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第二章 迷宮都市の救世主たち ~ドキ!? 転生者だらけの迷宮都市では、奴隷ハーレムも最強チート無双も何でもアリの大運動会!? ~

2-33.-J.B.(19)Keep On Movin'(動き続けろ!)

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 クランドロールに限らず、貴族街の三大ファミリーが経営する店の中は客及び業者の全て武器持ち込み禁止の原則が徹底されている。
 術士に関しては厄介だが、杖など目に見えて分かる術具はやはり禁止。装身具タイプの術具ばかりはまあどうしようも無い。
 鎧甲含めて、身に着ける防具類も同様。さすがに入り口のボディーチェックで武器類を預かる事は出来ても、さあ防具をここで脱いで下さい、とは出来はしない。
 なので、一見するとちょっと変わった飾りのついた胴当てに見えるよう改修された俺の“シジュメルの翼”も身に着けたまま中に入れる。

「……どうしたい、その面ァよ?
 不細工にますます磨きがかかッてんじゃねえかよ」
「……やられた」
 人前に出るには憚られる程度には顔面改造された胸毛の大男の出迎えに、俺はやや引き気味で応じる。
 この髭と胸毛の大男は、誰あろうカストその人。昨晩俺と“夜空のランデブー”をして以来の“親密な仲”だ。
「……昨日、お前を“見失って”逃げられた……ことになってるからな、罰としてよ」
「ネロスの“鉄槌頭”か?」
「ああ……」
 クランドロール副長、“鉄槌頭ハンマーヘッド”のネロスの頭突きは、どうやらマジで人の顔面が変わるくらいのモノらしい。
 
「なあ、おい、本当に……大丈夫なんだろうな?
 これ以上罰を受けるようなこと、俺ァ嫌だぜ……」
 顔色、の分かる程の原型を留めていない顔面だが、カストが脅えと疑念と警戒心の塊になっているのは誰にでも分かる。
「少なくともお前がさらに罰を受けるような事にゃならんさ。多分な」
「……多分かよ……」
「ま、上手く行きゃあむしろ褒美が貰えるかもしれねーぜ」
 無責任にそう言いながら、俺は深緑色に染め上げられたトーガと、頭に巻いた頭巾を確認。
 ボーマ城塞で借りてきた上物のこの衣装なら、少なくとも一見で、小汚いチェニック姿だった昨日の俺と同一人物とは思われねーだろう。
 
 両脇に抱えた二つの小さな樽の中には、これまた大急ぎで取りに行ったボーマ城塞の酒が入ってる。
 ラクダで半日以上はかかる距離のあるボーマ城塞だが、俺の“シジュメルの翼”の全速力なら一刻もあれば往復できる。
 ある意味俺だけジェットパックで長距離高速移動が出来るみたいな状況だから、周りの連中からすれば瞬間移動してるに等しい。
 
「……まあ、俺に被害がなきゃそれで良いんだけどよ……」
 小声でそうぶつぶつ愚痴りつつ俺を案内するカスト。
 昨日は命令とは言え俺を殺そうとして返り討ちに合い、今日はその俺の命令でボスを裏切る様なまねをやっている辺り、図太いのか小物なのか、なかなかしぶとい性格なようだ。
 
 玄関ホールは広くて豪奢。まあ元々王朝時代には大神殿だった建物で、石造りの堅牢な造りはかなりの威圧感がある。
 邪術士達の支配下にあった頃は奴隷達の死体置き場にされ、荒れに荒れていたらしい。
 5年前のティフツデイル王国軍による王都奪還時はほぼ廃屋と化していた上、一面死体と汚物の山だったそうだが、その有様も含めてボーマ城塞から戻って来たサルグランデが大いに気に入り、売春宿として改修して今に至る。
 全く、悪趣味なこったぜ。
 
 内装も実際かなり悪趣味で、かつて使われていた拷問器具なんかをそのまま飾りにしてる。
 あるエリアでは天井からぶら下げられた鉄の駕籠に半裸の男や女が入れられており、客がその中から気に入った相手を選び、周りの店員に金を払って部屋へと連れ込むようになっていたりするのは、前世の感覚で言えばSMクラブの様でもあるが、あくまで“ふり”であったそれらと違い、ここではそれは“本物”だ。
 背徳的で冒涜的。
 聖光教会が公然と非難するのも当然だし、それを国教とは定めていない正統ティフツデイル王国の上層部も良い顔はしていないが、とは言え貴族街での売春業は全てクランドロールによる仕切りなため、ここを潰せば駐屯軍兵士や役人、出入り業者達の「お楽しみ」を取り上げる事になり具合が悪い。
 なんと言ってもその点クランドロールの「賢い」ところは、王国軍兵士割引を実施しているところだ。
 
 胸糞の悪くなるその区画をカストの先導で通り抜け、俺は目当ての相手が居る地下の酒場へと向かう。
 さて、こッからが勝負所だ。立ち止まらず、躊躇せずに、動き続けろ。
 
 ◆ ◇ ◆
 
あんちゃんかい? ぃらに会いてぇーって野郎はよ?」
 ほろ酔い気味の赤ら顔をこちらに向けて、酒場の奥で女を侍らせている小男は、名をクーロと言う。
 小太り、薄い頭髪、団子っ鼻のクーロは、その見た目に反してクランドロールのナンバー3。
 主な仕事は娼婦、男娼達の管理だという。
 
 言い換えれば、売春業としてのクランドロールの実務の取りまとめ役。
 凶悪さと狂暴さで支配者然と君臨しているトップ2と比較すればその地位はかなり下回るが、それでも他の幹部クラスの中では頭一つ抜けている。
 
「どうも。
 今日はちょっとした“商談”があってね。
 こうしてカストと……あンたの旧知であるもう一人に紹介してもらったんだよ」
 懐から取り出すのは、丁寧に結わえた髪の一房。
 怪訝そうにそれを見て、しばし思案してから目を見開くと、
「おい待て、こりゃまさか……?」
「ああ。“金色の鬣こんじきのたてがみ”本人から預かってきた」
 
 そう、ボーマ城塞の警備担当であり、またかつては旧帝国領内では名の知れた剣闘士だったホルストの、切り立てほやほやの髪の毛だ。
 クトリア周辺では金髪碧眼ってのは珍しい。
 帝国人もクトリア人も、たいていが黒髪か茶髪。
 北方ギーン人の特徴たる金髪で、しかもここまで鮮やかなものはそうは居ない。
 髪の毛の一房それだけでも、考えられる持ち主はごく限られて来る。
 
「へぇ、奴さん、元気にしてっかい?
 俺ぃらぁここ一年程・・・会っちゃいねえかンなぁ」
 ワインで唇を湿らせてからそう言うクーロに、
「そうか? ホルストはもう5年は会って無いと言ってたが?」
 そう返すと、
「ああー、そうだったそうだった。
 ちょっとばかし飲みすぎちまったかなァ」
 などとすっとぼけてみせる。全く、食えねえおっさんだ。
 
 王国駐屯軍の雇われ傭兵の1人としてクトリア入りをした“金色の鬣こんじきのたてがみ”ホルストは、その後紆余曲折あってボーマ城塞の残留組と合流し、今は帰還したヴォルタス家と共に城塞を守っている。
 王国軍によるクトリア解放、ボーマ城塞を占拠していたクランドロールの貴族街への帰還、そしてヴォルタス家のボーマ城塞への帰還には、数ヶ月単位でのズレがあり、“金色の鬣こんじきのたてがみ”ホルストは、ボーマ城塞を立ち去る前のクランドロールとは直接対峙をしていた。
 人数的には劣勢のホルスト達の傭兵団だが、城塞内での内輪もめと集合離散を繰り返していたクランドロールに対し、現役で戦働きをしていたホルスト達とでは経験の厚みが違う。
 衝突の不利を悟り、かつ早くに貴族街へと戻って優位を確保したかったボスのサルグランデは、あくまで穏便に事を片づけ、ボーマ城塞を立ち去ることにした。
 残留組の1人であり、その後ホルストの妻となったジェシ達に言わせれば、ホルスト達が止めなければ彼女自身をも含めた残留組の多くは奴隷として連れて行かれていただろう、という。
 
 そしてそのとき、対立傾向を深め、衝突寸前であったクランドロールとホルスト達傭兵団との戦いを回避するのに一役買った交渉役が、当時はまだ幹部入りしたばかりだったクーロその人だという。
 
 
「で、たてがみの旦那は、何て言ってきたんだい?」
 鷹揚なていを崩さずにクーロは続ける。
 俺は抱えていた小型の酒樽二つをテーブルに置き、クーロの正面に座る。
「マヌサアルバ会が特別な酒を仕入れた話は聞いてるか?」
 これ見よがしな酒樽と俺へ、クーロは交互に視線をやり、
「聞いちゃあいるが、実際俺ぃらは飲んでねえからなあ。
 本当のところ、どれほどのもんなのかねえ?」
 
 カストに小樽の一方を支えさせて、栓を抜いてマグへと注ぎ、その中を見せる。
 透明な蒸留ヤシ酒をまずは俺が一口。そしてそのマグをクーロに手渡す。
 臭いを嗅ぎ一口つけて、へえ、と一声。
「まあ、確かになかなかのモンだ……」
 
「だが、悪いがこいつは、マヌサアルバ会に卸したのよりか2ランク程は落ちる酒だ。
 流石にな、今こっちにそれを卸すのは拙いだろ?」
「こいつで2ランク落ちかい?
 はァ~、なる程ねえ~。そりゃ奴さん等が目の色変えて欲しがる訳だ」
 口元を拭ってマグを置く。
「まあ確かに良い酒だろうが、こいつをどーしてェんだ、アンちゃんはよ?」
 
「これは、商品じゃなくて、まあ“お近づきのしるし”だな。
 ホルストの関係しているあるルート経由で、これと同等かこれ以上の酒を、俺が用意できるということをあんたに知っておいてもらいたい。
 クランドロール幹部の中で、唯一あんただけに、な」
 
 事前の調査。そしてホルスト、“腐れ頭”等による人物評。
 これは賭けだ。
 トップ2の2人と、そこからはかなり低い地位に甘んじているクーロとの間にある確執、軋轢。
 そこに楔を打ち込んで、亀裂をより大きく広げる為の賭けだ。
 
 ◆ ◇ ◆
 


【“女衒の”クーロ】

「“客人”の事は俺にもよく分からねえ。ボスもネロスも、その手の事ァ俺らにゃ話さねェからよ」
 
 クーロは別に善人というワケじゃあねえ。欲もあるしスケベで女好き。しかも結構な変態で、女に踏みつけにされるのが好きらしい。
 
「ああ、確かにもう二人も殺されてらぁ。口惜しいがよ、その事でボスに文句を言ったところで、全く聞いちゃ貰えねぇさな」
 
 実務の一切を取り仕切っているのにも関わらず、軽んじられているクーロの意見が聞き入れられる事はまずないという。
 
「ま、一応『このまま手塩にかけて育てた女を殺され続けちゃあ、儲けが減る』ってな言い方にしたら、今度は余所から攫って来るとか言いやがってよ。
 ……ああ、そうかい。兄ちゃんの知り合いだったンかい。そりゃあ悪ィことしたなァ」
 
 悪ィこと、で済むような話しじゃねえが、ここでそれを言っても仕方がない。
 
「場所はまあ分かるぜ。東棟の三階、まあ一番上等なゲストルームだ。
 その周りには今は他の客には使わせねぇ事になっててよ。ネロス直属の武闘派共が見張りをしてらあな」
 
 その武闘派共の目の前を、俺は酒瓶をうやうやしく胸の前に持ち、歩いて進む。
 ボスからの客人への差し入れ。
 クーロから借りた、クランドロールの下っ端が着る黒地の革の胸当てを身に付けた俺がそう言っただけで何の疑いも無く通すあたり、正直警備としちゃあ大失格だが、武闘派な上に「命令に従うだけで自分の頭で考えること」をして来なかった奴ら。それに加えて「俺たちクランドロールに刃向かうバカはいない」という思い上がりがあれば、まあそんなモンなのかも知れない。
 
「今日あたりはまだ、ボスに言われた作業か何かをやってるハズだろうけどもな。
 ま、それが何か知ってンのは、ボスだけだ。俺ぃら達ゃ何にも知らされちゃあいねぇ」
 
 そこまでして秘密にしたい事は何なのか。
 正直、知りたくはないってー気持ちの方がデカい。絶対に間違いなく、「ヤバい」話だ。
 知りたくはないが、こりゃどーにも避けて通れるもんじゃ無さそうだから、もう腹をくくるしかねえ。
 貴族街三大ファミリー随一の武闘派集団を敵に回すかもしれねえし、下手すりゃ200人からのゴロツキ共に命を狙われる羽目になるかもしれねえヤベェ橋。
 いざとなったら、今のアジトを放棄して一味全員でボーマ城塞に逃げ込ませて貰うしか無くなるかもしれない。
 
 俺は豪華な造りのアーチ型の扉の前へと立つ。
 中には例の「客人」が居る。そのはずだ。
 
「失礼します。ボスからの差し入れです」
 
 そう声をかけ待つこと数分。
 ぎぎぃと軋むような音と共に開く扉。
 ほんの少しだけ開いた隙間に見えるのは、全身を黒い布に包んだような姿。
 顔もほぼ隠しているのだが、目だけは赤く充血したようにぬらりと光っている。
 そしてその奥───いや、何だアレは───?
 
「おい」
 がさがさとした嗄れたその声に、意識が引き戻される。
「あ、は、はい」
「……さっさと寄越せ」
「はい、これは、新しく手には入った上物の蒸留酒だそうです。
 労をねぎらってのもので、是非味わって欲しいと」
 捧げ持つようにして蒸留ヤシ酒を入れた酒瓶を差し出すと、そいつは乱暴に引ったくり扉を閉める。
 俺は先程観えたものが信じられず、しばらくそこで茫然としていた。
 
 ◆ ◇ ◆
 
 首尾良く酒瓶を渡せたこと報告し、そのまま俺は目立たないように外へ出る。
 諸々の支度を済ませて人目を避けると、再び身に着けた“シジュメルの翼”を使い空へと向かう。
 目的地はクランドロール東棟の三階。そのテラスの隅だ。
 
 日干し煉瓦と土壁を基本とする一般的なクトリア様式とは異なり、元が大神殿で堅牢な石造り。テラスも広くて立派な分、こっそり入り込むのに苦労はしなかった。
 あとはただ、ひたすら待つ。
 夕方になり、空が赤から紫色、紫色から濃い紺色へと変わり、夜空の星が輝き出す。
 
 貴族街では旧商業地区と違い、夜になってもまだ明るい所が多い。
 三大ファミリーの店はそうそう早くには閉まらないし、また“ジャックの息子”により設置された幾つもの魔晶石の街灯があるからだ。
 魔力溜まりマナプールの移譲をする際、“ジャックの息子”は王国駐屯軍にある程度の条件を出し、その内の一つが魔晶石の優先的譲渡だった。
 魔晶石は様々なことに使える“魔力バッテリー”で、魔導具や魔装具を造る上では必須であり、また一時的な魔力の補充にも使える。
 人間は生来的に多くの魔力属性を持たず、魔力適性もそう高くない。エルフ達に比べれば余りにお粗末。
 例えるなら、生まれながらにモンスタートラック並みのエンジンとガソリンタンクを積んでるエルフに対して、原付バイクで必死扱いているのが人間という種族だ。
 なので、魔力総量の少ない人間の魔術師にとって、魔晶石を使った一時的魔力回復は必須となる。
 
 それら諸々含め、魔晶石というのは非常に貴重かつ高価で、魔力溜まりマナプールを支配することでの最大の利益は、そこから溢れ出る魔晶石を独占出来ることにあると言っても良い。

 それらを踏まえて、“ジャックの息子”は、クトリアの魔力溜まりマナプールで生産された魔晶石を、一部優先的に譲渡させるという条件をつけ、実質的には支配しているのとさほど変わらぬ利益を得ている。
 ただ、それを貴族街の整備なんかに回して使っているので、どうやら私的な利益のためだけにやっているワケではなさそうだ、とも言われてる。
 全く、謎めいたヤツだ。
 
 雲を突くような、と言える、この街で最も高い建物、“妖術士の塔”。
 マンハッタンの高層ビル群に比べたらそりゃあ及ばない。
 それでも、この世界で観ることの出来る“高層建築”としては破格のその塔は、クトリアの支配者とされる“ジャックの息子”の住居だと言う。
 誰もそこに入った事の無い、神聖不可侵の塔。
 
 夜空をバックにして浮かび上がるその塔を眺めつつ、俺はテラスの隅で待ち続ける。
 街路の灯りが下から塔を照らし出し、なんとはなしにかつての前世のイルミネーションに彩られた街並みを思い出す。
 俺の生まれ育ったスラムから、遠くに浮かび上がる光に彩られた別世界。
 毎晩どこかで銃声が鳴り、毎日誰かが悲鳴を上げていたギャングの街。
 本当の、文字通りの意味での“別世界”に生まれ変わったところで、俺の周りの世界は何も変わっちゃいねェ。
 糞な現実、糞なファック野郎共に支配された、糞溜めの中だ。
 
 そんな物思いに耽ってしまって居ると、部屋の中から物音と声が聞こえてくる。
 声の一つは、明らかに酔って乱れた男の声。そしてもう一つは……。
 
 
 この世界じゃあガラスはまだ高価で貴重だ。ガラス製品自体は存在するが、透明度もさほど高くなく、前世の世界のような薄くて大きなガラス窓なんて全くない。
 ただしクトリアでは特に、王朝期には神殿、劇場、王宮等では、採光用やステンドグラスのような色ガラスによる装飾として多々使われていた。
 この「客人用」の部屋も、テラス側の扉には広めの採光用ガラス窓がはめ込まれていて、透明度はさほどでもないが、うっすらと中を覗くことが出来る。
 
 動く影がある。ふらふらとして、足元も覚束ない。黒いトーガを巻いた姿は昼に見たそれと同じ。ただし、下半身は剥き出しにされている。
 その奥の寝台には、恐らく繋がれ寝かされた女の姿。
 叫び声には聞き覚えがある。その声から、姿形話口調の全てが思い起こされる。
 そして───かつて助け出すことの出来なかったこの世界の妹のことも。
 
 鍵はかかってなかった。わざわざ鍵開け用の道具を持ってきたのに出番は無さそうだ。
 出来るだけ静かに中へと入る。
 男はこちらに背を向けて、寝台の上の女へと覆い被さり、何事かを囁きその身体を弄って居る。
 俺は両手に肩幅よりやや長い程度の布を持ち、背後へと忍び寄る。
 ゆっくり立ち上がると、縛り付けられ組み伏せられているメズーラと目が合った。
 
 瞬間。
 俺は左腕を男の首へ回し、そのままぐるりと手にした布を一回転して巻きつけて口を塞ぐ。
 そのまま口元は布で塞いでおき、また右腕を使い梃子の要領で左腕へと力を込めて、首両サイドの頸動脈を締め上げる。
 口を塞ぐのはこいつが術士だった場合に呪文を唱えられるのを防ぐため。頸動脈を締めるのは、気絶させ連れ帰るため。
 そして酒を飲ませたのには二つの効果目的があったが……その一つ目に関しては、もう威力を発揮してくれたようだ。
 酔わせて、抵抗力を下げるという効果を。
 
 締め落とされ気絶した痩せた男に、まずは猿ぐつわをはめ直す。それから両手両足を縛り上げて身動きをとれなくして袋詰めだ。
 奴が身にまとっていた衣服も使って、傍目には黒い布の塊にしか見えない。
 それが済むと、寝台へと向かい、メズーラを縛っていた縄を斬る。
 俺は店に入るときに身につけていたトーガを渡し、痩せてあばらの浮き出たその身体を覆い隠した。
 
「動けるか?」
 努めて、平静な声でそう聞く。
 状況が巧く飲み込めて居ないかのメズーラだが、月明かりしか無い暗がりの中で俺の顔を見定めると、こくこくと頷き返事をした。
「あ、あう、ジェ、JB、だい、じょぶ……」
 相変わらずのひどい吃音だが、少なくとも身体には大きな怪我は無さそうだ。
 怯え、驚き、安堵、困惑。
 様々な感情がない交ぜになり、しかしそのどれも発散させられず渦巻いている。
 
 俺はゆっくり手を伸ばし、メズーラの前に差し出す。
 メズーラはそれを見、それから俺の顔を見、ゆっくりと自分の手をそこに合わせる。
 それから俺は、同じくらいにゆっくりと、もう片方の手を差し出して両肩を抱きしめ、
「大丈夫、大丈夫だ。もう大丈夫……帰れるぞ……」
 そう言って落ち着かせる。
 
 しばらくして、メズーラにやや落ち着きが戻ってきた辺りに、
「自分の服は、どこにあるか分かるか?」
 と聞く。
 メズーラはこくこくと頷いて、ふらふら歩き奥へと取りに向かう。
 その奥……先程酒瓶を届けたときに扉から覗いたとしきにもちらりと見えたそれ、を、今度はまじまじと見る。
 見間違えでも、似たような別のもの、でもない。
 普段見知って居るそれとはやや異なる、けれども間違い無く同じそれ。
 
 “ジャックの息子”が貴族街の警備兵として運用している、上級のドワーベン・ガーディアンの姿が、そこにあった。
 
 
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