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第一章 Dahlia
6 魂の世界
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動物の姿も気配もない。風の音も聞こえない。自分たちが発したはずの足音や衣擦れの音まで、どこかへ吸い込まれるように消えていく。
暗闇の中、魔法使いの掲げる灯りだけを頼りに、三人と一匹と一羽は「魂の世界」を進んでいく。
森の木々の代わりに、辺りには光を反射する大きな宝石の結晶や、うっすらと光を放つ石がごろごろと転がっている。ダリアが抱えても持ち上がらないような大きなものから、樹木のように地面から上へと伸びているものや、チコリの手のひらサイズのものまで、大きさも色も様々な石たち。
それらは、ダリアをじっと見ていた。
「魔法使い、さん……」
やっとの声で囁くと、魔法使いからも小声で答えが返ってきた。
「どうした。大丈夫かい」
「私、石に見られている気がするんです」
ダリアの言葉に、モナルダは一瞬とても驚いたように彼女の顔を見つめた。そして、にこりと微笑む。
「あんた、良いものを持ってるね。その感覚……それは、精霊の存在を感じ取れているんだよ」
「精霊を?」
「ああ。これらは全て、精霊の宿っているものたちだ。石だけじゃない。姿は見えなくても、そこら中に精霊たちがいる。あんたはそいつらを感じているんだよ」
ダリアは、改めて辺りを見回した。彼女は農村の娘だ。畑で、森で、生き生きとした草木の目に見えぬ生命を感じ取れる感覚なら、なんとなく分かる気がした。でも、今感じているのはそれとは全く違う。生命の気配ではない。冷たく、硬い、どこかよそよそしい「意識」の気配だった。
「精霊は命ではないからね。……怖がらなくていいよ。精霊たちはただ見ているだけ。何も悪いことはしてこないよ」
優しく言うモナルダの言葉は、本当にダリアを安心させようとしてくれていることが分かった。光を放つ杖を手に導く魔法使いの姿はとても頼もしく、ダリアは自然と恐ろしさが薄れていくのを感じた。こくりと頷いたダリアに、モナルダは少し微笑んだ。
「……ダリア、あんた案外いい魔法使いになれるかも知れないね」
その言葉に驚いて問い返す間もなく、モナルダは不意に真剣な表情になって告げた。
「ここからは、あんたの出番だよ」
「私?」
「あんたの石を探すのは、あんた自身だ。私はこの世界へ来るための手助けをしただけ。あんたの魂の声は、あんた自身にしか聞こえないんだよ」
モナルダは腰に下げていた物入れから、細い紐の結ばれた小瓶をふたつ取り出した。それをひとつ、そっとダリアの手に握らせる。そしてもうひとつを己の杖の先にくくりつけた。
小瓶の中には、きらきらと光を受けて輝く小さな石のかけらと、黄色い花弁が入っていた。
「これ、何ですか?」
「道標だ。あんたがあんたの魂を見つけるため、そして元の世界へ戻るためのね。これを握って、求めるものを心に思い浮かべれば、あんたの行くべき道が分かる。その思うままに行くといい。……あとの事は何も心配しなくていい。ふたつの小瓶はまじないで繋いであるから、離れてもあんたは私を見つけられるし、私もあんたを見つけられる。私がちゃんと連れ帰ってやるさ」
頼もしく微笑む魔法使いに背中を押される思いで、ダリアはしっかりと頷いた。
「行きなさい、ダリア。あんたの心を信じて」
何も見えない、闇。自分の足元さえ見えない。足音や衣擦れの音までも聞こえず、次第に足の裏の地面の感覚すら曖昧になってくる。自分が上を向いているのか、下を向いているのか、落ちているのか、上っているのか、前へ進んでいるのか、後ろへ戻っているのか、全てがよく分からなかった。
分かるのはただひとつ、手の中の小瓶の感触だけ。
(これを握って、求めるものを心に思い浮かべれば、行くべき道が分かる)
モナルダの言葉を反芻して、ダリアはひたすらに歩いていた。
(求めるもの……私の、守り石。形も、大きさも、色さえも覚えていない、私の魂の片割れ。ごめんね、割ってしまって。もう失ったりしないから……だから、応えて。お願い)
胸の中で呼び掛ける。繰り返すうちに、ダリアの耳に微かな声が聞こえた。
「……――ア」
「誰?」
思わず聞き返した。確かに声が聞こえる。でも、はっきりした言葉には聞こえない。でも、自分を呼んでいるのだと、何故か分かった。
「どこにいるの?」
「――――……」
呼びかける。また、声が聞こえる。ダリアの足が早まった。行かなくちゃ、私を呼んでくれている。
聞こえる声は、どこか懐かしいような気がした。母の声に似ているかも知れないとダリアは思った。いや、姉かも知れない。兄かも知れない。もしかしたら、声も覚えていない父なのかも知れない。
いや、違う。この声は、きっと……
「私……?」
「――――……」
声が応える。ダリアは駆け出していた。闇の中だけれど、呼ばれている方向は不思議にはっきりと分かって、彼女の足取りに迷いはなかった。
「あなたは……私は……」
闇の向こうに、ぽっぽっと金色の灯りが現れた。星のように煌めき、揺れ、くるくると回って笑う灯りが、ダリアを呼んでいた。
手の中の小瓶をぎゅっと握る。
「――リア、こっち……」
「ダリア――!」
思い切り、手を伸ばした。
指先に触れたぬくもりを確かに掴んだ。と思ったその瞬間、ダリアは真っ暗闇の中を落下するのを感じた――。
暗闇の中、魔法使いの掲げる灯りだけを頼りに、三人と一匹と一羽は「魂の世界」を進んでいく。
森の木々の代わりに、辺りには光を反射する大きな宝石の結晶や、うっすらと光を放つ石がごろごろと転がっている。ダリアが抱えても持ち上がらないような大きなものから、樹木のように地面から上へと伸びているものや、チコリの手のひらサイズのものまで、大きさも色も様々な石たち。
それらは、ダリアをじっと見ていた。
「魔法使い、さん……」
やっとの声で囁くと、魔法使いからも小声で答えが返ってきた。
「どうした。大丈夫かい」
「私、石に見られている気がするんです」
ダリアの言葉に、モナルダは一瞬とても驚いたように彼女の顔を見つめた。そして、にこりと微笑む。
「あんた、良いものを持ってるね。その感覚……それは、精霊の存在を感じ取れているんだよ」
「精霊を?」
「ああ。これらは全て、精霊の宿っているものたちだ。石だけじゃない。姿は見えなくても、そこら中に精霊たちがいる。あんたはそいつらを感じているんだよ」
ダリアは、改めて辺りを見回した。彼女は農村の娘だ。畑で、森で、生き生きとした草木の目に見えぬ生命を感じ取れる感覚なら、なんとなく分かる気がした。でも、今感じているのはそれとは全く違う。生命の気配ではない。冷たく、硬い、どこかよそよそしい「意識」の気配だった。
「精霊は命ではないからね。……怖がらなくていいよ。精霊たちはただ見ているだけ。何も悪いことはしてこないよ」
優しく言うモナルダの言葉は、本当にダリアを安心させようとしてくれていることが分かった。光を放つ杖を手に導く魔法使いの姿はとても頼もしく、ダリアは自然と恐ろしさが薄れていくのを感じた。こくりと頷いたダリアに、モナルダは少し微笑んだ。
「……ダリア、あんた案外いい魔法使いになれるかも知れないね」
その言葉に驚いて問い返す間もなく、モナルダは不意に真剣な表情になって告げた。
「ここからは、あんたの出番だよ」
「私?」
「あんたの石を探すのは、あんた自身だ。私はこの世界へ来るための手助けをしただけ。あんたの魂の声は、あんた自身にしか聞こえないんだよ」
モナルダは腰に下げていた物入れから、細い紐の結ばれた小瓶をふたつ取り出した。それをひとつ、そっとダリアの手に握らせる。そしてもうひとつを己の杖の先にくくりつけた。
小瓶の中には、きらきらと光を受けて輝く小さな石のかけらと、黄色い花弁が入っていた。
「これ、何ですか?」
「道標だ。あんたがあんたの魂を見つけるため、そして元の世界へ戻るためのね。これを握って、求めるものを心に思い浮かべれば、あんたの行くべき道が分かる。その思うままに行くといい。……あとの事は何も心配しなくていい。ふたつの小瓶はまじないで繋いであるから、離れてもあんたは私を見つけられるし、私もあんたを見つけられる。私がちゃんと連れ帰ってやるさ」
頼もしく微笑む魔法使いに背中を押される思いで、ダリアはしっかりと頷いた。
「行きなさい、ダリア。あんたの心を信じて」
何も見えない、闇。自分の足元さえ見えない。足音や衣擦れの音までも聞こえず、次第に足の裏の地面の感覚すら曖昧になってくる。自分が上を向いているのか、下を向いているのか、落ちているのか、上っているのか、前へ進んでいるのか、後ろへ戻っているのか、全てがよく分からなかった。
分かるのはただひとつ、手の中の小瓶の感触だけ。
(これを握って、求めるものを心に思い浮かべれば、行くべき道が分かる)
モナルダの言葉を反芻して、ダリアはひたすらに歩いていた。
(求めるもの……私の、守り石。形も、大きさも、色さえも覚えていない、私の魂の片割れ。ごめんね、割ってしまって。もう失ったりしないから……だから、応えて。お願い)
胸の中で呼び掛ける。繰り返すうちに、ダリアの耳に微かな声が聞こえた。
「……――ア」
「誰?」
思わず聞き返した。確かに声が聞こえる。でも、はっきりした言葉には聞こえない。でも、自分を呼んでいるのだと、何故か分かった。
「どこにいるの?」
「――――……」
呼びかける。また、声が聞こえる。ダリアの足が早まった。行かなくちゃ、私を呼んでくれている。
聞こえる声は、どこか懐かしいような気がした。母の声に似ているかも知れないとダリアは思った。いや、姉かも知れない。兄かも知れない。もしかしたら、声も覚えていない父なのかも知れない。
いや、違う。この声は、きっと……
「私……?」
「――――……」
声が応える。ダリアは駆け出していた。闇の中だけれど、呼ばれている方向は不思議にはっきりと分かって、彼女の足取りに迷いはなかった。
「あなたは……私は……」
闇の向こうに、ぽっぽっと金色の灯りが現れた。星のように煌めき、揺れ、くるくると回って笑う灯りが、ダリアを呼んでいた。
手の中の小瓶をぎゅっと握る。
「――リア、こっち……」
「ダリア――!」
思い切り、手を伸ばした。
指先に触れたぬくもりを確かに掴んだ。と思ったその瞬間、ダリアは真っ暗闇の中を落下するのを感じた――。
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