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第一章 Dahlia
Prologue はざまの森
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かさり、かさり。一歩進むごとに、足の下で落ち葉が鳴る。
この音を聞きながら、もうどれくらい歩いただろう。今いる場所も、時間もよく分からない。日の光が入らない森の中は薄暗くて、少し明るくて、空気はひんやり冷たくて、時折あたたかい風が吹いて、日常とは別の世界なのだと思えてくる。地面から立ち上る湿った匂い。木々が揺れて軋み、枝や葉が擦れ合う音だけが降ってくる。鳥はいないのだろうか、鳴き声は聞こえない。
見渡す限り緑、そして茶色。その二色の中にただ一つ、迷子になった陽光の欠片のような、金色が揺れていた。
かさり、かさり。小枝がぱきりと音を立て、靴から覗いた足首を刺す。
金髪の娘がたった一人、森の中を歩いていた。娘は何かを探すようにきょろきょろ辺りを見回しながら、歩みを止めることなく進み続けた。さして厚くもない上着を羽織ったきりで、荷物ひとつ持たず、その手には灯りもない。まだ雪は降らぬ季節とはいえ、日暮れの早い森を歩く格好ではない。
それでも娘は、道を失い迷っている様子でもなければ、疲れ果て命を捨てに来たという表情でもなかった。村の中で、ちょっとした落とし物を探している、それと変わらぬ様子で娘はただ歩いていた。
かさり、かさり。頭上を羽音が通りすぎ、娘はびくりと肩をすくめた。
森の中を延々と歩き続けて、足の感覚はどこかへ行ってしまった。息が少し上がっている。ひたすら続く森を映す瞳が陰り、娘はふと下を向く。止まらない足音はわずかに、しかし確実に間が開きつつあった。娘の胸にざわりと焦りが生まれる。もしこのまま日が暮れて、闇の中に迷い込んでしまったら……?
その時、頬を撫でていった風に娘は顔を上げた。森を満たす緑と土の匂いの中、ほんのわずかだが、何か香ばしい匂いがした。誰かが火を焚いている。思わず足が早まる。木立の向こうには灯りまで見える。
間違いない。ここが、彼女がずっと探していた場所だ。そうに決まっている。灯りに向かって走る。気付けば、足の下には道らしきものが見えていた。並木がふっつりと途切れ、視界が開けた。空が見える。
森の中にぽっかり空いた草地の真ん中に、小さな家がぽつんと建っていた。
「おや、お客さんとは珍しい」
小屋の戸が開く。籠を抱えて出てきた人物が、段の上から娘を見下ろしていた。
夕暮れの光に染め上げられたような……いや、もっと濃い、鮮血そのもののような濃い赤色の髪。項できっちりとまとめて束ねられた髪が、艶やかに肩に垂れていた。その髪と同じ色の目で、娘をじっと見る。すっと切れ長の目に色白の肌は、まるで繊細に作られた人形のように美しく、整って冷たくさえ見えそうなほど。しかしその視線は、威圧し見定めるようなものではなく、もっと穏やかで、静かだった。
「……あなたが、赤い魔法使い?」
震える声で尋ねた娘に、その人物は柔らかく微笑んだ。
「いかにも、この近くの里の者たちは私をそう呼ぶ。さあ、立ちなさい。何用か知らないが、こんな土の上にへたり込んだままする話はないだろう」
魔法使いはすたすたと娘に歩み寄ると、ひょいと屈んで彼女の手を掴み、引っ張り起こした。細くしなやかな指は見た目よりもたくましく、さらりと乾いた、あたたかい手だった。
「丁度お茶の時間だ。あんたを魔法使いのお茶会に招待しよう」
この音を聞きながら、もうどれくらい歩いただろう。今いる場所も、時間もよく分からない。日の光が入らない森の中は薄暗くて、少し明るくて、空気はひんやり冷たくて、時折あたたかい風が吹いて、日常とは別の世界なのだと思えてくる。地面から立ち上る湿った匂い。木々が揺れて軋み、枝や葉が擦れ合う音だけが降ってくる。鳥はいないのだろうか、鳴き声は聞こえない。
見渡す限り緑、そして茶色。その二色の中にただ一つ、迷子になった陽光の欠片のような、金色が揺れていた。
かさり、かさり。小枝がぱきりと音を立て、靴から覗いた足首を刺す。
金髪の娘がたった一人、森の中を歩いていた。娘は何かを探すようにきょろきょろ辺りを見回しながら、歩みを止めることなく進み続けた。さして厚くもない上着を羽織ったきりで、荷物ひとつ持たず、その手には灯りもない。まだ雪は降らぬ季節とはいえ、日暮れの早い森を歩く格好ではない。
それでも娘は、道を失い迷っている様子でもなければ、疲れ果て命を捨てに来たという表情でもなかった。村の中で、ちょっとした落とし物を探している、それと変わらぬ様子で娘はただ歩いていた。
かさり、かさり。頭上を羽音が通りすぎ、娘はびくりと肩をすくめた。
森の中を延々と歩き続けて、足の感覚はどこかへ行ってしまった。息が少し上がっている。ひたすら続く森を映す瞳が陰り、娘はふと下を向く。止まらない足音はわずかに、しかし確実に間が開きつつあった。娘の胸にざわりと焦りが生まれる。もしこのまま日が暮れて、闇の中に迷い込んでしまったら……?
その時、頬を撫でていった風に娘は顔を上げた。森を満たす緑と土の匂いの中、ほんのわずかだが、何か香ばしい匂いがした。誰かが火を焚いている。思わず足が早まる。木立の向こうには灯りまで見える。
間違いない。ここが、彼女がずっと探していた場所だ。そうに決まっている。灯りに向かって走る。気付けば、足の下には道らしきものが見えていた。並木がふっつりと途切れ、視界が開けた。空が見える。
森の中にぽっかり空いた草地の真ん中に、小さな家がぽつんと建っていた。
「おや、お客さんとは珍しい」
小屋の戸が開く。籠を抱えて出てきた人物が、段の上から娘を見下ろしていた。
夕暮れの光に染め上げられたような……いや、もっと濃い、鮮血そのもののような濃い赤色の髪。項できっちりとまとめて束ねられた髪が、艶やかに肩に垂れていた。その髪と同じ色の目で、娘をじっと見る。すっと切れ長の目に色白の肌は、まるで繊細に作られた人形のように美しく、整って冷たくさえ見えそうなほど。しかしその視線は、威圧し見定めるようなものではなく、もっと穏やかで、静かだった。
「……あなたが、赤い魔法使い?」
震える声で尋ねた娘に、その人物は柔らかく微笑んだ。
「いかにも、この近くの里の者たちは私をそう呼ぶ。さあ、立ちなさい。何用か知らないが、こんな土の上にへたり込んだままする話はないだろう」
魔法使いはすたすたと娘に歩み寄ると、ひょいと屈んで彼女の手を掴み、引っ張り起こした。細くしなやかな指は見た目よりもたくましく、さらりと乾いた、あたたかい手だった。
「丁度お茶の時間だ。あんたを魔法使いのお茶会に招待しよう」
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