噂の悪女が妻になりました

はくまいキャベツ

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7章 ミラ・イヴァンチスカの独白

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 母に連れられ木造建の一軒家に到着した。母が住む家は小さな集落にあって、私達より褐色の肌をした人ばかりだった。少々緊張したが、母は出会う人全てに私を娘ですと紹介してくれ、その度に笑顔で握手されるのでその緊張はすぐに解けた。

 家の前では男性が薪を割っていた。母に気付いて汗を拭きながらにこりと微笑んだ後、後ろにいる私を見て不思議そうな顔をしながら礼をした。

「私の娘よ」

 母の言葉でハッとした表情になると、慌てて手を拭いてこちらに近付く。

「はじめまして。リヤド・アムダニいいます」

 片言な言葉でそう言いながら手を差し出され、私も名前を言いながらその手を握った。母は移民の人と結婚したんだ、と驚いているとリヤドさんと母が私の知らない言語で何やら会話し始めた。表情からして深刻なものではなさそうだが少し不安になっていると、話し終えた様子のリヤドさんが私に微笑むと「ゆっくりしてください」と言って家に入って行った。

「何を話していたの?」
「しばらく別の人の家に世話になるって。久しぶりの親子の時間を楽しんで、だそうよ」
「…え?」

 すると荷物を持ったリヤドさんが出てきたので、私は慌てて礼を述べると、リヤドさんは微笑みながら何かお祈りの様な手振りをした後どこかへ行った。

「さ、入って」

 母に案内されて家の中に入る。見たことのない装飾品が飾られ、何かお香を焚いたような知らない香りがした。ベッドルームに案内され、ここに荷物を置くように言われる。私は荷物を置いて外套を脱ぎ、居間に戻ると母はキッチンで何かしていた。

 ここに来るまでの間母は何も喋らなかった。私も聞きたい事が山ほどある筈なのに何も言えずにその場に立っていると、母が中央にあるダイニングテーブルに座る様に言った。その椅子とテーブルにも、見たことの無い柄の布が掛けられていた。

「果実水よ」
「…ありがとう」

 座るなり母が果実水が入った木のコップを私の前に置き、母も私の正面に座った。

「美味しい」
「懐かしいでしょ」
「うん。でも少し味が違う気がする」
「彼の出身国の果物を使っているからね」
「お母様は移民の人と結婚したのね」

 私がそう言うと母が気まずげに俯きながら言った。

「その…結婚をした訳じゃないの。彼は一緒に暮らしているパートナーで…それにお母様だなんて、そんな柄じゃないわ」
「じゃあ何て呼んだらいいの?」
「そうね…」

 そう言って母は黙った。

「お母様…?」
「ミラ…ごめんね…」

 そして肩を震わせ泣き始める。私は椅子から立ち上がり母の元へ駆け寄って抱きしめた。

「ごめん…ごめんね」
「うん…」

 この家の匂いは知らなかったが、母の匂いは不思議と変わらなかった。

 それから母は話してくれた。あの屋敷を出た後、母は生家に戻った。祖父は母が幼い頃にもう亡くなっていて、高齢の祖母が一人で暮らしていた。母は屋敷で暮らしている間お金を支払ってお手伝いさんに祖母の全ての世話をお願いしていたがそれをやめて、しばらく祖母の介護をして過ごした。

 祖母が亡くなった後は食堂や酒場で働き、そこでリヤドさんと出会ったという。数年かけて恋人同士になり、一緒に暮らし始めたがそれを私に言わなかったのは単純に言えなかったからと母は言った。どんな書き方をしても私を傷つける。書いては消し、結局言えないでいる内に私が知ってしまった。

「何度も弁解の手紙を送ったけど送り返されて、会いに行きたくてもどんな顔をして会えばいいのか分からなくて怖気付いた…そうこうしている内にあなたが婚約破棄されたという記事を見たの。私はようやくあなたに会いに行った」
「来てくれたの…?」
「やっぱり知らされなかったのね…私が悪いの。何もかも遅すぎた」

 知らなかった。だが使用人に追い返されて、父にすら会わせて貰えなかったという。母はせめてもと思いその使用人に手紙を渡したそうだが、私の手元に届いていないのが答えだろう。

「たくさん辛い思いをさせてごめんなさい…それなのに私に会いに来てくれるなんて…あなたを捨てたも同然なのに…」
「私はちゃんとお母様と話したかったの。やっぱり会いにきて良かった」

 それから私も母にこれまでの話をした。母は怒ったり笑ったりまた泣いたりしながら話を聞いてくれた。気付けば夜は更けていて、その晩は母と一緒のベッドで眠った。一人用だから当たり前に狭かったけど、母がずっとこうしてあなたを抱きながら眠りたかったというものだから我慢してあげた。

 リヤドさんに申し訳なかったから、近日中には他国に行くつもりだと伝えたら母に必死に止められた。むしろここに住めばいいとまで言われたがはっきりと断る。でもせめて1ヶ月はいてくれというので、私も準備がてらそうさせてもらう事にした。母は私がいる間仕事を休む事になった。みんな母の事情を知っていて、快く私達だけの時間を設けてくれた。

 ここの集落の人達も優しく私を迎え入れてくれた。それは母の人望のお陰だと思う。みんな私を「ヨハナの娘」と呼んで可愛がってくれた。言葉の理解度は人によって差があり、字を読める人はより少ないからか、誰も私の事なんて知らなくてとても心地良かった。おかげでやっぱり私は違う国で暮らした方がいいんだという思いが強くなった。

 リヤドさんも優しい人で、少し彼に似ていると思った。働き者で、さり気なく母と私に気遣う姿は彼と重なった。同じ様な人を好きになるなんて、母と血の繋がりを感じた。

「ねえお母さん」
「何?」

 母の要望でそう呼ぶ事にした。まだ少しだけ恥ずかしい。

「お母さんはお父様のどこを愛していたの?」

 食器を洗っていた母の手が止まる。じゃあ母は父のどんな所に惹かれたのか気になった。やっぱり言いにくいだろうか。

「そうね…不器用なりに私を愛してくれた所かしら」

 意外にも答えは返ってきた。そしてその返事も意外だった。

「お父様ってどんな風に人を愛するの?」
「別に普通よ。私だけを気にかけたり、贈り物をしてきたり。それなりに言葉にもしてくれたわよ」

 あの父が?と思って唖然としていたら、母が笑った。そしてさりげなく母は話題を変えた。私はその後二人がどうなっていったのかを知っているから、それ以上聞かなかった。二人がちゃんと愛し合っていた時期があった事を母の口から聞けただけでも満足だった。

 あっという間にここにきて三週間が経過した。毎日母と料理をして、眠るまでお喋りをした。他にも集落の人達に異国の文化に触れさせてもらったり、山仕事を生業にしているリヤドさんのお仕事のお手伝いをちょっとだけしたり、すごく充実した毎日を送っていた。

 おかげで彼の事を考えずに済んでいる。ロレンツォが彼に私がここにいる事を言うだろうかと思ったが、何の音沙汰もないという事はちゃんと黙秘してくれているのだろう。彼も、放っておいて欲しいという私の意思を尊重してくれている様だ。

 あと一週間したら私はここを出よう。リヤドさんから安全なルートを教えてもらったし、方法と伝手も聞いた。本当はリヤドさんもここに住んで欲しそうだったけど、ここにいるとどうしたって彼への未練は断ち切れない。その為もあって、私はこの国から出るのだ。

「ヨハナのむすめ、おひめさま、みたい」

 リヤドさんが割った薪を運んでいると、隣に住んでいる5歳の女の子、カドラが私に話しかけた。こんな姿を見てそう言われるとは思わなくて、思わず立ち止まって「そ、そう?」と聞いていた。

「せなか、ぴーん!って、してる」
「ああ、癖なのよ」
「くせ?」

 カドラが首を傾げていると、近くにいたリヤドさんが訳してくれた。カドラは意味を知ってぱっと明るい顔をしたと思ったら、手をもじもじとさせて私に問うた。

「わたしも、なれる?」
「カドラはお姫様になりたいの?」
「うん!」

 そう言ってカドラはスカートを摘んでぺこりと礼をした。

「そうね…見本を見せてあげる」

 私は一旦薪を下に置いて、ドレスではなく作業用のワンピースを摘み、カドラにカテーシーを見せてあげた。カドラは大喜びだった。

「やっぱり!ヨハナのむすめ、おひめさま!ドレス、着るの?」
「そうね、でも私はもう…」
「見たい!」

 そう言ってカドラが私の手を引っ張って母の家に向かう。

「ど、どうしたの?」
「さっき、ヨハナのいえに、ドレス、きた!」
「え?」

 言っている事がよく分からないまま扉を開けると、カドラが嬉しそうな声を上げた。そこには今朝までなかった筈の見たことの無いドレスが椅子にかけられていた。

「あら、お帰りなさい」

 母はいつもの様子でベッドルームから現れる。驚いているのは私だけだ。

「どうしたの?これ」
「あなたのよ」
「私?何で」

 その時、私はある事に気付いた。そのドレスには見覚えのあるオーガンジーが使われていた。

「ヨハナのむすめ!またね!」

 呆然としている私の横で母はカドラに家から出る様に伝えたらしく、彼女は元気よく出て行った。

「これって…」
「私が依頼したの。間に合って良かった」
「依頼…?」
「手紙が添えられていたわ。はい」

 私は震える手でそれを受け取り、恐る恐るその手紙を読んだ。

『敵地に乗り込むには勝負服が必要なんだろう?さっさと済まして帰ってくるんだよ』

 差出人の名前はなく、内容もそれだけだった。しかしこれがどこから送られてきたのか、誰が書いたのかは一目瞭然だった。気づいたら涙が頬を伝っていた。

 母は優しく私の涙を指で拭った後、更にとある新聞を私に差し出した。それは私を擁護してくれた記者がいる新聞社が発行しているものだった。

「読んでみなさい」

 一体何が起こっているのだ。私は母に言われるままその新聞を読んだ。そこにはミラ・イヴァンチスカがミーシア姫の悪評を流したというのは嘘で、とある令嬢達がそれを故意に広めたという内容と、それに対して相違ないという、その令嬢達の直筆の陳述書が印刷されていた。名前は伏せられていたが、人数からいって彼女を取り巻いていた令嬢達に間違いない。

「何これ…」
「これからこの記事は全国に配布されるわ」
「どういう事…?何が起きているの?」

 ただただ呆然とする私を、母は優しく見つめながら言った。

「…ミラ。私はずっとあなたに何かしてあげたかった。生まれた時から運命を背負わせて、お金もない立場もない私はただ傍観することしかできなかった。あげくの果てにはあなたを捨てて私だけ逃げ出して、あなたをひとりぼっちにさせてしまった…。
 実はあの屋敷を出た後もね、あの人は私にお金を送り続けていたの。でも私はそれに一切手をつけなかった。悔しいのもあったけど、いつかこのお金であなたに何かしてあげられたらと思って貯めていたの。そして私はその使い道をやっと見つける事が出来た。そのお金をね、娘の為に使って下さいと、ある人に渡したの」
「ある人…?」
「あなたを最も愛している人よ」

 私を最も愛してくれている人。そんなの、一人しかいない。

「ミラ、首都へ行きましょう」







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