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現実1 いのりと瞬

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瞬は、本当にフリーのようだった。バイトと舞台の稽古とで予定は占められている。ジムとダンスにも通っていた。いのりは、単発バイトの司会などをこなしながら田舎に帰るのを引き伸ばしていた。瞬は、近くにきたと言って、夕飯をときどき食べていく。いのりは、瞬がもうこないのなら、ここに思い残すことは何もないのに__と思った。瞬は、もうこないかな、という頃に現れてはいのりの心をかき乱していった。
 瞬に、好きだとは言えなかった。悲劇のヒロインなんかになりたくなかった。

 瞬が、冷蔵庫から水をだして飲む。いのりも、水を飲む。声を出しすぎて、喉が少し痛い。水を流し込んでも違和感が治らない。明日、のど飴を買ってこないと。もう舞台に立つことはないのに。いい声だね、なんてキミが呟くから。
「いのりさん、田舎のお見合いどーなったの? 誰かイイ男と会ってます?」これは。どう捉えたらいいんだろう。嫉妬?それとも__。他の男と会う気なんて起きないけれど、キミの代わりを探そうとマッチングアプリをしてみた。少しだけ。キミの重荷になりたくないから__
「あー…。こないだ一人。(メッセージのやりとりをしてみただけだけど……)お見合いじゃなくて、マッチングアプリで」瞬が、目を見開いていのりの側にきて髪をなでる。いのりは、自分が人気女優のように男好きのする容姿ならよかったのに、と思った。
瞬「フーン。どうでした? 結婚するんすか?」妬いてくれたらいいのに。キミは、平常心だね。
「いやー。無理だね。河本くんとこうしてると。20歳のキレイな男の子見てると駄目だな……。全然心動かない」というか、気持ちワルイ。
「……」
「あと、私バイトでしょ? 働いてくれないと、結婚は考えられないんだって。女優なんて、遊んでたとしか見られなくってさ。私の婚活市場価値って……」
いのりは、言いかけてやめた。自虐ネタは、皆笑ってくれるけど、瞬には痛い女かもしれない。 いのりが、携帯のアプリを瞬に見せる。会おうと言う男に躊躇する自分がいる。こちらは、メッセージだけでも構わないが、それでは相手が納得してくれない。
「あの。いのりさん」
「ん?」
「他の男とセするんなら、俺フェイドアウトするんで、速やかに教えてくださいね」
「えー。行くなとか言ってくんないの?」
「だって俺、スキなヤツいて__」
「うん」そっか。そうなんだ……
「いや。そもそも好きとかよくワかんなくて__」
「そうなんだ」そんな感じだね

「ごめんなさい。ヘンな話しちゃいました」
「好きなヤツってどんなひと?」
「友達です」
「もしかして、男のコ?」
「……なんで」瞬が分かりやすく動揺するのが分かった。
「おお! マジか。BLのドラマ見るからさ。で、悩んでんだ。友達じゃなくなるのが怖い? 拒絶されるのが嫌?」携帯の写真が、男の子と仲良さそうに写ってるのばかりだった。返してと、珍しく少し焦ってたね。半分冗談だったんだけど……そっか。わかるよ。気持ちを望んだら、友達すら失う。拒絶されたら__怖いよね。男女でも、(私が)女友達を好きになったとしても一緒だよね。
「いのりさん、食いつき過ぎ。それ以上踏み込んでこないで」スミマセン。あっちゃー。ズケズケ言い過ぎたか。
いのりは黙った。瞬が、後ろからいのりを抱きしめる。ごめんね、スキ__と瞬が呟いた。

 いのり 他の男(ひと)となんてできないよ__
 だって、キミのことがスキなんだ__ だから、ボクのことを抱きしめて。他の男(ヒト)を想ってても、そのままのキミでいいから__。

その後、夜遅くにまりもといる瞬を見る。いのりは、潮時だな、と瞬の前から消える。

©️石川直生 2023.



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