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しおりを挟むデルメイル家の前を何度も往復している。エリンに何度も落ち着け、と言われても足が止まらない。そのエリンも妻に呼ばれて手伝いに行ってしまったため、俺はひたすらうろうろしている。
その隣でアレックスも腕を組んだまま壁にもたれているが、さっきから同じ場所をじっと見つめているだけで全く落ち着いていないのが分かった。ナナのそばにいたい気持ちを必死に堪えているのだろう。だがナナ本人が来るなというのだから仕方がない。どちらにせよ男は待つことしか出来ないのだ。
中から時折ナナの苦しそうな声が聞こえる。胸が締め付けられていた時、扉が少しだけ開き妻が顔を出した。額には汗がにじんでいる。
「どんな調子だ?」
思わず身を乗り出す。
「あともうちょっとなんだけどね…頭の硬さ的に男の子みたいで」
「男の子か!」
思わずアレックスを見る。
「アレックスの時はどうだったっけ」
「アレックスの時はね…確か―ー」
二人で顔を見合わせる。その横で、アレックスが呆れたように言った。
「…俺、母さんから産まれてないんだけど」
一瞬の沈黙。
「「そうだった!」」
と二人同時に声を上げて笑ってしまう。
張り詰めていた空気がほんの少しだけほどけた。妻は一息ついて「とにかく待ってなさい!」と言って扉はまた閉まった。
どれくらい経っただろう。突然小さく、でも力強い泣き声が響いた。
「生まれた!アレックス!」
アレックスを見ると、放心した様に立ち尽くしている。思わずその肩を抱き寄せた。
やがて入室の許可が降り、俺達は急いでナナの元へと向かった。
「ナナ!」
部屋に入ると疲れ切った顔のナナがベッドに横になっていた。しかしアレックスに気付いた途端、力強い瞳を宿して言った。
「アレックス…本当に感謝して。本当に、心から」
ナナの淡々とした物言いにアレックスは一瞬言葉を失うも、強く頷いた。
「勿論です!!」
その後ろから、涙ぐんだエリンが声を上げる。
「おめでとう、お兄ちゃん!」
振り返ると産婆が赤ん坊を抱っこしていた。アレックスにそっと差し出される。アレックスと同じ金色の髪だ。
アレックスは震える手で抱き上げ、涙を滲ませながら言った。
「…よく頑張ったな」
その瞬間思い出した。それはアレックスが目を覚ましたあの日、初めて俺がかけた言葉だった。
今にも折れそうな細い手足、やっとの力で開かれた瞳を見て自然と口に出たあの言葉。そして今にも閉じそうな瞳から流れた涙を見た瞬間、俺は覚悟を決めていた。この子を引き取ると。
ーーそうか…お前も、父親になったんだな。
頬に熱いものが流れる。それを拭い、愛息子の姿を目に焼き付ける。
アレックスがナナの隣に腰掛けた。二人で生まれたばかりの命を包み込む。それは余りにも穏やかで、余りにも尊い。みんながそこに釘付けになった。
ナナがまだ湿り気の残る金色の髪の毛にそっと触れ、静かに言った。
「…ようこそ、“優しい世界”へ」
おわり
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