オーセンスハート

大吟醸

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まるで精神学理論  前編

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遠くからさえずる小鳥の声が朝を告げる。

「……もうすぐ7時か」

空気がとても清々しい。
深夜を通り越した次の朝は、少し冷えた空気と静けさが辛く
カンナギはもしもの為の戦闘服の上から毛布を被って、キッチンの壁に寄り掛かっていた。

『ナギ君も核石を持ってるなんて』

「………………」

深夜にニルが誰かに向かって話すようにそう口にしていたことを思い出す。

「俺に核石…?なにかの聞き間違いだ、そうに決まってる」

普段、人よりも優れた状況判断力をもつカンナギだが、こればかりは混乱せざるを得なかった。
第一、おかしなモノなど持っているわけではない。
試しにカンナギは自分の身体をまさぐってみる。

「……おはよぉ」

急に声を掛けられて、カンナギはびくりとしながら、まさぐっていた手を瞬時に引っ込める。

それが寝間着姿なのか、白いワンピースにベージュ色のカーディガンを着たニルが
眠たそうな眼を可愛らしげにこすってこちらを見ていた。

「お、おう……早いな、まだ陽も出て間もないってのに」

よく見ると銀色の髪が、くしゃくしゃになっていた。
ん~?、と小さく唸って考えること数秒

「いつもこのじかんにおきるの、くせになってるんだ。
…ふぇ?なんでなぎくんそんなとこにいるの?
よなよな、おなかがへってひとりでごちそうたいむ?」

ろれつの回らない口調でゆっくりと喋る。

「なんか護られてるって自覚ゼロだな。焦ろとは言わないけど、も少し緊張感をもてよ」
「むぅ~まぶたがおもい~。おなかもへった~」
「リンゴあるぞ?」
「たべるぅ~」

即座に返事してカンナギの隣りにちょこんと座ったニルは、渡されたリンゴをまだ寝ぼけていそうな顔でかじりつく。

「~~~っ!おいしぃ…
〝りんご〟ってこんなにもおいしいんだね」

顔を赤らめて、上機嫌そうにリンゴを頬張るニル。
本来なら微笑ましい光景だが、横目で見ながらカンナギはどうしても笑顔になれないでいた。

「………………」

昨夜のニルの衝撃の発言が頭をよぎる。
核石についてはよくわかっていないカンナギでもこれだけははっきり言える。
『核石を持っている人間は追われる』、と。

「なぁ、核石ってのはいつから持ってたんだ?」

だいぶ意識の回復してきたニルは、リンゴにかぶりつくのに没頭しながら答える。

「あれれ、言わなかったっけ?核石はそこにあって、そこにないの。
気が付けば遠い存在で、気が付けば傍らにあるもの。遠くて、近い。
触れられて、透けてて……だから自然と気付かないうちに持ってるものなんだよ」

スラスラと、まるで暗記していたように話すニルにカンナギは痺れを切らす。

「だからぁ。なんなんだ、その矛盾した話は」
「あぁ、そうそれ。在るようで無い。在ってもいいし、無くてもいいし
矛盾したなかでそのひとが『オカルト』だと思うモノ・・・それが『十天神器』の核石」

カンナギは顔をしかめる。
「要は、形を持ってないって事か?」

何の気なしの問いかけに、ニルは首を横に振った。

「ううん。『どっちでもいい』っていうのは、決して『どっちかになる』にも『どちらにもならない』にもならない、限りなく矛盾した事象だから…。
キミが〝かたちの在るモノ〟と言えばそれは『そうであるし、そうとは限らない』ってことに変換される」

「『どっちかになるし、どちらか一方がならないとも限らない』
……つまり核石ってのは人によって見える姿も形も変わる、ということなのか」

「ちょっと惜しい。正確にはそのひとが『そうあって欲しいと思う事柄』を核石がつねに否定しちゃうの。その前に、見えるかどうかもひとそれぞれ」

「難しいな、まるで精神学理論だ」
「簡単にまとめると、なんでもかんでもウソだと言いふらす天邪鬼みたいなものを想像すればいいよ」

「……妙なまとめ方だが、大体わかった」
「よろしい♪」

話し中にもかじっていたリンゴを食べ終え、ガジガジと芯をあま噛みして遊んでいるニルに
カンナギは確信を知りたいが為に小さく息を吸う。

「なぁ…」
「ふぇ?」
「その、核石ってのは、なんていうか……いくつかあるもんなのか?」

その一言が、ニルを動揺させると思った。
だが、

「実は矛盾しない事柄もあるの、それは『十天神器』の核石は数が決まってるってこと
…でもあとのことはボクにもわからない」
「数、決まってんの?」

やはり『十天神器』と呼ばれるだけあるならば、

「ウン、ちょうど10個って言ってた。ボクのがそのひとつ」

ビンゴだった。
呆れてしょうがない、という顔のカンナギにニルは「えへっ♪」とはにかんでみせる。

「ん、どうせだからミリノ起こしてきてくれ。アイツ起こしてもすぐまた寝ようとするんだ」

芯だけになったリンゴをゴミ箱に捨ててニルは、

「ウン♪わかった」

そう言って素足でパタパタと大部屋へ歩いて行くニルを確認して、カンナギは深く息を吐いた。
10個。

「その数に俺が含まれているのか?」

そうニルに訊くことが最後までできなかった。
それを言ったら、確実にニルを動揺させると判っていたからだ。

今は傷一つつけさせてはならない立場の依頼人なのだ。
無償だが……。

だが、カンナギはもうひとつの疑問を思い浮かべる。
ニルが自分でも気付いていない一言。
ひとつのおかしなことを耳にして、それでもカンナギは表情に出さなかった。

『ウン、ちょうど10個って〝言ってた〟。ボクのがそのひとつ』

言ってた?
誰が?
いつ?

事情をよくわかっていない、ミリノとザッシュはあてにせず、カンナギは黙って思慮する。

「誰かと情報を交換している…?」

まさかとは思い静かに呟くカンナギに対し小鳥だけがさえずって答えた。





閉鎖された空間に靴の乾いた音が響く。

白衣の科学者は未だその眼鏡の奥で歪んだ笑みを浮かべたまま、一つの装置のような物へと近づく。

巨大なポッドのようなその物体の中は濃い緑色の液体が満たされていたが
科学者が脇のパネルを操作し、モニターの『解除』の二文字と共にゴボゴボと液体が抜けていく。

その後、鈍い音と共にゆっくりとポッドが開く。

「出番ダ。用意しロ」

ポッドから出てくる透き通った白い裸を露わにする深い青の髪の少女は
ずぶ濡れの身体も、科学者のぞんざいな物言いも気にせず、凛とした声でただ一言。

「……はい」

無表情の少女はポッドの脇に掛けてあるタオルで身体を拭く。

「15分で支度して待機してイロ。奇襲は今夜ダ」
「……はい」
「相手は〝狙い〟を含めて四人ダ。内、男二人は殺ス…必要なのは女二人だゾ、わかったナ?」
「………………」

すぐに返事が返ってこなかった。
少女が躊躇ったのだ。
その一瞬を科学者は見逃さない。
素早く近づき、髪を拭いていた少女の首を片手で掴んだ。

「・・・・・・・っう!!」
「いま迷ったナ?オマエに感情など付けた覚えはなイ。
人としての迷いなど〝人形〟にはなくてイイ。わかっているのカ?」

首を絞められ、辛そうな顔をした少女の首にさらに力を込める。

「苦痛も必要なイ」
「……は、いっ」

その返答に満足したのか分からない表情の科学者は、手を放し一瞥もせず無言で部屋を出て行く。

ひとり残った少女は痛む首を撫でた。
悲しい顔をしたくて。
それでも無表情で黒の服を手に取った。
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