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第十二章

摂理

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スカイタワーのオープンパーティー会場にこの事件の頭株な当事者達が御神の呼び掛けによって安藤からの連絡で集めさせられた。



「ちょっと、御神君、どういう事!全員が集まるのは五日後じゃなかったの?それも突然の連絡で!」

 

急遽、呼び戻された二宮がほぼ全員の代弁者として不機嫌そうにそう言い放った。



三堂、妙子、亜理紗、半籐以外の事件の当事者達の視線が御神の方へ向いた。



「皆さんに集まって頂いたのは、今回の事件の主要な当事者として、皆さんは事件の真相を知るべきと私は考え、今から私がそれを皆さんの前でお話しする為です」

 

僕達以外のこの場にいる人達が唖然となった。



全員が呆気にとられるというのはこの状態の事を言うんだなと思った。



しかし、御神君の面持ちは真剣そのものだ。



暫くして二宮さんが静寂を破った。



「嫌味な言い方ね。まるで今正しいとされている事件の推理が実は間違いで、今回の事件の真相は、自分は既に知っています的発言だわ」



「はい。僭越ながら実は貴女が仰る通り、今回の事件の真相は恐らくまだ、私と真犯人以外は知っておらず、先程も申し上げましたが今から私がそれをお話し致します」



「真犯人?ちょっと待って、犯人はあのハイジャック犯達でしょ。それとも貴方は私達がまんまと真犯人の思惑に嵌るピエロとでも言いたいのかしら。いい、今振り返っても事件の結末はハイジャック犯達の自殺とそれに勇敢にも立ち向かった透さんと利恵さんの命が犯人達に怒りを買われ不幸にも犠牲になった。そうとしか考えられないわ。ねえ、皆さんもそう思うでしょ」

 

二宮さん以外の人は口を閉ざしたままだ。



彼女の迫力に何故か僕は緊張した。



これから事件の真相を話すのは御神君だって言うのに。



暫くして御神君の口が開いた。



「貴女は相変わらず、ただ目の前に起こった出来事を安直に盲信する浅慮のようですね」



「・・・・・はぁ!こんな大勢の人達がいる前でなんて無礼な発言を!謝罪しなさい!」



「まあまあ、二宮さん。取り敢えず御神君の推理を聞いて、それから意義を申し上げましょう。それにこの子は普段から奇矯じみた発言と横柄な態度も多いようですし、大人の私達が出来る限り寛容的にならないと」

 

今までやり取りを傍観していた関本が憤慨している二宮をそう制止した。



「まぁ、いいわ、話しなさい。貴方の推理が実は的外れの珍説で、時期に話がなよなよと尻つぼみしていき、高慢な貴方が皆から冷罵される姿を見るのも滑稽だわ」

 

二宮からの威嚇を受けても御神は表情を変えず、大きく息を吸って深呼吸をした。



三堂、妙子、亜理紗、半籐の四人は黙って御神を見つめている。



「まず、簡単に今から私が話す内容の大まかな流れについて説明します。初めに今回の事件で、現時点で皆さんが知っている事、信じている事についておさらいをします。つまり何時に、何処で、誰が、誰に何をした等を概括します。次に、この事件の舞台裏で本当は何が起こっていたのかを教え、それによる事件の本当の被害者の人数と人物、事件の数も教えま・・・・・」



「本当の被害者の人数と人物?本当の事件の数?」



「何言っているんですか君は?」



「どういう事ですか?」

 

様々な方向から御神の方へ向かって疑問の声が飛ぶ。



「皆さん、落ち着いて、取り敢えず私の話をその第一段階の途中まで一通り聞いて下さい。その後、質問を受け付けます。宜しいですか?」

 

場が静まり返った。



「この事件の舞台裏で本当は何が起こっていたのかを教え、それによる事件の本当の被害者の人数と人物、事件の数も教えます。勿論、その後にそうなるのに必要な証拠や根拠を提示します。そして、最後に真犯人を特定します。ここで恐らく皆さんの大多数は唖然となり、私と真犯人との口論が始まると思いますが、その際はどうか心を落ち着かせて下さい」

 

御神君は何でこんなに落ち着いて話せるの?



私はこんな状況でも全く物怖じせず動揺しない御神君に驚嘆した。









「では始めに、今回の事件の経過についておさらいをします。まず六月八日十九時十五分。山光興業のオープンパーティーの最中にスカイタワーがハイジャックされる。そして、十九時四十五分。今度は積王商事のオープンパーティーの最中にグランドタワーがハイジャックされる。ここで山光興業側のオープンパーティーでは誠さん、二宮さん、篠坂さん、加純、今川さん、榎本さん、妙子、私がハイジャック犯達の用意したクジ引きに当たり、死亡した透さんがオープンパーティーの主催者という事で自動的に比較的楽な方の人質のグループに選ばれました。一方、積王商事側のオープンパーティーでは遠野さん、桜庭さん、氷室さん、関本さん、三堂、半籐、亜理紗、そして死亡した利恵さんがスカイタワーと同じくハイジャック犯達が用意したクジ引きに当たり、福田社長が透さんと同じくオープンパーティーの主催者という事で自動的に比較的楽な方の人質のグループに選ばれました。そして、明くる日の六月九日七時。スカイタワーで二人残されたハイジャック犯の内一人が油断した隙に透さんが銃を奪い、もう一人のハイジャック犯の左胸に向かって発砲し死亡。その直後、部屋に戻って来たハイジャック犯一味に透さんが取り押さえられ、そのハイジャック犯と共に別の場所へ連行される。その一時間後の六月九日八時。今度はグランドタワーでは福田社長が突然一人残されたハイジャック犯に過去の恨みを告白され、脅される。しかし、利恵さんが福田社長の身代わりになり人質に取られ、ハイジャック犯が油断した隙に利恵さんが銃を奪おうと交戦し、ハイジャック犯が反抗するが自ら発砲した銃弾が運悪く自分の左胸に当たり死亡。その直後、部屋に戻って来たハイジャック犯一味に利恵さんが取り押さえられ、その内のハイジャック犯一人と共に別の場所へ連行される。ここで一旦話を切り、皆さんにこの状況や出来事についてどれ位の確率でそれが起こるのかを問いたいと思います。重要なのはスカイタワーで起こった状況や出来事が、ハイジャックが発生してから十二時間程経過している中で、一時間以内に防音の部屋で男性より比較的力の弱い女性で且つ、その中でも華奢な体格な方である利恵さんがこの出来事の主役で、グランドタワーでもほぼ同じ事が起こり得るのかという事です」



そう言い終わると御神以外の全員が無言で考え込み、暫くして二宮が静寂を破った。



「そんなの何も可笑しくはないわ。スカイタワーのハイジャック犯達もグランドタワーのハイジャック犯達も同じ目的を持つ共犯のハイジャック犯達な訳でしょう。つまり同じような時間帯に同じような行動を執る事は自然な事なのだから、両ホテルのハイジャック犯達が予めスカイタワー担当側は六時半に、グランドタワー担当側は七時半に監禁役をそれぞれ二人と一人にして、他のハイジャック犯達は何処か別の場所に集まって何かをするという事を事前に打ち合わせしていたのよ。よってこの状況は必然だわ。そして、その状況で偶々、正義感の強い性格の持ち主で華奢な体格だった利恵さんが福田社長を庇い、勇敢にもハイジャック犯を取り押さえようとし、ハイジャック犯がある意味事故で死亡。しかしその直後、運悪く予定時刻になり用事を済まし、部屋に戻って来たハイジャック犯一味に取り押さえられ別の部屋へ連行された。誰か特定された人物が利恵さんの立場にならなければならないのなら、それが起こる可能性の確率は低いけれど誰でも良いなら偶々グランドタワーの主役は利恵さんだった。そうとは考えられないのかしら」



「私も二宮さんの意見に賛成だ」

 

自信満々の二宮の演説直後に関本が賛同した。



「・・・・・いや、私はそれが起こる確率は限りなく0に近いと思います」

 

突然、榎本が異議を唱えた。



「どうしてかしら。榎本さん」

「私はグランドタワーの主役が利恵さんだった事はそんなに問題にはしていません。しかし、二つのホテルで、透さんと利恵さんの反撃があった直後にハイジャック犯一味がタイミング良く部屋に戻って来た事に問題があると思うのです」



「解らないわ。どうして問題があるの?グランドタワーのハイジャック犯達もスカイタワーのハイジャック犯達も同じ計画なのだから、あの正当防衛と事故に遭ったハイジャック犯が、あの部屋の監視から大体三十分後に他のハイジャック犯達が部屋に戻って来る事も両ホテルのハイジャック犯達の計画の一部だったっていう事じゃない」

 

二宮がそう反論した。



「いや、私が言いたい事はそういう事ではなくて、三十分間の内、両ハイジャック犯達の計画には入っていない何時始まって何時終わるかも解らない透さんと利恵さんの反撃という行為の直後に、タイミング良くスカイタワーでもグランドタワーでも他のハイジャック犯達が部屋に戻って来た事に問題があるという事です」

 

僕は一瞬ハッとなった。



確かにそうだ。



本当にそんな偶然起こり得るのか。



それも両ホテルで。



周りを見渡すと他の人達も僕と同じような反応だ。



「あの部屋は確か防音で外から部屋の中の音、つまり我々の会話や銃声は聞こえない筈です。そこに両ホテル共、タイミング良く他のハイジャック犯達が戻って来た。そんな都合の良い事が二つのホテルで本当に起こると思うでしょうか。例えば、他のハイジャック犯達が部屋を出てから十分後に透さんが反撃に出たとしたら、例え利恵さんがきっかり三十分後に同じような行為に出たとしても、もうこの出来事は成り立ちませんし、逆もまた然りです」



「素晴らしいお答えです、榎本さん。恐縮ですが少し補足させて頂くと、透さんもしくは利恵さんのどちらかでも反撃を実行に起こす決心が三十分以内に決まらなければこの出来事は起こり得ません」

 

どうやら全会一致でこの問題の答えは“限りなく0に近い”になりそうだったがまだ、この結論に納得出来ない者がいた。二宮だ。



「論点がずれているわ。それはハイジャック犯達にはどっちでも良かったのよ」

 

二宮さんがまだ粘っている。もうそれは詭弁だ。



「つまりどういう事ですか?」



 御神君が冷静にそう返した。



「ハイジャック犯達は仲間が殺されようが、殺されないようがどっちでも良かったのよ。そこへ偶々二つの部屋へ仲間達が戻って来ただけの事よ。ああ、それと今思い付いた。その主役は透さんでも利恵さんでなくても誰でも良かったのよ。つまりそれが偶々、透さんと利恵さんになっただけの事」

 

この人、相当負けず嫌いの性格だ。



「私は先程、皆さんにスカイタワーで起こった状況や出来事が両ホテルのハイジャックが発生してから十二時間程経過している中で一時間以内に男性より比較的力の弱い女性で且つ、その中でも華奢な体格な方である利恵さんがこの出来事の主役でグランドタワーでもほぼ同じ事が起こるという前提条件でこの状況や出来事についてどれ位の確率でそれが起こり得るのかという質問をしたのですが」

 

僕は二宮さんの顔が赤く染め上がる姿を見た。



論点がずれているのは二宮さんの方だ。しかし、どうしてこんなにも異見を認めたがらないのだろう。



もしかして真犯人は・・・・・。



「じゃあ、限りなく0に近い可能性しかない事が奇跡的に起こったのよ。大体この事と真犯人とどう関係があるのよ」

 

それは僕も思った。



確かにこの事と真犯人と一体何が関係しているんだ?









「この事と真犯人との具体的な関係性はまだ言えませんが関係はしています。しかし、なるほど。限りなく0に近い可能性しかない事が奇跡的に起こった。確かにその可能性も決して0ではありません。しかし、もしスカイタワーのハイジャック犯達とグランドタワーのハイジャック犯達が全くの見ず知らずの赤の他人同士達だったのだとしたらその可能性はもはや0とみなしても良いですよね?」



「どういう事?」



「そのままの意味です。スカイタワーのハイジャック犯達とグランドタワーのハイジャック犯達は事前に計画を打ち合わせるどころか、一度も会った事のない全くの赤の他人同士達だったという事です」

 

一同がまた唖然となった。



それはそうだ。



一体何を言っているんだ、御神君は。



スカイタワーのハイジャック犯達とグランドタワーのハイジャック犯達が全くの赤の他人同士達?



そんな如何わしい事、にわかには信じ難い事だ。



ふと秋山さんの方へ目線を向けるとやはり驚きを隠せないでいる。



「はぁ?本当にそんな事があり得ると思っている訳?大体そんな根拠や証拠、一体何処にあるっていうの?それにもしそうだったとしたらそれこそこの平和の国、日本で隣同士のホテルで同じ日に会った事もない人間同士達がハイジャックを起こすなんて人が雷に当たる確率よりも低いわよ!大人をからかうのもいい加減にしなさい!御神君!」

 

二宮さんの本性がついに現れた。



僕はたじろいだ。



いや、僕だけではない筈だ。



「その根拠や証拠はありますが、今はある理由からまだお話し出来ません。話を進めたいのですが宜しいでしょうか?」



「まぁ、根拠や証拠があるって言うのなら一先ずその前提で話を聞くわ。続けて頂戴」

 

二宮さんが一瞬で冷静さを取り戻した。



この人、本当はジャーナリストではなく役者ではないのか?



「先程二宮さんが仰った通り、隣り合うホテルで同じ日に会った事もない人間同士達がハイジャックを起こす事は人が雷に当たる確率よりも低い事です。よって、それを可能にするには両ハイジャック犯同士達を裏で糸を引く者達の存在を認めなければなりません。私が言いたい事は両ホテルのハイジャック犯達を仲介していた裏で糸を引く者達が存在し、その人物の裏の計画では両ホテルのハイジャック犯達が全くの赤の他人同士達でなければならないから両ホテルのハイジャック犯達は赤の他人同士達だという事なのです」



「裏で手を引く者達?裏の計画?どういう事・・・・・?」

 

裏の計画?もしかしてさっき御神君が言った「本当の事件の数」と何か関係があるのか?



「先程私は「本当の被害者の人数と人物、事件の数を教えます」と言いました。今それをハッキリとさせます。今回の事件の数は三つ。さて私はスカイタワーのハイジャック犯達とグランドタワーのハイジャック犯達は全くの赤の他人同士達だったと言いました。では、両ホテルで起こった事件を二つの事件としてカウントするのか?答えはノーです。つまり、今回の両ホテルで起きたハイジャック事件は裏で糸を引く者達がそれぞれのホテルのハイジャック犯達に同じような行動を執らせるように命令した一つの事件だったのです。つまり、両ホテルのハイジャック事件は三つの事件の内の一つに過ぎなかったのです」



「全く話の顛末が見えてこないわ。貴方、論理構成の組み立て方が上手くない方だわね。もっと穿って語れないのかしら」



「続けます」



「はい、無視ね」



「二宮さん、横槍は入れないで下さい」

 

安藤が注意を喚起した。



「そして、驚くべき事に三つの事件での被害者の総数は二十二人です」



「二十二人だって!笑えるわ!一体、透さんと利恵さん以外誰と誰と誰と誰と誰と誰と誰と誰と誰と誰と誰と誰と誰と誰と誰と誰と誰と誰と誰と誰だって言うのよ。まさか被害者である事を有する基準を貴方が勝手に作って、その基準を満たした者達が二十二人って言うんじゃないでしょうね。そうすると私も被害者の一人って事かしら、ふふふ」

 

微笑みながら二宮が指を折り、御神を揶揄した。









二宮さんが一番子供だ。



しかし、そんな事より被害者の総数が二十二人?



というかそもそもこの事件に透さんと利恵さん以外の被害者なんて存在するのか?



まあ、敢えて言うのならば、一階のロビーで長時間監禁された千人以上の客を含む僕達か?



という事は二宮さんの言う通り被害者である事を有する基準を自分で勝手に作り、その基準を満たした者達が二十二人だという事なのか。

 

御神が手を自分の額に当て一言。



「言い方が良くありませんでした。お詫びします。正しくは今回の三つの事件で殺害された総数は二十二人です」



「殺害だって!」



「しっ、信じられない」



「君はこの事件で本当に二十二人も殺害されたと言いたいのか!」

 

ここまで半信半疑ながらも黙っていた者達も御神に異議を唱えた。



しかし、安藤がその者達を制止した。



「皆さん、取り敢えず、御神君の話を最後まで聞きましょう。御神君、説明して頂戴」



「はい。実はまだ話の半分も終わっていなく、しかも私はまだ推理の根拠や証拠を一切提示していませんので、名古屋まで遠路遥々足を運んで下さったお疲れの皆さんが眠くならないように話のスピードを上げます。私は先程、この事件で殺害された総数は二十二人と言いました。しかし、皆さんご存知の通り、実際にはこのホテルではそれほど数の被害者はいません。では一体このホテル以外の何処で殺害されたのでしょう。・・・・・皆さん、一カ月程前に神奈川県の川崎市の川崎区で三週間程前に東京都の港区でそれぞれ五人の行方不明者が発生した事件をご存知ですか?その人達はハイジャック犯の格好をしてこの両ホテルで死体となって発見されました。私達は、その人物達をこの事件の加害者として判断し、彼らは自分達は世間に蟠りを持った人間が集まり、自殺するつもりだった。そして、どうせ死ぬなら世間に自分達の存在を知らしめる事を目的とし、その最大のイベントとして自殺を興じ、ハイジャックを行ったという内容の遺書の発見からそれを通説にしてしまいました。しかし、この判断は間違いで、犯人の虚構を盲信してしまい我々はまんまと思惑に嵌められました。何故なら、彼らは今回の事件とは直接は関係がなかった。・・・・・」



「もう訳が判らないわ!彼ら行方不明者達がハイジャック犯達なんでしょ!」

 

二宮が安藤の願いを叶えさせない。



「いえ、実は行方不明者達=ハイジャック犯達ではなかったのです。正しくは行方不明者達の死体が利用されたのもハイジャック事件の一部だったのです。翌々考えてみれば、ハイジャックをする前に行方不明者を装う事自体、あまり意味のない事だと思いませんか?となると彼らは一カ月程前と三週間程前の時点で本当に行方不明になった人達です。では本当にハイジャックを起こしていた私達と馴染み深かった人達は一体誰達なのか?今はある理由から言えないのでそれは後で教え、まずは一つ目の事件であるハイジャック事件の経緯を明らかにする事を優先します。ハイジャック犯達は行方不明者達の死体を利用した。これを前提とした場合、疑問になるのは「何故、行方不明者達を利用したのか?」です。その答えは簡単。それは自分達の身代わりにさせる為です。つまり彼らの顔、名前がこのハイジャックを犯した犯人達だと我々を誑かさせ、自分達の顔と名前を容疑者から外す為に、行方不明者達の死体を利用したと考えられます。そして我々は当時、裏の計画どころかハイジャック犯達の本当の

目的すら理解していなかった」



「どういう事?」



「簡潔に言います。両ホテルで起きたハイジャック事件はハイジャックする事自体が本来の目的ではなく、ハイジャック犯を演じる事が目的だったのです。そして、それを欲した者はハイジャック犯ではなく、先程私が指摘した裏の計画を企てた者達です。私は先程から裏の計画を企てた者達と言ってきました。そうです。その者達は複数人います。ここでハイジャック犯を演じた者達をX、裏の計画を企てた者達をYと置きます。YはXにこのホテルでハイジャック犯を演じる事を依頼、そして、これはあくまで私の推測ですが、その対価としてYがXに多額の報酬を支払うという契約がXとYの間で交わされていたのだと思います。ここで、私達が身を持って体験したハイジャック事件の真実を纏め、スカイタワーでハイジャック犯を演じた者達をスカイX、グランドタワーでハイジャック犯を演じた者達をグランドX、スカイXと契約を交わした者をスカイY、グランドXと契約を交わした者をグランドYとして話を進めます。



五月十六日以前  

スカイXとスカイYが、グランドXとグランドYがそれぞれ、今回のハイジャック計画の契約を結ぶ。勿論、この契約を持ち掛けたのはY側。



五月十六日    

グランドXとグランドYが恐らく協力し、川崎区で今回の計画に適任した会社員を五人拉致する。



五月二十三日   

スカイXとスカイYが恐らく協力し、港区で今回の計画に適任した会社員を五人拉致する。



六月八日以前   

スカイXとスカイYが恐らく協力してスカイタワーに、グランドXとグランドYが恐らく協力してグランドタワーにそれぞれ行方不明者達の死体を運び、ある部屋に隠す。



六月八日     

スカイYがスカイXをスカイタワーで、グランドYがグランドXをグランドタワーでそれぞれお互いの事を知らせないように三十分間ずらさせ、ハジャック犯を演じ始めさせる。



六月九日     

スカイXとグランドXが、それぞれ自分達がこのハイジャック事件で自殺した事にする為、腐らないようにハイジャックする数日前まで何処かに監禁しておき、ハイジャック直前になって殺害して冷凍保存し、予めハイジャック犯の格好をさせておいた行方不明者達の死体をハイジャック犯達の死体だと我々に思わせるように各部屋に放置し、予め注射器で抜いといたそれぞれの行方不明者達の血を床にばら撒き、それぞれ一階のロビーにいる目隠しされて周りの様子

が分からない大勢の人質側にこっそりと紛れ込む。また、それぞれの部屋のカードキーを行方不明者達の死体が置いてある各部屋に放置し、爆破スイッチを一階のロビーに放置し、自分達のノートパソコン、タブレットPC、携帯電話、遺書をオープンパーティー会場に残す。



私は先程この事件は三つの事件で構成されていると言いました。もう皆さんお分かりでしょうが、今話した計画はその内の一つです。そして、ハイジャック犯達がその目的を我々にも警察にも言わなかったのは、今回のハイジャック事件が本当は偽装のハイジャックだと我々や警察に解き明かさせない為です。何故なら、ハイジャック犯達が目的を言わない事で、ハイジャックを行ったのは社会的に弱い立場で鬱積がある自分達が世間に自分達の存在を知らしめる事で、その最大のイベントとして自殺を興じる為という理由で我々がハイジャック犯達の死を理解、解釈が出来るからです。そして、そのような内容の遺書を用意し、決定打を打ちました。また、日ごろからそういう事を思っている可能性を考えて、全員普通の会社員達の死体がハイジャック犯達の代役の死体に使われたのです。しかし、もしハイジャック犯達が海外への亡命、刑務所にいる仲間の保釈、身代金を要求するなどを目的として、それを我々や警察に告げ、その目的を果たさず途中で全員死亡したら、このハイジャック事件自体が不可解な事だと我々に思われ、計画がばれる可能性があります。また、その証拠ではないですが根拠としてハイジャック犯達が遺書の通りで自殺していないのならば一階のロビーを爆発させなかった事も納得出来ます。もし遺書通りの目的で自殺したのならば、爆発は最大イベントとして世間に対する最大のアピールになる筈です。そうしなかったのは彼らが最初からそういう目的ではなかったからです。我々はあの当時ハイジャックの恐怖で感覚が麻痺していた筈ですから、この事に関してあまり深く追求が出来ませんでした。そして、行方不明者の顳顬に銃を突き付けて予め撃ったのは彼らがハイジャック犯達として自殺した事にしたかったからです。また、私は先程三つの事件での死亡者の総数は二十二人と言いましたが、この事件では十人死亡した事になります。二宮さん、取り敢えず、十人の名前などを記した名簿です」

 

そう言って御神は呆気にとられている二宮に近づき、A4用紙一枚を渡した。









「仮にこの事件の計画を計画1とします。しかし、実際の結果は計画1の通りにはなりませんでした」



「どうしてだい?私は君の優秀で卓抜した考えが出来る頭脳を買って、今までの推理を全て信じている。しかし、その推理が正しいとして、私達の前にハイジャック犯の格好をして死体となって現れたのは計画通り、一か月程前と三週間程前に報道された行方不明者達じゃないか。そして、スカイXとグランドXは一階のロビーにいた大勢のあの被害者達側に紛れ込み、ハイジャック終了後、解放され、それぞれスカイYとグランドYから受け取った報酬を手にし、今は何処か遠くの場所へ逃亡してるんだろ。早くそいつらを捕まえた方が良い。御神君、スカイXとグランドXは一体どんな奴らなんだい?」



今まで口を噤んでいた篠坂がそう訊いた。



「篠坂さん。実はスカイXの内三人はもう保護されています」



「なんだって!何時捕まったんだい!」

 

篠坂を中心として、場が騒ぎ出した。



「皆さん、落ち着いて下さい。ところで皆さん、銀行強盗の容疑で指名手配中だった加賀山大作、浦木次郎、郷司義人という三人の指名手配犯が昨日死体となって岐阜県の美濃市の山林で発見されたというニュースをご存知でしょうか?」



「ええ、知っているわよ。この地方で発見されたからね。でもそれがどうしたって言うの?」

 

二宮が反応した。



「昨日発見された。つまりハイジャック事件が終了して八日後。それも岐阜県と割とここから近い場所です。果してこの事は今回のハイジャック事件と関係性がないのか?実は大ありです。・・・・・何故ならこの三人がハイジャック犯を演じていたスカイXのメンバーの一員だったのです」



「なっ、なんだって!」



「あのハイジャック犯達はやっぱりもう既に亡き者達なの!」



「ハイジャック犯達は自殺したのかい?」

 

不意を突かれた気分になった。



死人に口なしか。もう真実を問い質す者達はこの世にはいない。



こうなってしまってはもうどうしようもない。



いや待て。まだ、残りのハイジャック犯達が生き残っている可能性も・・・・・。



「残りのメンバーも恐らく既にこの世にはいないでしょう。また、彼らは自殺したのではありません。殺害されたのです。何故なら、ハイジャック事件に紛れ、計画1を利用し、スカイYとグランドYがスカイXとグランドXを殺害する事、それこそが裏の計画だったのです。そして、当然スカイXとグランドXが知っていた計画は1のみです。また、それぞれ死体の数を分けて山林に無作為に放置したのは、我々に今回のハイジャック事件との関係性を気付かれないようにする為です」



「ハイジャック犯達を殺害する事が裏の計画・・・・・」

 

思わずそう口にしてしまった。場が暫く静寂した。



「これで、死亡者の合計は二十人に膨れ上がりました」



「ずっと疑問に思っている事が一つ、今、沸いた質問が三つあるわ」



「はい、何でしょう?二宮さん」



「質問一、何故計画1では、スカイXとグランドXはお互いの事を知らない事になっていたのか?質問二、何故スカイYとグランドYはスカイXとグランドXを殺したのか?質問三、スカイYとグランドYはどうやってあれだけの数の人間を殺したのか?質問四、スカイYとグランドYはどういう手段を使って、ここからスカイXとグランドXの死体を岐阜県の美濃市やその他の場所へ運んだのか?」



「良い質問ですね。それぞれ順番にお答えします」



「まず、質問一の「何故計画1では、スカイXとグランドXはお互いの事を知らない事になっていたのか?」なのですが、それは裏の計画で使うスカイXとグランドXを殺害するトリックに必要な為や、犯行のリスクを最小限に抑える為だからです。そのトリックは後から話します」



「じゃあ、もしハイジャック中にスカイXとグランドXがお互いの事を知ってしまったら、スカイYとグランドYはどうするつもりだったのかしら?」



「ハイジャック中にスカイXとグランドXがお互いの事を知ってしまう可能性は極めて低いです。何故なら、両ホテルの全てのガラス窓は反射率の高い熱線反射ガラスを使用しているので朝や昼でもお互いのホテルの様子は外から見る事は出来ません。また、警察はホテル内の情報を知らないので、もしスカイXが「スカイタワーでハイジャックを起こした」と通報しても警察がハイジャック犯達と人質達の一部もくしは、全員がグランドタワーに移動した可能性、またはその逆も考え、もし警察が両ホテルを取り囲んでも、両ホテルにいるハイジャック犯達はそれに対して何の疑いも持たないからです。また、警察の突入はスカイタワーとグランドタワーとで一斉にしないといけないと警察は考えていますから、ここから漏れる事はありません。何故なら、もし肩一方のホテルだけ突入したのならば、警察はこの時点で両ホテルのハイジャック犯達は共犯だと考えていますから、もう一方のホテルで人質にされている人達が殺害されると判断するからです。更に、勿論お互いのハイジャック犯達はハイジャックする前に「これからハイジャックするぞ」的な雰囲気を出せないですし、そういう格好はホテルの中でするようにスカイYグランドYがそれぞれ予め指示しておけば、もし彼らが何処かで鉢合わせや邂逅しても今、目に入っている者達が自分達と同じくこれからこのホテルでハイジャックを起こす者達だとは分かりません。また、私は事件中の六月九日六時四十分頃にハイジャック犯の一人にこう質問しました。「グランドタワーもあんた達の仲間達が占領しているのかい?」と。そうしたらそのハイジャック犯はこう答えました。「いや、していない」と。これを盲信するのは安直ですが、ここはハイジャック犯の言葉を信じてみますと少なくともこの時点ではハイジャック犯達はお互いの事を知りませんでした。そして、その約八時間後、両ホテルのハイジャックは終了したのでスカイYとグランドYにとってその事は杞憂に終わりました。続いて、質問二。「何故スカイYとグランドYはスカイXとグランドXを殺したのか?」なのですが、それは犯人の内情が直接的な理由です。それを話す為には、今まで伏せていたスカイYとグランドYの実名を公表する必要があります」

 

ついに今までベールに包まれたスカイYグランドYの正体が解るのか。



僕は不謹慎ながら待ち遠しかった。



「一体それは誰なんだい?」



「待って。こんな事が出来るのは他人の目を気にせず、自由に行動出来る一階のロビーにいた人質だけでしょう。何故なら、全員が目隠しされているからね。その中にスカイYとグランドYが紛れ込んだ。そして、ハイジャック犯達と行方不明者達の死体を共同で入れ替える際に次々とそれぞれのハイジャック犯達を殺害して行った。そうでしょう」

 

関本が急かすが、二宮がそれを制止した。



「いいえ、違います」

 

御神が間髪を容れずにそう答え、折角の熱弁が一瞬で儚く散った二宮が不満そうだ。



「じゃあ、一体誰だって言うの!」

 

一息して御神が一言。



「二宮さん、先程までその人物の名前が議題の中心となって、私と嫌という程議論をしたではありませんか」



「えっ、嘘。まさか・・・・・」



「れん、蓮司君!」

 

今まで静観していた佳純が大声を張った。



しかしそれを無視し、一息ついて一言。



「はい。スカイYは透さんでグランドYは利恵さんです」







「そっ、そんな、嘘よ!」



 今の佳純の心情は驚愕と悲愴だけだ。その感情は御神に迫る勢いだ。



「そんな兄貴と利恵さんが・・・・・」



誠も驚きを隠せない様子で大半の者達も誠と同じような反応だ。



しかしそんな中、冷静に御神に意見する者が出た。桜庭だ。



「やっぱりね。さっきから君の推理を聞いているとどうもそんな感じがしたんだよな。もしかして透さんと利恵さんが計画1を遂行した理由は山光興業の株主達に対するポイント稼ぎで、裏の計画を遂行した理由は法外な報酬の節約かい?」



「桜庭さんは鋭敏で聡明な方ですね。恐らくそうです。山光興業の社風は同族、派閥不問の完全実力主義な企業で、その中で大株主に気に入られた者がどんどん栄進していく世俗です。現在、山光興業の社長は心臓の宿痾により、第一線から退いています。そして、新しい社長、重役を決める株主総会は十一月で、生前の透さんの役職は部長でした。これから先大企業の常務、専務、副社長そして、最終的には社長の座まで栄進したいと強く嘱望し、欲念する事は人間として当然です。そして、会社の一大プロジェクトの中核を為すこのホテルをハイジャック犯一味から守ったという武勇伝はその為の最高の材料、つまり、株主から自身の評価を上げるには絶好の演出だった訳です。一方、利恵さんは透さんと婚約者です。もしかしたら、「本当は殺人なんてやりたくないけれど、夫の出世の為なら善心を悪魔に売り払って、危険な内助の功でも協力する」と腹を括っていたかもしれません。また、私と皆さんは両ホテルで透さんと利恵さんのハイジャック犯に対するあの反撃が起こる確率は、限りなく0に近いという結論を出しました。そして、「それを可能にする為には透さんと利恵さんがハイジャック犯達と共犯でなければ起こり得ない。それが実際起こったのだから、ハイジャック犯達と透さんと利恵さんは共犯だ」少し強引ですがその根拠になると思いませんか?また、透さんと利恵さんがハイジャック犯をある意味事故で死亡させた時、その直後部屋に戻って来た別のハイジャック犯達が大きな反抗し、狼藉を働いた透さんと利恵さんをその場で殺害しなかったのもハイジャック犯達と共犯だったからという理由なら合点がいきます。そして、行方不明者の死体十体をスカイタワーやグランドタワーに運び入れる事も主催者である透さんとその妻である利恵さんがそれぞれのハイジャック犯達と共犯者達なら容易に出来る事です」



「・・・・・そっ、そうだわ。確か透さん、いつも「自分は出世なんて興味ない」って言っていました」



佳純が必死の形相で透を擁護する。



「いや、出世とかそういった自分の地位に関する事をあからさまにいつも口癖のように公言する奴に限って大抵本心はその逆さ」

 

桜庭が嗤いながら透を軽く皮肉る。



「そんな、透さんがそんな非道な事する筈・・・・・」

 

佳純が再度必死に透を擁護するが御神がそれに対し、間髪を容れさせない。



「佳純、人間っていうのは誰でも他人に見せられない顔を持っている。当然、俺も君に一度たりとも見せた事のない裏の顔を持っている。そして君は今、親しかった透さんの恐らく一度も見た事のない比較的姦邪な顔を知ってしまって酷く落胆しているが、それは君が透さんは自分の中でこういう人物であって欲しいという心の中の隠れた欲から沸く君の一方的で独善的な感情ではないのかい?」



「・・・・・そんな・・・・・蓮司君・・・・・酷いわ」

 

佳純が泣き崩れ、その場にしゃがみ込み、場に冷たい空気と佳純の暗愁な泣き声が流れる。



御神君、それは幾ら何でも言い過ぎだ。



もっと相手を思いやる気持ちを持っても良いだろ。



誠さんもフィアンセなら何か言い返してやれよ。



よし、こうなったら僕が言い返してやる。



「みか・・・・・」



「少し余談をしてしまいましたね。すみません。話を戻します。更に、今回のオープンパーティーの日程は当初六月七日の金曜日に開かれる予定でしたが、透さんが一週間前に強引にその翌日の六月八日の土曜日に変更したそうです。建前上は休日の方が、人が集まりやすいからでしたが、本意はどうだったのでしょうか?・・・・・この二つの日にちでは何が違っていたのかを考えれば分かる事です」



勇気を出して御神君を叱咤しようとするが、御神君が直ぐにそれを遮った。どうやら僕を蔑ろにしているようだ。



やっぱり僕達は友達ではないのか。



だったらこっちも願い下げだ。



そう憤慨していると二宮さんが切り出した。



「・・・・・天気、雷雨ね」



「ご名答です、二宮さん。東海地方は六月八日の誰そ彼時頃から翌日の昼頃にかけて激しい雷雨で、六月七日から六月八日の誰そ彼時頃まではずっと快晴でした。大体の雲の進路が明らかになるのは一週間前位です。そして、透さんと利恵さんにとって天気は悪いだけ悪い方が、都合が良かったのです。何故なら、幾らスカイタワーとグランドタワー間には分厚い扉二枚が塞がっているとはいえ、もし銃声が漏れたら、もう一方のハイジャック犯達の存在に気付かれるかもしれません。しかし、激しい雷の音、豪雨の音がそれを掻き消してくれます。その二つ目の防止策として雷雨という策を考えたのです。更に、警察もあの雷雨ではヘリコプターも飛べないので上空からの突入も出来ませんし、地上からでも雷雨のお陰で視界も悪くなり、外からこのツインホテルの内兜を覗う事は難しくなります。よって、透さんが多少無理を承知していても、オープンパーティーの日にちを雷雨の日に変更したのです。そして、六月九日六時半に同時にそれぞれ山光興業と積王商事にハイジャックの連絡をしたのは両ホテルにいるハイジャック犯達がお互いの存在を気付かせない為に透さんと利恵さんがそれぞれのハイジャック犯達に指示した為です。つまり、もしスカイタワーのハイジャック犯達がグランドタワーのハイジャック犯達よりも早く連絡をしたのならば積王商事に「さっき山光興業にも掛かってきたのだが」と言われ、グランドタワーのハイジャック犯達にスカイタワーのハイジャック犯達の存在について気付かれる可能性があるという事です。勿論その逆パターンもあります。ここで他に考えられるパターンは二つありました。一つ目、六月八日六時半前にスカイタワーではハイジャック犯一味が山光興業にハイジャックの連絡を入れ、その後にグランドタワーの方はハイジャック犯一味ではなくあの3501号室にいた人質の中から利恵さんだけを適当に理由をつけて一時的に開放し、利恵さんが積王商事にハイジャックの連絡をする事を予め利恵さんがグランドタワーのハイジャック犯達に指示しておく、またはその逆の場合です。この場合のメリットとして確実に積王商事側に「さっき山光興業にも掛かってきたのだが」と言われても電話の相手が利恵さんなのでお互いのハイジャック犯達の存在を気付かれる心配はありません。しかし、デメリットとして、利恵さんか透さんだけがあの人質の中から一時的に開放する理由を我々に怪しまれ、利恵さんか透さんとハイジャック犯達が繋がっているという事が分かってしまう可能性があります。そして二つ目、両ホテル共山光興業と積王商事にハイジャックした事の連絡自体をしない場合です。この場合の最大のメリットとして外の人間にはハイジャックが起こっている事自体が分かりませんので警察に突入されません。しかし、この場合のデメリットとして今度はハイジャック事件自体が我々に怪しまれ、透さんと利恵さんの山光興業と積王商事に対するアピール効果が薄まれ、計画自体無駄に終わる可能性があります。どの手も何かしらのリスクがありますが、透さんと利恵さんは実際に起こった事が目的を果たす為の温床で、ベストだと判断したのだと考えられます。そして、これは先程も桜庭さんも仰い、私の推測でもありますが恐らく彼らは銀行強盗犯達に報酬を支払うつもりは初めから毛頭なく痛事の為、今後、彼らから自分達の正体を公にする事を脅しの材料に使われ、金銭などを揺すられるのを未然に防ぐ為に裏の計画を実行したと考えられます」



「銀行強盗犯達に拉致、殺害まで手伝わされ、その上ハイジャック犯を演じろだもんな。それも十人分。そんな大金とてもじゃないけど部長でしかない透さんの報酬の中から支払うのは無理だわ。勿論、利恵さんでは論外だし。銀行強盗犯達は見事に、大企業山光興業の部長という肩書に騙された訳だ」



嗤いながら桜庭が今度は盛大に透達を皮肉る。



「人間がそんな瑣末な理由で簡単に悪魔に心を売り払えるものなのか。幾ら、元々犯罪者達だからといって自分の出世の為だけに利用するとは・・・・・しかも、全く関係のない人達まで拉致し、殺害しその死体までも・・・・・亡くなった方を悪く言うのは蹂躙だが正に悪魔、悪魔の所業だ」



福田社長が哀情にそう語った。







再び沈黙な時間が流れる。



ふと佳純さんを見ると隠忍し、どうやら少し落ち着きを取り戻したように感じた。



「佳純、もう大丈夫か。さっきは御免な。少し俺も言葉が過ぎたようだ」



「・・・・・うん、もういいのよ。・・・・・私に構わず推理を続けて」



「・・・・・ああ、そうするよ」

 

御神が優しい口調でそう答えると、推理を再開し始めた。



「さて続いて質問三。「透さんと利恵さんはどうやってあれだけの数の人間を殺したのか?」なのですが、この質問の答えそのものが裏の計画です。仮にこの計画を計画2とし、今からその全貌を明らかにします。では一気に話しますが細かい出来事は私の憶測も入っていますので予めご了承して下さい。まず、ハイジャック事件初日の六月八日。この日は利恵さん透さんも特に何もしていませんが、強いて言うならばハイジャックの被害者を精一杯演じ、我々にそれを印象付けさせる事です。そして、明くる日の六月九日。この日は両者共大変忙しくなります。まず七時。スカイタワーで透さんがハイジャック犯の一人に向かって空砲を撃った後、その撃たれたハイジャック犯が左胸に入れていた鉄粉を混ぜた血糊をタイミング良く割り、その場に倒れ込み、死んだ振りをする。あれはあまりにも一瞬で唐突な出来事で唖然となって直ぐに部屋から出された我々は本当にハイジャック犯が銃で心臓を撃たれたのかや死んだかどうかは正確には確認出来ませんでした。そして、予定通り部屋の外にいたハイジャック犯一味が七時になったら部屋へ戻る事を計画し、それを実行にする。そして、ハイジャック犯一人と共に透さんがある部屋に隠しておき、予めハイジャック犯の格好をさせて解凍し、右の顳顬を撃っておいた行方不明者の死体一体をハイジャック犯と共に三十階の3008号室まで運び放置し、予め注射で抜き取っていたその行方不明者の血を床に垂らす。その直後、透さんが隙を突いて仲間である筈のハイジャック犯に向かって発砲する。そこから近くの部屋にハイジャック犯の死体を隠し、床に散らばった血を拭き、指紋付着防止の為の手袋をし、自分のIDカードを使い、急いでグランドタワーへ向かう。一方その頃、我々はハイジャック犯三人によって十階の1007号室へ連れて行かれ監禁されています。そして透さんは、その時間にその場所にいるように利恵さんが指示しておいたグランドタワーのハイジャック犯の一人に向かって発砲し、射殺する。そして、ある部屋に隠して置いたハイジャック犯が着ていた服とサングラスと覆面とニット帽と全く同じ物に着替え、一時的に近くの部屋にそのハイジャック犯の死体を隠し、床に散らばった血を拭く。また、例えその時間帯に行方不明者の死体を入れ替えた部屋に他のハイジャック犯達が来ても「あいつが最初に行方不明者とハイジャック犯役を入れ替わって、一階のロビーにいる大勢の人質の中へ紛れ込む計画」という事を透さんが予め生き残っているハイジャック犯達に指示しておけば彼らは計画通りと思うだけですし、スカイタワーの人質だった我々がハイジャック犯の目を盗み或いは抵抗し逃げ出し、運良くその部屋に誰か一人でも辿り着いたとしても、ついさっき起こった脳裏に焼き付いた出来事からそれもまた、「透さんがまた抵抗し、隙を突いてそのハイジャック犯から銃を奪い、そいつに向かって発砲し、今は我々を探している」位にしか思わないでしょう」



「ハイジャック犯達の殺人の日を一日跨がせたのはハイジャックの演出にリアリティー感を出す為だね。透さんと利恵さんの犯行の時、丁度我々の疲れもピークに達する頃だったし、ハイジャックの拘束時間も平均的な長さだったしね。あんまりそれが早過ぎると、我々にそれが偽装ハイジャックだとバレちゃうからね。まぁ、結局バレちゃったけどね」



「はい、恐らくその通りだと思います、桜庭さん。その為に我々はハイジャック犯達にトランプや囲碁、将棋をさせられ、夜ハイジャックを起こして我々の睡眠時間でハイジャックの時間を稼がれて憔悴させられました。そして、八時。今度はグランドタワーで利恵さんが福田社長の身代わりになり、抵抗する演技を見せ、利恵さんを取り押さえているハイジャック犯がその状況を利用して、わざと自らの左胸に向かって空砲を放ち、左胸に入れていた鉄粉を混ぜた血糊をタイミング良く割り、その場に倒れ込み死んだ振りをする。これもスカイタワーと同じく一瞬で唐突な出来事で、直ぐに全員部屋から出されたのでハイジャック犯が本当に死んだかどうか皆さんは正確には確認出来なかった筈です。そして、その後スカイタワーと同じく、予定通り部屋の外にいたハイジャック犯一味は八時になったら部屋へ戻る事だったのでそれを実行にする。しかし、当然この時点ではもうハイジャック犯一人は既に透さんの手で殺害されているので、部屋に戻って来たハイジャック犯の人数は三人です。この三人は利恵さんに、透さんに殺害されたハイジャック犯は単独で別件の用事を済ませ、ここに来る前に入れ換わる計画とでも告げられたのでしょう。そして、ハイジャック犯一人と共に利恵さんがある部屋に隠しておき、予めハイジャック犯の格好をさせて解凍し、右の顳顬を撃っておいた行方不明者の死体一体をハイジャック犯と共に三十階の3004号室まで運び放置し、予め注射で抜き取っていたその行方不明者の血を床に垂らす。その直後、利恵さんが隙を突いて仲間である筈のハイジャック犯に向かって発砲し、何処か近くの部屋にその死体を隠し、床に散らばった血を拭く。一方その頃、三堂達はハイジャック犯二人によって1007号室へ連れて行かれ監禁されています。そして、その様子を隠れて見届けていたハイジャック犯に変装した透さんは、先程一演技あった3501号室へ行き、利恵さんから「チャイムが聞こえたら部屋から出て来て」と予め指示されて死んだ振りをしていたハイジャック犯が部屋の扉を開け、透さんがそのハイジャック犯を今度は本当に射殺する。透さんの格好がハイジャック犯と同じ、つまり、透さんの素顔が見えませんからハイジャック犯に扉を開けさせる事は容易な事です。そして、透さんが床に広がっている血糊とそのハイジャック犯の本物の血をタオルか何かで拭く。そしてその後、利恵さんと何処かで落ち合い、残り二人のハイジャック犯達と予め利恵さんが指定していた何処かの部屋に集合し、ハイジャック犯達が油断した隙に二人でその二人を射殺し、床に散らばった血を拭く。そして、二人は予めハイジャック犯の格好をさせて解凍し、それぞれ右の顳顬と左胸を撃っておいた行方不明者達の死体四体をある部屋から運び出し、それぞれ所定の場所に放置させ、予め注射で抜き取っていた行方不明者達の血を床に垂らし、五体のハイジャック犯つまり銀行強盗犯の死体を行方不明者達の死体を隠していた部屋に隠す。・・・・・すみません、勢い良く喋り過ぎたせいで喉が渇いてしまったので一息つけさせて頂きます」

 

御神がテーブルに置いてあった未開封のボルヴィックのペットボトルのキャップを開け、それをひと吞みした。



「失礼致しました。再開します。そしてその後、今度は利恵さんが何処かに隠しておいたハイジャック犯が着ていた服とサングラスと覆面とニット帽と全く同じ物に身を纏い、透さんは自分が今まで着ていたスーツ姿に戻る。そして、利恵さんも指紋付着防止の為の手袋をし、その後、透さんは自分が着ていたハイジャック犯の服装を持って、急いで二人はスカイタワーへ向かい、透さんが自分が再び戻って来るまで長い間でも死んだ振りをしていろと予め命令されたハイジャック犯がいる3501号室へ向かい、部屋の扉を開けさせ、そのハイジャック犯を今度は本当に射殺する。そして、床に広がっている血糊とそのハイジャック犯の本物の血をタオルか何かで拭き、予め注射で抜き取っていた行方不明者の血を床に垂らす。そしてこの時点で、スカイタワーで生き残っている三人のハイジャック犯は恐らく透さんがグランドタワーで死んだ振りをしていたハイジャック犯を殺害した時間帯位から自分達の手間を省けさせる為、ある部屋に隠して置いた自分達が着ている服やサングラス、覆面、ニット帽を着用させて解凍し、それぞれ右の顳顬と左胸を撃っておいた行方不明者三体の死体をその隠し部屋のスペアキーと2714号室のカードキーを持たされ、2714号室に放置する事と予め注射で抜き取っていた行方不明者達の血を床に垂らすように透さんから指示を受けていたのでしょう。この事を予め透さんが契約内容に入れてさえすればそれをさせる事は容易い事です。そしてそれを終えたら、透さんが自分が戻って来るまで何処かの部屋にいるよう予め指示しておいた残る三人のハイジャック犯と透さんとハイジャック犯扮する利恵さんが集合し、三人のハイジャック犯が油断した隙を突き射殺し、床に散らばった血を拭き、予めハイジャック犯の格好をさせて解凍し、左胸を撃っておいた行方不明者の死体一体を3501号室に放置し、五体のハイジャック犯つまり銀行強盗犯達の死体を行方不明者達の死体を隠していた部屋に隠す。そして、透さんが付き添い、透さんのIDカードを使い、利恵さんがグランドタワーへ戻り、二人共それぞれのホテルで殺害したハイジャック犯達の代わりに爆破スイッチを一階のロビーに置き、利恵さんがスーツに着替え、そのハイジャック犯の服装をある部屋に隠し、透さんと利恵さんは後々ハイジャック犯一人を撃った事に対する正当防衛にする為、ハイジャック犯達からスカイタワーとグランドタワーを守ったという勲章を得る為の材料として再びハイジャック犯達と争って手負いを負った事にする為、自ら軽傷を負って、それぞれ両ホテルで監禁されている我々や三堂達と合流する。そして、両ホテルのハイジャック事件が終了し、警察の現場検証も終了した後、ある部屋に隠して置いたハイジャック犯を演じていた銀行強盗犯達の死体を全て運び出し、岐阜県の美濃市やその他複数個所に分けて適当にその死体を放置する。いや、もしかしたら我々と三堂達と合流する前にハイジャック犯達がオープンパーティー会場に置いた遺書をもう一階のロビー以外には爆弾が仕掛けられていないという内容を付け加えた遺書に刷り変えたのかもしれません。その理由は警察に関係のない他の部屋を調べさせない為です。ハイジャック犯達はまさか自分達が殺され、その死体を山林に運ばれるとは思っていませんから、その一文が書かれている遺書を知っていると透さんと利恵さんの計画に気付く可能性があります。ですから、あの発見された遺書を置いたのはハイジャック犯達ではなく透さんと利恵さんだったかもしれません。そして、勿論各ハイジャック犯達のポケットの中にそれぞれ適当のカードキーを犯行中に入れたのです。長くなりましたが以上がこの綱渡りみたいな計画2の大まかな流れです。また、先程答えられなかった質問一の「何故計画1では、スカイXとグランドXはお互いの事を知らない事になっていたのか?」の答えですが、透さんと利恵さんの最大の目的は二人で同じホテルで十人を一度に殺害する事よりも二人で違うホテルで五人を殺害するのを二回繰り返す事で、スムーズにハイジャック犯達を二つのホテルに振り分ける為に、お互いの事を知らせないようにする事はハイジャック犯十人を殺害するのに必須条件です。何故なら、もしスカイタワーのハイジャック犯達とグランドタワーのハイジャック犯達がお互いの存在を知っていたとしたら、仮に両ホテルのハイジャック犯達が事前に透さんだけが持つIDカードの存在を自分達で独自に調べたとして「効率が良いから片方のホテルの行方不明者達の死体を運ぶ作業を手伝いに行って、その後こっちのホテルも手伝って貰おう」と本番になって突然言い出したり、お互いのホテルの状況を後々知る為にハイジャック犯が透さんからオープンパーティー会場で我々の前であのやり取りの際、IDカードを奪うという勝手な行動に出たら、片方のホテルに最低六人、最高十人のハイジャック犯が集合してしまい、透さんと利恵さんがハイジャック犯十人を殺す機会、時間を失ってしまうからです。特に後者の場合、その状況で透さんがそれを必死に拒否したのならば我々にハイジャック犯達との繋がりを怪しまれるのでそれは出来ません。よって、今回の計画である五人を殺害する事を二回繰り返す為には、スカイタワーの五人の銀行強盗犯の依頼者は透さんだけ、グランドタワーの五人の銀行強盗犯の依頼者は利恵さんだけで、十人のハイジャック犯は透さんと利恵さんが繋がっている事、自分達以外のハイジャック犯達の存在を知ってはならないのです。これは結構細かい事ですが、これだけの大胆な計画を実行するには細かい事でも予め排除出来る事は排除しようと透さんと利恵さんは考えた筈です。また、発見された八人の行方不明者のニット帽が脱いであったのはそれぞれの行方不明者達の血をニット帽に付ける事と帽子に銃弾で穴を開けるという作業を省く為です。また、右の顳顬を撃たれていなく左胸を撃たれていたハイジャック犯達もニット帽が脱いでいようが脱いでいまいが別に我々は不審に思わないでしょう。これはあまり意味のない事ですが実際にそうなっていた事から、その時は、他の死体達と同じ風にしたいという心理が働いたと考えられます。そして、ハイジャック犯達が着ていた服装をそのまま行方不明者達の死体にも着させなかったのは、着替えさせる時間の排除とその服装にはそれぞれの銀行強盗犯達の血と汗が付いているからです。そして、それぞれ演技によって透さんと利恵さんに撃たれた二人のハイジャック犯の代わりになっていた行方不明者を含む左胸に銃を撃たれていた者達が着ていた服に予め左胸当たりに銃弾で穴を開け、それぞれの行方不明者達の血を付けたのです。また、先日スカイタワーの一階のロビーで人質にされていた宮内という私の高校の同級生が私にこう証言してくれました。「六月九日の朝頃にハイジャク犯の足音が聞こえなくなってから、随分後になって足音が二回聞こえた。多分、二回目は君の足音だったと思うけど、一回目はまだその時生きていたハイジャック犯ではないか。そして、グランドタワーの方も六月九日の朝頃、ハイジャクの足音が聞こえなくなってから、随分後になって足音が二回聞こえたらしい。多分、これもその時まだ生きていたハイジャック犯と君だ」と。恐らくスカイタワーの一回目は爆破スイッチを置きに行った透さんで、二回目は警察に連絡しに行った私です。そして、グランドタワーの方も一回目は爆破スイッチを置きに行った利恵さんで二回目は爆破スイッチが置いてあるかどうかを確認しに行った私です。宮内はとても信頼出来、有能な人間ですが、宮内の聞いた足音は目隠しをされてから随分経った後だったので、時間の感覚が鈍り、透さんの足音をその時まだ生きていたハイジャック犯の足音だと思ったのです。そして、恐らくハイジャック犯達と行方不明者達の死体をそれぞれの隠し部屋に運ぶ時に、ハイジャック犯達の死体を運ぶ時の方は死体の傷口をタオルか何かで包み、血液が運んでいる最中、床に落ちないようにと運びやすいように台車を使ったのでしょう」









「ちょっと待って、御神君。さっきから疑問に思っている事があるわ」



「何ですか?二宮さん」



「そもそも何故、透さんと利恵さんは二つのホテルでハイジャックを犯したの?透さんの山光興業へのアピールだけなら、銀行強盗犯を五人だけ雇って、スカイタワーのみハイジャックを行えば良かった事じゃない。積王商事側のグランドタワーをハイジャックする理由なんて二人には何もないし、その方が、リスクが少なくて済むじゃない。それに利恵さんは、グランドタワー側担当のハイジャック犯達にどういう動機で積王商事のグランドタワーでハイジャックを犯す事を納得させたのよ?」



「その事をお気付きになられましたか、二宮さん、大したものです。先程、桜庭さんが透さんと利恵さんのスカイタワーをハイジャックした目的を言って頂けましたが、グランドタワーをハイジャックした目的とそれは全く関係のない事です。よって、透さんと利恵さんがツインホテルをハイジャックした目的はそれだけではありません。そして、恐らくそのもう一つの目的とは透さんの妻である利恵さんが積王商事または積王商事の社長の命を守ったという勲章が欲しかった事です。グランドタワーでは福田社長だけがクジ引きで引かず、ハイジャック犯に指名されて、あの人質達の一人に選ばれました。利恵さんにハイジャック犯から自分の命を守られた福田社長はもしかしたら一生利恵さんに頭が上がらないと思うかもしれませんし、グランドタワーの経営権を利恵さんの願い次第では夫である透さんにつまり、山光興業に安価で譲る気になるかもしれません。また、今後山光興業が積王商事に対して有利な立場に立てるかもしれません。そうなったら一気に透さんは山光興業で栄進してゆき、ゆくゆくは山光興業の社長の座を射止める事も夢ではない筈です。そして、グランドタワーのハイジャック犯達には自分が福田社長に気に入られ、自分が栄進する為という犯行動機を言って納得させれば懐柔させ、内諾を得られる筈です」



「なるほどね。透さんは相当な野心の持ち主だった訳ね」



「また、一方が完全にアリバイがある時、つまり他の人質の皆さんと一緒にいる時にアリバイのないもう一方が隣のホテルに行きハイジャック犯達を殺害せず、二人共アリバイがない時に共同でハイジャック犯達の殺害を行った理由は全体の犯行時間の短縮の為、二人でハイジャック犯達を殺害したかった為、先にアリバイのない方が犯行を行えばハイジャック犯達は既に全員死んでいる事となり、アリバイがあるもう一人が自分の番が回って来る時に単独行動になる口実やきっかけが出来にくい為です。また、もしそのパターンを実行したのならば当然透さんが最初にグランドタワーへ行き、ハイジャック犯達を殺害しなければなりません。何故なら、利恵さんはスカイタワーに行くIDカードを持っていませんので透さんが犯行を行った後、借りるしかありません」



「でも、ちょっと待って御神君、最後の方の計画は実際に起こった事と違うじゃない。私達のホテルも、向こうのホテルも透さんと利恵さんにあの自作自演の演技から生きて一度も会っていないじゃない」



二宮が再度、御神の推理を疑問視した。



「はい、そうです。確かに実際には計画通りになりませんでした。この現象は質問四の答えで明らかとなります。確か質問四は「スカイYとグランドYはどういう手段を使って、ここからスカイXとグランドXの死体を岐阜県の美濃市やその他の場所へ運んだのか?」でしたね。透さんと利恵さんはハイジャック中に亡くなりました。彼らは、唐突に自分の犯してしまった罪を悔恨し、自殺したのか?その可能性は全くない訳ではありませんが、そんな短期間で人間心理が変わるとも思いませんし、それでは今まで苦労してきたこの大掛かりな犯罪が全て水の泡になってしまいます。よって、彼らはその事を想起し自殺したのではなく、別の者に殺害され、その者がハイジャック犯達の死体を運んだという事になります」



「なんだって!」



「この事件には、一体何人の犯罪者がいるんだ!」



「全く!世の中どうなっているんだ!」



 僕はもう頭が可笑しくなりそうだ。透さんと利恵さんも仁徳に反する行為だがその犯罪を更に利用するなんて・・・・・一体そんな非道な事をしたのは何処のどいつだ。









「透さんと利恵さんを殺した動機はハイジャック犯達の殺害への復讐ではなさそうだね。もし透さんと利恵さんの計画を予め知っていたのならば、殺人を行う前にその透さんと利恵さんの計画を世間に公表して防止するなり出来たからね。従ってそれが動機ならば、透さんと利恵さんが犯罪を行った後、それを知らなくてはならない。そんな短期間で犯罪計画を考えて、心を悪魔に売って復讐に踏み切るなんて出来ないし、何よりもあの銀行強盗犯達の中の誰かと透さんと利恵さんを殺した人物が殺人という復讐をする程の間柄がいたなんて到底思えないしね」



「私の意見を代弁して頂き有難いです、桜庭さん。よって、桜庭さんの意見よりこの殺人の動機は自身の欲の為です。つまり、山光興業の部長である透さんとその婦人である利恵さんに亡くなって貰いたかった人が透さんと利恵さんを殺害した犯人です。仮にこの犯人を真犯人Xとし、その透さん、利恵さん殺害計画、これを計画3とします。そして、実は計画2のそれぞれのホテルで殺害したハイジャック犯達の代わりに爆破スイッチを一階のロビーに置きに行った所か、それぞれのオープンパーティー会場に遺書を刷り変える所までは何事もなく実際に遂行されたのです。いや、そこまで透さんと利恵さんを泳がせておいた事が計画3の冒頭部分と言った方が正しいでしょうか。そして、大仕事を終え、心身共に疲れ果てた透さんと利恵さんにはその直後、真犯人Xに今まで次々と暗殺してきた自分達が予想外にも殺害されるという結末が待っていたのです」



「そんな小説や漫画の世界みたいな都合の良い事が本当に現実で起こり得るのですか?」



今川さんが我が目を疑う。



僕もとてもではないが信じられない。



これは果して本当に真実なのか?



「普段の生活感覚からこんな現実と乖離した小説や漫画みたいな事を現実として受け入れろなんて受け入れがたいという気持ちは解ります。しかし、この事は本当に現実として起こった事なのです。今は百歩譲ってこの現実を受け入れて下さい、今川さん。私の推理を最後まで聞くと恐らく貴方もこの現実を納得して受け入れられる事になると思います。話を戻します。ここで、計画2の各仕事での大よその時刻を予想してみましょうか。透さんは七時から八時にかけてスカイタワーでハイジャック犯と共に行方不明者一体の死体の運搬、ハイジャック犯の殺害、床に散らばっている血の拭き取り、ハイジャック犯の死体の隠蔽、グランドタワーへの移動、グランドタワーのハイジャック犯一人の殺害、着替えを行いました。つまり、その作業時間を一時間見積もった訳です。よって、その事から犯行時刻を大まかに予測します。グランドタワーで利恵さんだけがする仕事内容はハイジャック犯と共に行方不明者の一体の死体の運搬、ハイジャック犯の殺害、床に散らばっている血の拭き取り、ハイジャック犯の死体の隠蔽、透さんとの集合のみですので、透さんが八時までに一人で行った仕事量と比べると半分位で、透さんだけが八時からグランドタワーで行った仕事内容つまり、グランドタワーで死んだ振りをしているハイジャック犯の殺害、床に広がっている血糊とハイジャック犯の血の拭き取りは利恵さんの仕事量と比べるとずっと少ない筈です。よって、利恵さんの仕事が終わった時刻を透さんとの大体の集合時刻とし、利恵さんの作業が三十分程掛かると想定しその時刻を八時半頃とします。次に、透さんと利恵さんの共同によるグランドタワーの残り二人のハイジャック犯の殺害、床に散らばっている血の拭き取り、四体の行方不明者の死体とハイジャック犯の死体の入れ替えと予め注射で抜き取っていた行方不明者の血のばら撒き、利恵さんが殺害した一体のハイジャック犯の死体の運搬に掛かった時間を・・・・・そうですね、ハイジャック犯二人の殺害と床に散らばっている血の拭き取りはあまり時間が掛からないので、その時間を五分とし、四体の行方不明者の死体とハイジャック犯の死体の入れ替えと血のばら撒きが一体に付き二十分位掛かるとして合計四人なので一時間二十分としましょうか。そして、利恵さんが殺害した一体のハイジャック犯の死体の運搬に掛かる時間を五分とします。よってこの時点では大体十時頃です。そして最後に、利恵さんと透さんの着替え、グランドタワーからスカイタワーへの移動、ずっと死んだ振りをしていたハイジャック犯の殺害、残る三人のハイジャック犯の殺害、床に広がっている本物の血と血糊の拭き取りと予め注射で抜き取っていた行方不明者の血のばら撒き、四体の行方不明者の死体とハイジャック犯の死体の入れ替え、透さんが殺害した一体のハイジャック犯の死体の運搬、それぞれの一階のロビーに爆破スイッチを置き、オープンパーティー会場に遺書を刷り変えるのに掛かった時間ですがこれは相当大きな仕事量なので二時間見積もっておきます。よって、この時の時刻は正午頃です。そしてその後、透さんはスカイタワーの三十階の3008号室に戻り、自ら手負いを負おうとしたがその前に部屋の近くで待ち伏せしていた真犯人Xによって殺害され、利恵さんはグランドタワーの三十階の3004号室に戻り、元の服装に着替え、自ら手負いを負う最中に透さんからIDカードを奪ってグランドタワーへ行った真犯人Xによって殺害されました。透さんも利恵さんも一分でも早くこの殺人の仕事を終わらせたいと思っていた筈です。よって、これ以上無駄な作業をしないものします。そして、タイムロスや予定より時間が早まった事を考慮し、誤差時間をプラスマイナス二十分間とし、そこから計算すると、十一時四十分頃から十二時二十分頃にアリバイがなかった者が真犯人Xの第一段階の容疑者です。そして、第二段階の容疑者として、透さんと利恵さんの殺害方法は後程お話しますが、その所要時間を一時間位掛かるとします。よって、十一時四十分頃からそれぞれの死体が発見されるまでの間に一時間以上アリバイがなかった者が真犯人Xの第二段階の容疑者です」



「その時間帯は確か、グランドタワー側の我々は福田社長と桜庭君以外にはアリバイがあったな。確か、我々が1007号室に部屋に監禁されてから四時間半程経った十二時半頃に、遠野君がハイジャック犯達が周りにいない事を確認し、笹野さんを探しに行きましょうと我々を奮起させ、福田社長と桜庭君は単独行動、他の人達は二人一組になり、笹野さんを詮索しに行く。そして一時間以内に、三堂君 ― 氷室君ペアがハイジャック犯二人を、半籐君 ― 大谷さんペアがハイジャック犯一人を・・・・・いや行方不明者達をそれぞれ発見したのだったな。そして、十三時半頃に全員が1007号室の前に一旦集合し、今度は全員で笹野さんを詮索しに行く。そして、十四時三十五分頃に三十階の3004号室で死体と化した笹野さんを発見する。その直後、ハイジャック犯の格好をした御神君がその部屋に現れ、残るハイジャック犯を発見する。確かこうだった」



関本がスカイタワー側への説明も兼ねて、その時あった出来事を話した。



「関本!貴様、私を売る気か!」



「私は事実をありのまま言ったまでですよ、社長」



関本が得意げに福田に返すが、福田の代わりに桜庭に反撃される。



「確かに、私と福田社長はアリバイがなく、貴方達にはアリバイがありますね、関本さん。しかし、その貴方達のアリバイは真犯人Xが単独犯の場合のみに保証されるアリバイですよ。もし真犯人Xが複数犯だったらそんな物、何のアリバイにもなりません。だってあの二人一組は任意に決めたのだから、自由に犯人同士がペアを組める事になりますからね」



得意げな桜庭の発言によって関本の顔が段々と赤く染め上がった。









「スカイタワーも同じような感じでしたよ。十二時頃、今川さんが部屋の外にいるハイジャック犯の有無を確認し、自分達の部屋の周りにいないと断定すると、口論の末、この部屋から逃げ出し、透さんを探しに行く事を多数決で採決する。こちらは、御神君 ― 秋山さん ―佳純さん ― 二宮さんが四人一組を組み、私を含む後の方々は単独行動で透さんを捜索しに行く。そして十二時半頃、御神君達が殺害されたハイジャック犯の格好をしていた行方不明者三人を発見し、十三時頃に一旦元いた部屋に全員が集合し、透さんを詮索しに行く。そして、十三時半頃に三十階の3008号室からする異常な匂いに気付き透さんとハイジャック犯の格好をしていた行方不明者一人を発見する。大体こんな流れでした」



榎本が関本を和ますついでに久しぶりに喋った。



「という事は最低でも今この推理をしている御神君と一緒だった秋山さん、佳純さん、二宮さん以外はスカイタワーもアリバイがなかった人が多いという事だ」



桜庭がそう推察するが、少しの間静観していた御神がそれを訂正した。



「確かに桜庭さんの言う通り、その時間帯にはスカイタワー側の皆さんもグランドタワー側の皆さんもアリバイがなかった人が多いですが、グランドタワー側にいた皆さんはそれを無視して下さって結構です。何故なら、真犯人Xは単独犯でスカイタワー側にいた皆さんの中にいたからです」



この発言により、グランドタワー側にいた者達は安堵の面持ちを浮かべ、スカイタワー側にいた者達は納得出来ない面持ちの者、以前緊張感が走っている面持ちの者と様々だ。



「どうしてそう言い切れるのだい?」



容疑者から外れたにもかかわらず、桜庭さんが御神君に反論した。



ふと関本さんの顔を見ると赤色が引いて、桜庭さんの方を向き少し微笑んでいた。



「利恵さんが透さんの後で殺害されたからです。つまり、スカイタワー側で透さんを殺害し、透さんが持っている唯一スカイタワーとグランドタワーを行き来が出来るIDカードを手に入れ、利恵さんを殺害しにグランドタワー側に行ったという事です。つまり、あの時間帯にスカイタワーとグランドタワーを行き来が出来た人間は、スカイタワー側の人間だけという事です」



「何故、透さんがスカイタワー側で殺害されたと言い切れるのだい?」



桜庭が引き下がらない、が御神がすぐさまそれに対し反論する。



「それは、透さんが十時頃からもうグランドタワーに行く用事がないからです。よって、その時間帯にグランドタワーの人質全員にアリバイがあった以上、透さんを殺害する事は出来ない、つまり、スカイタワーとグランドタワーを自由に行き来が出来るIDカードをグランドタワーにいる人間が手にする事は出来ません。もしグランドタワーの中に真犯人Xがいたのならば、グランドタワーで利恵さんは殺害出来ても、グランドタワーからスカイタワーに行く手段がないのでスカイタワー側にいた透さんを殺害出来ないという事です。更に、透さんと利恵さんの計画2の終了時刻は最大十二時二十分だった筈です。つまり、その時刻にまだ全員が十階の1007号室にいたグランドタワーの人質の皆さんは透さんを殺害するどころか三十階の渡り廊下付近で待ち伏せし、渡り廊下の扉が開く一瞬を待つ事さえ出来ないのです。つまり、実際に透さんと利恵さん両方が殺害された以上、真犯人Xはスカイタワー側の人質の中にいたという事になります」



「しかし、そもそも何故真犯人Xが単独犯だと言い切れるのだい。真犯人Xは二人で利恵さんがグランドタワーに戻って来たら、グランドタワー側にいた真犯人Xが利恵さんを殺害し、スカイタワーではスカイタワー側にいた真犯人Xが透さんを殺害したかもしれないしね」









再びグランドタワー側にいた者達に緊張が走った。



三十秒位程沈黙の時間が流れた。



「それは見当違いも甚だしいです」



「やっと答えたか。それはどうしてだい?」



「何故なら、貴方が先程からそれを人前で喋っているからです。もし貴方の言う通り、真犯人Xは二人でグランドタワーに戻って来た利恵さんの隙を突き、グランドタワー側にいた真犯人Xが利恵さんを殺害し、スカイタワーではスカイタワー側にいた真犯人Xが透さんを殺害したのならば、グランドタワー側にいた真犯人Xはその間単独行動していた貴方か福田社長という事になります。もし貴方が真犯人Xならば、自分で犯した犯行内容を平然とペラペラと観衆の前で喋っている事、つまり、今貴方がしているような事自体があり得ない事なのです。まさかこれだけの罪を犯しておいて、あっさりと警察に捕まえて貰いたい犯人なんている筈もありません。貴方は自分が真犯人Xだとでも言いたいのでしょうか?そんな訳ないですよね。よってこの場合、貴方はグランドタワー側の真犯人Xではありません。いや、あり得ないのです。となると真犯人Xは福田社長という事になりますがこれもあり得ません。何故なら、貴方の推理に対し、直様貴方に反論しなかったからです。もし福田社長が真犯人Xならば、先程貴方が作った状況を一刻も早く払拭したい筈です。もし貴方の推理が認められたら自分が真犯人Xですからね。まさか自分の事を捕まえて欲しい犯人などいないでしょうし、仮にもしそうならさっさと自分が犯した罪を自ら白状すれば良い事です。そうしないという事は福田社長が真犯人Xである可能性は極めて低いでしょう。私は先程敢えて三十秒程一言も発せずに、福田社長の様子を伺いました。そしてその間、福田社長は反論どころか一言も喋りませんでした。よって、福田社長もグランドタワー側の真犯人Xではありません。従って、真犯人Xはスカイタワーとグランドタワーの両ホテルに一人ずついた二人組ではありません」



この場にいる御神以外の者達が演説を聞き終わり、唖然となっている。



「だったらグランドタワー側にいた真犯人Xが二人だったらどうだい。つまり真犯人Xは計三人であの二人組ペア三組の中にグランドタワーの真犯人Xコンビがいたという事だよ」



「遠野さんと関本さんはあの日初めて知り合ったのですよ。そんな二人がどうやってあの短期間に透さんと利恵さんを殺害するという共通な目的を持つのでしょう。それにこの二人は最後に決められた残り物ペアだそうですね。後日、三堂に聞きました。つまり自分達の意思で決めたのではなく、自動的に決定されたペアなのです。よって、この二人がグランドタワーの真犯人Xコンビという事もあり得ません。また、あの日初めて透さんと利恵さんに会った三堂が透さんと利恵さんを殺害する動機がないので三堂、氷室ペアもグランドタワーの真犯人Xコンビという事もあり得ませんし、半藤、大谷ペアも同じ理由であり得ません。しかも、彼らは透さんとはたった五分程度挨拶しただけです。・・・・・それに彼らは殺人などという人道に反した行為が平然と出来る程、哀れな人間ではありません。その事は高校の同級生として私が保証します。よって、グランドタワー側にいた真犯人Xが二人だったという事もあり得ません」



「その事はもう納得したよ。早速、別の反論をしても良いかい。もしスカイタワーの一階のロビーにいた人質の中に真犯人Xがいたのならばどうだい?」



桜庭さんが間髪を容れずに御神君にまだ反論する。



まるで自分が真犯人Xと指名され、それに対し徹底的に反論しているみたいだ。



「スカイタワーもグランドタワーも一階のロビーにいた人質の皆さん全員、両手両足をロープで結ばれ、更に目隠しをされていました。その状況でどうやって透さんと利恵さんが犯行を終える時間を確認出来たのでしょうか。もし不審な物音などがあったのならば周りの人達に気付かれる筈です。またハイジャック中、人質の中で不審な物音はなかったつまり、人が歩く足音、ロープを解く際に発する服と擦れる音がなかったという事をスカイタワーの一階のロビーで人質にされていた宮内が証言してくれました。よって、スカイタワーの一階のロビーにいた人質の中に真犯人Xがいたという事はあり得ません。以上の事から真犯人Xはスカイタワーで人質にされていた人達の中にいます」



「君は意外と友達想いな人間なんだね」



桜庭が唐突に揶揄した。



「私は他人に対し、常に辛辣な態度で接しています。そんな私が友達という資格を持ち続ける為には信頼し続ける事しかありません」



御神が真顔で桜庭にそう言い放ち、三堂、妙子、亜理紗、半籐が唖然となった。



「執拗に聞いて悪かったよ。もう完全に納得したわ。真犯人Xはスカイタワーにいた人質の中にいる」



「ご納得して頂けましたか」



「しかし、真犯人Xは誰なのかね。勿論、御神君はもう既にその人物の名前を知っているのだろうと思うけど、今までの話を聞いている真犯人Xは今、内心ビクビクだろうね。自分が犯した罪をまさかここまで御神君に辿り着けられるなんて思いもよらなかっただろうし。どうだろう御神君。暫くの間、君を除いて我々だけで真犯人Xは誰なのかを議論させてくれないかな?」



「どうぞ、私に遠慮せずとことん話し合って下さい」



御神が大らかな表情でそれを許可した。







「まず、私から意見させて貰って良いですか?」



この議論の提案者である桜庭が最初に名乗り出た。



「まず、透さんもしくは利恵さんのどちらかに対してだけ殺意があり、もう一人には全く殺意がなかったが殺意がある方と共犯なのでついでに殺害したのか、それとも両者に対し殺意があったかという前提によって話は変わってくるのですが、私は利恵さんに対しての殺害動機は考えられないので、前者の殺意の対象が透さんの場合で考えます。この場合、殺害動機が強い人、つまり容疑者は、弟の誠さんと顧問弁護士の榎本さんでしょうね。何故なら、この二人は透さんと深く関わり合っていた人間関係にあった人達だからです」



「何で私なんですか。私には兄を殺す動機などありませんよ。いい加減な事は言わないで下さい」



「人には機微って言うものがありますからね。内心、兄弟トラブルなどで実兄を殺害したい程、憎んでいたかもしれませんし。それに今は容疑のある者をただ羅列しているだけですよ。そんなにむきにならないで下さい。皆から怪しまれますよ」



「それを言うなら、榎本さんの方が兄貴を殺害する動機があった可能性が高いですよ」



「私ですか?」



「はい、貴方は兄貴の顧問弁護士ですが、プライベートの事で兄貴に相当弱みを握られていたそうですね。よって、貴方が兄貴を殺害する動機は十分ある」



それを聞いた佳純の顔が見る見るうちに悲痛な面持ちになっていく。



「そんなのただの巷説ですよ」



その一言で、少し佳純の面持ちが元の柔らかい面持ちに戻り、誠の方を睨んだ。



「まあまあ、スカイタワー側の人質の皆さんは全員容疑者なのですから、そんな言い争いは不毛です。取り敢えず、動機云々より御神君が推理してきたように誰がその時間帯に犯行が可能だったのかを議論して真犯人Xを絞り込みましょう」



関本がこのやり取りを制止し、高みの見物をした。



「まず、その時間帯、ずっと御神君、秋山さんと共に行動していた佳純さんと二宮さんが真犯人Xという事はあり得ないでしょうね」



「まぁ、それはそうでしょうね」



桜庭が淡々と関本に言い返す。



「となると残りの誠さん、篠坂さん、今川さん、榎本さんの中に真犯人Xがいるという事になるね。ここからどうやって絞り込むのか悩ましいものですね」



「考えが纏まってから喋って下さい、関本さん」



桜庭が関本に冷ややかに指摘し、関本が少し苛立つ。

 

暫く、「うーん」と御神以外の全員がシンキングタイムになった。







「皆さん、肝心な事を忘れているようですね」



突然、氷室が口を開いた。



「一体何を忘れていると言うんだい、氷室君」



 関本が問い質す。



「皆さん、ハイジャック犯達の死体は何処で発見されましたか?」



「それは両ホテルの部屋でしょう」



「いいえ、ハイジャック犯扮する行方不明者達の死体ではなく、本物のハイジャック犯の死体の事です。つまり銀行強盗犯達の死体です」



「・・・・・そうか!」



「そうです、桜庭さん。銀行強盗犯達の死体は岐阜県の美濃市で発見されました。つまり、真犯人Xが透さんと利恵さんが運ぶ筈だった銀行強盗犯達の死体を代わりに運んだという事です。ホテルから銀行強盗犯達の死体全てを運び出し、それを出来るだけ離れた複数の場所に放置する事を一人でやるなら丸一日は掛かる作業です。つまり、警察の現場検証終了後から岐阜県の美濃市で銀行強盗犯達の死体が発見されるまでの間、つまり、六月十二日から昨日に掛けて、十二時間以上連続でアリバイがなかった人が真犯人Xの容疑者です。確か、誠さんは透さんと兄と弟の間柄という事でその期間ずっと葬儀でした。警察の死体検証終了後に透さんの遺体を返して貰えたので、葬儀が遅くなったのは仕方ないですからね。榎本さんもその期間は東京でずっと裁判があり、それは秘書の方が確認している筈です。そして、篠坂さんと今川さんは確かその期間、明確なアリバイはなかった筈です」



「氷室さん、凄い分析力ですね。流石、大企業の秘書なだけありますね」

 

榎本が自分の容疑を晴らしてくれた、氷室を賞賛した。



「という事はもう今川さんと篠坂さんも誰が真犯人Xなのかが判った訳だ」

 

桜庭が今川と篠坂の方を見て言い放った。



「一体どっちが真犯人Xなんですか?」



桜庭がゆっくり今川と篠坂に詰め寄った。



「わっ、私じゃない。真犯人Xは今川君だ。大体、私は一介のカメラマンだよ。透さんと利恵さんを殺害する動機がある筈がない。そうだろ」

 

まず篠坂が必死に自分真犯人X説を否定した。



「おや、そう直ぐにそれも強く否定するのも怪しいですね。言っときますけど私は真犯人Xではありませんよ。他社の社員の私が透さんを殺害する動機はありませんからね」

 

今川も自分真犯人X説を冷静に否定した。



「いや、山鍋社長からライバル社の部長殺害の威令が下ったかもしれないじゃないか」



「酷いわ、篠坂さん。父がそんな事をする筈ないわ」

 

篠坂の私見に真っ先に反応したのは今川ではなく佳純だ。



「そうです、佳純さん。社長が私にそんな命令する筈ないですよ」

 

今川が佳純を宥める。



暫く沈黙な時間が流れた。



しかし、この状況は一向に変わらない。









「御神君、見ての通りもうお手上げ状態だ。一体どっちが真犯人Xなんだい?」



桜庭がそう切り出し、この場にいる今川と篠坂以外の者達がそれに同意し、御神に降伏した。



「皆さん、素晴らしい、お見事です。確かに真犯人Xは今川さん、篠坂さんのどちらかです。ただ、これ以上絞る事は難しいでしょう。何故ならそれにはまだ皆さんが知らないある物が必要だからです。そして、それは事件終了後に警察の方が見付けてくれました」



「警察の人は一体どんな物を発見したのだい?」

 

遠野がその発見物に興味津々だ。



「遠野さん、その物自体にはあまり意味を持ちませんがその物が発見された場所が重要なのです。良いですか。例えば、ハイジャック直前までスカイタワーの人間が持っていた世界で一つだけしかないある物が利恵さんの死体が発見された部屋に置いてあり、それがハイジャック終了後、グランドタワーで現場検証中警察に発見されたら、その物を身に着けていた人が真犯人Xだ。これは間違いありませんね。何故なら、両ホテル共ハイジャック終了後、暫くの間、警察の人間しか立ち入れられなかったので」



「そうだね、君の言う通りだね」

 

遠野がそれを認めた。その他の者達もそれを認めている様子だ。



「で、それは篠坂さんの物なの?それとも今川さんの物なの?そして、その犯人の忘れ物は一体なんだったの?」

 

二宮が急かして、御神が一呼吸して一言。



「・・・・・「フリーカメラマン 篠坂純一」と書かれた名刺でした」

 

一斉にこの場にいる者、全員が篠坂に目線を向ける。



「篠坂さんが真犯人Xだったの!」



「あんたが犯人だったのか!」



「・・・・・篠坂さん」



「ちっ、違う・・・・・私じゃない」

 

篠坂が手を横に振りながら必死の面持ちでそれを否定した。



「皆さん、待って下さい。誰が篠坂さんが真犯人Xだと言いました。私は篠坂さんの名前が書かれた名刺が置いてあったと言っただけですよ。名刺は相手の方と交換する物でしょう。私と妙子はハイジャックが起こる前のオープンパーティーの最中、篠坂さんがある二人と名刺を交換する姿を見ていました。・・・・・・妙子、誰と誰だったか覚えているかい?」

 

私は覚えていた。



「・・・・・たっ、確か透さんと今川さんだったわ。・・・・・」



「・・・・・それじゃ」



「ええ、強者が弱者を喰い、そして、その強者を更に強い強者が喰う。そうまるで自然界の摂理である食物連鎖ように殺人を行った真犯人Xは貴方です。今川さん」
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