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第二章 Viola
3 宿場町の再会
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翌日の昼下がり。いつもの用事を終えたモナルダは、空になった荷車を引きながら、屋台の並ぶ町を歩いていた。
宿場町の大通りは今日も賑やかだ。町から町へ、国から国へとつながる街道の要所であるこの町には、様々な人が集まる。商人や買い物客はもちろん、傭兵や吟遊詩人のような流れ者たち、そしてそんな旅人を相手に商売をしようとする者たち。旅装の者も多く、フードをかぶったままのモナルダも全く目立たない。だから楽だった。
(さて、何を買って帰ろうか)
いつも町へ来ると、留守番をしているチコリに土産を買って帰るのが習慣になっていた。今回はダリアもいる。どんなものが喜ばれるか考えながらゆっくりと歩き、店先を眺めていた。
(どうせなら町でしか手に入らないようなものが良いだろう。菓子か、置物か、服というのもいいね……ああ、日頃使う道具にもこんな可愛らしいものもあるんだね。それとも髪飾りや身に付けるものの方が良いのかな。どうも若い娘さんの好むものや、流行りのものはよく分からない)
立ち並ぶ店はあまりにも色とりどりで、迷ったモナルダはやれやれと肩をすくめる。けれど、こういう迷いは楽しいものだった。
と、唐突にマントを引っ張られる感覚があり、モナルダは身構えて振り向いた。
「魔法使いさん……」
「あんた、昨日の」
モナルダは見覚えのある顔にふっと肩の力を抜く。マントの裾を握り、魔法使いを小声で呼び止めたのは、昨日森で同行したパンジーと名乗る女性だった。彼女は切羽詰まった様子でモナルダを見つめ、小声のまま言った。
「お願いがあるんです! お願い……ビオラを、わたしの友達を助けてください!」
パンジーに連れられてモナルダがたどり着いたのは、表通りから少し離れた細い路地だった。簡素で小さな家々が並ぶここは、どうやらこの宿場町で商売をする人々が暮らしているらしい。昼間は殆どの住人が出掛けているのだろう、人気はなく静まり返っていた。
「……先に、少し話を聞かせてもらってもいいかい?」
モナルダが口を開く。パンジーは険しい表情で黙ったまま、立ち止まってこくりと頷いた。
「助けてほしいって、あんたが会いに来たっていう友達に、何かあったのかい?」
「ええ。……この前の手紙をもらった時から何かおかしいと思っていたんですけど、あの子、病気みたいなんです。それなのに無理して隠そうとしている」
「待っておくれ。風邪薬を煎じるくらいならともかく、病は私の領分じゃないよ。きちんと医者にみせるのが筋だろう」
「それは……そうなんですけど」
パンジーは口ごもって俯いた。暫しの躊躇の後、彼女は泣きそうに潤んだ目でモナルダを見上げた。
「もうお医者様にはみてもらってるみたいで……もう、お医者様の領分じゃないみたいなんです」
「……」
咄嗟にモナルダも何も言うことができなかった。医者の手に負えず、魔法使いにすがるしかないということは、もうその者の命は奇跡でも起こらなければ助からないということだ。モナルダも、今までにも何度かそういう者と出会ったことがある。けれど大体は体の弱い老人たちや幼い子どもたちだった。パンジーのような若い者はまず見ない。本人たちにとっても気持ちが収まらず、どんなにつらいことだろう。
パンジーは小声のままぽつりぽつりと話し始めた。
「あの子……ビオラは、すごく強い子なんです。昔から負けん気が強くて、喧嘩だって誰にでも負けずに食らいついて、泣き虫なわたしとは全然違って明るくて、わたしはビオラにずっと助けてもらっていました。たとえどんなことがあっても、大丈夫って笑って言うんです。それがあの子の口癖で……。それなのに今回だけは、笑おうとして、でも泣きそうな顔で「大丈夫じゃないかも」って言ったんです。あんな顔、初めて見た」
焦げ茶色の瞳から、しずくが二つ静かに頬を伝った。じっと話を聞いていたモナルダはわずかに目を細め、呟くように言った。
「魔法は奇跡じゃない。魔法使いだって、万能じゃないんだよ。私が行ったってできることなんて何も無いかもしれない」
「それでもいいです。治らないとしても……苦しみを紛らわすだけだとしても、あの子を少しでも楽にしてあげたいんです。わたしは貧乏ですけど、もちろんお礼はお渡ししますし、薬代が足りなければ何年かかってでも働いてお返しします。だから、お願いします」
パンジーは深く深く頭を下げる。必死で、切羽詰まって、他に頼る相手などいないのだと、その声で分かった。
(友達とはいえ、他人の為にこんなにも必死になれるものなんだね……)
どこか冷めた心で思いながらも、モナルダは頷いていた。
「分かった、引き受けよう」
「ありがとうございます!」
パンジーは嬉しそうに、また深く頭を下げた。肩が震え、涙がぽたりと土の上に落ちる。それを見つめる魔法使いの顔はフードの陰になっていて、表情を窺い知ることはできなかった。
宿場町の大通りは今日も賑やかだ。町から町へ、国から国へとつながる街道の要所であるこの町には、様々な人が集まる。商人や買い物客はもちろん、傭兵や吟遊詩人のような流れ者たち、そしてそんな旅人を相手に商売をしようとする者たち。旅装の者も多く、フードをかぶったままのモナルダも全く目立たない。だから楽だった。
(さて、何を買って帰ろうか)
いつも町へ来ると、留守番をしているチコリに土産を買って帰るのが習慣になっていた。今回はダリアもいる。どんなものが喜ばれるか考えながらゆっくりと歩き、店先を眺めていた。
(どうせなら町でしか手に入らないようなものが良いだろう。菓子か、置物か、服というのもいいね……ああ、日頃使う道具にもこんな可愛らしいものもあるんだね。それとも髪飾りや身に付けるものの方が良いのかな。どうも若い娘さんの好むものや、流行りのものはよく分からない)
立ち並ぶ店はあまりにも色とりどりで、迷ったモナルダはやれやれと肩をすくめる。けれど、こういう迷いは楽しいものだった。
と、唐突にマントを引っ張られる感覚があり、モナルダは身構えて振り向いた。
「魔法使いさん……」
「あんた、昨日の」
モナルダは見覚えのある顔にふっと肩の力を抜く。マントの裾を握り、魔法使いを小声で呼び止めたのは、昨日森で同行したパンジーと名乗る女性だった。彼女は切羽詰まった様子でモナルダを見つめ、小声のまま言った。
「お願いがあるんです! お願い……ビオラを、わたしの友達を助けてください!」
パンジーに連れられてモナルダがたどり着いたのは、表通りから少し離れた細い路地だった。簡素で小さな家々が並ぶここは、どうやらこの宿場町で商売をする人々が暮らしているらしい。昼間は殆どの住人が出掛けているのだろう、人気はなく静まり返っていた。
「……先に、少し話を聞かせてもらってもいいかい?」
モナルダが口を開く。パンジーは険しい表情で黙ったまま、立ち止まってこくりと頷いた。
「助けてほしいって、あんたが会いに来たっていう友達に、何かあったのかい?」
「ええ。……この前の手紙をもらった時から何かおかしいと思っていたんですけど、あの子、病気みたいなんです。それなのに無理して隠そうとしている」
「待っておくれ。風邪薬を煎じるくらいならともかく、病は私の領分じゃないよ。きちんと医者にみせるのが筋だろう」
「それは……そうなんですけど」
パンジーは口ごもって俯いた。暫しの躊躇の後、彼女は泣きそうに潤んだ目でモナルダを見上げた。
「もうお医者様にはみてもらってるみたいで……もう、お医者様の領分じゃないみたいなんです」
「……」
咄嗟にモナルダも何も言うことができなかった。医者の手に負えず、魔法使いにすがるしかないということは、もうその者の命は奇跡でも起こらなければ助からないということだ。モナルダも、今までにも何度かそういう者と出会ったことがある。けれど大体は体の弱い老人たちや幼い子どもたちだった。パンジーのような若い者はまず見ない。本人たちにとっても気持ちが収まらず、どんなにつらいことだろう。
パンジーは小声のままぽつりぽつりと話し始めた。
「あの子……ビオラは、すごく強い子なんです。昔から負けん気が強くて、喧嘩だって誰にでも負けずに食らいついて、泣き虫なわたしとは全然違って明るくて、わたしはビオラにずっと助けてもらっていました。たとえどんなことがあっても、大丈夫って笑って言うんです。それがあの子の口癖で……。それなのに今回だけは、笑おうとして、でも泣きそうな顔で「大丈夫じゃないかも」って言ったんです。あんな顔、初めて見た」
焦げ茶色の瞳から、しずくが二つ静かに頬を伝った。じっと話を聞いていたモナルダはわずかに目を細め、呟くように言った。
「魔法は奇跡じゃない。魔法使いだって、万能じゃないんだよ。私が行ったってできることなんて何も無いかもしれない」
「それでもいいです。治らないとしても……苦しみを紛らわすだけだとしても、あの子を少しでも楽にしてあげたいんです。わたしは貧乏ですけど、もちろんお礼はお渡ししますし、薬代が足りなければ何年かかってでも働いてお返しします。だから、お願いします」
パンジーは深く深く頭を下げる。必死で、切羽詰まって、他に頼る相手などいないのだと、その声で分かった。
(友達とはいえ、他人の為にこんなにも必死になれるものなんだね……)
どこか冷めた心で思いながらも、モナルダは頷いていた。
「分かった、引き受けよう」
「ありがとうございます!」
パンジーは嬉しそうに、また深く頭を下げた。肩が震え、涙がぽたりと土の上に落ちる。それを見つめる魔法使いの顔はフードの陰になっていて、表情を窺い知ることはできなかった。
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