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第二章 迷宮都市の救世主たち ~ドキ!? 転生者だらけの迷宮都市では、奴隷ハーレムも最強チート無双も何でもアリの大運動会!? ~

2-143.追放者のオーク、ガンボン「───駄目だ!」

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 駄目だ! 駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ!
 レイフを───殺す!? その死体をシャーイダールのものだと偽り、魔力溜まりマナプールの支配権を奪う!?
 
 ───駄目だ!
 
 イベンダーが明らかにしたハコブさんの陰謀の、特に前半分は何のことかどういう経緯か俺にはよく分からない。
 けどその最後……これからハコブさんがやろうとしていることは───駄目だ!
 絶対に、絶対に阻止しなければならない!
 
 俺は薄暗い地下遺跡の中をひた走る。どこへ? 分からない! あの換気口らしい小さな穴の向こうがどこにつながっていたかも分からない。
 分からないからとにかく勘に頼って見当をつけて突き進むしかない……と、そうなりそうなところだけど、いや、それじゃ駄目だ。
 運に任せた勘じゃなく、必要なのは感覚。見えるもの、聞こえるもの、匂い、痕跡、とにかくあらゆるものを総動員して、ハコブさんとイベンダーの話していた場所を探り出すしかない。
 
 土ぼこりの上のうっすらとした足跡。石壁に反響する些細な物音。そして何より……匂い。
 豚っ鼻をひくつかせ、湿った冷たい空気の中から、幾つかの特徴的な匂いを辿る。そう、この常人より鋭い嗅覚はオーク特有のもの……ではない。俺がまつろわぬ混沌の神々の一柱、"狂犬"ル・シンの呪いにより"人狼"と化したことで得られた能力の一つ。
 特にこういう何かを捜し出さねばならないときには、指輪による封印の力を弱めて、より強く発揮させることが出来る。
 
 格別に臭うのは……あー、さっきの俺の便所のそれ、ね、うん。そしてベースキャンプに設置したコンロと鍋の中のスープ。
 それらを除外し、元々のこの地下の環境にあった匂いも消す。残るのは新たにこの地下遺跡へと侵入して来た俺達……"シャーイダールの探索者+1"のそれぞれの匂い。
 
 その匂いは捜索範囲に対応して三方に別れている……ハズなのだけども、んん? いやこれは……。
 
「うぉう! ガンボンかよ、てめー、ビビらせやがって!」
 ぶつかったのはアダンさん。慌てた様子で走って来ていた。
「……いいから、少し黙って」
 アダンさんと俺をまとめて黙らせ、ニキさんが聞き耳を立てる。立てつつ構えたクロスボウの装置を弄り、壁へと向けてボルトを発射。
 何事? と訝しむもののその先の空間、壁には何もない。ただ……ふわっとさざ波のような空気の揺らぎがわずかに感じられる。
 
「あっちだ」
 そう言って右手の暗がりを指し示し、さっさと先導して進み出す。
 え? 何? 何なの? という顔をしてただろう俺に対して、
「何かよー、あの"魔通しの弩弓"で魔法の力使えるってのあったろ? あれ、使い方次第で色ンな効果あるらしくてよ。風の魔力をちっと纏わせると音とかよく聞こえて周りのことがよく分かるンだってよ」
 とアダンさんが補足。あれか、コウモリとかみたいなやつか? ちょっと違う?
 
 何にせよお二人について歩き始めるも……ん? ちょっと待て、この二人は何でこっち来てるの? と思い直す。
「あ、あの、どこ……行くの?」
 追いかけつつそう聞くと、
「あ? お前、気付いてたんじゃねーのか?」
「"警笛"鳴っただろ?」
 と。
 
 "警笛"……? としばし考えてから、ああ、そうかこれだ、と胸元に手をやる。
 首に掛けられた小さな笛のかたちの首飾り。それぞれ別れる前に渡されたそれは、危険や何かがあったときに他の人の持つそれへと魔法の信号を送る緊急連絡用魔装具。
 笛のように吹くか、強い衝撃を与え壊すことでその信号は発せられて、大まかな方向までは分かるという事だったが……あれぇー?
 俺のこれ、真ん中の小さな魔晶石にひび入ってるな……。
 
 思い返して気がついたけど、さっき俺、大慌てで立ち上がろうとしてずるっコケて顔面から地面に倒れ、そん時多分……うん、「強い衝撃で壊れた」な……。
 なのでアダンさん達に伝わった警告信号の発信源は俺だけど、彼等には具体的に誰が発したかは分からず、けれども大まかな位置、方向は分かる。そしてそれは探索分担としては真ん中、つまり今居るイベンダーとハコブさんの担当区画。
 そりゃまあ、その二人を探すよなあ。
 
 しばらく進むと、今度は別の人影が暗い道に浮かび上がる。
 背が高くて色黒のスティッフィさんと、身体にゆったりとしたローブ姿のマーランさんだ。
「おお、マーラン! 2人は居たか!? 何があった!?」
 そう声をかけつつ走り寄るアダンさんに、マーランさんもスティッフィさんも反応をしない。いや、全く無いわけではないけど、それよりもその奥の空間……俺達から見ると右へと曲がる通路……というか、部屋の入り口? そちらへと意識が向けられている。
 
「何だよ、おい、ここか……?」
 真っ先に近づいたアダンさんもその入り口から奥へと視線をやり……絶句。続くニキさんもまた、目を見開き驚愕を隠さぬまま硬直したように動きが止まる。

 嫌な気配だ。闇の魔力がより濃密になり、オークの俺ですら脂汗が滲む。いや、これはただその先の光景を想像しての予感のせいか。
 それより何よりも───匂い。
 濃密な闇の気配から、鮮烈な血の匂いが漂って来ている。
 
 最悪を想定しつつも、その恐れを振り切り小走りに急ぐ。
 どうあれ、あっては欲しくない光景が脳裏をよぎる。
 けれどもマーランさんの横にたどり着き、右手へと視線をやり見た光景は、想像していたものとはやや違う、それでいてやはり……あっては欲しくない光景だった。
 
◆ ◆ ◆
 
「揃ったか……」
 静かな。
 とても静かな落ち着いた声で、ハコブさんはそう言った。
 
 一応俺を含めた残り五人。その全員がいまここに揃い、同じ光景を見ていることを指しての言葉だろう。
 その声がハコブさんのものなのは分かる。鎧も、変装と守りのための白いフード付きトーガも、やはりハコブさんのものだ。
 けれども唯一違うのは……。
 
「……シャーイダー……ル……様?」
 途方に暮れた子供のように、マーランさんがそう言葉を吐き出す。
 素朴でいて禍々しい。黒塗りで木彫りの、アジアかアフリカ辺りの民芸品みたいな仮面に鬣と角の飾りがついたもの。
 唯一記憶のハコブさんと異なっているのは、その奇妙な仮面だ。
 
「いや、いやいや、ち、ちげーだろ? ハ、ハコブだよ……な? 全然、シャーイダール様とは、体格とか、ちげーし……」
 口の端をひくつかせつつそう続けるアダンさんに、
「……そう、だけど……サ。何……でか……何で?」
「頭ではハコブだって……分かってるのに」
「シャーイダール様……に、思えてなんないんだけど……?」
 
 違うのは仮面。なら、彼等がこうも恐れ、おののいているのはその仮面姿だろう。
 が……。
 
 ず、と俺は一歩、その中へ踏み込む。
 そこは最初のホールの次くらいには広い長方形の広間で、今居る位置からは真ん中に向かいややすり鉢状の階段が数段ほどあり低くなっている。
 中心の、それでも広いこれまた長方形の底部には、横一列等間隔に意匠の凝られた飾り柱が並んで居て、その丁度真ん中より右二つくらいの位置にハコブさんは立っていた。
 俺からの距離は10メートルほどか。
 地面に転がるランタンと、飾り柱の頂点につけられたら魔法の灯火。
 その仄かな明かりに照らされたシルエットの足元に───やはり鈍く金色の反射をしている物体。
 
「───イベンダーを……」
 
 さらに一歩。踏み込み一段降りる。
 
「……どうした?」
 
 低く、唸るようにそう問うと、奇妙な仮面をしたハコブさんは右足をあげてから……それを鈍い金色の物体へと下ろし、踏みつけ、
 
「まだ、死んではいないな」
 
 そう言った。
 
「───おい、ガンボ……!?」
 驚き叫ぶその声を背に聞き、一足飛びに飛び込んで背負っていた棍棒を横凪にして足元へ払う。
 それを易々交わして剣を振るう。その剣には纏わりつくようなねっとりとした闇。魔力を帯びさせた魔法剣だ。
 
 ハコブさんの魔法剣を左手の籠手で斜めに逸らすが、左肩を掠めて血肉を抉る。抉られた傷はさほど深くない。深くないがその傷口には魔法剣の闇の魔力が染み込むようにして広がり、傷口を腐食させる毒になる。
 が……。
 
「成る程、やはりオーク相手だと闇の魔法剣の効き目は弱い……か」
 手にした剣と俺の傷口を交互に見ながらそう呟くハコブさん。落ち着き、まるで動じていないその様は、短い付き合いとはいえ今まで見てきたどの姿とも違って見える。
 
 俺は片膝建立ちで棍棒を構えつつ、足元の金ピカ鎧を探る。
 居る。イベンダーだ。そして結構な血が流されているが、呼吸も脈もまだあるようだ。確かに……まだ、死んではいない。
 
「お、おい……ハコブ……だろ? ハコブだよな? 一体何が……どーなってンだよ?
 それ、シャーイダール様の仮面だろ? それに……イベンダーのおっさんに……ガンボンは……」
 困惑し戸惑う四人の気持ちを代弁するようにしてアダンさんが聞く。
 
 聞かれて、仮面をしたハコブさんはゆっくりとその方向……既に俺同様に数段を降りてきて近い距離にまで来ていた四人へと向き直り、
「……ああ、こんな状況で説明するかたちになったのは甚だ不本意だが……まあ、仕方ない」
 
 ひりつく様な沈黙の間。誰かの呼吸音がまた別の誰かの呼吸音と重なり合い、嫌な不協和音を奏でる。
 
「───手っ取り早く結論から言おう。
 今日から俺が……シャーイダールだ。そして同時にクトリア王になる。だから───お前達は今まで通り、俺についてこい」
 
 
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