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第七章

中盤戦 賢吾

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ドーン!

 

壇上に上がった男の天井に向かって放った一発の銃声が会場に響き渡り、先程までの殷賑だった雰囲気を一瞬にして慄然に変えさせた。



「キャーーー!」



「何事だ!」



「貴様、何をふざけている!」



「俺は別にふざけてなどいない。おいお前、ここの最高責任者を呼べ」



銃を放った男が近くにいる白髪交じりの小太りの男に冷静な口調でそう命令する。



「私だが」





「お前名前は?そして役職は?そして最高責任者である証拠を出せ」



「積王商事社長の福田義信だ。証拠は名刺で良いか?」

 

福田が上着の内ポケットから名刺入れを取り出し、中から名刺を一枚抜き取り、差し出した。



「どうやら本物らしいな。お前、マイクを貸せ」

 

そう命令された白髪交じりの小太りの男がマイクを手に取り、手渡した。



「いいか、まだ少し騒がしいようだが十数える内に静かにしなければ、一人ずつ順番に殺して行く、いいな。一、二、三・・・・・十」

 

会場は静まった。



隣にいる大谷さんは震えている。



半藤君は放心状態だ。



僕は・・・・・?



僕は固まっている。



けど、意識ははっきりしている。



自分が置かれている立場が理解出来ていない。



よし、今、自分が置かれている状況を冷静に考えよう。



何なんだ、あの人達は?



一体僕達はどうなるのか?



もう帰りたい。



結論はそれだ。



「良い子ばかりで宜しい。これより簡潔に今、お前達が置かれている状況をお前達に説明してやる。全ての質問は最後に受け付ける。分かったな。率直に言うと、俺はこのグランドタワーを今からハイジャックするつもりの者だ。俺の他にもこの会場に三人、一階のロビーに一人、仲間のハイジャック犯がいる。そして、今からお前達全員に我々の人質になって貰い、その人質は二手に分かれて貰う。一つ目のグループは俺の仲間の一人がもう既にこのオープンパーティーに参加していない従業員達を一階のロビーで人質として監禁しているが、その者達と一緒に同じ格好をして人質になって貰う。同じ格好とは目隠しをし、ロープで両手両足を結ぶ事だ。ロープは適当に近くにいる者に結んで貰え。そして、それを繰り返し、最後まで残った者は我々の仲間が結んでやる。また、一階には遠隔操作出来る爆弾と監視カメラが仕掛けられている。もし不審な動きがあったら容赦なく爆破スイッチを押す事になるからその辺を覚悟しておけ。当然一人がそんな事を行ったら、皆どうなるか分かるよな。二つ目のグループはこっちに比べてたら天国同然だ。ただ我々が指定した部屋に監禁され、ひたすらハイジャックが終わるのを待つのみだ。目隠しもロープで両手両足を結ばれる事もしない。飲食は自由で部屋にあるトイレも使っても良い。また、外からこのホテル内に人が入れないように入口等を完全に閉鎖した。よって、このグランドタワーは全て我々が占拠したのだ。そして、二つ目のグループに属する権利は公平にクジ引きで決める。ちなみに当たりクジは八枚入っている。しかし、ここの最高責任者である福田社長はクジを引かずして、自動的にグループ2に属して貰う。よって、合計九人がグループ2に選ばれる事になる。では今から質問を受け付ける。ある者は挙手しろ」



ハイジャック犯の力説が終わると華奢な体格のスーツ姿の男が手を挙げた。



「じゃあ、お前」



ハイジャック犯がそのスーツ男を指差す。



「貴方達の目的は身代金ですか?それとも仲間の保釈ですか?」



「お前らに教える義務はない。また、今後そのような事を訊くと容赦なく射殺

するからな。肝に銘じておけ」



「・・・・・分かりました。もう一つ質問しても宜しいですか?」



「良いだろう」



「人質のグループを二手に分ける意味は何ですか?」



「念の為だ。例えばもし警察に潜入された場合の最後の人質として、直ぐに二つ目のグループを人質に取れるだろう」



「・・・・・なるほど」



「他に質問はないな。ああ、この後トイレには行っておけ。当分の間、行けないからな。但し、我々の監視付きだ。外部と連絡を取ろうという不審な動きがあった者は、直ぐにその場で撃ち殺す。後、今の内にここにある料理を鱈腹食っておけ。特に一つ目のグループになった者達は当分の間何も食えないだろうからな。その後クジ引きを行い、各グループは移動して貰う。トイレと食事の時間を三十分取ってやる。さぁ、動け」







そう冷静にハイジャック犯が言うと大勢の招待客や関係者がわれ行かんとばかりに一斉に会場にある料理を食い始め、トイレに急ぐ。



男も女もお構いなくである。



「さっさと出て!」



「おい!お前、取り過ぎだ!」



「畜生、もうこの皿何もないじゃねーか!」

 

僕はその光景を一生忘れる事はないと思った。



うん?何考えているんだ、僕は。



あまりにも唐突の出来事だったからこんな恐ろしい事に巻き込まれていても逆に冷静でいられているのか?



「おっ、おい、今の内にお前達も食えよ」

 

貪欲に料理を食い荒らしている半籐が口に食べ物を含みながら、三堂と亜理紗にそう催促した。



「・・・・・私は遠慮しとく」



「・・・・・僕も」

 

あっという間に三十分が経過した。



「よし、これよりクジ引き大会を開始する。当たりクジは白い紙に赤字で「当たり」と書いてある。当たった者は壇上に上がれ。外れた者は適当に会場の端に行け。そして、引いたクジは回収箱の中に入れろ。ああ、それとさっき言い忘れたが携帯電話、ノートパソコン、タブレットPCといった全ての外部と通信が出来る機器は全て没収する。クジを引く前に手渡せ。また、念の為それらを隠し持っていないか確認する。もし後でそういう機械が見付かったら容赦なく打ち殺す。分かったな」

 

客席にいるハイジャック犯の仲間の一人が黒色のクジ引き箱と回収箱を用意し、テーブルの上に置いた。



「近くにいる者からどんどん引いて行け。もし二回以上引いた者がいたら容赦なくその場で撃ち殺す。当たりクジが全て出た時点でクジ引き大会は終了だからな」



ハイジャック犯がそう言うと招待客、関係者でクジ箱に近い者からどんどんクジを引いていった。

 

運命を決めるクジ引き大会が始まってから三十分が経過した。



まだ誰も当たりクジを引いていない。



「本当に当たりクジは入っているのか?」



「うるさい。さっさと向こうに行け!」



「分かったよ」

 

そう思うのも無理はない。



未だに一枚も当たりクジが出ていないのだから。



次は利恵さんの番だ。



「・・・・・やった。当たりだわ」



やっと当たり第一号者が出た。



当たりクジは本当に入っていた。



次は、グレーのスーツに青色のワイシャツと緑色のネクタイを合わせた格好をした男だ。



若く見える。



その男がハイジャック犯に携帯電話を差し出すが、それを受け取ったハイジャック犯が何かに気付いたようだ。



「おい、その左胸のポケットの膨らみはなんだ?」



「手帳ですよ」



その男が左胸のポケットからそのポケットを膨らませた物を取り出す。



「まぁ、持っておけ」



そう言われた男が手帳を左胸のポケットに入れ、クジを引く。



「・・・・・当たりのようですね」



二連続だ。







しかし、そこから誰も当たり出ないまま二十分が経過した。



次からは大谷さん、半籐君、そして僕に回って来る。



出来れば僕を含め三人共当たって欲しいが三連続で当たるのは流石に難しいだろう。



残りの当たりクジは六枚だ。



大谷さんが携帯電話を渡し、ハイジャック犯に体を服の上から触られクジを引く。



「・・・・・あっ、当たったわ」

 

どうやら一人目クリアのようだ。



次は半籐君の番だ。



ゆっくりクジを引き、確認する。



「・・・・・俺も当たり」



二人目もクリアのようだ。



この勢いに乗りたいが恐らく僕は外れる。



仕方のない事だ。



「三堂君、頑張って」

 

戸惑った。



大谷さんが壇上の上から僕に声援を送ってくれる。



こんな状況にもかかわらず嬉しい気持ちになった。



今までの僕の人生で人から応援された事なんて一度もなかった。



当たりたい。



当たりたい。



それだけを願って箱の中から上の方にあるクジを一枚握り締め、それを引き上げ、ゆっくりとその白い紙を開けた。



そして、そこには赤い字で「当たり」と書かれていた。



「あっ、当たった」



「三連続か。凄い偶然だな」



ハイジャック犯が吃驚する。



僕はその当たりクジを回収箱の中に入れ、半籐君と大谷さんの待つ壇上へと足を進めた。



「良かったな」



「うん」

 

僕は不謹慎ながらも少し微笑んで答えた。



少し、半籐君と距離が縮まった気がした。



大谷さんも安堵した表情だ。



「嫌だー!」



「はい、地獄生き決定だね」



「もっと飯食べておけば良かったな」



僕が当てた以降、次々に外れていく。



そんな事より何故こんな呑気な事を言っている人が多いのだろうか。



自分達が置かれた状況を本当に理解しているのだろうか?



いや、それとも僕が可笑しいだけでこれが普通なのか?



そう考えていると次は氷室さんの番だった。



「・・・・・当たったわ」



良かった。



氷室さんも当たった。



僕は今日初めて出会った人に知らない間に情が移入していた。



残りの当たりクジは二枚だ。



それから十分が経過した。



次はさっきハイジャック犯に質問していた華奢な体格のスーツ姿の男だ。



「はい、当たり」



どうやら当たったようだ。



何か頼りがいがありそうな人が来たような気がした。悪くないメンバー構成だ。



そして、当たりクジは残り一枚だ。さぁ、最後の天国生きは果して誰になる?



高みの見物だ。



正直自分が卑しいが、こんな状況だ。



仕方がない。





最後の当たりクジが出たのはその五分後だった。



引いたのはさっきハイジャック犯にマイクを渡した五十代前半に見える白髪交じりの小太りのスーツ姿の男だった。



「これでクジ引き大会は終了のようだな。さぁ、一階のロビー組になった者達はあそこにいる俺の仲間三人に付いて行け。途中で逃げたりした者には容赦なく発砲する。いいな」

 

そう言われると約五百人が列を作り、順番にパティー会場から出て行く。



最後尾ではハイジャック犯の一人が見張っており、大した乱れもない。

 

三時間前にこんな事態になるなんて一体誰が予想出来たのか?



僕達はこれからどうなるのか?



助かるのか?



そうだ。



そう言えば、御神君達はどうなっているんだろう。



あっちのホテルもこの状況と同じなのか?



ハイジャックされているのか?



秋山さんも・・・・・。



そう考えていると気付けばもう半数以上がこの会場からいなくなっていた。







「さぁ、貴様達も移動するぞ。俺に付いて来い」

 

そう言われた僕達九人は三十五階の3501号室に連れて来られた。



その部屋はグランドタワーでも有数のVIPルームであり三十畳程の広さがあり、九人は十分収容出来る。 



部屋の内装はブラウンを基調にした色で、専用の人口温泉も付いている。



ベッドは三つあり、冷蔵庫の中には水や酒、ジュースなどが入っており、更にガラスのテーブルの上にはフルーツや菓子も置いてある。



「いいか、俺達の指示があるまでこの部屋にいろ。但し、当然部屋の外から交代で監視する。中にトランプとかが置いてあるからそれまで遊んでいろ。いいな」 

 

ハイジャック犯がそう告げると九人を部屋に入れた。



「私達、凄く待遇が良いですね」

 

ハイジャック犯が部屋からいなくなると早速、利恵がそう切り出した。



「そんな事を言っている場合かね、笹野さん」

 

最後に当たりクジを引いた白髪交じりの小太りの男がそう戒飭した。



どうやら二人は知り合いのようだ。



「皆さん、この先お互いの名前を知っていないと何かと不便ですから、自己紹介をし合いませんか?」

 

氷室がそう八人に提案する。



「賛成です」と半籐始め、残りの者達もそれに同意している様子だ。

 

どうしよう。



流れで言えなかったが僕は自己紹介が苦手だ。



ここに来て一体何回、自己紹介をやるんだ?



いや、今はそんな事を言っている場合か。



「順番は時計回りで、まず私からさせて頂きます。私は積王商事の福田社長の秘書をさせて頂いています氷室彩乃と申します」

 

次は福田社長の番だ。



「もう既に知っている方が多数かと思いますが、積王商事社長の福田義信です。全くこんな事になるなんて、招待客の皆様方に何とお詫びしたら良いか」

 

少し憂鬱な空気が流れるが僕はそんな事よりも次からの僕達秀明館高校組の番の方で頭が一杯だ。



「半籐貴新ッス。高二ッス」



「何故、高校生がここにいるのだね」



「えっ・・・・・」

 

福田社長が不思議そうに困惑している半籐君を見つめる。



「すみません、社長。半籐君始め、そこにいます三人はスカイタワーのオープンパーティーに参加する予定だったのですが、行く途中に渡り廊下の扉が開いていたので、興味本位でグランドタワーに来てしまい、戻る時にはもうその扉が閉まってしまった後で帰れなくなり、そのまま積王商事のオープンパーティーに参加した所ハイジャック事件に巻き込まれ、今に至っているのです」

 

氷室さんが僕達の代わりに福田社長にここまでの悪行の経緯を説明してくれた。



「・・・・・まぁ、これも何かの縁だな。若気の至り、結構、結構」

 

福田社長が微笑んだ。



当然今日初めて謁見したが、どうやら寛大な性格の持ち主のようだ。



「秀明館高校二年の大谷亜理紗と申します。勝手にこちらのオープンパーティーに参加してしまって本当にすみません。後、一応ここにいる男と一緒の高校に通っています」

 

亜理紗が手を広げて隣にいる主犯に向けた。



「一応ってなんだよ」

 

半籐君が憮然とした態度を執る。



いや、そんな事より次はいよいよ僕の番だ。



「みっ、三堂賢悟です。大谷さんと半籐君と同じ高校に通っています」

 

大役を終え、ホッとした。



もう自己紹介は御免だ。



次は利恵さんの番だ。



「積王商事の社員の笹野利恵です。ちなみに山光興業の今回のオープンパーティーの主催者の笹野透は私の夫です」

 

それはもう知っている。次はさっきハイジャック犯にマイクを渡した白髪交じりの小太りの男の番だ。



「積王商事で常務をしている関本周吾です」



次はさっきハイジャック犯に質問した華奢な体格の男の番だ。



「積王商事の社員の桜庭哲です」



最後は手帳を左胸のポケットに入れているグレーのスーツ姿の若い男だ。



「遠野岱です。フリーライターをしています」



「へぇー、フリーライターの方ですか。本日は取材かなんかで?」

 

桜庭が訊く。



「はい、そうです」







「でもなんか、知り合い同士が多く集まってしまいましたね」

 

桜庭がこのメンバー構成に驚く。



「ほんとそうね、凄い偶然だわ」

 

利恵も同じく驚く。



「全く、とんだ不幸な目に合ってしまったな」

 

半籐がこうなってしまった事に対し愚痴る。



「あんたがあっちに行こうと言わなければこんな事にならなかったでしょ」



「向こうのホテルもハイジャックされているかもしれないだろ」



「確かに、君の言う通り、透さんしかIDカードを持っていないのだから、ハイジャック犯達もそれを調べ、知っていたら、向こうのホテルもハイジャックしないと警察が透さんからそのIDカードを借り、こっちのホテルに侵入出来るから、その可能性の方が高いな」 

 

桜庭が喧嘩に割って入り加勢した。



「ほらみろ」



「君、あまり可愛い女の子を責めないの」

 

利恵が叱咤し、叱られた半籐の顔は悄然たる姿になる。

 

この一連のやり取りを傍観していた僕はまるでテレビドラマを見ている気分になった。



「自己紹介も済んだ事だ。このままハイジャック犯達の言う事を素直に聞いていては駄目だ。これからどう我々が動くかを皆で考えよう」

 

関本がそう切り出した。



「いや、命が欲しければハイジャック犯達の言う通り大人しくしていた方が賢明だと思いますけどね」

 

桜庭が否定的な意見だ。



「そうね。・・・・・社長は如何思いますか?」

 

利恵が桜庭の意見に乗り、福田に訊いた。



「私も取り敢えずハイジャック犯達の言う事を聞いた方が賢明だと思う」



「私もです」

 

氷室もそれに同意した。



「私もそう思います」

 

遠野も続いた。



「関本さん、それで良いですか?皆もそれで良いかしら?」

 

利恵さんが間髪を容れずに僕達に訊く。



「はい」

 

僕達が一斉にそう答えた。



成熟した大人達の会話に口を挟めなかった。



取り敢えず全員一致でこの部屋に大人しく留まる事が決定した。



そしてそれから特に何もせず、十分が経った。



「なぁ、何で佳純さん、自分が山鍋社長の娘だと知られる事を嫌がっていたんだろう?」

 

突然、口を閉ざしていた半籐が亜理紗に話し掛けた。



「何よ、いきなり。今そんな事どうでも良いじゃない」



「恐らく、婚約者の誠さんが体裁や名誉に貪欲な男と、周りから偏見の目で見られるからですよ」

 

半籐の話を聞いていた近くで遠野がそう答えた。



「どういう事ですか?」

 

亜理紗がそう訊く。



「山鍋興業は伝統的に同族主義の企業なのです。現在、山鍋興業の専務、副社長は山鍋社長の親族がやっており、山鍋興業の重役は滅多に山鍋の家系以外の人間には出来ないのです。よって、山鍋興業の社員で婿になる誠さんは時期重役が確定しているようなものなのです。そして、それは誠さんがそうしたいが為に佳純さんと婚約したと周りは思うでしょう。ですから佳純さんという方はあまりその事を多くの人に知られたくなかったと思います」



「詳しいですね、遠野さん。私も知りませんでした。流石、フリーライターだけの事はありますね」

 

遠野の話を近くで聞いていた利恵が近々親戚になる佳純と誠の機微について話してくれた遠野を褒め称えた。



「いえ、そんな事ないですよ。それにあの会社の社員の顔を見れば野心に満ち溢れている事が一目瞭然・・・・・いや、もうこの話は止めておきましょう」







それからまた十分が経過した。



「皆さん、特にする事もないですし折角ですから、ハイジャック犯の言う通りトランプで遊びませんか?」

 

嫌な沈黙を切り裂いて利恵がそう提案した。



「そうですね。気分も晴れますよ」

 

氷室がそれに乗り気だ。



「賛成です」

 

遠野もそれに乗る。



「社長は如何なさいます?」



「いや、私は結構」



「そうですか。・・・・・君達はやりますよね?」

 

福田社長に断られた氷室さんが今度は僕達に訊いた。



「勿論です」

 

大谷さんが代表してそう答えた。



半籐君はまだ利恵さんの叱咤が利いているようだ。いつもの元気がない。



結局、トランプの参加者は僕、大谷さん、半籐君、氷室さん、桜庭さん、利恵さん、遠野さんになった。



「では、七並べでもしましょう」

 

氷室がそう提案した。七並べを始めてから五分が経過した。



「誰です?ダイヤのジャックを出さず止めている人は」

 

桜庭さんが少し苛立っている。



恐らくダイヤのクイーンかキングを持っているのだろう。



それから三分が経過した。



「へへーん、俺でした」

 

半籐君がそう言いながらダイヤのジャックをテーブルの上に出した。



さっきの元気のなさは何処に行ったのだろうか?



一体この数分で何が彼の心情を変えさせたのか?



あまりにも感情の起伏が激し過ぎではないか?



僕には理解出来なかった。









トランプで遊び始めてから二時間経過した。



そろそろ皆、飽きてきたが止めようと言う者がいないから、会話をしながら続けていた。



「あの人も今頃こうやって時間を過ごしているのかしら?」

 

利恵がそう呟いた。



「透さんの事ですか?」

 

亜理紗だけがそう反応した。



「ええ、そうよ。私の事、夜も眠らず心配してくれると嬉しいんだけどね」



「あっ、当たり前じゃないですか」

 

そうだ。



もしスカイタワーもハイジャックされていたとしたら、今頃、御神君達もこうやって、何時ハイジャック犯達が襲って来るかも分からない恐怖に怯えながら時間を過ごしているのか。



いや、もし一階のロビーで人質にされていたら、こんなに贅沢な時間を過ごしていないのか。



当然秋山さんも。



そう考えると罪悪感が滾った。



「皆さん、そろそろ、こんな時間ですし睡眠でも取りますか?ハイジャック犯達もそれは良いと言っていましたし」



 

遠野がトランプに飽きてきた六人とずっとソファーに座りながら二人で会話していた福田と関本にそう提案した。



時計の針を見るともう一時を回っている。



「そうね。そうしましょう」

 

利恵も同意する。



「私はずっと起きているよ。こうなったのも全て最高責任者である私の責任だ」



「社長が起きているなら、私も寝る訳にはいきませんよ」

 

関本がそう忠心を見せた。



「いや、皆、私に気にせず休息を取ってくれ。君も私に遠慮せず寝てくれたまえ」



「・・・・・そうですか。では社長がそういうのなら、遠慮なく休ませて頂きます。・・・・・ベッドはレディーファーストという事で女性陣に使って貰いましょう。丁度三つありますし」



「皆さんに申し訳ないですよ」

 

氷室がそれを断った。



「いいや、遠慮しないで使ってくれたまえ」



「そうですか。・・・・・他の皆さんもそれで宜しいのですか?」



「私も構いません」



「どうぞご遠慮なく」



「俺も」



「ぼっ、僕もいいですよ」

 

関本以外の四人の男もそれを認めた。



「有難う御座います。ではお言葉に甘えて」

 

氷室、利恵、亜理紗が同時に五人に礼を言った。



ソファーに横になった。



しかし、恐怖心のせいかなかなか寝付けなかった。



本来なら今日の思い出の甘美に浸りながら心地良い疲れによって何時の間にかにかぐっすり眠っている筈なのに。



今日は僕の人生の中で最も濃い日になるに違いない。



こんな経験、もう二度とないだろう。



でもこれを機に僕の人生が変わるかもしれない。



そういろいろ考えていた僕は何時の間にか寝てしまっていたようだ。



気付いたら朝だった。







一夜が明けた。



全員が起きている。

 

六月九日六時半。



唐突に三堂達にハイジャック犯が積王商事本社にグランドタワーをハイジャックしたという内容の連絡をした事を告げる。

 

突然防音扉が開かれた。



「おい、お前ら良く聞け。たった今、積王商事本社にグランドタワーをハイジャックしたと連絡した。恐らく、後十分位で警察にホテルの周りを取り囲まれる事になる。分かったな」

 

リーダー格と思われるハイジャック犯が僕達にそう告げ、部屋の外に出て扉を閉めた。



「ビックリしたな」



「ええ」

 

桜庭さんに反応したのは利恵さんだけだったが僕も含め皆、桜庭さんと同じ感想の筈だ。



すっかり、目が覚めてしまった。

 

それから十分が経過した。



「警察が来たわ」

 

ずっと窓から外を見ていた利恵さんが皆にそう呼び掛けた。



少し声が高らかだ。



「ですけど、向こうから我々の姿は確認出来ないでしょうね」

 

桜庭がそう悲観する。



「ええ」







七時半。



再び突然防音扉が開かれた。



その方を見るとハイジャック犯は四人いる。



「いいか。俺はやらなければならない事があり、直ぐにこの部屋を出て行かなければならないが、警察が来たから念の為、お前達を直ぐに盾に出来るようにこの部屋に一人の仲間を置いておく。分かったな」

 

リーダー格と思われるハイジャック犯がそう言い放つと、三人のハイジャック犯は部屋から出て行き、一人のハイジャック犯だけがこの部屋に残った。



再び部屋に緊張が走る。

 

二十分が経過した。



「ずっとこの時を待っていたんだ。福田!」

 

唐突に一人部屋に残ったハイジャック犯が福田社長に向かってそう叫び、銃を向ける。



急に場の緊張感がピークに達した。



 

一体急に何だ。



何でいきなりこうなったのか?



いやそれよりもこの場から逃げ出したい。



これから僕はどうなるんだ?



福田社長は撃たれるのか?



僕も含め皆、血の気が引いている。



「わっ、私が一体、君に何をしたんだと言うのだ」



「ふん、心当たりがないのか。まぁ、そんな所だと思っていたがな」



「わっ、私にどうしろと言うのだ。金か?」



「そんな物は要らない。ただ、お前に恐怖を味わって貰いたいのだ。但し、お前が助かるチャンス、いや、取引がない事もない」



「取引だと?」



「ああ、誰かこいつの代わりに恐怖を味わってみないか?そうしたらこいつの命は助けてやる」



「誰か私の代わりに人質になれとでも言うのか?」



「ああ、そうすればお前は一生重い十字架を背負って生きて行く事になるからな」

 

ハイジャック犯が皆を見渡す。誰も手を挙げようとはしない。



それはそうだ。



仕方のない。



そんなの嫌に決まっている。



しかし、僕の予想とは裏腹に手を挙げる者が出た。



「・・・・・わっ、私が代わりに人質になります」

 

女の声だ。



この声は確か・・・・・利恵さんだ。



「いや、利恵君、止めたまえ!」



「いいんです、福田社長。こんな時に上司の役に立つのが部下の務めです」



「お前か、いいだろう。こっちに来い」

 

利恵さんがハイジャック犯に近寄り、銃を突き付けられた。



そう言えば、昨日言っていた事を違うではないか。



なんだよ、最初に僕達に反抗しなければ何もしないと言ったくせに。



そう考えたら、だんだん怒りが増してきた。



・・・・・いや、彼だけが最初から他のハイジャック犯達を謀反するつもりで単独行動へ出たのか?



いや、今はそれより利恵さんと僕達だ。

 

その状況のまま五分が経過した。

 

利恵さんは依然、僕達から七メートル位離れた所でハイジャック犯に左腕で頸を締め付けられ、右手で頭を銃で突き付けられている。



予断を許さない状況だ。



しかし、利恵さんが数秒後、思いもよらない行動を執る。



なんとフリーだった右手で銃を持っているハイジャック犯の右手を払い、ハイジャック犯を一気に押し倒したではないか!



利恵さんもその反動で倒れる。



二人は互いに攻撃をする。



どちらが優勢か分からない。



「あっ、危ない!」

 

僕はつい大声で叫んでしまった。



僕達は一斉に勢い良く飛び出し、利恵さんを援護しに行く。



もう恐怖など忘却していた。

 

ドーン!

 

しかし、その途中で銃が発砲された。



今まで嗅いだ事のない銃独特の酸化臭が鼻に付く。床を見ると大量の血が流れている。



二人の内どっちかに銃が当たったのは間違いない。



当たったのは一体どっちだ?
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