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第二章 迷宮都市の救世主たち ~ドキ!? 転生者だらけの迷宮都市では、奴隷ハーレムも最強チート無双も何でもアリの大運動会!? ~

2-71.J.B(46)Grunt.(うなり声)

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「それこそ完全な“捨て駒”扱いだろう」
 ニコラウスの腹案を持ち帰ると、ハコブは案の定そう返してくる。
 表面的には冷静だが、腹の中じゃどうなのか。昔から持ってる左手の魔法の指輪を撫でるようにしながら話すのは、ハコブが頭の中で色々別のことを考えながら話しているときの癖だ。
 
「まあな。確かにそうは思うぜ」
 俺としては、ハコブの言うのももっともだとは思う。
 実際、具体的にどうあいつらの内側に潜り込むつもりかは分からないが、言い換えりゃ特攻突撃部隊だ。
 戦働きで一旗揚げたい傭兵やら、後のない戦奴に囚人部隊なら死に物狂いに働くかもしれないが、俺達はそうじゃない。
 この戦意ってのは重要だ。俺達みたいに「是が非でもここで勝たなきゃ、手柄を上げなきゃ」という動機の薄い連中に、その手の命懸けの特攻突撃部隊をやらせるのは明らかにミスキャスト。
 ま、普通はそうだ。
 
「けど詳しい話はまた後で来るだろうが、ニコラウスはどーも捨て駒特攻をさせたくて俺らにその役を振ってるワケじゃあなさそうなんだよな」
 ニコラウスとの関わりはまだ少ないが、あいつはあいつで相当な曲者だ。自分の手柄のためにはなんでもする。それは文字通り、「自分の命」すら餌にして敵の前に投げ与えることすらする。
 手柄のために他人を捨て駒にする奴はただの臆病な小物だし怖かねえ。愛する者や守るべきものに命を懸ける奴は、強いが分かり易い。
 だが、手柄のために自分の命を懸けられる奴は……怖さの質が違う。
 少なくとも俺からすると、「超ヤベー奴」だ。
 その「手柄の為なら自分の命すら賭けられる」奴が、敵陣最奥に潜り込む役目を俺達にやらせたいというのなら、確かに何かしらの策、勝算あってのことなんだろう……とは思う。
 まあだからッて何も分からないまま「はいはいそうですか、分っりやしたァ~いってきやーす!」とはそりゃいかねえ。そんな馬鹿はそうそう居ない。
 
「けど、それすげーカッコ良くねえ? だってよ、俺たちに敵総大将の首穫ってこいッてこったろ?」
 ……あ、居た。馬鹿が居た。
 
「そ、そんな! か、簡単に行くわけないだろ……!!」
 お調子に乗ってるアダンに対して、当然マーランは慎重姿勢。この2人はまあ、こう言うところじゃ真反対だ。
「けどよー、俺の“破呪の盾”がありゃ 魔人ディモニウムの魔法だって怖かねーぜ? 何てったってハコブの魔法すら防いじまうんだからよ!」
 正式名称の決まったアダンの“破呪の盾”は、構えることで【魔法の盾】の効果に加えて相手の攻撃魔法の効果をある程度跳ね返すことも出来る、古代ドワーフによる遺物。
 ボーマ城塞に繋がっていた新しい遺跡で手に入れたその盾に、又も口付けをしているアダン。これを手に入れてからというもの、文字通り寝食を共にする程気に入っているらしい。キモい。
 
「アンタのその盾は完璧にゃほど遠いいだろ。ハコブの魔法にだってマーランの補助込みで防げるだけだし、複数の攻撃を一遍に返せるわけでもねーし」
 同じく新しく手に入れたドワーフ遺物で、決まった正式名称“魔通しの弩弓”の手入れをしつつニキがそう言い返す。
「はァ!? おめーのその水まき散らかしたり、ちょっとだけつむじ風起こしたりする程度の弩弓よかよっぽど有能だっつーの!?」
 ああ見えて意外と女相手には怒鳴ったりしない方のアダンにしては、珍しくムキにになって喚き出す。
 ところがニキは妙に冷静。
「そーだよ。アタシのは“ちょっと水や風を起こす程度”だし、アンタのは“ちょっと魔法を防ぐ程度”でしかねえんだよ。
 マーランが今までやってた補助魔法の嵩上げでしかねーだろ。
 それだって有能は有能だけどさ。だからって魔人ディモニウムとその手下相手にいきなり無敵になれるワケじゃねーってこと」
 これまた意外にも……と言ってしまうのも何だが、アダンに比べてかなり的確かつ客観的に現状を見てる。
 まあ手に入れた遺物が、アダンやスティッフィのそれに比べて地味だからってのもあるのかもしれねえが。
 
「ニキの言うとおりだ。俺やマーランの魔法にしろ、お前達の手に入れたドワーフ遺物にしろ、有能だが万能じゃない。使い方が巧くなきゃ役に立たないし、相性ってのもある。
 今回、ネフィル相手にはスティッフィの“雷神の戦鎚”は相性が良かったが、アダンの“破呪の盾”じゃあ全く意味がない。
 逆に“炎の料理人”クークには“破呪の盾”はかなり有用だが、スティッフィの“雷神の戦鎚”では。近付く事も出来ずに焼かれてしまうだろう」
 ハコブのまとめに自分の名前が出たことに反応してか、居眠りしていたスティッフィがフンガと鼻息で反応する。また寝てんのかよ。
 
「そりゃ……まあ分かるけどよォ~。だからってやんねーんじゃ、活躍しようがねえぜー!」
 アダンの本音としちゃあ、魔人ディモニウムのこともボーマ城塞のことも、今後の探索のこともそんなに重要じゃない。
 全くどうでも良いと思ってるわけじゃないが、何よりも派手に格好良く……特に「女にモテそうな」活躍が出来るかどうか。そこが一番重要なんだろう。
 
 今ここに居る中じゃ、ハコブを筆頭にニキもマーランも“慎重派”で、まあ俺もどっちかっつーとそうだ。
 スティッフィは多分何も考えてない。クトリア育ちの孤児で邪術士の奴隷と言う同じ境遇で育ちながらも、常に警戒心丸出しのマーランとは真逆の気質で、こりゃ境遇以上に生来のものなんだろうな。
 
「ニコラウスには何かしら策なり考えがあるってのは間違いねえとは思うぜ。それが何か分からないウチは、どうするかの判断も出来ねえよ」
 結局はそこになる。
 相手の魔人ディモニウム達の中で、俺らが情報としてでも知ってるのは“炎の料理人”フランマ・クークだけで、他の奴らの能力は全く知らない。名前だけちょっと耳にした、程度。
 情報もないから策も立てようがない。
 
 で。
 もう一つ問題なのは、今この俺たち用の天幕の端の方に立たされてる二人……。
 ふてくされた様な面のジャンヌと、ややへらへらとした愛想笑いというようなアデリア。
 つい先週に見習いとして入った三人の内、モロシタテムの復興のため動き回っているダミオン・クルスを除く二人は、本来今回はアリックやダフネ同様にアジトで留守番の予定だった。
 二人とも入ったばかりの見習いだし、ハコブによるテストもまだ受けてない。戦闘に関しても、魔力瘤による長患いでスタミナが決定的に不足しているジャンヌも、元より身体を動かすというセンスがゼロに近いアデリアもそれぞれ別の意味でアテに出来ない。探索どころか討伐で、この二人を戦場に連れてくるなんてのは有り得ない選択だ。
 が。
 
 俺とオッサンとスティッフィがニコラウスの幕舎で報告をしているときに、この二人がコッソリと着いてきていたのが見つかった。
 何しに来てんだよ。
 特にアデリア!
 アダンの奴が妙に張り切ってる理由の一つは、アデリアに「格好いいとこ見せてやろう!」てなところだろう。実にウザい。
 
「どっちにせよ、この見習い二人を連れてくことは出来んな。
 ダミオンと共にモロシタテムで復興の手伝いでもさせておくか」
 ハコブのそのもっともな指示に、アデリアが妙な顔で食いさがる。
「待って! その、潜入? とか、それに参加させてとかは言わへんから!
 けど、その……結末までは見届けさせて! 頼むわ!」
 いつになく真剣……というか、何やら切迫感のある物言いをするアデリアに、俺を含めた一堂が顔をしかめる。
 
「なあ、まあ俺達の活躍を見たいのは分かるけどよォ~。
 やっぱ戦場になる以上、探索とはまた違った危険があるもんだぜ?
 モロシタテムで待っててくれた方が俺達も心置きなく戦えるしよー」
 なだめるようなアダンに、横合いから今度はジャンヌが口を挟み、
「いいじゃねえかよ、ついて行くくらいはよ。アタシがお守りしててやるし、ま、最悪死ぬときゃ死ぬんだしよ」
 と、ぞんざいなフォローになってないフォローをする。

「だがな。一応見習いとして入ったとは言え、お前はヴォルタス家の者だ。
 こんな戦いに連れて行って万が一があれば、今後の関係にも響く」
「……だからこそやん!」
 ハコブの言い含めるような言へと食ってかかるアデリア。
 今度こそ、スティッフィを除く全員が目を向いて注目する。
「アタシはヴォルタス家の、そしてパパの娘やんか!
 クークはパパの仇や! アタシの目の前で、パパを殺した張本人や!
 アタシの力じゃ仇討ちなんかでけへんのは分かってる。
 けど……何もせんで大人しう待っとるなんてでけへん!
 最期まで見届けなアカンねや!」
 
 普段の調子とは打って変わった悲痛な叫び。
 そうだ。以前ボーマ城塞を襲撃した際に、ヴォルタス家の当主であり城塞のリーダー、そしてアデリア、アルヴァーロの父であり、ロジータの伴侶だった男、アニチェト。
 その命を奪ったのは誰あろう不毛の荒野ウエイストランドに三悪ありと呼ばれた魔人ディモニウムの一人、“炎の料理人”フランマ・クーク。
 自らの手では復讐など叶わない。その無力さは十分に自覚している。だがだからこそ、戦いの全てを見届けたい。
 お調子者で、無鉄砲で、勝ち気。その今まで見せてきた表情とは異なる、真剣そのものの目に俺達は反論出来ず口を閉じる。
 
「……ジョヴァンニやホルストはどう言ってる?」
 ややあって、重々しくハコブがそう聞き返すと、今度はアデリアがしどもどと口ごもる。
「そ……れは、その……」
 ……ああ、こりゃ無断で飛び出してきたな。
「最低限、ホルストには話を通せ。
 基本的に本陣から離れず、単独行動はするな。
 ジャンヌ。いざという時はアデリアを連れて二人で逃げろ」
 今の段階での落としどころは、確かにそのくらいだろう。
「いや……ホルストには今の内にきちんと俺たち立ち会いで話を通しておいた方が良いな。
 JB、ボーマ隊の天幕に使いに行ってくれ」
 
 まあこういう連絡には、一番顔なじみの俺が適任なのは仕方ない。
「そうだな。ついでに他の連中の様子も見てくるわ」
 アルバの様子も確認したいし、トムヨイ等狩人隊、クルス家の方も気にはなる。
 
 俺は天幕を出て、相変わらずSPみたいに張り付いてるグレントに軽く行き先を告げ、野営地の中を歩いてく。
 野営地は様々な天幕がひしめき合い、人の他にも軍馬やラクダ、荷牛荷車に飯炊き場もあり、色々と騒がしい。
 少し離れた場所では練兵や射撃訓練をしてて、流石に気分はもう戦争、ってな感じだ。
 
 先ずは真っ直ぐにボーマ隊の天幕がある区画へ。ボーマ隊は総勢40人ほどとさほど多くはないが、それでも残った城塞の警備はギリギリだ。
 ホルストと数人の元傭兵が移住してから、元々ボーマに住んでいた者達も多くが帝国流の戦闘訓練を受けている。
 その後ヴォルタス家が帰還し合流してからもそれは続き、警備も交代制で行ってる。まあつまり子供や老人を除けば殆どの連中が、我流ではなくきちんとした訓練を受けているしそれなりには戦える。いざ城塞が襲われたとなれば、腰の曲がった老人ですら戦いに加わるだろう。
 ま、クトリアで自主独立をしている勢力ってのは多かれ少なかれそんなもんだが、ホルストという戦いの指導者が居た、ってのはその点大きい。
 今回は元々ヴォルタス家の一派だった船乗達も含めた上で、適正や希望を元に選抜した面子での40人だ。
 あくまで自分達の住む場所、家族を守りたいという者もいるし、アニチェトを殺したクークへの復讐心から参加した者も居る。ホルストを信頼し、共に戦いたいという者だっている。
 元々が寄り合い的な集まりでもあるから完全な一枚岩とは言えないが、必死な分かなり士気が高い。
 
「アデリアが?」
「ああ。こっそり後を付けて来たらしい。
 俺達は少数での別働隊になる可能性が高いから、あんたらと居る方が良いだろうとは思うが、詳しいことはこっちに来て直接話し合ってくれ」
「分かった。ヴォルタス家の船乗り達も数人来てるからな。彼等と共に行こう。ちょっと待っててくれ」
 そう言って一旦天幕内に引っ込むと、あれこれと指示を出し身支度を整え戻ってくる。
 他の天幕へと指示を伝える者が小走りに出て行く。俺たちと違いそこそこの大所帯だ。天幕の数も多い。 
 
 ホルスト達が準備を終えるのを外で待っていると、遠くで何やら喧騒が聞こえてくる。
 その騒ぎは次第に大きくなり、周りにもバタバタとした動きが現れ出す。
「おい、何だ? 何があった?」
 走り回ってる連中に問いただすが、誰もが要領を得ないか無視をされる。
 そのうちに野営地の奥からドコドコドコと早い太鼓の音。
 この音は……まずいぞ。襲撃あり、反撃体制をとれ、の合図だ!
 
「ホルスト! ちょっくら様子を見てくる!」
 “シジュメルの翼”で素早く飛び上がると、野営地全体を見渡せる高度に上昇。
 敵は? と見ると、襲撃者は魔人ディモニウムじゃない。というかヒトでもない。
 魔蠍、火焔蟻、岩蟹、鰐男、毒蛇犬に……ありゃ、大角羊に穴掘り鼠まで居るぞ?
 魔獣、魔虫にその他野生の動物の大群だ。こりゃ一体何が起きてる?
 
 いきなりの襲撃に、野営地陣内は混乱している。そりゃそうだ。こんな大量の魔獣の群れなんざ見かけることはまずない。
 狩人達はそれぞれに応戦している。いきなり距離を詰められて得意の射撃は封じられたが、半分はそれぞれ普段のチームごとになんとか対応しているようだ。
 ボーマ隊は位置が襲撃方向から離れていたこともあり、今になって盾兵を中心にした陣形を作る。
 とにかく混乱状況を立て直すことを最優先というホルストの判断か。
 囚人部隊は……まあフォルクスが片っ端から魔獣をくびり殺して居る。“狂乱”の二つ名は伊達じゃないな。
 
 で、本隊……“悪たれ”部隊の方の天幕を見ると……。
 

「ヒィィィィ~~~~~!!
 寄るな! 寄るな化け者共!
 お前等、囲め、俺を囲んで守れ!」
 
 おいおいおい、誰の悲鳴かって、そりゃ“悪たれ”部隊隊長のニコラウス御本人だ。
 そのニコラウスを中心にして、屈強な重装盾兵達が円陣を組んでいる。辺りに何体もの魔獣の死体が転がってはいるが、部隊にも少なからず被害は出てるようだ。
 
 俺は旋回して急降下しつつ、ニコラウス周辺へと【風の刃根】を撃ち込もうと魔力を循環させ……それを止められる。
『ダメダメ! JB! 急いでついてきて!』
 見るとそこにはカリーナの操るアヤカシが居て、小鳥のようなその姿で俺に指図。
「はあ? このままじゃ総大将がやられッちまうぞ!?」
『いいから! その総大将の特命なの!
 マヌサアルバ会とシャーイダール隊は、一切反撃せず隠れてろって!』
 
 何だって?
 見回すと俺たちの天幕とマヌサアルバ会の天幕は、周辺を別の隊の数人で守っているが、当人達は全く表に出てきてないようだ。
「おい、けどこれ……」
 言いかける俺を再びカリーナが黙らせ、
『大丈夫。もうじき収まるから……あ、ほら!』
 
 指し示す先は、例の“目立たぬ男”、アモーロを中心とした射撃部隊数名。
 それらが一斉に、街の西側にある切り立った崖のさらに向こうへと射かける。矢の雨は何度となく放たれ、それに従い魔獣達の攻勢も収まり、逃げ出し始める。
 
「何だこりゃ? どういうこった?」
『さあ? わたしにも良く分かんないよ。
 けど、聞いた話だと今の襲撃は三悪の一人、“猛獣”ヴィオレト。
 多数の魔獣や魔虫、獣を支配し使役する魔力を持つ魔人ディモニウムのさぐりと偵察だろう、って』
 
 その二つ名からイメージしてたのは「猛獣の如き魔人ディモニウム」だったんだが、どうやらその意味ではないらしい。
 紛らわしいなあ、おい。
 
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