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01 生徒会長、行方不明
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その日、スバルがいつもより遅れて生徒会に出席してみると、驚いたことにまだ誰も会議を始めていなかった。
いやそれどころか、生徒会室に入ってすらいない。総勢一〇名ばかりがいるメンバーのほぼ全員が、入口前でたむろして何やら困った顔をしているのだ。
小言でも言われるかと思って身構えていたスバルだが、一転拍子抜けしてしまった。
「おい、何してんだ?」
「あ、すばっち来るの遅かったねぇ」
「すばっちはやめろ」
「それがねぇ、かいちょーがまだ来てないらしくてカギ閉まったままになってるんですよぉ。すばっち、何か聞いてないんですかぁ?」
「え、ナガヤマ来てないのか」
それはおかしい。スバルは直観的にそう思った。
ナガヤマ・ユウイチはここ彩玉学園中学の生徒会長にしてスバルの幼馴染であり、また現在三年生になってからのクラスメイトである。彼はその日、放課となってからすぐに教室を出ていた。翌日に開催の迫った、文化祭準備の大詰めがあったからだ。
別れ際の彼と会話を交わしたのはつい二、三〇分前で、特に普段と変わった様子は見られなかった。スバルのよく知る彼なら、まず真っ先に生徒会室のカギを開けに来る筈である。生徒会室には今どき古めかしい南京錠がかかっていて、会長が所持するカギがないと何人たりとも入室できないのだ。
「すばっちこそ、なんで今日こんな遅れたんですかぁ? ヒカリは心配してましたぞ~」
「すばっちはやめろっつってるだろーが。オレのことはどうでも良いだろ」
本当は腹の調子が悪くてずっとトイレに籠っていたのだが、中学男子にとってしかもそれを女子の目の前で口にするのは公開処刑に等しく、スバルは黙秘することにする。
「ひょっとして、誰かを文化祭デートに誘ってた?」
「違う違う、なんでそうなる」
ツインテをぴょこぴょこ揺らして顔を覗いて来る小柄な女子に、スバルは辟易する。
ヒカリは基本的に生徒会のムードメーカーだ。明るい性格で人懐っこく、誰にでもあだ名をつけてくるが、男女隔てなく距離が近い上に大体ゆるかわモンスター風の変な命名をしてくるため、スバルは正直ちょっと苦手としている。
「それより、ナガヤマだよナガヤマ」
「さては、本当にデートするね?」
「だから違うっつーのに」
「そして、そのお相手は会長……」
「ガムテープでグルグル巻きにしてやろうか」
途端にきゃあきゃあ言って、ヒカリは他の女子の後ろに逃げ込んでしまう。スバルは頭痛がしてきた。これだからコイツは苦手だ。段々何の話だったか分からなくなってしまう。
「ねえ、それは別にどうでも良いんだけど」
遂には周囲にどうでも良いとさえ言われる始末。
口を開いたのは生徒会副会長で、同じく女子だが対照的に背が高くポーカーフェイス気味のダテだった。ヒカリと違って余計なお喋りをしないので、ああして隠れ蓑に使われても大概は無抵抗でいたりする。
「このままずっと会長が来なかったら最悪、明日の文化祭中止だとか今から言われる可能性もあるんじゃない? この学校、融通が効かないところあるしさ」
「うわ、マジでありそうで怖いな」
「例の書類も多分、まだ中にあるんだろうし」
ダテの指摘に、スバルは思わず顔をしかめる。
その日はそもそも、会議は手短に済ませて残りの時間はすべて、校内各所の手伝いに回す筈だった。極論、会議だけなら他の場所でやったって構わないのだ。
問題は、文化祭実施を承認する署名の入った重要書類を学校側から生徒会が預かっており、しかも現在それがおそらく、この生徒会室内にしまわれたままということである。この学校の文化祭は名目上「生徒主導の自主開催」扱いになっている。それを自分たちの名義で書かれた書類なら最低限自らの目でチェックしたい、という生徒会長ナガヤマの強い働きかけによって先日ようやく、学校側から預かることが叶ったのだ。
「書類を返すのは何時までだっけ?」
「たしか、夕方の五時ぐらいがタイムリミットじゃなかったかな」
ダテの言葉を聞いたスバルは、ポケットからそっとスマホを取り出し時間を確認する。その日は文化祭準備のため午前授業のみとなっていたから、残りは四時間ちょっとというところである。ナガヤマを見つける時間的余裕は、充分過ぎるぐらいだった。
ここ数か月、学校中も生徒会メンバーも、特に最近などは夜遅くまで居残って明日のために準備をしてきた。この期に及んで急遽中止などと言われる可能性を考えたくはないが、形式にうるさい学校だから万が一ということもあり得る。リスク回避のためにも、書類は何としても期限内に返却しておかないといけない。
「普通に電話しちゃえばいいんじゃないですかぁ?」
取り出されたスマホを見て、ヒカリが尤もなことを言ってくる。だがスバルは、敢えて首を横に振った。校内でのスマホ使用は原則禁止ということになっているため、無闇に使用すると危険の方が大きいというのが多くのメンバーの一致した見解だった。
「電話は、本当に最後の手段にしとこう」
と言いつつ、一応スバルはその場で会長宛に通話を試みてみる。一〇秒かそこらコールして応じる気配が無かったため、スバルは即座に発信を中断した。これ以上は、発せられた電波を感知して先生たちが何処から出現してくるか分からない。保護者を安心させるために持ち込みまでは許されているが、使っている瞬間を教師に目撃されようものなら、事情に拠らず余計に面倒なことになるのは目に見えて明らかだった。
「しょうがない、こうなったらもう二組に別れよう」
スバルは一同にそう提案した。
「半分は先に学校中を回って、飾りつけとかの手伝い。もう半分はナガヤマを探して、それが駄目でも何とか生徒会室に入る方法を見つける。どうかな」
「いいんじゃない、問題ないよね?」
副会長のダテが賛成してくれたことで特に反対が出ることも無く、スバルの案は満場一致で可決。生徒会長ナガヤマ・ユウイチ捜索隊が、ここに結成されることとなった。
「よーし、じゃあすばっちは当然、かいちょー探すメンバーだよね」
「え、そうなの」
「だって最後にかいちょーと会って話したの、すばっちでしょ」
言われてみればその通りだ。事件モノでは真っ先に疑われるような立場である。
「恋が暴走して会長を埋めちゃったとしても、すばっちを連れて歩いてればそのうち白状するかもしれないでしょ?」
「人聞きの悪いこと言わないで貰える!?」
「よーし、レッツラゴー!」
「聞け人の話を」
コイツ、明らかに楽しんでるなとスバルは思った。正直すぐにでも飾りつけグループに配置転換したかったが、ヒカリに早々に二の腕を掴まれてしまい逃げることは叶わなかった。
だがスバルの憂鬱は、この時点ではまだ余程平和的なものだった。そしてこれが、彩玉学園中学生徒会メンバーにとって、最も長い一日の始まりだったのである。
いやそれどころか、生徒会室に入ってすらいない。総勢一〇名ばかりがいるメンバーのほぼ全員が、入口前でたむろして何やら困った顔をしているのだ。
小言でも言われるかと思って身構えていたスバルだが、一転拍子抜けしてしまった。
「おい、何してんだ?」
「あ、すばっち来るの遅かったねぇ」
「すばっちはやめろ」
「それがねぇ、かいちょーがまだ来てないらしくてカギ閉まったままになってるんですよぉ。すばっち、何か聞いてないんですかぁ?」
「え、ナガヤマ来てないのか」
それはおかしい。スバルは直観的にそう思った。
ナガヤマ・ユウイチはここ彩玉学園中学の生徒会長にしてスバルの幼馴染であり、また現在三年生になってからのクラスメイトである。彼はその日、放課となってからすぐに教室を出ていた。翌日に開催の迫った、文化祭準備の大詰めがあったからだ。
別れ際の彼と会話を交わしたのはつい二、三〇分前で、特に普段と変わった様子は見られなかった。スバルのよく知る彼なら、まず真っ先に生徒会室のカギを開けに来る筈である。生徒会室には今どき古めかしい南京錠がかかっていて、会長が所持するカギがないと何人たりとも入室できないのだ。
「すばっちこそ、なんで今日こんな遅れたんですかぁ? ヒカリは心配してましたぞ~」
「すばっちはやめろっつってるだろーが。オレのことはどうでも良いだろ」
本当は腹の調子が悪くてずっとトイレに籠っていたのだが、中学男子にとってしかもそれを女子の目の前で口にするのは公開処刑に等しく、スバルは黙秘することにする。
「ひょっとして、誰かを文化祭デートに誘ってた?」
「違う違う、なんでそうなる」
ツインテをぴょこぴょこ揺らして顔を覗いて来る小柄な女子に、スバルは辟易する。
ヒカリは基本的に生徒会のムードメーカーだ。明るい性格で人懐っこく、誰にでもあだ名をつけてくるが、男女隔てなく距離が近い上に大体ゆるかわモンスター風の変な命名をしてくるため、スバルは正直ちょっと苦手としている。
「それより、ナガヤマだよナガヤマ」
「さては、本当にデートするね?」
「だから違うっつーのに」
「そして、そのお相手は会長……」
「ガムテープでグルグル巻きにしてやろうか」
途端にきゃあきゃあ言って、ヒカリは他の女子の後ろに逃げ込んでしまう。スバルは頭痛がしてきた。これだからコイツは苦手だ。段々何の話だったか分からなくなってしまう。
「ねえ、それは別にどうでも良いんだけど」
遂には周囲にどうでも良いとさえ言われる始末。
口を開いたのは生徒会副会長で、同じく女子だが対照的に背が高くポーカーフェイス気味のダテだった。ヒカリと違って余計なお喋りをしないので、ああして隠れ蓑に使われても大概は無抵抗でいたりする。
「このままずっと会長が来なかったら最悪、明日の文化祭中止だとか今から言われる可能性もあるんじゃない? この学校、融通が効かないところあるしさ」
「うわ、マジでありそうで怖いな」
「例の書類も多分、まだ中にあるんだろうし」
ダテの指摘に、スバルは思わず顔をしかめる。
その日はそもそも、会議は手短に済ませて残りの時間はすべて、校内各所の手伝いに回す筈だった。極論、会議だけなら他の場所でやったって構わないのだ。
問題は、文化祭実施を承認する署名の入った重要書類を学校側から生徒会が預かっており、しかも現在それがおそらく、この生徒会室内にしまわれたままということである。この学校の文化祭は名目上「生徒主導の自主開催」扱いになっている。それを自分たちの名義で書かれた書類なら最低限自らの目でチェックしたい、という生徒会長ナガヤマの強い働きかけによって先日ようやく、学校側から預かることが叶ったのだ。
「書類を返すのは何時までだっけ?」
「たしか、夕方の五時ぐらいがタイムリミットじゃなかったかな」
ダテの言葉を聞いたスバルは、ポケットからそっとスマホを取り出し時間を確認する。その日は文化祭準備のため午前授業のみとなっていたから、残りは四時間ちょっとというところである。ナガヤマを見つける時間的余裕は、充分過ぎるぐらいだった。
ここ数か月、学校中も生徒会メンバーも、特に最近などは夜遅くまで居残って明日のために準備をしてきた。この期に及んで急遽中止などと言われる可能性を考えたくはないが、形式にうるさい学校だから万が一ということもあり得る。リスク回避のためにも、書類は何としても期限内に返却しておかないといけない。
「普通に電話しちゃえばいいんじゃないですかぁ?」
取り出されたスマホを見て、ヒカリが尤もなことを言ってくる。だがスバルは、敢えて首を横に振った。校内でのスマホ使用は原則禁止ということになっているため、無闇に使用すると危険の方が大きいというのが多くのメンバーの一致した見解だった。
「電話は、本当に最後の手段にしとこう」
と言いつつ、一応スバルはその場で会長宛に通話を試みてみる。一〇秒かそこらコールして応じる気配が無かったため、スバルは即座に発信を中断した。これ以上は、発せられた電波を感知して先生たちが何処から出現してくるか分からない。保護者を安心させるために持ち込みまでは許されているが、使っている瞬間を教師に目撃されようものなら、事情に拠らず余計に面倒なことになるのは目に見えて明らかだった。
「しょうがない、こうなったらもう二組に別れよう」
スバルは一同にそう提案した。
「半分は先に学校中を回って、飾りつけとかの手伝い。もう半分はナガヤマを探して、それが駄目でも何とか生徒会室に入る方法を見つける。どうかな」
「いいんじゃない、問題ないよね?」
副会長のダテが賛成してくれたことで特に反対が出ることも無く、スバルの案は満場一致で可決。生徒会長ナガヤマ・ユウイチ捜索隊が、ここに結成されることとなった。
「よーし、じゃあすばっちは当然、かいちょー探すメンバーだよね」
「え、そうなの」
「だって最後にかいちょーと会って話したの、すばっちでしょ」
言われてみればその通りだ。事件モノでは真っ先に疑われるような立場である。
「恋が暴走して会長を埋めちゃったとしても、すばっちを連れて歩いてればそのうち白状するかもしれないでしょ?」
「人聞きの悪いこと言わないで貰える!?」
「よーし、レッツラゴー!」
「聞け人の話を」
コイツ、明らかに楽しんでるなとスバルは思った。正直すぐにでも飾りつけグループに配置転換したかったが、ヒカリに早々に二の腕を掴まれてしまい逃げることは叶わなかった。
だがスバルの憂鬱は、この時点ではまだ余程平和的なものだった。そしてこれが、彩玉学園中学生徒会メンバーにとって、最も長い一日の始まりだったのである。
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