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第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!
3-6. マジュヌーン(精霊憑き)(6) -あの頃僕らは
しおりを挟む悲鳴、怒声、恐れおののき逃げ惑う声に、音、そして……匂い。
混乱は水面に落ちた小石の波紋みてえ、状況の分からねえ連中にまで伝染し広がっていく。
ここにもその波紋は届き、まず反応したのは樫屋。すさ、っと身軽な……見たまんま猿みてえな動きで背の高い田上の肩に乗り騒ぎの中心を確かめようと右手を眉のところにかざす。
「何か暴れてっけどよく分かんねーな。見てくらぁ」
そう言うとまた、見たまんま猿みてえな素早い身のこなしでぴょんぴょん跳ねるように向こうへ行く。
「怪物だ!」
樫屋が行くとほぼ同時に、別の誰かの叫びが聞こえる。
「ヤバい、ヤバい、ヤバい! 殺される!」
「うそ、マジ、ヤダ、何!?」
次々と耳に入る日本語に、また別の言語でのわめき声。一番多いのは言葉にすらなってねえような悲鳴や泣き叫ぶ声だ。
こりゃ一体どんだけの化け物か。まともに身動き出来ねえこの有り様で、そんなのに遭遇したらひとたまりもねえな。
そう思ってると、田上の糞ゴツい腕がにゅっと伸びて、俺を軽々と抱え上げると肩に乗せる。
その反対側、左肩にはテレンスの奴。テレンスの体格は成人男性としてはやや小柄にも見えるが、痩せこけた俺よりは健康的で重さもあるはず。
その二人をまるでおもちゃのぬいぐるみを担ぐみたいに同時に抱え上げるンだから、犀人とやらになった田上は見た目以上にとんでもねえな。
「あ、あれは───」
混乱の中心を見ながらテレンスが言う。
俺達の周りには既に逃げ惑う連中が押し合いへし合いしつつ押し寄せて来て、田上の肩に乗せてもらえてなきゃ踏み殺されてたかもしれねえ。
その状況で落ち着いたままの田上と、混乱の主を見定めようとし続けるテレンス。どちらもかなりの度胸か、または鈍感さだ。
「タブン、あれは……あー、デスクロードラゴンと呼ばれる、小型のドラゴンの、一種、です。
とても凶暴、恐ろしい、魔物……。
だいたい、は、山の高いところ、住んでるので……ううん、邪術士達が、捕まえて、飼っていた……?」
イカレ爺の転生の何のの次は怪奇猫人間に猿、犀、その他の怪人祭り。そして極めつけはドラゴンと来やがった。ハ! 正に大野が言ってたゲームの世界丸出しだな。
だが俺たちがどんだけゲームや漫画みてえな化け物に生まれ変わったにしても、ゲームみてえに手から炎を噴き出させたり稲妻だのビームだのを出せるワケでもねえし、何よりこの馬鹿げた怪人ボディも、実際のところ血と肉と骨で出来た生身の肉体。
殴られりゃ痛ぇし、切られりゃ血も出る。当然心臓が止まりゃあやはり死ぬ。多分な。
ゲーム感覚でドラゴン退治と洒落込むのは、そりゃ無茶な話だ。
その俺達の目の前に、赤茶けた大きな塊が飛んでくる。
「うお、何だ!?」危うく避けると、俺の背後の石柱へとそれが激突。いや、激突したかと思わせるも、そいつはまた身軽に身体を半回転しながら両足でその柱へと着地していた。
「うほぉー、あぁっぶねえぜ。ありゃすげぇな。爪とかばっか長ぇし、一噛みで俺なんか丸呑みにされそうだぜ」
樫屋はそう言いながらもやけに嬉しそうな顔。
「何やってんだ、おい。逃げるぞ」
樫屋は身軽だし、田上はハンパ無い巨体の怪力。魔法の力はねえけども、アニマルフレンズと化した二人は、今までの人間の常識を越えた身体能力を持ってるのは間違いない。だがそれでも、化け物ドラゴン相手にガチ喧嘩かませるとは思えねえ。
「や、多分無理だわ。あいつでけえ上に素早えし、このまんまじゃ逃げきれねーわ」
そんな俺の思惑をぶったぎるように、樫屋がしれっとそんな事を言う。
既に半数以上は逃げ出して、残りの半分は身動きも出来ず、その長く鋭い爪で切られ、刺され、また噛み砕かれて死ぬか死にかけるかしているのが目でも鼻でも分かる。
文字通り、モンスターパニックムービーみてえな凄惨な光景がこのホールの中には広がっていた。
「がも、じれん。俺は、足は遅いじな」
言いつつ、今度は田上が俺とテレンスの二人を肩から下ろす。
「お、おい……」
「真嶋、お前は、怪我じでる。邪魔だ、先に逃げろ」
「そーそー、テレンスのおっさん、猫ニャンまじニャン頼むぜニャーン」
───は?
「おい、待て、ふざけんな!? てめーら置いて俺だけ逃げろってのかよ!?」
「へっへ、俺、漫画とか映画にあるこーゆーシーン、ちょっとアコガレてたんだよな」
「分がる」
分かる、じゃねーよてめえら!
「てめぇ、ざけんじゃねえぞコラ!? 誰が、誰が足手まといだってンだこのやろう……!」
そう吐き出してつっかかるが、その瞬間脇腹の、恐らくひびの入ったあばら骨の辺りが鋭く痛み、悶絶する。
「ほら見ろ、動けねーじゃん」
「大人じぐ、じでろ」
糞ったれ、何だって俺だけこんな有り様になってやがンだ……!
「おい、そろそろ結構ヤバそーだな」
「ああ」
「田上、ちょっと一本取ってきてよ。俺、ちっとだけ話あっから」
樫屋の奴が、間抜けな猿面してそんな事を言うと、田上は「ぞれば柔道。レズリングはブォールだ 」とか言ってずだずだと進む。その背中は異様なほどにでかいが、何故か昔から見知っているずんぐりした田上のそれと同じ様に思えた。
「なあ、真嶋くんさ。俺と最初に会ったときのこと、覚えてん?」
猿面の樫屋が改まってそんな事を聞く。
「始業式だろ。お金持ち高校なのにアホみてえな奴が居ンなって思ったけどな」
「やっぱ? てか、覚えてねーよな、まあ」
「……あ? 何だよ?」
そう聞くと何やら恥ずかしげに顔を伏せ、小鼻を掻いてからまた続ける。
「いや、本当はさ、俺、中二の夏休みに一度会ってンのよ、真嶋くんに」
「そうなのか?」
そりゃ初耳だ。
「ちょっとさ、家のこととかでゴタゴタあってさ。俺、あン頃すげー荒れててさ。
何かもー、何もかも嫌ンなってて、ぶっちゃけ死んでも構わねー、ってな気分で、誰彼かまわず強そうな奴相手に喧嘩売っててさ」
「糞迷惑だな」
「なぁ。だよな」
その頃の話自体は大まかには知ってる。新御多三中の拳骨ケンゴの名前は、その頃のあだ名らしい、と。
「で、そン時、真嶋くんにボロクソ負けてンの、俺」
「……全然覚えてねぇわ」
「まあ、タイマンじゃねーしさ。何か糞パイセンに呼ばれてその付き合いで着いてったら、真嶋くんが居て、もうボロッボロ」
「そうか」
俺もまあ、中学の頃は今より荒れてはいた。いやまあ“今”っていつの“今”だよ、ってな状態じゃああるけどよ。
「真嶋くんもかなりやられて、血だらけのあざだらけなのにさ。全然負けてねーの。人数なんか倍以上の相手に。
で、なんつーかさ……俺、救われてさ」
「はァ?」
ちょっと待て、全然話がつながらねーぞ?
「死んでも構わねー、みてーに思ってたのに、真嶋くんにボロクソ殴られてるときにさ。
やべぇ、死にたくねえ、って、マジ思ったのよ」
そう言うとまた、恥ずかしげに小鼻を掻く。
「……そりゃ……まあ、そうだろうよ」
死ぬのは怖くねーとか、命懸けだとか、口じゃあ誰でも簡単に言えるが、いざそうなりゃ怖くなって当たり前だ。
「……で、俺、心入れ変えて、死にてーとか言いながら喧嘩すんの止めたの。
だから───」
真嶋くんは俺の命の恩人、と、なんつーか繋がってんだかどーなんだか分かンねー理屈を言う。
「───何だよそりゃ、ワケ分かんねーぞ、おい」
「へへ。だろ? けど、俺にとっちゃそーなのよ」
言いながら、またぴょんと跳ねるように飛び上がり、くるりとバック転しながら着地。
「おお、すげぇ、俺オリンピック目指せねえ? あ、猿だから無理か? 猿リンピック?」
相変わらずのふざけた調子でそう言ってから、俺たちの方へと振り返り、
「じゃ、テレンスさん、後、頼むわ。ヨロシクー」
だっ、っと跳ねながら前へと進む。
「お、待て、てめー……!!」
叫びつつ呼び止める俺に、
「別に死ぬ気とか全然ねーからさ! 後で追いつくわ!」
無駄に爽やかな声の調子で、逃げまどう連中の波を掻き分け姿を消した。
「くそ、おい、テレンス! あいつらを追うぞ!」
そうけしかけるがそれにテレンスはかぶりを振り、
「いいえ、ダメです。逃げます」
そうキッパリはっきりと言う。
「ざけんな! ダチを見捨てててめぇだけ逃げられるかよ!?」
ダチ───意識せず、不意にそう言葉がでて、その事にまるっきり違和感がなかった。
正直な話、今まで樫屋や田上と連んで来ちゃいたが、はっきりと奴等のことをダチ───友人だと意識して来たことはねえ。
俺はそもそも嫌われ者の乱暴者で鼻つまみ者。母親からも「生まなきゃ良かった」と詰られ、愛人の子でしかない俺を父親も特に可愛がるなんてことはなかった。ときおり気紛れにやってきて、玩具や菓子を……むやみに高級なそれを、買い与えて“飼って”おく存在。それが俺だ。
成長するに従って、本妻の子である静修さん、つまり母親違いの兄との差異がくっきりと際立つと、その傾向は如実になった。
『セイシュウさんはあんなに立派なのに───』
『あんたなんか生んだせいで、アタシはもっと惨めになったわ』
『せめて、見た目くらいはあの人も可愛がりたくなるくらい良ければね……』
卑屈になり荒れていた俺は───結局はそれも構って欲しさ故なのか、喧嘩ばかりしてはさらに疎まれた。
その俺の卑屈でいじけた心根は、当然「俺には無いもの全てを持っている」静修さんへの八つ当たりに近い怒り、憎しみとなった。
俺が9歳くらいの頃か。初めて会ったそのときも、俺はただ睨み付け呪いの念を送るだけだったのに───。
『───君が、櫂くん? はじめまして。弟だね、会えて嬉しいよ!』
生まれて初めて、「会えて嬉しい」と、そう言われた───。
疑り深くも暫くは、俺はその好意に裏があるものと思っていた。だが、何時まで経ってもその裏を見せることはなく、静修さんは俺を弟として扱い、唯一の友のような存在だった。
樫屋の奴は、「真嶋くんに救われた」なんて言いやがったが、それで言うなら俺は静修さんに救われた。
母親からも、父親からも、小学校の教師やクラスメイト達からも毛嫌いされ疎んじられていたこの俺を、静修さんだけが唯一対等な存在として接してくれた。
俺はそれから、俺の将来は静修さんの為に使うことを決めた。
だから、俺にとって高校での人付き合いも、静修さんからこぼれ落ちるような奴らを補完するためのものだ。
静修さんは華やかで誰からも好かれ、尊敬され、大勢の人間の中心にいる存在。
けど、樫屋みたいな半端な不良だの、田上みたいな朴念仁だのは、その静修さんを中心とした集まりからは外れたところに居る。
そいつらを集めて、いざというときには静修さんの為に動かせるようにしておく。
ただそれだけを基準にしていた。
だが───違った。樫屋も田上も、俺のダチだ。静修さんは関係ねえ。ただ、俺のダチなんだ。
ダチを置いて俺だけ逃げ出すなんて、出来るわけがねえ。
両脚に力を込めて立ち上がろうとするが、やはり痛みにバランスを崩して倒れ込む。その俺を支えるように受け止めたテレンスは、たいして力も無さそうだがそれでも俺にと肩を貸しつつ歩き出す。
「ダメだ! やめろ! 逃げねえぞ、俺は───」
「ワタシは、死ぬ気は、アリマセン。そして、アナタを、死なせる気も、アリマセン。
彼らは、ワタシに、アナタを預けタ。ワタシは、ワタシの命と、アナタの命を、助けマス」
どー見ても前世っから喧嘩の弱そうなテレンスが、全くどっしり落ち着いたふうでそう言いやがる。
こいつはそこらの不良なんざ及ばねーくれえ肝が座ってやがる。脅してもすかしても言うことをききそうな感じがしねえ。
どーする? どーすりゃ良い?
向こうからは相変わらずの悲鳴に怒号。そしてさらに新しい新鮮な血の匂い。
まともに独りで歩けもしねえこの俺は、確かに事実足手纏いだ。テレンスの奴を振り解く力すら出やしねえ。
その俺の足元……すぐ近くに、ぼろ布の塊……いや、ほぼぼろ布同然のちっこい何者かがうずくまって居るのが目に入る。いや、実際には……蹴飛ばした。
「ひゃん!」
そいつは妙に鼻にかかったような変な悲鳴を上げて、飛び跳ねるようにしてから再び小さくうずくまる。
「……何だ? てめぇ、誰だ?」
そう聞くも、何か訳の分からん言葉でむにゃむにゃと話し出す。
「ああ、これは帝国語───いえ、クトリア語……ですね。この世界の、言葉」
つまり、こいつは前世のクラスメイトでも飛行機の乗客乗務員でもない。ただ元々この世界に居て、やはりたまたまこの地下に居た誰か……と言うことか。
ごにゃごにゃ言う言葉の中で、何度か繰り返し出てくる単語に、「ナップル」と言うのがある。
「彼、ナップルという名のようですね。怯えて、歩けなくなって、うずくまり隠れてやり過ごそうとしていた、みたいデスガ……」
そりゃまた、なんとも間抜けな判断だ。
「ん? 薬……?」
テレンスが不意にそう復唱するかに聞く。
「凄い! それは───うん、そう───、ふむ……?」
通訳しつつもそのナップルとか言うちびと話し、驚き喜びの声をあげるテレンスに、
「おい、なあ、何が凄いって?」
と聞くと、
「彼……ナップルは今、魔法の薬を持っているらしいデス。傷もスグ治せる、ヒーリングポーション! 魔法の、回復薬!」
魔法の薬? 普段ならばかばかしいと笑い飛ばすが、今ここにあっちゃあ藁にもすがりてえ話だぜ。
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