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「奥様、そろそろ旦那様をお部屋にお呼びください」
朝の身支度の最中、私の世話をしてくれているメイド長のリーナがそう告げる。
ああ、もうその時期かと私は憂鬱な気持ちになった。
「分かりました。あの人にも伝えてくださる?
今夜からでも大丈夫です、と」
「かしこまりました」
リーナは私の月のものを把握しいるため、妊娠しやすい時期になると、このように教えてくれる。今日から私達はしばらく励まなければならない。
また憂鬱な日々が始まる。だが、前ほど不快という訳でもなかった。
今までは彼の本質を掴めなくて、得体の知れない何かと肌を重ねている感じがして嫌だった。しかしこの間の事件で、彼が人を傷付けたことを自覚してきちんと謝れる人間だと知り印象が変わった。
しかも揶揄われる事がなくなった今も彼は変わらず私に話しかけてくるので、全くの他人という訳でもなくなった。
つい先日なんて初めて二人で街の方へ出かけた。色々な店を回ってお互いの好みを知り、彼はいつも以上ににこにこしていて何だかむず痒い気持ちになった。
そういう感覚になった時、決まって彼に抱きしめられたあの日を思い出す。
まるで私に嫌われたくないとでもいうようにすがったあの人が、少しだけ愛おしかったのかもしれない。本当に少し、ほんの少しだけ。
彼は得体の知れない何かではなくなったけれど、色々知ってしまった彼に抱かれる事が怖いやら恥ずかしいやらで、また違った理由で私を憂鬱にさせていた。
それでも、これは妻としてこの家にきた私の役目。
何ももたない私が公爵家に嫁がせてもらったのだから、捨てられないためにもきちんとお役目は果たさねば。私は複雑な胸中で夜を待った。
そして夜。
彼は仕事で夕食時には現れず、私は湯浴みも済ませてベッドで本を読んでいた。
時計を見ると、そろそろ帰ってきてもおかしくない時間。どうしようかと考えていたら、リーナが彼の帰宅を教えてくれた。寝着ではあるが、羽織を着てエントランスへと向かう。
「今日は随分と遅かったのですね」
彼の姿を確認して声を掛けると、一瞬こっちを見たのにすぐに目を逸らされた。
「ああ…仕事が立て込んでいてね。
わざわざ出迎えなくても良かったのに」
そういう彼から微かに香る酒の匂い。なんだか、嫌な感じだ。
「…お食事は?」
「心配しなくていい。食べてきたよ。
今日は遅くなってしまったからもう休んでくれ。俺も疲れた」
一方的にそう言うと、彼は自室の方へ向かってしまった。休んでくれ、という事は今日はしないという事だろうか。何だかよそよそしい彼の態度に心がざわつく。
本当に仕事だったのだろうか。その食べてきた所で酒を飲んだだけなのか。それとも…。
次の日の朝。彼はいつものように私に話しかける。お得意の小さな意地悪を織り交ぜつつ、楽しげに。しかし夜になると、また帰りが遅い上によそよそしい態度になる。そしてなんだかんだ理由をつけて自室に籠る。
そんな日々が3日続いた。
さすがの私でもおかしい、と気付く。ちゃんと彼に伝えたのかリーナにそれとなく聞いてみるも、彼女も困った様に笑いながら頷く。リーナも、彼の態度を不思議に思っている様だった。
一体どうしたのだろうか。知らない内に私は彼に何か失礼な事をしたのだろうか?
しかし、朝の彼は本当に和やかなのだ。むしろ時々私をじっと見つめてきて、しかもその瞳が情熱的でなんだか勘違いしてしまいそうになるくらい。
(もう!一体なんなの!?)
彼の態度がおかしくなって4日目の夜。私は苛立たしげに体を洗う。
今日も彼は夕食時に現れなかった。
どうせ今日もなんだかんだ理由をつけて自室に籠るのだろう。
顔を合わせたくなくて、メイドも下げて長めに湯浴みをしていた。この間に帰ってきてくれれば万々歳だ。もし鉢合わせたとしても挨拶もそこそこにこっちが先に部屋に籠ってやろう。
(ああ…腹が立つ)
あんなに憂鬱だとか思っていたくせに、私は彼が触れてくれない事に怒っている。
他に女を作っているのなら、あんな目で私を見つめないで欲しい。興味がないのならとことん冷たくして欲しい。中途半端に優しくして、翻弄しないで欲しい。
結局馬鹿にしているのだ。私が何も知らない、所詮は平民上がりの商家の娘だから。
「……っ」
最悪だ。なんでこんな事で泣かなきゃいけないのか。でも悔しくて、悲しくて、怖くて、苦しい。私ってこんなに弱い女だったっけ。
外にいるメイドに聞こえない様に声を押し殺して泣く。明日の朝、またいつもの様な笑顔を見せられたら私は泣いてしまうかもしれない。もういっそ泣いてやろうかと思っていると、何だか外が騒がしい。
“旦那様!”、“今はお控えください!”などのメイドが口々に言う声がする。一体何事だろうと思っていると、突然目の前の扉が開いた。
「ローズ!!君の仕事が決まったぞ!!」
「…は?」
「…え?」
そこに飛び切り笑顔な私の夫が立っていた。しかしその笑顔はすぐに消え、人の入浴中に乱入してきたくせに、なぜか驚いた表情をしていた。
「ローズ…なぜ泣いて…」
「旦那様!いくら夫といえど、淑女の入浴中に乱入するなんて非常識すぎます!」
「わっ!リーナ!ちょっと待ってくれ!」
「いいえ!話なら後でゆっくりなさって下さい!!」
そしてすごい剣幕のリーナに追い出され、嵐の様に去っていく。取り残された私は突然の出来事にしばらく体が固まっていた。
寒気がして体を洗っていた最中だった事を思い出し、慌てて湯船に浸かる。一体何だったんだろうか。私の仕事がどうの言っていた気がする。
それにしても
(裸だし…泣いてる所見られた…)
最悪だ。なんて間の悪すぎる。
一発殴ってもいいかしら、なんて物騒な考えが浮かんだのは致し方ない事だと思う。きっとこの後彼に呼び出されるのだろうと憂鬱な気持ちになりながら、湯浴みを終えた。
朝の身支度の最中、私の世話をしてくれているメイド長のリーナがそう告げる。
ああ、もうその時期かと私は憂鬱な気持ちになった。
「分かりました。あの人にも伝えてくださる?
今夜からでも大丈夫です、と」
「かしこまりました」
リーナは私の月のものを把握しいるため、妊娠しやすい時期になると、このように教えてくれる。今日から私達はしばらく励まなければならない。
また憂鬱な日々が始まる。だが、前ほど不快という訳でもなかった。
今までは彼の本質を掴めなくて、得体の知れない何かと肌を重ねている感じがして嫌だった。しかしこの間の事件で、彼が人を傷付けたことを自覚してきちんと謝れる人間だと知り印象が変わった。
しかも揶揄われる事がなくなった今も彼は変わらず私に話しかけてくるので、全くの他人という訳でもなくなった。
つい先日なんて初めて二人で街の方へ出かけた。色々な店を回ってお互いの好みを知り、彼はいつも以上ににこにこしていて何だかむず痒い気持ちになった。
そういう感覚になった時、決まって彼に抱きしめられたあの日を思い出す。
まるで私に嫌われたくないとでもいうようにすがったあの人が、少しだけ愛おしかったのかもしれない。本当に少し、ほんの少しだけ。
彼は得体の知れない何かではなくなったけれど、色々知ってしまった彼に抱かれる事が怖いやら恥ずかしいやらで、また違った理由で私を憂鬱にさせていた。
それでも、これは妻としてこの家にきた私の役目。
何ももたない私が公爵家に嫁がせてもらったのだから、捨てられないためにもきちんとお役目は果たさねば。私は複雑な胸中で夜を待った。
そして夜。
彼は仕事で夕食時には現れず、私は湯浴みも済ませてベッドで本を読んでいた。
時計を見ると、そろそろ帰ってきてもおかしくない時間。どうしようかと考えていたら、リーナが彼の帰宅を教えてくれた。寝着ではあるが、羽織を着てエントランスへと向かう。
「今日は随分と遅かったのですね」
彼の姿を確認して声を掛けると、一瞬こっちを見たのにすぐに目を逸らされた。
「ああ…仕事が立て込んでいてね。
わざわざ出迎えなくても良かったのに」
そういう彼から微かに香る酒の匂い。なんだか、嫌な感じだ。
「…お食事は?」
「心配しなくていい。食べてきたよ。
今日は遅くなってしまったからもう休んでくれ。俺も疲れた」
一方的にそう言うと、彼は自室の方へ向かってしまった。休んでくれ、という事は今日はしないという事だろうか。何だかよそよそしい彼の態度に心がざわつく。
本当に仕事だったのだろうか。その食べてきた所で酒を飲んだだけなのか。それとも…。
次の日の朝。彼はいつものように私に話しかける。お得意の小さな意地悪を織り交ぜつつ、楽しげに。しかし夜になると、また帰りが遅い上によそよそしい態度になる。そしてなんだかんだ理由をつけて自室に籠る。
そんな日々が3日続いた。
さすがの私でもおかしい、と気付く。ちゃんと彼に伝えたのかリーナにそれとなく聞いてみるも、彼女も困った様に笑いながら頷く。リーナも、彼の態度を不思議に思っている様だった。
一体どうしたのだろうか。知らない内に私は彼に何か失礼な事をしたのだろうか?
しかし、朝の彼は本当に和やかなのだ。むしろ時々私をじっと見つめてきて、しかもその瞳が情熱的でなんだか勘違いしてしまいそうになるくらい。
(もう!一体なんなの!?)
彼の態度がおかしくなって4日目の夜。私は苛立たしげに体を洗う。
今日も彼は夕食時に現れなかった。
どうせ今日もなんだかんだ理由をつけて自室に籠るのだろう。
顔を合わせたくなくて、メイドも下げて長めに湯浴みをしていた。この間に帰ってきてくれれば万々歳だ。もし鉢合わせたとしても挨拶もそこそこにこっちが先に部屋に籠ってやろう。
(ああ…腹が立つ)
あんなに憂鬱だとか思っていたくせに、私は彼が触れてくれない事に怒っている。
他に女を作っているのなら、あんな目で私を見つめないで欲しい。興味がないのならとことん冷たくして欲しい。中途半端に優しくして、翻弄しないで欲しい。
結局馬鹿にしているのだ。私が何も知らない、所詮は平民上がりの商家の娘だから。
「……っ」
最悪だ。なんでこんな事で泣かなきゃいけないのか。でも悔しくて、悲しくて、怖くて、苦しい。私ってこんなに弱い女だったっけ。
外にいるメイドに聞こえない様に声を押し殺して泣く。明日の朝、またいつもの様な笑顔を見せられたら私は泣いてしまうかもしれない。もういっそ泣いてやろうかと思っていると、何だか外が騒がしい。
“旦那様!”、“今はお控えください!”などのメイドが口々に言う声がする。一体何事だろうと思っていると、突然目の前の扉が開いた。
「ローズ!!君の仕事が決まったぞ!!」
「…は?」
「…え?」
そこに飛び切り笑顔な私の夫が立っていた。しかしその笑顔はすぐに消え、人の入浴中に乱入してきたくせに、なぜか驚いた表情をしていた。
「ローズ…なぜ泣いて…」
「旦那様!いくら夫といえど、淑女の入浴中に乱入するなんて非常識すぎます!」
「わっ!リーナ!ちょっと待ってくれ!」
「いいえ!話なら後でゆっくりなさって下さい!!」
そしてすごい剣幕のリーナに追い出され、嵐の様に去っていく。取り残された私は突然の出来事にしばらく体が固まっていた。
寒気がして体を洗っていた最中だった事を思い出し、慌てて湯船に浸かる。一体何だったんだろうか。私の仕事がどうの言っていた気がする。
それにしても
(裸だし…泣いてる所見られた…)
最悪だ。なんて間の悪すぎる。
一発殴ってもいいかしら、なんて物騒な考えが浮かんだのは致し方ない事だと思う。きっとこの後彼に呼び出されるのだろうと憂鬱な気持ちになりながら、湯浴みを終えた。
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