかし、まだ正式に式を挙げた訳ではないでしょう、他に相手を……」
「智紀は、私の唯一のツガイである。智紀以外を伴侶になど、考えられぬこと」
私の意志は変わらぬとみて、皆もようやく納得し。
召喚術の準備をした。
魔力を込め、陣を描き。
私が召喚に参加出来ぬ分、魔術師と神官を十数人呼び、召喚術の補佐をさせる。
「獣王、どうかご無事で……!」
「戻っていらしたらこの件での始末書、山積みですからね!」
「無理そうだったら無茶しないで戻ってきなよね……離魂」
パーヴェルの術により、肉体と魂を切り離し。
召喚術の道に沿い、魂だけの状態で異世界へと向かった。
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