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第1話 異世界に来てしまった私達
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凍りついた胸の奥で、静まり返った廊下を進みながら、叶えるべき未来を見た。
彼女を殺し、遺体を手見上げに戻って、罰を減らしてもらう。
そして魔王を無事に討伐する事ができ、日本へ帰る事が出来た自分。
クラスメイトのみんなも誰一人死なず、また元の日常へと戻る。
そう、きっとそれで良い。
何も間違っていない。
魔族の存在は、この世界の人々にとって悪でしかなく、私は命令されて仕方なく動いている機械人形に過ぎない。
そう……だから仕方ないことなんだ。
---
「…………起きろ風花。今は立ったまま寝るなんて芸当をする場面じゃない」
すぐ隣から私の名前をそっと、冷たく呼ぶ声がする。
名を呼ばれた瞬間、胸の奥に小さな警鐘が鳴った。
私は反射的に瞼を持ち上げ、霞んだ視界に光を入れ、周りをぐるっと見渡す。
石壁が四方を囲み、無人の観客席がひっそりと佇んでいる。
ここはまるで古びた闘技場、もしくは壮大な劇場のようだった。
そして上の階から響く声が、静寂を破る。
「ご機嫌よう!選ばれし勇者諸君!私は君達に会えて嬉しいヨ」
私は聞こえてくる声の方に目を向けると、そこには包帯で全身を覆った男と、白い法衣と仮面を着けた人達が、ずらっと並んでいた。
「…………聖也くん、ここってもう遊園地なんですか?」
隣にいる幼馴染にそう聞くと、とても怠そう返事をする。
「……なわけないだろ」
どうやら違うらしい。
……いや、本当にどこだろう、ここ。
私達は修学旅行用のバスに乗って、遊園地に向かっていたはずだ。
あぁ……とても眠い。
だけど状況はおかしな方向に傾いているようで、クラスのみんなもがやがやと騒がしい。
私が大人しく寝てて良い状況ではないようだ。
「おい! ここはどこなんだ! 俺達をどこに連れてきたってんだよ!!」
「あぁそう急かさないでくれたまえヨ、私も忙しい見でネ。もちろん説明はすぐに終わらせて実験に移るつもりだ」
「………………クソッ、周りに先生もいねぇ……どうなってるんだ」
目を半開きにして、いまだ意識がまだはっきりしない中、視線を地面に落とすと、そこには血まみれの剣が転がっていた。
劇場の舞台装置には見えないほど、かなり精巧に作られている。まるで本物のように……
「では説明しよう。先程も言ったが――君達には勇者になってもらう」
包帯男は再び、一言目と同じ冗談を言い放った。
---
「状況は理解できたかネ?」
包帯男は下にいる私達に向かって確認する。
「冗談だろ……」
「なに転生って……魔王を倒す?嫌だよ……」
「……舐めてるだろ。なんで俺達のクラスだけこんな目に会うんだ」
みんなは現実を受け入れたくないようで、口々に不満を垂らした。
勿論、私も受け入れていない。
ふざけた話だ。
包帯の話が本当だとしたら、私達のクラスは魔王討伐、そして魔族殲滅のための戦力として、とある国の修練場に召喚されたという。
そのための力もここに呼び出される前に、この世界の神という存在から貰っているらしい。
力。
私達が現実逃避出来ない理由は、この気持ち悪い違和感のせいでもある。
ちなみに包帯男は名乗らなかった。
魔導の深淵を研究する、団体の長をやっていると早々に言っただけだ。
……とりあえず、修学旅行が台無しになったのは最低だ。
それがだめになったのなら、贅沢は言わないので、家に帰して欲しいが……
「やだやだやだ!!!私はそんなの無理だから!!!!」
1人の女子が声をあげ、私達の集団から飛び出した。
「ふむ?説明したはずだ。君達の帰る方法は魔王討伐しかないと。それが嫌なのかネ?」
「嫌に決まってるし、私は信じない!こんな場所、抜け出してしまえば良いだけでしょ!!」
そう言ってクラスメイトの1人が、出口とも分からない扉の方へと走り出す。
私達の誰も、それに続こうとはしなかった。
今、逃げ出してはいけない。
誰もが直感的に、理解していたからである。
包帯男はニヤリとした笑みを浮かべ、ゆっくりとこちらに顔を向けた。
「そうだ。これをまだ説明していなかった。君達も首元に違和感があるのは理解しているだろう?」
確かにこの男の言う通り、変な感覚がある。
だけど構造的に自分の目では確認出来ない。
なので、クラスメイト達の体をチラ見して確認した。
首には何か……印?のようなものが描いてある。
「それは隷属刻印と言ってネ。効果はそのまま言葉通りさ。これは召喚の際に付けさせて貰ったヨ」
「…………」
私達は包帯男の話に黙って耳を傾けた。
文句を垂れる人間はいない。
もう完全にあっちのペースである。
「使う機会に恵まれて良かったヨ。折角作った魔術を使用しないなんて、あまりに馬鹿げてるからネ」
男は逃げ出した女子の方に視線を移し後、何かを自身の口元に集め出した。
あれが魔力なのだろうか……
「全く……選ばれし勇者だというのに、情けない生き物だネ……【女よ、そこで止まれ】」
そう包帯男が発すると、言った通りに逃げ出した子が止まった。
これが魔術。
私達の体に付けられた、最低な呪いということなのだろう。
包帯男は更に何か魔術を行使し、ブツブツと話し始める。
「ふむ。名前はモトオリ ヒマ、加護は千里眼か。臆病な上に受け取ったものさえゴミとは……救いようがないネ。見せしめにここで処分するとしよう」
そう言って男はこっちに顔を向ける。
視線の先は……私?
「…………ッ!?」
それに気づいた時、背筋を冷たい感覚が走り、私の体は思わず震えた。
包帯男が私に向かって、何かを発しようとしたその瞬間、幼馴染が視線の間に割って入る。
「なんだ、処刑人の志願者がいるとは珍しい。そこまでやりたいなら君に任せるしよう」
「…………クソがっ」
「名前はヨザクラセイヤ。能力は……夢幻再演? 聞いたこともないな。まぁいい、お手なみ拝見といこう。【その女を殺せ】」
聖也君は命令され、落ちている剣を取り、1人のクラスメイトを殺すため歩き出した。
「……体が……勝手に……」
私はこの光景を、ただ眺めるだけ。
いったい何なのだろうか、これは。
本当に現実なのか?
ずっと眠ってしまいたいほど、あまりに最低な目覚めだ。
私達は家族に会えなくなっただけではなく、このマッドサイエンティストのような男のおもちゃになってしまった。
こんなの……あまりに…………
「……ふざけてます」
「ん? 何か言ったか、女」
「ふざけてると言ったんです!この無用な殺生を今すぐ止めて下さい!!!」
「それは出来ない、これも1つの教育だからネ。そこで大人しく見ていてくれたまえ、今は君の代わりとなった男の出番なのだから」
包帯男は私に目もくれず、隷属刻印に必死に抗う聖也君の方をじっと見ていた。
「完全に無効化は出来ていないようだが、刻印に耐えるのか。これは改良の余地がある」
そう1人でぼやき、紙にメモをまとめる最低な人間。
私は黙ってクラスメイトが死ぬのを、眺めているだけで良いのか?
いや、言い訳がない。
「これ以上は!……無理だ!!」
「やだ……やめて……お願い…………」
絞り出すような声だった。
怒鳴ったというより、悲鳴に近く、もう命令に任せて剣を振り下ろす寸前だった。
「…………」
まずは彼を止める。
そこから始めよう。
私は地面に落ちていた剣には目もくれず、全身に魔力を巡らせた。
初めての感覚のせいで、力を込めるたびに手足が痺れ、体がきしむ。
それでも私は一歩、また一歩と駆け出した。
「奴隷の分際で勝手に………………何だ? とてつもなく速いな」
そう上からの呟きが聞こえてきたけど、無視し……
私は振り下ろされる刃の軌道に身を滑り込ませた。
足に力を込め、踏み込んだ勢いで彼の腕を内側から跳ね上げ、剣の軌道を逸らす。
そして――
――――――ドンッ!
彼の胸に私の掌底が叩き込む。
聖也君の体が揺れ、ゆっくりと崩れ落ちた。
「大丈夫ですか、本居さん?」
「う、うん……」
聖也君には申し訳ない事をしたと思う。
庇われたというのに、無理矢理気絶させる形になった。
後で謝っておかないと……
……そして包帯男は私の方を見ながら、何かを魔術を行使した。
「……名はフタガミ フウカ。加護は……剣神だと?!」
「…………?」
「素晴らしい!素晴らしいよ君!神が貴様という女のために、自身の権能の一部を譲渡なされた!!」
包帯男は狂ったように笑い声をあげ、舞台の上で両腕を大きく広げながら、跳ねるように駆け回る。
口元は裂けそうなほどに吊り上がり、目は虚ろなままぎらついていた。
「……やっぱり頭に異常がある方のようですね」
ここからどう状況を持っていくべきか。
クラスのみんなは……ダメか。
いまだこっちの様子を窺うだけ。
いや、勝手に飛び出した私の方がおかしいだけだ。
とはいえ、ここから今すぐ元の世界に返せ……という要求は飲まれないだろう。
いまだあの男の思い通りに、状況は運ばれているようだし。
今求められる、ギリギリ理想的なシチュエーションは、一旦クラスのみんなを連れて今すぐにここを離れる……となるだろうか。
ただこんなのは、実現不可能と言って良いほど難しい。
……やはり話し合いで解決するしかない。
「……この喜ばしい瞬間に免じて、その無礼な態度と発言の全てを許してやろう。しかし実際に剣を振るって貰わないと、証明にならないな」
「何を……」
私がどう動くべきか迷っていると──包帯男が突然、指を軽く鳴らした。
その音を合図にするように、本居さんが向かっていた方の扉が重々しく開き、黒い影のような存在が姿を現す。
その周囲には、不気味な法衣を纏った人々が無言のまま、まるで護衛のように立ち並んでいた。
「ここから出せぇ!!!!早くしろォ!!!!!!」
全身が殆ど黒く覆われ、尻尾が生えた人間。
初めて見た人種だ。
ここが別の世界だという認識が、ますます深まってくる。
「うるさくて敵わんネ。全く……【口を閉じろ】」
私は突然の状況に構わず、男に話しかけることにした。
「包帯さん。話があるんですが」
「後にしたまえ。まずは君が秘めている力の実験といこう」
「実験……?」
「だが、褒美も無しではモチベーションも上がらないだろう」
またこの男ペースな上に、話が勝手に進んでいる。
仕方ないとはいえ気分が悪くなる。
……どうすればここから打開できるか。
……どうしたらお母さんの元に帰れるか……
「私はここにいる全員の加護を把握した。この中で希少価値のある人間は、君とそこに倒れているセイヤという男だ」
「…………」
「君達2人にはこれからの3年間、私の出す課題に取り組んでもらいながら、魔王討伐に勤しんでもらう。その課題に成功し続ける事が出来る器なら、君達以外の人間に手を出すことを控えるとしよう。更には…………」
この男が言う事を要約するとこうなる。
これから3年ほど私含む、クラスメイト全員が魔王討伐のための訓練を強制される。
そして名指しされた私達2人は、これからあの包帯男の実験用のモルモットとして、生活をしなければいけない。
『私達の力を更にパワーアップさせるため』などと謳っているが、聞く限りきっとロクな目に合わないだろう。
……はぁ。
本当に最悪だ。
こうなるのか。
私達2人が犠牲になれば、このふざけた場を終わらせ、幾分かマシな場面になるという条件を提示された。
私はクラスのみんなが立っている方に視線を移した。
「…………フウカちゃん」
「…………」
これも一つのトロッコ問題になるのだろうか。
こんなのを人生で経験するハメになるとは……とても運が悪い。
でも、やる事を全て終わらせれば、家に帰る事が出来る。
それしか道が無い……今はその道しか見えない。
ならば進むしかないだろう。
「分かりました。貴方の条件を飲みます」
「そうか。それは嬉しいヨ。では早速ではあるが一つ目の課題だ」
「はい」
「今、君の目の前にいるのは魔族だ。その魔族と剣を持って戦い、勝利する事が条件だ」
「…………」
「……あぁ、説明が足りていなかったネ。そいつは人間を50人ほど喰い殺した大罪人だ。君達にはちょっと変わった人間程度にしか見えないのだろうが……倫理の概念があるのなら、私の言いたい事が分かるだろう?」
「情けをかける必要は無い……というわけですね」
私は地面に転がっている剣を取った。
不思議なくらいよく馴染む。
まるでずっと握ってきたかのように。
「さて、実験を進めるなら早い方が良い。私は時間に追われている身だからネ。王様も口うるさくて仕方ないんだ」
そう言った後、包帯男が何か合図を出し、魔族?と思われる人物が立ち上がった。
「あぁ、口を閉じろと命令したんだったか? まぁ君が生きていたら解いてあげるヨ。さぁ、すぐに始めてくれたまえ。私は忙しいんだ」
手の中で、剣がかすかに震えていた。
構えたまま、私は真正面に立つ異形の魔族と、睨み合う。
……大丈夫。
これは人殺しではない。
相手は人間じゃないんだ。
だから罪悪感を感じる必要は無い。
人が蚊を叩き落とすのと同じ……
「まだ始めないのかネ?……仕方ない。試合開始の合図を出してやろう。――【今すぐに始めろ】」
私はその掛け声に合わせて動いた。
---
それから3年ほど経つ。
私と聖也君はあの外道の言う通り、あらゆる実験のモルモットとなった。
口では言えないような、ありとあらゆる地獄を体験させられた。
ここまで私は、何度自殺したいと思ったか分からないほど苦しんだ。
でも生きている。
生き続けてしまった。
それもクラスメイト全員、誰一人として死なずにこの年までやってこれた。
ならもう、みんなで帰るしかない。
……次の目的地は、魔王を殺すための武具があるという、最難関の地下大迷宮だ。
そこに限っては、監視の目は届かないという。
あの研究者たちの冷たい視線に縛られないのは、初めてのことかもしれない。
ようやく、少しだけ力を抜いて歩けるかもしれない。
……そんな希望を抱きながら、私たちは迷宮へと足を踏み入れた。
―――――――――――
あとがき。
最後まで読んでもらえたようで嬉しいです。
続きもお楽しみください。
一応恋愛描写に比重を置いているんですが、ファンタジー側の設定が気になる方のために、これからはtips感覚であとがきに設定を置いていこうと思います。
興味のない方は飛ばして次に読み進めて下さい。
全部頭の中で管理しているので、設定抜けがあったらすみません。
彼女を殺し、遺体を手見上げに戻って、罰を減らしてもらう。
そして魔王を無事に討伐する事ができ、日本へ帰る事が出来た自分。
クラスメイトのみんなも誰一人死なず、また元の日常へと戻る。
そう、きっとそれで良い。
何も間違っていない。
魔族の存在は、この世界の人々にとって悪でしかなく、私は命令されて仕方なく動いている機械人形に過ぎない。
そう……だから仕方ないことなんだ。
---
「…………起きろ風花。今は立ったまま寝るなんて芸当をする場面じゃない」
すぐ隣から私の名前をそっと、冷たく呼ぶ声がする。
名を呼ばれた瞬間、胸の奥に小さな警鐘が鳴った。
私は反射的に瞼を持ち上げ、霞んだ視界に光を入れ、周りをぐるっと見渡す。
石壁が四方を囲み、無人の観客席がひっそりと佇んでいる。
ここはまるで古びた闘技場、もしくは壮大な劇場のようだった。
そして上の階から響く声が、静寂を破る。
「ご機嫌よう!選ばれし勇者諸君!私は君達に会えて嬉しいヨ」
私は聞こえてくる声の方に目を向けると、そこには包帯で全身を覆った男と、白い法衣と仮面を着けた人達が、ずらっと並んでいた。
「…………聖也くん、ここってもう遊園地なんですか?」
隣にいる幼馴染にそう聞くと、とても怠そう返事をする。
「……なわけないだろ」
どうやら違うらしい。
……いや、本当にどこだろう、ここ。
私達は修学旅行用のバスに乗って、遊園地に向かっていたはずだ。
あぁ……とても眠い。
だけど状況はおかしな方向に傾いているようで、クラスのみんなもがやがやと騒がしい。
私が大人しく寝てて良い状況ではないようだ。
「おい! ここはどこなんだ! 俺達をどこに連れてきたってんだよ!!」
「あぁそう急かさないでくれたまえヨ、私も忙しい見でネ。もちろん説明はすぐに終わらせて実験に移るつもりだ」
「………………クソッ、周りに先生もいねぇ……どうなってるんだ」
目を半開きにして、いまだ意識がまだはっきりしない中、視線を地面に落とすと、そこには血まみれの剣が転がっていた。
劇場の舞台装置には見えないほど、かなり精巧に作られている。まるで本物のように……
「では説明しよう。先程も言ったが――君達には勇者になってもらう」
包帯男は再び、一言目と同じ冗談を言い放った。
---
「状況は理解できたかネ?」
包帯男は下にいる私達に向かって確認する。
「冗談だろ……」
「なに転生って……魔王を倒す?嫌だよ……」
「……舐めてるだろ。なんで俺達のクラスだけこんな目に会うんだ」
みんなは現実を受け入れたくないようで、口々に不満を垂らした。
勿論、私も受け入れていない。
ふざけた話だ。
包帯の話が本当だとしたら、私達のクラスは魔王討伐、そして魔族殲滅のための戦力として、とある国の修練場に召喚されたという。
そのための力もここに呼び出される前に、この世界の神という存在から貰っているらしい。
力。
私達が現実逃避出来ない理由は、この気持ち悪い違和感のせいでもある。
ちなみに包帯男は名乗らなかった。
魔導の深淵を研究する、団体の長をやっていると早々に言っただけだ。
……とりあえず、修学旅行が台無しになったのは最低だ。
それがだめになったのなら、贅沢は言わないので、家に帰して欲しいが……
「やだやだやだ!!!私はそんなの無理だから!!!!」
1人の女子が声をあげ、私達の集団から飛び出した。
「ふむ?説明したはずだ。君達の帰る方法は魔王討伐しかないと。それが嫌なのかネ?」
「嫌に決まってるし、私は信じない!こんな場所、抜け出してしまえば良いだけでしょ!!」
そう言ってクラスメイトの1人が、出口とも分からない扉の方へと走り出す。
私達の誰も、それに続こうとはしなかった。
今、逃げ出してはいけない。
誰もが直感的に、理解していたからである。
包帯男はニヤリとした笑みを浮かべ、ゆっくりとこちらに顔を向けた。
「そうだ。これをまだ説明していなかった。君達も首元に違和感があるのは理解しているだろう?」
確かにこの男の言う通り、変な感覚がある。
だけど構造的に自分の目では確認出来ない。
なので、クラスメイト達の体をチラ見して確認した。
首には何か……印?のようなものが描いてある。
「それは隷属刻印と言ってネ。効果はそのまま言葉通りさ。これは召喚の際に付けさせて貰ったヨ」
「…………」
私達は包帯男の話に黙って耳を傾けた。
文句を垂れる人間はいない。
もう完全にあっちのペースである。
「使う機会に恵まれて良かったヨ。折角作った魔術を使用しないなんて、あまりに馬鹿げてるからネ」
男は逃げ出した女子の方に視線を移し後、何かを自身の口元に集め出した。
あれが魔力なのだろうか……
「全く……選ばれし勇者だというのに、情けない生き物だネ……【女よ、そこで止まれ】」
そう包帯男が発すると、言った通りに逃げ出した子が止まった。
これが魔術。
私達の体に付けられた、最低な呪いということなのだろう。
包帯男は更に何か魔術を行使し、ブツブツと話し始める。
「ふむ。名前はモトオリ ヒマ、加護は千里眼か。臆病な上に受け取ったものさえゴミとは……救いようがないネ。見せしめにここで処分するとしよう」
そう言って男はこっちに顔を向ける。
視線の先は……私?
「…………ッ!?」
それに気づいた時、背筋を冷たい感覚が走り、私の体は思わず震えた。
包帯男が私に向かって、何かを発しようとしたその瞬間、幼馴染が視線の間に割って入る。
「なんだ、処刑人の志願者がいるとは珍しい。そこまでやりたいなら君に任せるしよう」
「…………クソがっ」
「名前はヨザクラセイヤ。能力は……夢幻再演? 聞いたこともないな。まぁいい、お手なみ拝見といこう。【その女を殺せ】」
聖也君は命令され、落ちている剣を取り、1人のクラスメイトを殺すため歩き出した。
「……体が……勝手に……」
私はこの光景を、ただ眺めるだけ。
いったい何なのだろうか、これは。
本当に現実なのか?
ずっと眠ってしまいたいほど、あまりに最低な目覚めだ。
私達は家族に会えなくなっただけではなく、このマッドサイエンティストのような男のおもちゃになってしまった。
こんなの……あまりに…………
「……ふざけてます」
「ん? 何か言ったか、女」
「ふざけてると言ったんです!この無用な殺生を今すぐ止めて下さい!!!」
「それは出来ない、これも1つの教育だからネ。そこで大人しく見ていてくれたまえ、今は君の代わりとなった男の出番なのだから」
包帯男は私に目もくれず、隷属刻印に必死に抗う聖也君の方をじっと見ていた。
「完全に無効化は出来ていないようだが、刻印に耐えるのか。これは改良の余地がある」
そう1人でぼやき、紙にメモをまとめる最低な人間。
私は黙ってクラスメイトが死ぬのを、眺めているだけで良いのか?
いや、言い訳がない。
「これ以上は!……無理だ!!」
「やだ……やめて……お願い…………」
絞り出すような声だった。
怒鳴ったというより、悲鳴に近く、もう命令に任せて剣を振り下ろす寸前だった。
「…………」
まずは彼を止める。
そこから始めよう。
私は地面に落ちていた剣には目もくれず、全身に魔力を巡らせた。
初めての感覚のせいで、力を込めるたびに手足が痺れ、体がきしむ。
それでも私は一歩、また一歩と駆け出した。
「奴隷の分際で勝手に………………何だ? とてつもなく速いな」
そう上からの呟きが聞こえてきたけど、無視し……
私は振り下ろされる刃の軌道に身を滑り込ませた。
足に力を込め、踏み込んだ勢いで彼の腕を内側から跳ね上げ、剣の軌道を逸らす。
そして――
――――――ドンッ!
彼の胸に私の掌底が叩き込む。
聖也君の体が揺れ、ゆっくりと崩れ落ちた。
「大丈夫ですか、本居さん?」
「う、うん……」
聖也君には申し訳ない事をしたと思う。
庇われたというのに、無理矢理気絶させる形になった。
後で謝っておかないと……
……そして包帯男は私の方を見ながら、何かを魔術を行使した。
「……名はフタガミ フウカ。加護は……剣神だと?!」
「…………?」
「素晴らしい!素晴らしいよ君!神が貴様という女のために、自身の権能の一部を譲渡なされた!!」
包帯男は狂ったように笑い声をあげ、舞台の上で両腕を大きく広げながら、跳ねるように駆け回る。
口元は裂けそうなほどに吊り上がり、目は虚ろなままぎらついていた。
「……やっぱり頭に異常がある方のようですね」
ここからどう状況を持っていくべきか。
クラスのみんなは……ダメか。
いまだこっちの様子を窺うだけ。
いや、勝手に飛び出した私の方がおかしいだけだ。
とはいえ、ここから今すぐ元の世界に返せ……という要求は飲まれないだろう。
いまだあの男の思い通りに、状況は運ばれているようだし。
今求められる、ギリギリ理想的なシチュエーションは、一旦クラスのみんなを連れて今すぐにここを離れる……となるだろうか。
ただこんなのは、実現不可能と言って良いほど難しい。
……やはり話し合いで解決するしかない。
「……この喜ばしい瞬間に免じて、その無礼な態度と発言の全てを許してやろう。しかし実際に剣を振るって貰わないと、証明にならないな」
「何を……」
私がどう動くべきか迷っていると──包帯男が突然、指を軽く鳴らした。
その音を合図にするように、本居さんが向かっていた方の扉が重々しく開き、黒い影のような存在が姿を現す。
その周囲には、不気味な法衣を纏った人々が無言のまま、まるで護衛のように立ち並んでいた。
「ここから出せぇ!!!!早くしろォ!!!!!!」
全身が殆ど黒く覆われ、尻尾が生えた人間。
初めて見た人種だ。
ここが別の世界だという認識が、ますます深まってくる。
「うるさくて敵わんネ。全く……【口を閉じろ】」
私は突然の状況に構わず、男に話しかけることにした。
「包帯さん。話があるんですが」
「後にしたまえ。まずは君が秘めている力の実験といこう」
「実験……?」
「だが、褒美も無しではモチベーションも上がらないだろう」
またこの男ペースな上に、話が勝手に進んでいる。
仕方ないとはいえ気分が悪くなる。
……どうすればここから打開できるか。
……どうしたらお母さんの元に帰れるか……
「私はここにいる全員の加護を把握した。この中で希少価値のある人間は、君とそこに倒れているセイヤという男だ」
「…………」
「君達2人にはこれからの3年間、私の出す課題に取り組んでもらいながら、魔王討伐に勤しんでもらう。その課題に成功し続ける事が出来る器なら、君達以外の人間に手を出すことを控えるとしよう。更には…………」
この男が言う事を要約するとこうなる。
これから3年ほど私含む、クラスメイト全員が魔王討伐のための訓練を強制される。
そして名指しされた私達2人は、これからあの包帯男の実験用のモルモットとして、生活をしなければいけない。
『私達の力を更にパワーアップさせるため』などと謳っているが、聞く限りきっとロクな目に合わないだろう。
……はぁ。
本当に最悪だ。
こうなるのか。
私達2人が犠牲になれば、このふざけた場を終わらせ、幾分かマシな場面になるという条件を提示された。
私はクラスのみんなが立っている方に視線を移した。
「…………フウカちゃん」
「…………」
これも一つのトロッコ問題になるのだろうか。
こんなのを人生で経験するハメになるとは……とても運が悪い。
でも、やる事を全て終わらせれば、家に帰る事が出来る。
それしか道が無い……今はその道しか見えない。
ならば進むしかないだろう。
「分かりました。貴方の条件を飲みます」
「そうか。それは嬉しいヨ。では早速ではあるが一つ目の課題だ」
「はい」
「今、君の目の前にいるのは魔族だ。その魔族と剣を持って戦い、勝利する事が条件だ」
「…………」
「……あぁ、説明が足りていなかったネ。そいつは人間を50人ほど喰い殺した大罪人だ。君達にはちょっと変わった人間程度にしか見えないのだろうが……倫理の概念があるのなら、私の言いたい事が分かるだろう?」
「情けをかける必要は無い……というわけですね」
私は地面に転がっている剣を取った。
不思議なくらいよく馴染む。
まるでずっと握ってきたかのように。
「さて、実験を進めるなら早い方が良い。私は時間に追われている身だからネ。王様も口うるさくて仕方ないんだ」
そう言った後、包帯男が何か合図を出し、魔族?と思われる人物が立ち上がった。
「あぁ、口を閉じろと命令したんだったか? まぁ君が生きていたら解いてあげるヨ。さぁ、すぐに始めてくれたまえ。私は忙しいんだ」
手の中で、剣がかすかに震えていた。
構えたまま、私は真正面に立つ異形の魔族と、睨み合う。
……大丈夫。
これは人殺しではない。
相手は人間じゃないんだ。
だから罪悪感を感じる必要は無い。
人が蚊を叩き落とすのと同じ……
「まだ始めないのかネ?……仕方ない。試合開始の合図を出してやろう。――【今すぐに始めろ】」
私はその掛け声に合わせて動いた。
---
それから3年ほど経つ。
私と聖也君はあの外道の言う通り、あらゆる実験のモルモットとなった。
口では言えないような、ありとあらゆる地獄を体験させられた。
ここまで私は、何度自殺したいと思ったか分からないほど苦しんだ。
でも生きている。
生き続けてしまった。
それもクラスメイト全員、誰一人として死なずにこの年までやってこれた。
ならもう、みんなで帰るしかない。
……次の目的地は、魔王を殺すための武具があるという、最難関の地下大迷宮だ。
そこに限っては、監視の目は届かないという。
あの研究者たちの冷たい視線に縛られないのは、初めてのことかもしれない。
ようやく、少しだけ力を抜いて歩けるかもしれない。
……そんな希望を抱きながら、私たちは迷宮へと足を踏み入れた。
―――――――――――
あとがき。
最後まで読んでもらえたようで嬉しいです。
続きもお楽しみください。
一応恋愛描写に比重を置いているんですが、ファンタジー側の設定が気になる方のために、これからはtips感覚であとがきに設定を置いていこうと思います。
興味のない方は飛ばして次に読み進めて下さい。
全部頭の中で管理しているので、設定抜けがあったらすみません。
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