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337年4月2-2

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 髪を拭いているとドアがノックされた。
 たぶん返事をするだけでいいんだろうけど、歩いていってドアを開けた。
 おおイケメンがいる。
 イユリスに飛んできたときにいた一人だと思う。あの時はめまいでろくに目を開けられなかったからなぁ。

「シルヴィオと申しますが、入ってもよろしいでしょうか」
「どうぞ」
 中央に戻ってイスに座った。彼は立っているのでイスを勧める。そうしたら座った。礼儀か。私も気をつけたほうがいいな。えーと、レイサスの幼馴染ね。

「私は大佐屋ともやといいます。シルヴィオ・ロゾイゾさんですね」
「ご存知でしたか」
「お名前は教えてもらっています。それで、今は何日の何時か教えていただけますか?」
「三三七年の四月二十六日、午前十時です」
「二十六日・・・私は二日寝ていましたか?」
「はい。レイが大変でした」
「ああ。それは申し訳なかった」
 想像できる。心配してくれたんだろうな。申し訳ない。

「レイは王に挨拶に行っています」
 王。どこから聞けばいいのかわからない。
「シルヴィオさんは、お時間ありますか?」
「はい。何からお教えしますか?」
 まずは七ヵ月いなかったレイサスの不在はどうごまかしていたのか、帰還をどう説明するのか。

 不在帰還は、近隣の国に視察に行っていたことになっている。消えたことを王は知っている。
 王妃もおそらく知っている。
 あの世界にレイサスが飛ばされたのはソサイゾ公が見つけた魔法使いが原因で、戻れたのはシルヴィオたちが見つけた魔法使いの力。
 その魔法はもう誰も使えない。使える人間は全て死んだ。

「命が代償ですか・・・。私は他に、ソファイユリスに関係するものがあるという要因も必要な気がします」
「なぜそう考えられるのですか?」
「私とレイサス、様がこちらに来る直前、私はソファイユリス語を書いていました。そもそも数知れない国がある私の世界で、なぜレイサス様が私の国に現れたのか。私がソファイユリスを、私だけがソファイユリスを知っていたからかもしれない」
「なぜあなただけが知っていたのか」

 そこは説明が長くなる。本を見つけたのはたぶん私だけということはいいけど、その本はなぜ日本にあったのか。それは誰にもわからない。
 そういえば、バッグはあったけどノートは?
「私が来たときに、周りにノートは落ちていませんでしたか?」
「ノート。あれはあなたの物でしたか。拾う前に風化し崩れました」
 風化・・・やっぱりあれも代償の一つだったんだろうか。それともあの靄の輪からはみ出したらそうなったんだろうか。

 まあいい。もう起こったことだ。そしてもう起こらないことらしいし。
 それより、これからどうやって生きていくかだ。
「ここはシルヴィオさんのお宅、お邸ですか?」
「いいえ。ヌゼラス侯爵邸です」
「そうですか・・・私がこの世界のことを学ぶまで置いていただけるでしょうか」
「それは勿論。レイが責任を持ってお世話するでしょう」
「ああ。まあ慣れるまではお願いするしかないですね」
 立場が逆になったなぁ。
 レイサスよりはよっぽど恵まれているけど、恵まれていてこの不安さって。
 レイサスにはもっと優しくすればよかった。
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