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第7話 悪魔の微笑み
しおりを挟む曲がりくねった工場街の路地を颯汰は追いかけてゆく。
コンサヨおじさんは思いのほか健脚で、颯汰は距離を詰められない。
右にゆくと見せかけては左の角を曲がり、隘路を自由自在に駆け抜けて裏道に出る。
(なんかのアスリートか、こいつ?!)
と思わざるを得ない。日頃鍛えている颯汰の足でも振りきられそうになる。背中を見失わないようついてゆくのがやっとだ。
足がもつれ、心臓が爆発しそうになってきた。
すると突然、コンサヨおじさんの足が止まった。前方にフェンスが立ちはだかったいる。隣接する町工場の仕切りだ。
コンサヨがフェンスをよじ登る。
トレンチコートの裾がフェンスの破れ目にひっかった。
びりり、と避ける音がする。
チャンスであった。
颯汰はついに追いついた。
動きがとまったコンサヨの足にすがりつく。
ガッ!
顎を蹴られた。一瞬くらっときた。
コンサヨは避けたコートを翻して反対側の敷地に飛び降りる。
颯汰もフェンスの上縁に足をかけ、体を投げ出すように越えて着地した。
再び追走を再開せんと体勢を整えると——
「ッ!」
コンサヨがうずくまっていた。
飛び降りた瞬間、足を痛めたようだ。
「動くなっ!」
ついに颯汰はコンサヨおじさんに向かって拳銃を抜いた。特異犯罪捜査室のメンバーは凶悪犯を相手にしているだけに拳銃の常時携行が認められている。
スミス&ウェッソンJフレームリボルバーの銃口に睨まれて、コンサヨはゆっくりと立ちあがると……両手をあげた。
やっと観念したかと思ったが、そうではないようだ。
コンサヨがこちらに向かって一歩踏み出してきた。
「えっ?!」
さらにまた一歩。
絶対的優位にいるはずの颯汰が思わず後ずさる。
そのとき、コンサヨの唇が動いた。
ウテルモノナラウッテミロ……。
髭に覆われたコンサヨの唇の両端がつりあがり、悪魔の微笑みを浮かべている。
そのときだ、颯汰の背後でフェンスを揺らす音がした。追いついてきた制服警官が2名、鉄条網をよじ登って、こちら側に降り立とうとしている。
「もう逃げられないぞ!」
そういうと、またコンサヨの唇が動いた。
ソレハドウカナ。
ちりん、ちりん、とベルを鳴らして自転車が向こうからやってきた。乗り手は呑気そうな顔の男で、あろうことかスマホを片手に持ちながらハンドルを握っている。こちらの状況には気づいてないようだ。
コンサヨは振り向きざま、ラリアットをその男の首にかました。
男だけがきれいに吹っ飛び、乗り手を失った自転車のみが走ってくる。
コンサヨはひらりとそれに飛び乗ると鮮やかにターンを決めて前方の道路へとペダルを漕ぎ出した。
「待てッ! コノヤロウ!!」
颯汰は走り去ってゆくコンサヨの背中に銃口を向けた。
が……。
腕が、指が、震える。
撃つのはいましかない。
最悪の殺人鬼を止めるのはいましかないのだ。
しかし……。
颯汰には撃つことができなかった。
「うう……」
いきなりラリアットをかまされた男が路上に転がってうめいている。
「この人を頼みます」
追いついてきた制服警官に後事を託して颯汰はまた駆け出した。
耳元に装着したイヤホンから豹吾の怒鳴り声が響いてきた。
『なにやってんだ、馬鹿野郎!!』
どうやら捜査室CICとリンクしたジャガーの車載カメラで一部始終を見ていたようだ。
第8話につづく
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