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第二章 Viola
1 森の来訪者
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「これでよし、と」
ダリアは書いたばかりの手紙をさっと読み返すと、小さな包みを蝋で貼りつけてから丁寧に細く丸めた。留め紐は何色にしようか、机の端に置いた物入れを暫し眺めて、この間教えてもらって自分で染めた茜の糸を手に取る。結び目に蝋を垂らせば、しっかりと封ができた。この森から村までの長い道のりも安心だ。
ダリアは部屋を飛び出して、ばたばたと階段を駆け下りた。
「モナルダさーん、いますかー?」
踊り場から顔を出すと、居間にはいつものように暖炉の前でじゃれるソホとチコリ、そして、すっかり旅装を整えた魔法使いの姿があった。
「手紙は書けたのかい」
「はい、お待たせしてごめんなさい」
ダリアが差し出した手紙をモナルダが受け取る。と、その肩に止まっていた青い小鳥が、まるで待ちきれないとでも言うように手紙へと飛び移った。モナルダはその小さな頭を指で軽く撫でる。
「やり方を覚えたら、私の留守中にも自由にアイを使って良いからね。……ほら、やってごらん。ここに指を乗せて」
モナルダの言う通りに、ダリアは小鳥の頭にそっと人差し指を乗せる。宝石の瞳が優しくダリアを見上げる。木彫りの体はつるりと滑らかで、不思議とほんのりあたたかかった。
「まずは、あんたの村を思い浮かべて。できれば鳥になったような気持ちで、空から見た風景を」
ダリアは、モナルダの声を聞きながらそっと目を閉じた。
私の村……森の端に埋もれそうな、小さな村。生まれてから一六年も過ごして、今でもはっきりと思い浮かべられる。森の緑に連なるように、田畑の鮮やかな緑が広がり、その中にぽつりぽつりと家がある。この季節はもう刈り入れも終えて、どこも丸裸だけれど。
「そうそう、そこからだんだんと近付いて、あんたの届けたい人の姿を思ってごらん。顔や、背格好、髪の色、目、それと声も、できるだけたくさん。アイがその人を見つける手懸かりになるからね」
(……お姉ちゃん)
意識して見たことがないほど目に馴染んだ姉の顔。髪と目の色は私と同じ。だけど、ほっぺたが丸くて目が少し細い。背は私より少し高くて、少しふくよかで、優しく落ち着いた明るい声で、よく笑う……
「よし、お行き」
モナルダの強い声にハッと目を開ける。
青い小鳥が、力強く羽ばたいて窓から空へと舞い上がっていった。
「これで、探せるんですか?」
「ああ、大丈夫。アイがあんたの思い浮かべたものを覚えたからね、ちゃんと探せるよ。それに、次からはこんなに細かく伝えなくても通じるようになるよ」
「すごい……」
ダリアは窓辺に駆け寄る。そうしてしばらくの間、目を輝かせて、空へと溶けていく小鳥の姿を見送っていた。
と、ダリアが不意に視線を落とし、何かに気付いた。
「どうした?」
「モナルダさん、あそこ……森の中から、誰か出てきました。お客様でしょうか」
ダリアは玄関に回り、扉を開けた。
森の中へと延びる小道の入り口に、女性が一人立っていた。くすんだ金髪を後ろで束ね、年頃はダリアの姉と同じくらいだろうか。驚いたように立ちすくんで家を見上げていた。
「こんなところに……こんな森の奥に、家が……」
「あの、こんにちは、お客様ですか?」
声をかけたダリアを見つめる焦げ茶色の瞳は、少し怯えているようでもあった。何しろここは「はざまの森」、人間の世界と精霊の世界の間にあり、精霊たちや魔法使いが住むという場所だ、無理もない。
「あなた、魔法使いなの?」
「いいえ、私は見習いです。魔法使いは、あそこに」
ダリアが示す方に彼女も視線を向け、そして息を飲んだ。玄関の前から様子を見ていた「魔法使い」は、旅装の大きなフードをすっぽりかぶって立っていた。髪色どころか表情も伺い知ることのできないその姿は、本当に人間なのかと見る者を疑わせるほど。モナルダはゆっくりと段を降り、女性へと歩み寄る。
「お客さんとは珍しい。しかもこんな季節に。私に、何かお望みかい?」
「いいえ! わ、わたしは……わたしは、魔法使いを訪ねて来たんじゃないんです。ただ、道に迷っただけで」
女性はおどおどと目を伏せ、逃げ出そうとするように半歩あとずさった。
「わたし、シュイエの町に行く途中で、いつもはちゃんと街道を使うんだけど、急いでいて森を抜けようと思って、そうしたら迷ってしまったみたいで……ごめんなさい」
「謝ることじゃないよ。怖がらせたのなら悪かった、そんなに怯えないでおくれ。取って食いやしないよ」
モナルダはくすくす笑う。相変わらずフードはかぶったままだが、笑ったのを見た女性は少しほっとした様子で肩の力を抜いた。
「その町ならここから南に進めばもうすぐだよ。私もこれから行くところさ。良ければ送っていこうか?」
魔法使いの申し出に、女性は目を見開いて顔を上げた。
「い……良いんですか?」
「行き先が同じなら道も同じ、ものはついでさ。それに、南へまっすぐとはいえ道もない森だ、慣れない者は迷いやすいからね」
「ありがとうございます!」
深く頭を下げる女性。モナルダは優しく頷くと、ダリアに向き直った。
「じゃあダリア、留守を頼むよ」
「はい!」
「チィたちも、頼んだよ!」
家へ向かって声を張ると、ソホと並んで窓から様子を伺っていたチコリも大きく手を振るのが見えた。
「いってらっしゃーい!」
小さな荷車を引く魔法使いと、それを慌てて追いかける女性。二人の後ろ姿はやがて木立の向こうへと見えなくなった。
ダリアは書いたばかりの手紙をさっと読み返すと、小さな包みを蝋で貼りつけてから丁寧に細く丸めた。留め紐は何色にしようか、机の端に置いた物入れを暫し眺めて、この間教えてもらって自分で染めた茜の糸を手に取る。結び目に蝋を垂らせば、しっかりと封ができた。この森から村までの長い道のりも安心だ。
ダリアは部屋を飛び出して、ばたばたと階段を駆け下りた。
「モナルダさーん、いますかー?」
踊り場から顔を出すと、居間にはいつものように暖炉の前でじゃれるソホとチコリ、そして、すっかり旅装を整えた魔法使いの姿があった。
「手紙は書けたのかい」
「はい、お待たせしてごめんなさい」
ダリアが差し出した手紙をモナルダが受け取る。と、その肩に止まっていた青い小鳥が、まるで待ちきれないとでも言うように手紙へと飛び移った。モナルダはその小さな頭を指で軽く撫でる。
「やり方を覚えたら、私の留守中にも自由にアイを使って良いからね。……ほら、やってごらん。ここに指を乗せて」
モナルダの言う通りに、ダリアは小鳥の頭にそっと人差し指を乗せる。宝石の瞳が優しくダリアを見上げる。木彫りの体はつるりと滑らかで、不思議とほんのりあたたかかった。
「まずは、あんたの村を思い浮かべて。できれば鳥になったような気持ちで、空から見た風景を」
ダリアは、モナルダの声を聞きながらそっと目を閉じた。
私の村……森の端に埋もれそうな、小さな村。生まれてから一六年も過ごして、今でもはっきりと思い浮かべられる。森の緑に連なるように、田畑の鮮やかな緑が広がり、その中にぽつりぽつりと家がある。この季節はもう刈り入れも終えて、どこも丸裸だけれど。
「そうそう、そこからだんだんと近付いて、あんたの届けたい人の姿を思ってごらん。顔や、背格好、髪の色、目、それと声も、できるだけたくさん。アイがその人を見つける手懸かりになるからね」
(……お姉ちゃん)
意識して見たことがないほど目に馴染んだ姉の顔。髪と目の色は私と同じ。だけど、ほっぺたが丸くて目が少し細い。背は私より少し高くて、少しふくよかで、優しく落ち着いた明るい声で、よく笑う……
「よし、お行き」
モナルダの強い声にハッと目を開ける。
青い小鳥が、力強く羽ばたいて窓から空へと舞い上がっていった。
「これで、探せるんですか?」
「ああ、大丈夫。アイがあんたの思い浮かべたものを覚えたからね、ちゃんと探せるよ。それに、次からはこんなに細かく伝えなくても通じるようになるよ」
「すごい……」
ダリアは窓辺に駆け寄る。そうしてしばらくの間、目を輝かせて、空へと溶けていく小鳥の姿を見送っていた。
と、ダリアが不意に視線を落とし、何かに気付いた。
「どうした?」
「モナルダさん、あそこ……森の中から、誰か出てきました。お客様でしょうか」
ダリアは玄関に回り、扉を開けた。
森の中へと延びる小道の入り口に、女性が一人立っていた。くすんだ金髪を後ろで束ね、年頃はダリアの姉と同じくらいだろうか。驚いたように立ちすくんで家を見上げていた。
「こんなところに……こんな森の奥に、家が……」
「あの、こんにちは、お客様ですか?」
声をかけたダリアを見つめる焦げ茶色の瞳は、少し怯えているようでもあった。何しろここは「はざまの森」、人間の世界と精霊の世界の間にあり、精霊たちや魔法使いが住むという場所だ、無理もない。
「あなた、魔法使いなの?」
「いいえ、私は見習いです。魔法使いは、あそこに」
ダリアが示す方に彼女も視線を向け、そして息を飲んだ。玄関の前から様子を見ていた「魔法使い」は、旅装の大きなフードをすっぽりかぶって立っていた。髪色どころか表情も伺い知ることのできないその姿は、本当に人間なのかと見る者を疑わせるほど。モナルダはゆっくりと段を降り、女性へと歩み寄る。
「お客さんとは珍しい。しかもこんな季節に。私に、何かお望みかい?」
「いいえ! わ、わたしは……わたしは、魔法使いを訪ねて来たんじゃないんです。ただ、道に迷っただけで」
女性はおどおどと目を伏せ、逃げ出そうとするように半歩あとずさった。
「わたし、シュイエの町に行く途中で、いつもはちゃんと街道を使うんだけど、急いでいて森を抜けようと思って、そうしたら迷ってしまったみたいで……ごめんなさい」
「謝ることじゃないよ。怖がらせたのなら悪かった、そんなに怯えないでおくれ。取って食いやしないよ」
モナルダはくすくす笑う。相変わらずフードはかぶったままだが、笑ったのを見た女性は少しほっとした様子で肩の力を抜いた。
「その町ならここから南に進めばもうすぐだよ。私もこれから行くところさ。良ければ送っていこうか?」
魔法使いの申し出に、女性は目を見開いて顔を上げた。
「い……良いんですか?」
「行き先が同じなら道も同じ、ものはついでさ。それに、南へまっすぐとはいえ道もない森だ、慣れない者は迷いやすいからね」
「ありがとうございます!」
深く頭を下げる女性。モナルダは優しく頷くと、ダリアに向き直った。
「じゃあダリア、留守を頼むよ」
「はい!」
「チィたちも、頼んだよ!」
家へ向かって声を張ると、ソホと並んで窓から様子を伺っていたチコリも大きく手を振るのが見えた。
「いってらっしゃーい!」
小さな荷車を引く魔法使いと、それを慌てて追いかける女性。二人の後ろ姿はやがて木立の向こうへと見えなくなった。
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