遠くて近きルナプレール ~転生獣人と復讐ロードと~

ヘボラヤーナ・キョリンスキー

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第二章 迷宮都市の救世主たち ~ドキ!? 転生者だらけの迷宮都市では、奴隷ハーレムも最強チート無双も何でもアリの大運動会!? ~

2-73.J.B.(48)Swamp Swamp Fever.(沼・沼・フィーバー)

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 モロシタテムからセンティドゥ廃城塞までの行軍は、だいたい昼過ぎまで。距離的にはさほど遠くはないが、地形は山間に近い岩場で結構厄介。普段なら理由もなく立ち入るには厳しい場所だ。
 道も整っていないし完全な荒野。この辺りの「人の立ち寄らぬ不毛の地」には他にも多くの廃墟、洞窟があり、それらを複数利用して拠点にしているらしい。
 野営地を設営する予定の場所は、確かにこの荒れた場所にしては設営のしやすい土地のようだ。両側に高い岩場と丘さえなければ、だけどな。
 設営は所謂帝国流。かつての帝国兵は前線で戦う兵士としての戦闘技術と、前線で素早く野営地の設営や攻城兵器を組み立てる土木建築作業の技術を訓練していた。
 帝国崩壊後もその帝国流の多くを受け継いで居る王国駐屯軍で鍛えられた精兵にとって、野営地の設営はお手のもの。その上ニコラウスは建築用の資材を一旦すべて完成させた状態にして、装甲で補強した荷車に載せて運び、現場で素早く組み上げるようにしている。
 言うなればプレハブ建築ってやつか。荷車そのものも、兵站として物資の補給に使う分以外はそのまま防壁に出来るようにしてある。
 設営中にも“猛獣”ヴィオレトによるものと思われる魔獣による散発的な攻撃が幾度と無く繰り返されたが、それらはトムヨイ達を中心とする狩人によりなんとか退けられる。クトリアの魔獣との戦いは王国駐屯軍兵士よりも狩人達の方が経験があり、それが巧く生きた形だ。カリーナのあやかしによる索敵で襲撃を事前に察知できているというのもデカい。
 
 と。これらの様子を、俺達はリアルタイムでは見ていない。
 “悪たれ”部隊からの案内人兼ドゥカムの護衛担当の5人、古代ドワーフ文明研究家ドゥカム、マヌサアルバ会の20人、囚人部隊8人、そして、ハコブ、俺、イベンダーのおっさん、アダン、ニキ、マーラン、スティッフィの7人こと“シャーイダール・セブン”。
 総勢41人と一匹の別働隊は、既にドゥカムの言う「裏口」へと向かっているからだ。
 最後に付け足した「一匹」というのが、見た目は目玉と耳が大きく鼻面の尖った狐顔の小猿みたいな奴。
 これは狩人達のリーダーでもある方術士ティエジの使役するアヤカシで、俺達と本隊との連絡役をしている。
 ティエジとカリーナはそれぞれニコラウスの居る本陣に付きっきりで、偵察や連絡という細かい業務をこなしているんだが、これはこれでしんどい仕事だわな。何せ代わりがいないから中々休みも取れない。
 
 
 まず最初に俺達が来たのは、糞汚ぇヘドロの沼地みてえなところ。結構な広さで、ちょっとした大型スーパーマーケットくらいはありそうだ。
 周りは岩とひね曲がった数本の木々。淀んだ空気も含めて、なんとも不穏な雰囲気。
 場所も野営地からけっこう離れた谷間にあり、人の来ている気配どころか、生き物の気配も殆ど無い。
「うへぇ、マジかよ。
 まさかだけどよ、この沼を潜って入る……みてえな話じゃあねえよな?」
 アダンが心底嫌そうに言うが、その心境は多分皆同じだろう。

「うぅ~む。
 その“まさか”の可能性が高いなあ~、これは」
 いけしゃあしゃあとそう宣うドゥカム。数人から悲鳴のような声があがる。
「だが、どこから入るのかは分かっているのか?
 この沼地はけっこうな広さだ。手当たり次第に潜って入口を探すワケにもいくまい」
 
 ハコブの言うのももっともだ。
 ボーマ城塞につながっていた洞窟へは、大まかな方向を察知できたピクシーのピートと、そこから水中を探査できるカリーナのアヤカシの力があった。
 今回ピートは居ないし、そもそも察知する対象としての魔力溜まりマナプールもない。ティエジの小猿の姿をしたアヤカシはあまり泳ぎに向いてはいないらしいし、そもそもティエジ1人に捜索させるのも負担が大きい。

「まあ、40人からの人手があるのだから、人海戦術で手当たり次第に浚うという手もあーるにはあーーるがーー……」
 ドゥカムの言葉に再び小さな悲鳴。あれ、あいつ囚人部隊の優男改め詐欺師のデレルか。あいつ来たんだな。
「ここはこの天才に任せておきたまーーえ!」
 これまた満面の得意顔でそう続けた。
 
 ■ □ ■
 
 取りあえず数人の見張りを立てての休憩。
 それぞれ隊ごとにめいめい飯と飲み物。
 俺達はトムヨイ達から買った薫製岩蟹と岩蟹の卵の塩漬けにドライフルーツ。飲み物は薄めたヤシ酒だ。
 岩蟹の卵の塩漬けは、漬け込むことで水分が抜けてやや小振りになり、身がギュッと締まる。
 ゆで卵に近いが、それよりさらにもちっとした歯応えのある独特の食感になり、カリーナの言うとおり「珍味」とされるのもわかる。
 食感や味も漬け込み期間により変わるらしく、これはより身を締めるため長めに漬け込んでいて、塩辛さもけっこう強い。
 その上塩漬けにして締めた後に軽く薫製にもしていて薫りと旨みも増している。
 行軍で疲れている身体にじんわり染みてくる旨さと塩気の絶妙なバランスだ。周りの不穏さも、戦場だと言うことも忘れそうになる。
 
「……何見てんだよ」
「あ、いやー……ははは。
 流石、シャーイダールの探索者の皆さんは、美味しそうなものを食べてますなーー……と」
 囚人部隊の一人、優男改め詐欺師のデレル。俺とトムヨイ達狩人一行がボーマ城塞へと向かう道中に襲撃を仕掛けるも、あっけなく撃退され降伏したかと思いきや、食い物欲しさにベラベラと喋りまくった口先男。
 とは言えこの対魔人ディモニウム連合軍が作られる最初のきっかけとなる情報をもたらした張本人でもあり、ある意味一番の立役者だ。

「やんねーぞ」
 食い意地の張ってるアダンはもとより、当然俺だってくれてやる気はない。
 囚人部隊は駐屯軍預かりでの参戦……というか、罪を減じる約束の元の半強制的徴用でもあるので、装備や飲食も駐屯軍持ち。
 とは言えそのランクは正規軍より遥かに落ちる。
 持たされてるのは使い古しの剣と盾のみで、飯も古くてカチコチになった干し肉と水のみ。
 そのカチコチの干し肉を水に浸けてなんとかかじっている。いや、むしろ舐めている、てな感じか?
 
 同情を引くかのような情けない表情でちらちら見ながら食い下がるデレルに誰も取り合わない……かと思いきや、やれやれ、とでも言うかにニキが、
「しょうがないな、ちょっとだけよ」
 と、自分の分からより分ける。
「あーー!? 何だよ、こいつにやるくれーなら俺にくれよ!」
「はァ!?  何でアンタなんかにくれてやんなきゃなんないのサ?」
「いやむしろ、何でそいつにだけくれてやんなきゃなんねえのよ!?」
 なんとも浅ましい言い争い。
 まあしかし分かれよアダン。
 それはな、デレルの奴がお前より遥かに顔が良いからだ。お前のひん曲がったしゃくれ面では太刀打ちできないからだよ。受け入れろ、アダン!
 しかしニキもニキで、結構簡単にツラの良い男に騙されるタイプだろうなー。しかも「ツラの良いダメ男」の世話焼きをしてしまいずるずると……てなパターンで。
 前世含めてそういうタイプの組み合わせは結構見てきた。……まあ余計なお世話か。
 
 そんなことをやいやい言ってると、囚人部隊の別の奴が
「お嬢ちゃん、止めとけ止めとけ!
 このデレルってやつはケチな詐欺師だ。
 特に女を騙して金を巻き上げるロクでもない野郎だぜ!」
 と、そう割って入る。
 
 こいつは確か、デレル達とは別行動して洞窟に隠れてた囚人達のリーダー格だった奴だ。
 どうも元からデレルに対して思うところがあるらしく、やたらに嫌っている。
「ちょ、待てよマルメルス! そりゃお前いくら何でも言い過ぎだろ!?
 自分がモテねーからって言いがかりも程々にしとけよ!」
「ああ!? 誰がモテねーって!?」
 
 低レベル甚だしい口論。緊張感ゼロかお前ら。
 アホが揃ってアホな口論をしていると、他の囚人部隊の連中まで加わりだし、更に口論のレベルが下がる。
 八割方はデレルへの文句。なんつーか典型的な「女にモテるが男に嫌われる優男」だなあ。
 にしても、既に戦場の真っ只中だっつーのに、ゆるゆるなのにも程がある。マルメルスと呼ばれた痩せ男は、元々ある程度鍛えていたらしくそれなりに戦えるが、スケコマシ詐欺師のデレルなんかはいくら減刑されるとは言え参戦するとは予想外。まともに喧嘩すらしたこと無さそうだ。
 
 だが聞いていると結局のところコイツ等の任務はドゥカムの策のための荷物運びでしかないという。
 “狂乱の”グイド・フォルクス以外は全く戦力として考えられていないし、そのグイド・フォルクスも俺らと同様個としての能力が周りと揃って居ないから通常の戦略とは噛み合わない。
 そもそもきちんとした指令通り動くという軍隊としての訓練も受けてない以上、確かに荷物運びくらいしかやらせようもないしな。
 そういった諸々含めて、本隊では使い道が無いのでこちらの潜入任務に回された、ということもあるらしい。
 
 で。
 一緒になってはしゃいでるアダンやニキは別として、俺達……特にハコブはなかなかに渋い顔だ。
 俺達が最終的にこの潜入任務をやることになったのには、やはり遺跡の優先的探索権をニコラウスが正式に認める、という契約による。
 細かいところは色々面倒な取り決めがあるが、ニコラウスが認めると言うことはつまり、王国駐屯軍が俺達の優占的探索権を保証する、ということで、王国はもとよりそれ以外の勢力が横槍を入れてくる可能性がかなり減る。
 
 が、とは言えこれはなかなか難しいところ。
 まだどれほどの規模の遺跡かの情報が殆どなく、言うなれば「あの山の金鉱発掘権をやる。金脈があるかどうか分かんねーけどな!」ってなもんでもあるからだ。
 単なる空手形で終わる可能性もある賭けではあるんだが、一応の勝算もある。
 
 一つはボーマ城塞の遺跡で手に入れた遺物の一つ、金属板のレリーフ。
 これは古代ドワーフの記録が刻み込まれたドワーフ合金の文字盤で、今はアジトでダフネが解読作業に勤しんでいる。
 現時点で推察込みで解っているのは、どうやらボーマ城塞にあった遺跡と同じ様なものがクトリアにはあと3つ、つまり合計四組あるらしい、ということ。
 そしてこのセンティドゥ廃城塞が「ボーマ城塞と同じ様な古代ドワーフ遺跡を改修して作られた城塞」であるってことは、ここがその内の一つという可能性はでけえ。
 
 んでもう一つは、奇人ドゥカムがその推論を半ば追認していること。
 奴曰く、クトリアの古代ドワーフ達は王国駐屯軍が占拠している魔力溜まりマナプールのあるアルベウス遺跡を中心として、四方に重要な四つの施設を造っていたはずだ、というのだ。
 で、位置関係的にはボーマ城塞の地底湖がある遺跡と、センティドゥの廃城塞はドンピシャ。
 ドゥカムはまだボーマ城塞に行っていないし、そこに隠されていた古代ドワーフ遺跡があったこと自体は知らないハズのだが、様々な文献や古代ドワーフの文化等からのその推論に相当な自信があるらしい。
 実際ボーマ城塞には遺跡が隠されて居たワケで、確かに奴の言うことには信憑性がある。
 
 廃城塞の奥には何かしら古代ドワーフ遺跡が隠されていて、そこにまだ未発見のお宝が隠されている可能性は高い。
 結局そういう結論になり、そこにニコラウスは「王国駐屯軍が期限付き紐付きでシャーイダールの探索者による優先的探索権を保証する」という条件を持ちかけてきた。
 これは逆に言えば「参戦しなければ探索させないように駐屯軍が占拠して妨害すんぞ」という露骨な脅しでもある。
 魔人ディモニウム勢力によるボーマへの襲撃を防ぎ、連中を排除するにはニコラウス達“悪たれ”部隊の参戦は必須だったし、参戦させれば廃城塞の遺跡の探索にも当然口を出して来る。
 痛し痒しってところだが、こりゃもうしょうがねえ。全部が俺達に都合良く話が転がるなんて事はありゃしねえんだしな。
 
 ハコブなんかも理屈ではそう納得はしているもの、まだやや警戒心の勝る部分があるらしい。
 ニコラウス個人を、というよりは、王国軍のことをあまり信用していないところがあるみたいだが、その辺はクトリア人の多くに共通するとこでもある。
 何よりドゥカムの言う“裏口”とやらがどこまで正確なのか、その先での策の勝算は……と、まー不確定要素がまだまだある。
 心配症のマーランでなくとも不安になるのも無理はない。
 
 ■ □ ■
 
「おい、お前ら。いい加減気を引き締めろ。ここは既に敵地だぞ。
 少なくとも地下遺跡とはまた別の厄介な連中を相手にした戦場だ。
 浮かれ気分ではしゃいでる余裕はない」
 
 ハコブが実に当たり前過ぎる注意をする。
 正直、俺達は普段遺跡の探索者としての場数は踏んでいるが、集団での対人戦、戦争なんてのにはそう慣れちゃあいねえ。
 俺だって犬獣人リカートの軍から逃げ出すときの叛乱以来。あのときはがむしゃら勢い任せに暴れて生き延び逃げ延びたが、今度の戦いはそういうのじゃねえ。
 
「おう、そうだぞおめーら。
 ここはもう敵地だかんな! 気ィ引き締めろ野良犬共が!」
 これまた偉そうに囚人部隊の連中(特にデレル)へそう言い放つアダン。
「バカ、おめえだろアダン!」
 すかさずニキが突っ込むが、どう考えてもお前等全員だ。
 
 そんなことを考えつつ話しつつ、囚人部隊連中とアダン達のしょーもないやりとりを眺めていると、やや離れたところから悲鳴のような驚愕のような声と喧騒が聞こえて来る。
 最初に反応したのは、“シジュメルの翼”の効果で周囲の音に敏感になっている俺と、常に警戒心を絶やさず魔法で探りを入れているマーラン、次いでハコブ。それにやや遅れて、事実上囚人部隊の隊長役でもある大男、“狂乱の”グイド・フォルクスが立ち上がりその喧騒へと視線を向け───吹っ飛んだ。
 
 その音、その光景に、それまで喧騒に気付いて無かった周りの奴らも何事かと慌て出す。
 その光景───つまり、あの巨漢のグイドが吹き飛ばされ、その近くに居た囚人部隊のうち二人の身体がへし折れ、また腕をもぎ取られた光景を、だ。     
 
 個々にいくらかのタイムラグがある中、真っ先に対応したのはマーランで、極小の魔晶石を素早く周囲に蒔きつつ結界を張る。応急で強い結界じゃあないが、相手の攻撃をほんの数瞬だが遅らせる程度の効果はあるものだ。
 アダンは“破呪の盾”を構え光る魔法の盾を展開。ニキもクロスボウを構え、ハコブもドワーフ合金製の剣を構え詠唱の準備に入る。
 寝惚けていたスティッフィはやや遅れて“雷神の戦鎚”を担ぎ上げアダンの反対側でそれを構えての迎撃体勢。

「見えたか!?」
「わっかんねー!」
「駄目」
「寝みぃ」
「水辺から……だな。数は多くないが……デカい。また来るぞ……!!」
 
 左手首の籠手にくくりつけられた、例の鏡みたいな魔導具を確認しながら警告するイベンダーのオッサン。
 視界に入ったのはちょっとした山。大きさ的にはやや小さな象くらいか?
 ぶよぶよした半透明のゼリー状の肉塊とでも言うか、そういう“物体”だ。
 沼の中からざばんと現れたそいつは、色合いは汚れた沼の水そのもののヘドロの塊のようで、そこから数本の腕……というか丸太のような太さの触手が生えて蠢き、それを振り回し攻撃してくる。

「避けろ!」
 ハコブの叫びとほぼ同時に、その触手の一本が俺達めがけて飛んでくる。
 俺は“シジュメルの翼”で飛び上がり、他の連中は伏せ、または飛び退いてそれを避ける。
 いや、アダンだけは別。構えた盾をその触手へと向け、展開させている【魔法の盾】の出力を上げながら受け止め───逸らして上へと弾く。
 
「のォっごわ!」
 良く分かんねえ叫びというか嗚咽を漏らしつつも、倒れず踏みとどまり、
「くっそ重てェぞ、あの触手!!」
 吐き捨てるかに叫ぶ声もやや震えている。

吸盤粘体スライムサッカーだ!」
 喘ぐような声でマーランが叫ぶ。
「何だあ、そりゃあ?」
 スティッフィが聞き返すと、
「沼地や汚水溜まりに稀に棲息する魔物だ。ぶよぶよの身体は粘体に似ていて打撃にも斬撃にも強い。蛸に似た吸盤のある触手で生き物を捕らえて貪り喰らう!」
 と細かな解説。
 初めて見る魔物だが、聞くだに厄介そうな奴だ。
「弱点は!?」
「火が効果的だ! 身体に水分が多いので熱を嫌う!」
 ハコブの問いに返しつつ、マーランは再び補助の呪文を唱えている。マーランの手元で生まれた赤く仄かに輝いた魔法の光が、俺や他の仲間の身体に放たれてうっすらと包み込む。火属性の魔力を付与したのだろう。
 
「また来るぞ!」
 イベンダーのオッサンによる警告から少しだけ遅れて、沼地の水の中から出たり隠れたりしている吸盤粘体スライムサッカーのぶっとい触手が再び襲いかかる。
「そこの奴! 伏せろ!」
 ニキの警告に反応しきれず触手に捕まるのは剣を構えた囚人部隊の一人、マルメルス。デレルの方はとっくに逃げ出し、離れた岩場に隠れている。
 
「あがぁ……!!」
 苦悶の叫びも途中で途切れる。胴体を締め上げられ、声も出せなくなったのだろう。
 俺は素早く転回し、その触手を追いつつ【風の刃根】を撃ち込む。アナコンダみてえな太さの触手へと深々と突き刺さるものの、いまいちこたえた風に見えない。
吸盤粘体スライムサッカーは痛みをほとんど感じない!  完全に破壊しない限り動きは止まらないぞ!」
 魔物、生物というよりドワーベン・ガーディアン寄りってことか。こりゃまた厄介だ。恐怖や痛みに怯むことなく、壊れるまで襲ってくる殺戮機械ならぬ殺戮粘体とはね。
 
 俺は【風の刃根】を一カ所に集中させるようにして続けて叩き込む。先程の攻撃が当たった辺りにだ。
 集中攻撃はそこそこ効果があったようで、マルメルスを掴んでいた触手は半分ほど切り裂かれたような状態になり締め付けが緩む。
 そこにすかさずイベンダーのオッサンが……おわ、例のドワーフ合金鎧の両手両足にした付与を使って、ロケットのように飛んで体当たり。
 触手から解放されたマルメルスが空中に放り出されたのを俺がキャッチして、デレルや他の囚人達の隠れている岩陰へと放り投げる。丁度よくデレルがクッション代わりになったな。よし、狙い通り!
 
 再び転回しつつやや上空へ。
 沼地全体を見回すと、俺達に襲いかかって来た個体の他にも二体ほどが辺りで暴れている。
 一体はドゥカムとその護衛達、もう一体はマヌサアルバ会の連中が対処しようとしているが、形勢は見た限り良いとは思えない。
 俺はイベンダーのオッサンと連携プレーで吸盤粘体スライムサッカーに牽制を加えながら周囲を旋回する。
 そのため動かせる残りの三本が全て、それぞれに俺とオッサンを追い掛け出して、地上のハコブ達に余裕が出る。
 
「沼地から誘き出して陸地にあげよう! 機動力が落ちるはずだ!」
 マーランの指示を受け、俺達は旋回しつつ吸盤粘体スライムサッカーを陸地の方へ誘う。
 下半身……と言うべきか、水中に隠れていた粘体の下の方には、足代わりの触手がさらに四本ほど生えていて、それを使い這うように移動するが、陸地に上がってからは目に見えて移動速度が下がる。
 それだけでなく浮力の支えを失ったことで自重を支えるのも難しくなったのか、攻撃してきてる触手の安定性も悪くなりだした。
 俺とオッサンはそれぞれ逆回りで旋回しつつ翻弄する。
 俺達を捕まえようとしている触手は空回りしこんがらがり、近くの白茶け立ち枯れた木に当たり巻き付いた。
 触手の先は名前の通りに無数の吸盤がついていて、獲物を捕らえると吸い付いて離れないらしいのだが、それが仇となり今度は絡みつき吸いついたその木から触手を離せない。

「こりゃ良いぜ! 動き回れなくなった!」
 アダンが歓声を上げ、盾を手にしたメイスでガンガン叩く。
「バカ! 後ろだアダン!」
 吸盤粘体スライムサッカーの触手は合計八本。足代わりに身体を支えている四本と、先程傷つけた一本に今木に絡まった一本を除いてもまだ二本が自由に動く。そのウチ一本がアダンの後方から勢い任せに打ち付けられる。
 
 その刹那。
 
 眩しい光と共に炎の柱が噴き上がり、触手を焼き焦がす。ハコブの魔法、【炎の壁】だ。
 それで勢いの削がれた触手の一撃は、スティッフィが“雷神の戦鎚”のカウンターで打ち返して逸らす。
 元々の電撃効果に加え、マーランによる魔法の補助で火属性魔力も帯びた戦鎚のそれは、吸盤粘体スライムサッカーには結構手痛い一撃だったようだ。
 しかし本体への大きな痛手には至らない。猛獣や他の魔獣もよりも原始的な魔物で知恵もないが、その分執拗で引くことを知らないという吸盤粘体スライムサッカーは、先程絡みついてしまった立ち枯れた木をメキメキとへし折ると、まるで丸太の棍棒でも振り回すようにしてそのまま振るいだした。
 
 やべえな、手数は減ってもむしろ攻撃力はアップしてんじゃねえかよ。
 乱戦になると巻き添えが出るから【突風】は使えないし、そもそも吸盤粘体スライムサッカーの巨体だと俺程度の起こす風じゃ微動だにしない。
 俺に出来るのは周りを飛んで牽制しつつ【風の刃根】をちまちま撃ち込むことぐらい。単独じゃあ出来ることに限りがある。
 吸盤粘体スライムサッカーは触手に巻き付いた木をそのまま再びハコブ達へと叩き付けるようにして振り回す。
 俺とオッサンは別のもう一本の触手に邪魔をされて近づくことが出来ないし、近づいたところで多分何も出来ない。
 ハコブは一度大きな魔法を使うと連発出来ず、マーランにはこれを防げるだけの高度な呪文は扱えない。ニキのクロスボウは無力で、スティッフィとアダンは体勢が悪い。
 
 再び万事休すかというその状況を覆したのは一人の巨漢。
 最初に吹き飛ばされていた囚人部隊の一人、“狂乱の”グイド・フォルクスだ。
 振り下ろされた丸太を両の腕でがっしと受け止め掴むと、ぎりぎりとそれを梃子にして触手をねじ上げる。
 後で聞いたことだが吸盤粘体スライムサッカーは名前の通り粘体に似てはいるが、厳密には本当の意味の粘体生物じゃないらしい。どっちかというとヒルやナメクジに近いそうだ。
 つまりタコとヒルの中間みたいな巨大な魔物で、その上で身体がより粘体状に近いというようなもの。
 そしてぬるぬるした粘液に包まれた身体は常なら掴むことなんか出来ないが、吸盤が立ち枯れた木を掴んで絡みついてしまった結果、グイドがそれを掴めるようになった。
 ぶよぶよした弾性のある身体は半端な打撃や斬撃を跳ね返すが、濡れタオルを丸めて絞るみたいに捻られ続けたらどうなるか?
 答えはそう、「ねじ切れる」だ。
 
 ブチブチ、とでも言うかの音を立てつつ吸盤粘体スライムサッカーの吸盤触手が引きちぎれる。
 そしてグイドは引きちぎった触手が絡みついていた木を掲げると、その裂けて尖った切っ先を勢い任せに吸盤粘体スライムサッカーの本体へ深々と突き刺した。
 飛沫のように、粘液とも体液ともつかぬ液体が噴き出すなか、やや間をおいてマーランが「今だ!」と号令を出すと、俺を含め全員で総攻撃。マーランによる火属性魔力による補助を受けた俺たちの攻撃は、個々の一撃は微力だが吸盤粘体スライムサッカーへとダメージを与えて叩き潰す。
 
 にしても───グイドだ。
 とんでもねえ怪力なのは知っていたが、またもや魔獣、魔物を相手に素手でここまで戦うとは。
 それに、目の錯覚か?
 吸盤粘体スライムサッカーとやりあっている間、その身体が一回りか二回り程大きくなっているように見えていたのは?
 
 
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