噂の悪女が妻になりました

はくまいキャベツ

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1章 噂の悪女が妻になりました

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「…はあ」

 本日何度目かのため息をつく。気を紛らわせようと屋敷の敷地内にある畑を耕しに来たのだが、結局一棚終わる度にしゃがみ込んではため息を吐いていた。

 昨日、俺は彼女に注意した。無意識的に受け身な彼女に苛立ってしまったからだ。部屋を出て行ってから行方は追っていないが、彼女はちゃんとマリアの所へ行って手伝ったらしい。今後も色々と教えていくつもりだとマリアに言われた。

 その際に俺は叱られたのだ。自分とニイナが気遣ったのは、眠れていない事を隠そうとしている彼女が可哀想だったからだと。

 それを聞いた瞬間自分が恥ずかしくなった。彼女は自分で化粧をしてまで隠していたらしい。だとしても、俺は気付いてあげる事が出来なかった。

 ただマリアは俺の言いたい事も分かると言ってくれた。確かに彼女は無知で未熟。だからもっと長い目で見る必要があると。そうだ、何を焦っているのか。あの噂による先入観に俺は捉われすぎている気がする。

 そう、ふと思う事がある。果たして彼女は本当に国全体が噂する程の悪女なのだろうかと。確かに無愛想で潮らしい所はないけれど、至って普通のお嬢様だ。むしろ素直に話を聞いてくれるし、理解も早く、拍子抜けする事が多い。俺との結婚を拒むのはこんな格下の家の人間になりたくないと思っているからと予想していたが、他に何か理由があるのではと思い始めていた。

 そんな風にぼんやりと考えながら畑仕事を終えて屋敷に入ると、何と当の本人が目の前に現れた。

「…お、おはよう」
「…………」

 何故かどもってしまう。昨日あんなに威勢良く食ってかかったくせにと思われそうだ。その証拠に彼女は俺を見ているだけで、返事はなし。正直気まずい。

「その…よく眠れたかい」
「どうかしら。いきなり叱られて、腹立たしくてちゃんと眠れたのかよく分からないわ」

 俺の罪悪感で苛まれた心臓にぐさりと刺さる。普段俺を甘えさせてくれる人達とばかり付き合っているせいか、こんなにもはっきりと責められたのは久しぶりだ。誤魔化す様に咳払いをして話題を変えることにした。

「部屋から出ているなんて、珍しいな」
「誰かさんに動けと言われたので」

 またもや沈黙が生まれる。もうこれは退散した方が良さそうだと思っていたら、彼女がおずおずと口を開いた。

「…昨日教えてもらいながらだけど、自分でベッドのシーツを変えてみたの。今日もしてみようかと思って…マリアとニイナを探してるんだけど知らない?」
「自分でやったのか!偉いじゃないか」

 つい嬉しくなって前のめりになると、彼女が怪訝そうに身を引いた。しまった。

「え、ええと…マリアならキッチンにいると思う。ニイナも一緒じゃないかな」
「分かった」

 そう言うと、彼女は反対方向にあるキッチンへと向かうため踵を返す。このままで良いのだろうか。いや、よくない気がする。

「ミラ嬢」
「何」

 変わらずの無愛想な表情でこちらを向く。その余りのむすっとした様な表情にやっぱり止めようかと思ったが、村の人達に紹介する事も考えると信頼関係は少しでも築いておいた方が良さそうだと考え決心する。俺は意を決して口を開いた。

「昨日はいきなり叱って悪かった。応援してる。いっぱい教えてもらえよ」

 そう言うと、ややあってから何故か彼女が吹き出した。

「何かさっきからお父さんみたい」
「お、俺は君のお父さんじゃない!」

 年齢差を気にしていた事を指摘されたからか、初めて笑う所を見たからか、瞬時に頬が熱くなる。そんな事も露知らず、「そんなの当たり前じゃない」とくすくす笑いながら言って、彼女はさっさとキッチンの方へ向かってしまった。

 本当に都会のお嬢様というのは恐ろしい。ただ初めて彼女と本当の会話が出来た気がして、つっかえていた何かが取れた様だった。

 それから一週間、彼女は頑張っていた。というか頑張らされてる。

 彼女から意欲的な態度を感じて嬉しかったのかマリアはすっかり舞い上がり、そこになぜか母まで加わって料理まで始めた様だ。結果、この十何年間着飾られるだけの生活から毎日働かされる様になった彼女は

「疲れた…」

 すっかりパンク寸前となっていた。

「また抜け出してきたのか」
「人聞きが悪いわね。ちゃんと休憩するって言ってきたわよ」

 そして合間を見つけては俺の所に来て、ほぼ独り言の様に愚痴を言う様になった。最初は驚いたし、俺に仲介して欲しいのだろうかと思ったがどうやらそういう訳ではないらしい。

 今も本棚から必要書類を取り出す俺の横にしゃがみ込み、特に手伝う訳でもなくぶつぶつ言っている。正直ほぼ聞き流しているのだが、彼女も特に文句は言わない。この間俺の事をお父さんだの言っていたし、一方的な話をするのに俺が丁度いいのだろう。

「どんどん手は荒れるし、腰も痛いし、肩は凝るし。本当、よくやってられるわね」
「尊敬するだろ?」
「…調子に乗らないで」

 しゃがんで下段の方の棚に手を付けていた俺の肩を彼女が小突く。おかげでよろけてしまい尻餅をつくと、彼女がくすくすと笑った。一体何が可笑しいんだか。

「すっかり力がついてきた様だな」
「失礼ね、少し小突いただけじゃない。まあそうかも。…夜もぐっすりだし」
「おお、そうか!」

 実は彼女の不眠症について、ずっと気になっていた。確かに顔色がいい気がする。

「…変なの。何がそんなに嬉しい訳?」
「ん?嬉しいぞ?」

 そう言いながらまた立ち上がって上段のあたりに手を付ける。何冊か入れた辺りでふと返事がない事に気付き、彼女の様子を伺おうとしたら今度は脛の辺りを小突かれた。謎すぎる。若い子の考えている事は分からんと思いながら作業を続けていると、ノック音が響いた。

「ローガン様、お客様が…おっと」

 返事をすると、執事のウィンターが入室したが、俺たちの事を目視しした瞬間何故か身をひく。

「…申し訳ございません。折角の所をお邪魔してしまい」
「こらこら、ただ話してただけだよ」

 何故か謝るウィンターに呆れつつ、手元の書類を机に置く。

「すぐに行く。もしかしてアーシャか?」
「左様でございます。エントランスでお待ちです」

 執務室の端に置いてある姿見で少し身なりを整える。その姿見から、彼女が部屋から出て行くのが見えた。

「またな、頑張れよ」

 そう声をかけたが、彼女は振り返る事はなく後ろ手に手を振って消えた。何だか日に日に生意気になっていくな、と思いつつも、最初の頃よりは確実に打ち解けているのを感じ思わず笑みが溢れた。

「あ!ローガンさーん!」
「すまないアーシャ、待たせたな。部屋で待ってても良かったのに」

 エントランスの方へ顔を出すなり、アーシャが俺の名を呼んで手を振る。20代でまだまだ若いが大工技術の才能があり、将来を見据えて既に村の棟梁代理として働いている。少々女好きな所があるのが難ありだが、頼りにはなる男だ。

「いや、これを渡したかっただけなんで」
「お、改正案か。仕事が早いな」

 老朽化した水車小屋の改築工事に向けて、最近は毎日の様に彼と話し合いをしている。アーシャは設計も得意としているため、出来たらこの経費内で収めれる様にして欲しいとお願いした所をもう直してきたらしい。ざっと目を通していると、アーシャがそわそわと俺の背後を気にし始めた。元から仕事は早い方だが、いつにも増してそのスピードが上がった理由が分かった。

「…妻なら、部屋で休んでるぞ」
「ええー!折角徹夜して頑張ったのにー!」

 悪びれもせずそう叫ぶアーシャを一瞥し、小さくため息を吐く。

「てかさ、ローガンさんもいい加減出し惜しみしてないで、早く紹介して下さいよ!レイスさんも、ローガンさんのタイミングで良いだろなんて言ってますけど、何だか寂しそうでしたよ!」
「うっ…」

 痛い所を突かれて思わず唸る。

「何せウィリアムズ領の奥様になられる方なのですからね。素性もわからないんじゃ、俺達も信頼ってものが」
「あなた、村の人達に私の事を何も教えていないのね」

 とその時、このタイミングでは絶対に聞いてはならない声がした。書類から勢い良く顔を上げると、アーシャの惚けた表情が目に入る。しかもそれは確実に俺の背後を見ていた。じとりと背中に汗をかく。

「は、初めまして!もしかして、ローガンさんの奥様ですか?」
「…初めまして」

 彼女は否定も肯定もせずに俺の横にそっと並ぶ。恐る恐る横目で見てみると、明らかに不機嫌そうな顔をしていた。

 まずい、村の人達に彼女の事を隠していたのがばれてしまった。事情が事情だから分かってくれそうな気もするが、やはり気持ちの良いものではないだろう。というか、あからさまに怒っている。

 しかし彼女から醸し出す高貴な雰囲気にかかればこんなむすっとした顔でもそれなりに見えてしまうため、アーシャは全く気付いていない。すっかり見惚れて鼻の下が伸びていた。

「こら、失礼だぞ」
「やっぱり独り占めしたかっただけじゃないっすかー。ローガンさんも隅に置けないなあこのこの~!」

 初めてアーシャの空気の読めない所に感謝したかもしれない。隣から感じる冷たい空気と対峙するには今は無理だった。さてどうするかと頭を巡らせていると

「近々夫とご挨拶にあがります。日にちは追ってお知らせしますので、皆様にもよろしくお伝え下さい」

 そう言って仰々しく頭を下げると、彼女は2階にある自室の方へ戻って行った。

「…はあ~さすが都会のお嬢様って感じっすね。ただのお辞儀も洗練されてて美しい~」

 かく言う俺もそうだ。初めて見た彼女のカテーシーがあまりにも美しく、つい見入ってしまった。

 そうだった。最近すっかり小生意気になってしまった彼女ばかりを見ていたから頭から抜けていた。彼女は宰相の娘で、本当はこの国の王子と結婚するはずだった人間なのだ。

「奥様もああ言われてましたし、楽しみにしてますね!みんなにも言っておきまーす」

 そして何も知らないアーシャは元気よく走り去って行く。さて、どうしたものか。

 最近出番がなかったため息を久しぶりに吐く。頭を掻きながらとりあえず彼女の部屋へと向かった。
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