刑事ジャガー 特異犯罪捜査室

自由言論社

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第6話 狩りのはじまり

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 蒲田駅前のショッピングモールには黒山の人だかりができていた。
 規制線が張られた事件現場の外側には報道各社の取材クルーやヤジウマたちが群れをなしている。
 豹吾はジャガーXEを路肩に停めると、颯太とともに降り立ち、警察手帳を開いて人垣をかき分けた。

「犯人はコンニチワ、サヨウナラとつぶやきながら次々と通行人を切りつけ、南西の方角に徒歩で去っていったということです」
 所轄の刑事が目撃者から訊いた情報を総合して豹吾に語る。
「凶器は刃渡り15センチのサバイバルナイフ。犠牲者は10人。全員、病院に救急搬送されましたが、軽傷4人、重症6人。そのうちの2人は命の危険があるとのことです」
 そういうと、所轄刑事は仲間の捜査員を指揮して付近の聞き込みにあたらせた。

「なにをしてるんです?」
 颯汰は豹吾の動きが気になった。惨劇を物語る生々しい事件現場の血痕には見向きもせず、規制線を取り囲むヤジウマたちを見渡している。
「プロファイリングによると、コンサヨおじさんは一種の愉快犯だそうだ」
 豹吾が振り向きもせずにこたえる。相変わらず視線はヤジウマたちに注がれている。
「愉快犯?」
「警察に強い恨みや怒りを抱き、一般人を殺傷することによって、その無力さを世間にアピールする……」
「まさか、このヤジウマたちのなかに?」
 犯行現場にわざわざ立ちもどって効果を確かめているというのか?
 上空ではテレビ局が手配した取材ヘリがローター音を響かせている。
 世田谷で起きた事件とは異なり、犠牲者も10人となれば社会的な反応もおおきい。

「おい、あのパンダを見ろ」
 豹吾が低声でいった。
 着ぐるみのパンダが電柱にもたれてこちらに顔を向けている。
「バイト中のヤジウマでしょうか?」
 おそらくパチンコ屋の看板持ちだろうが、どこか違和感がある。先ほどからそこにじっとしていて身動きひとつしない。そもそもヤジウマなら被り物を脱いで、直接その目で事件現場を覗き込んでいるはずだ。
「これを」
 そういうと、豹吾はイヤーフック型のハンズフリーイヤホンを颯汰に手渡した。耳にかけるタイプなので落ちにくく、走りながらでも豹吾の指令を逐一聞くことができる。
(ぼくを遠隔操作で走らせる気だな)
 と思ったが口にはしない。猟犬として呼ばれたのなら、その役割を果たすまでだ。

「着ぐるみを脱いで、顔を見せてください」
 ハンズフリーイヤホンを左耳に装着した颯汰がパンダに声をかけた。
「…………」
 パンダは無言だ。電柱にもたれたまま動かない。
「おい!」
 颯汰が被り物に手をかけると——

 ぐらり。

 パンダが倒れ、頭部の被り物がはずれて中の人の顔が露わになる。額にバンダナを巻いた30過ぎの男だ。
 中の人は口から血を流して死んでいた。
 周囲から悲鳴が巻き起こり、ヤジウマたちがいっせいに飛び退く。
 まわり込んで背中を見ると、刃渡り15センチのサバイバルナイフが深々と突き刺さっている。都合、11人目の犠牲者だ。

「白石、左だッ! 左の立て看板の陰を見ろ!」
 イヤホンを通して豹吾の声が響いた。
 颯汰がそちらを見る。
 くすんだ膝丈のトレンチコートを着た薄汚い身なりの男がコートの裾を翻した。
 ビルとビルの隙間の狭い路地に飛び込んでゆく。
 右目の端で豹吾がジャガーXEに乗り込むのが見えた。
 豹と猟犬の狩りがはじまった。



       第7話につづく
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