上 下
231 / 495
第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!

3-31.クトリア議会議長、レイフィアス・ケラー「ほい? 内密?」

しおりを挟む

 
「お、そろそろ来たようだぞ?」
 そう左腕の篭手に付けられた魔導具を見ながらイベンダーが言う。
 それを受けて足の悪い僕以外が一旦立ち上がりつつ少し待つと、数人の準会員を引き連れてアルバが姿を現す。
 
「お待たせいたしました。本日はお越しいただき感謝しております」
「いえ、こちらこそ。ここはとても素晴らしい場所ですね」
 最初に入室したお付きの準会員と、まずは形式的な挨拶をかわす。
 これまでのやりとりや疑問を意識には止めつつも、興味関心は名高い美食の方へと向いてしまう。
 【魅了の目】にも気付けないほど身も心もぐでんぐでんに緩みきってしまった僕に対し、ややエヴリンドの視線が痛い。
 
 その後からゆっくりとした歩みで入室してくるのは真っ黒に染め上げられたドレス姿のマヌサアルバ会会頭のアルバ。
 最初の召集のときもそうだったけど、彼女は全体的には小柄な女性なのに肉付きが良く、こう、やけに目を引くような存在感がある。単純に見た目だけのこととして言えばグラマラスだ、ということなんだけど、魔力の強さや、ある種のカリスマ性、立ち振る舞い所作といったあらゆるものが、彼女の「ただ者ではない」感じを際立たせる。
 しかも当然それは、【魅了の目】等の効果ではない。

「レイフ殿、堪能していただけたかな?」
 軽く微笑むように口の端を上げてそう聞いてくる。
 顔の半分を隠した仮面から見える口には赤紫のルージュが引かれ、ややぽってりとした厚めの唇を彩っている。
 目元のアイラインも黒と紫のやや毒々しい色合いで、やもすればただ派手でけばけばしいだけのメイクになりそうなものの、物腰振る舞い含めたアルバのキャラクターにはマッチしている。
 部屋の内装含め、この世界の人間の文化圏で見ることはあまりないだろう独特のメイク、服装、装飾調度品。
 やはり他の二つのファミリーとは、根本的なところに大きな違いがあるように思える。
 
「ここはとても素晴らしいところです。とても良かった」
 同じ様なコメント返しになってしまったが、僕の語彙力だとまだ多彩な表現は難しい。と、そう言うと、
「ここでは帝国語、クトリア語ではなく、エルフ語での会話でも構わんぞ。それに……せっかくの会食だ。形式ばらず、もっと自然な口調で良いのではないかな?」
 そうエルフ語で言う。
 
 おおっと、と驚くのは僕だけではなく他の面々も。
「おお、アルバ殿はエルフ語も堪能ですね! まるで自然で、遜色がない。私の帝国語など遠く及びません」
 デュアンがそう言うが、本当にその通り。
「ご配慮、感謝します」
「だからそう形式ばらず、リラックスしてくれ。せっかく手間暇時間をかけて柔らかくしたのに、また固くなられては元も子もない」
 赤紫のルージュを引いた唇の前に、悪戯っぽく指を立てて微笑む。既に上気していた頬がさらに熱くなってきそうだ。
 
「ああ、それとイベンダー。例のもの、実に調子が良いぞ。良い買い物をさせてもらった」
 ちょっと気詰まり気味になってしまった僕から、イベンダーへと話の向きが変わる。
「おお、そうかそうか! 評判はどんなもんだ?」
「まあそこそこ……だな。あまり慣れていない者が多いし、浸透するには時間もかかるだろう。
 だがまるで売れなくても問題ない。私が好きで飲むだけだ」
 何やら商売絡みの話かな? と思い黙っていると、カートに乗せられた機械とグラスが運ばれてくる。
「食前酒代わりに一杯、といくか」
 あ、ソーダマシンか。イベンダーの作ったという、例の。
 
 デュアンも、あとあまり口にはしないがエヴリンドも、コーラ含めた炭酸水をけっこう気に入っている。
 闇の森にも自然の炭酸泉水の湧き出る泉があり、そこそこ親しんではいたりするけども、そういうところのは微炭酸みたいなものだし、また運んできてもすぐ気が抜けてしまう。
 イベンダーの炭酸水は魔導具を使ってそれを再現し、また自然炭酸泉水よりも炭酸度が高い上、調合したレシピのコーラにジンジャーエール、後まあかなり好みの分かれる湿布の風味のルートビア味にと種類も豊富で、まさにこの機械でしか味わえない味だ。
「今回は炭酸入りウッドエルフワインも用意させてもらったが、いかがかな?」
「おお! それは楽しみ!」
 アルバのその言葉に、ワイン好きのデュアンがかなりの勢いで食いつく。スパークリングワインかー。スゴいねアルバさん。
 
 食前酒、ドリンクも堪能し、さらには運ばれる料理も凄い。この世界の文化にあるとは思ってもなかったような料理が次々と。まるでフルコースのように現れる。
 ヤバい……。本当に今の所、ただただ贅沢してただただまったりしてるだけだっ……!
 
 会話はまずは当たり障りのない風聞や食事メニューの話。
 新しい法令案でマヌサアルバ会に大きく影響しそうなのは、酒造、食品衛生安全と取引に関する事と、浴場及び美容マッサージでの健康衛生に関する事。
 食品安全と取引に関しては、貴族街のみならず市街地も郊外の食品生産業にも大きく関係する。狩人ギルドはもとより、北地区に居る“ねずみ屋”と呼ばれるオオネズミ狩りを中心とした城市街地でのゴミあさり、食料調達を生業としている貧民の一大勢力に、独自の食料生産を行っている東地区、塩と干し魚と魚醤のグッドコーヴ、畜産業を営んでるノルドバや“グンダー牧場&ガブガブ休息所”に、ボーマ城塞、王国駐屯軍共有耕作地等々、この辺の法律を整備し、かつこれら多数の事業者、勢力との利害調整はかなり面倒くさい。
 その中で一番の勢力であるマヌサアルバ会の賛同を取り付けられるかどうかは大きい。
 なので一応その辺の話を織り交ぜつつ、その法案に対する具体的なアイデアや要望等々も聞いてはいるのだけども……。
 
 うーんむ。何かうまいことはぐらかされてる感がある。
 というか、先延ばしにしているという感じかなあ? 何かしらの準備というか、現時点で決めかねる要因があるのかな。
 まあそういうのはそれで仕方ない。こちらも是が非でも今日、初回の会食ですぐさま何かを確約しておこう、というつもりではいないしね。
 まずはご挨拶。そして親睦を深めつつ相互理解。
 何度も繰り返し話し合いと交流を積み重ねて、信頼と友好とその他諸々の上に成立するのだ。しないときもあるけど。
 
 イベンダーはここのアルバとも特別な親交があるようで、それは酒やソーダマシンの取引だけではなく、どーも何やら親密な空気がある。クランドロールのクーロや、プレイゼスのパコとのそれよりも、二人の間の空気は独特だ。
 僕以上によく話していたのはデュアンで、上院議員となったモディーナとまたかなり親密に会話をしているようだった。
 
 なんとはなしに、やや所在の無さを感じる。
 エヴリンドは自分の職務に忠実だ。デュアンもまた、元々の性格含めて社交的に振る舞える。イベンダーに関してはそれ以上。口八丁手八丁、どんな場所どんな相手であっても、その交渉術や社交性が曇ることは無さそうだ。
 僕はといえば、そもそも社交性の無いネクラな本好き。ケルアディード郷ですら浮き気味なくらい閉じこもっていたような僕が、見知らぬ地でよく知らない相手に、上辺では役割に合わせたそれなりの交流が出来ても、やはり居心地の悪さは否めない。
 
「レイフ、飲み物のお代わりはいかがかな?」
 その所在なさげな雰囲気を察したのか、アルバがそう水を向けてくる。
「ありがとう。それでは、デュアンと同じ、炭酸ワインを」
 もう会食も終盤。そろそろ酒を入れても問題ないだろう。
 アルバは給仕にそれを指示して、また彼女も同じものを注がせる。
 それからガラス製の高価なグラスを傾けて掲げつつお互いに口を付ける。
 
「我々には多くの共通点がある……そうは思わないか?」
 一口飲んでから、アルバは僕の方へと視線を向けながらそう言葉を切り出した。
 
「ダークエルフである君らは生まれつき闇と共にある。我らは生来的にではないが、やはり闇と共に生きる。そういう我らを忌み嫌う者も少なくはないが───その様なことは些細なことだ。何故なら我らは、真に芳醇なる闇の世界を知り、その中で真の生を得る」
 この言葉に、デュアンはもとよりエヴリンドですら息をのむ。
 何せそれは、僕らダークエルフの教えにある言葉とほとんど同じなのだから。
 
「これは政治的な話でも、商業的な話でもなく、ごくごく私的な話だ。
 私は……我々は、クトリアにおける権力や金銭やそういう事とは別に、君たちとは深く強い結びつきを感じているし、また友愛と敬意の念を持ち、交誼を結びたいと思っているのだよ」
 僕の目を、というよりもむしろ魂の奥底を見つめるかのようにじっと視線を向けながら、優しくそっと僕の手に手を添える。
 そのあまりの自然さに、驚きはすれども決して不快感はなく、また魅入られたようにして僕もアルバの目から視線を離せない。

「───いやぁ、それは我々としても、まさにその通りです」
 まるでアルバに優しく抱かれているかのふわりとした心地よさの膜を、デュアンのその声が打ち破る。
 何すんだてめーこのやろう……というような感情が湧き上がり思わず睨みつけそうになるが、いやいや、分かってます、分かってます。今、めっちゃ助け船を出された。
 
 ヤバい。モディーナの【魅了の目】どころじゃない。目だけじゃなく全身の毛穴の全てから、人を虜にするフェロモンでも出しているのかという程だ。
 僕はそれから暫くの間は、あくまで陽気に語るデュアンの声を耳にしつつ、その内容などほとんど入ってこないかに陶然とし続けていた。
 
 
 会食は8の鐘から半刻ほど過ぎ。24時間で言えば夜の9時頃にお開きとなり、またもや結構なお土産を貰い帰路へとつく。
 今回でそれぞれ三大ファミリーとの初回の会食全てが終わり、それぞれの会食で得られた情報やとりあえずの約束事などをトータルでまとめてから、後日改めての法案政策や打ち合わせをしなければならないこともあり、イベンダーとはすぐに別れてエヴリンド、デュアンと三人で“妖術師の塔”へと向かう。
 
「レイフ」
 あ、この声の感じは……はい、エヴリンドさんのお叱りモードですね、ええ。
「お前は……まあ、ほとんど郷から出ることなく過ごしてきて、今になって急に人間のところになんぞに来ているのだから、不慣れなのも仕方ないとは思うがな───」
 ん? それほどキツいお叱りモードでもない……?
「簡単にのぼせ上がりすぎだ! あの程度のたぶらかしでああまで反応しおって!」
 ひぃぃぃ~~~! 激おこエヴリン丸ッ!?
「反省しておりまっ……!!」
「反省だけならゴブリンにも出来る!」
 いや、何かさ、何か違うんですよ!?
 
 
「あー、いや、エヴリンド。そればかりとも言えないと思いますよ」
 またもやそう助け船を出してくれるのはデュアン。
「あの、アルバさん? 思うに、魔力の波長がレイフに合うみたいで」
 波長? そうなの?
「そうだったか?」
「いや、それがまあ、難しいんですけど……んーーー……。どうも、魔力の波長が一定してないというか、もしかしたら波長を操れるのか、何にせよあのときあの瞬間においては、かなり波長あってました。
 そうですね……強いて言うなら、ナナイ様の波長に似ていたのかな?」
 
 魔力の波長……というのは、まあ何というか魔力のDNAというか指紋というか、とにかく全ての魔力を持つ生き物には個別の波長というのがある。
 それは例えば魔力痕のような形で残されているとその魔力の持ち主を特定する情報にもなるんだけど、と同時によく言われるのは、「魔力の波長の近いもの同士は惹かれ合う」というもの。
 まあフィーリングとか相性というか、感覚的に好き、嫌い、みたいに、魔力の波長によって相手への印象とかも変わってしまいやすい。
 デュアンの見立て通りに僕とアルバの魔力の波長が近いのであれば、僕が、またはアルバがついつい相手に気を許してしまったりというのもある。
 別にこれは魔力に限ったことでなく、「自分と似たところのある人に好感を持ちやすい」という心理とも通じている。 

「まあ、我々ダークエルフにとっては“闇属性の魔力を持つこと”はごく当たり前の事ですが、人間達の社会では異端視されやすいことですからね。
 それを踏まえれば彼らに我々ダークエルフへの畏敬の念のようなものがあったとしても、そうおかしくはないでしょう」
 デュアンがそう纏める。
 それはそれで確かに一理ある。一理はあるけど、うーーーん……。なかなか……難しいな。
 
「だとしても、だ。同じ闇属性持ちだからと気安く心を許すな。人間社会の闇属性魔術師なんぞ、不老不死を求める死霊術士か、隙あらば他人をたぶらかし奴隷にしようとする邪術士ばかりだからな」
 うーむ。エヴリンドのこの言葉が、ただのとんでもない偏見……とは言い切れないのも悩ましいところ。
 そういやエヴリンドは、闇の主のこともあまり信用してなかったんだよな。
 アランディのみならず、エイミやエヴリンド辺りも、母ナナイと共に何度か闇の森の外へ旅に出ていた事があるらしいので、その頃に何かしらあったりもしたのかもしれない。
 
「ま、それはさておき、ですね」
 “妖術師の塔”の門扉が見えて来始めると、デュアンがそう話を切り替える。

「レイフ。ちょっと内密に話したいことがあるんですよ」
「ほい? 内密?」
「ええ。そして既に塔の前で人に待っててもらってます」
「ええ? そうなの!?」
 ちょっと、聞いてないよ!?
「はい、諸々の噂と、その人の証言とを加味しますと、あんまりのんびりはしてられないかもしれないので」
 
 街頭の下に見える影は、今回はアデリアではなく三人ほどの男性。
 近付くと真ん中の老人は脱帽して頭を垂れつつ一礼をする。
 
「……アンタが、“ジャックの息子”の代理人の妖術師か。
 頼む───息子を助けてくれ。あいつはこのままじゃ、きっとマヌサアルバ会に殺されちまう……!」
 
 護衛二人を連れた老人は、名をエクトル・グンダー。
 クトリア郊外でグンダー牧場とガブガブ休息所を経営している人物で、つまりはクトリア畜産業の中心人物だそうな。
 ドユコト?
 
 
しおりを挟む

処理中です...