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第一章 今週、気付いたこと。あのね、異世界転生とかよく言うけどさ。そんーなに楽でもねぇし!? そんなに都合良く無敵モードとかならねえから!?
1-19.ゴブリンロード、ユリウス
しおりを挟む襲撃部隊は見事に任務をやってのけた。
何せ使い捨てのスケルトン兵を除けばこちらの被害はゼロ。ダークエルフの一行をほぼ一方的に壊滅させ、魔導具等一式も手に入ったのだからな。
隠し路についての情報が正確だったこと。その隠し路の安全性を奴らが過信していたこと。張られていた結界が思いの外弱まっていたこと。
これだけ条件が巧く揃ったこの襲撃が、失敗することは有り得ない。
ただ、完璧じゃあない。
画竜点睛を欠く、とでも言うか、殆ど捕虜が捕れなかった。
事前の調査では、あの一行には族長の妹だか何だかが居たはずだ。
女、というだけでも捕虜にする価値はあるが、のみならず族長の血縁ならば人質としても情報源としても価値が大きい。
惜しいことをした。
俺の横に女達が侍り、着ていた鎧を脱がせる。
以前、どこぞの遺跡で手に入れた古代の鎧で、実に良い魔法効果がある。
残念なことに新しく手に入れた戦利品の中には俺の身体に合う鎧はなかったし、魔法効果にしても既に遺跡から手に入れたものより上回る物も無いから、後で他の連中に分配してやることにする。
仕事には正当な評価を。忠誠には見返りを、だ。
ああ、この群れは「昔とは違う」。
運良く生き延びて、たまたま個体として強くなっただけの愚か者が、手に入れた戦利品を独占して威張り散らすような、そんな昔の……いや、「よくある普通のゴブリンの群れ」とは違う。
上の者は下の者を指導し育成する。
下の者は上の者の命令を忠実にこなし、成果には報いがある。
よく働いた者はよく食べられるし、努力の結果はきちんと得られる。
規律。訓練。忠誠……。
今までのゴブリンの群れに欠けてたあらゆるものを俺はもたらした。
ただの無秩序で粗野な、猿と人間の中間のような存在から、この群れは「進化」した。
そう、存在としてのステージが、他のゴブリンの群れとは異なって居るのだ。
鎧やブーツを全て取り払い、女達が用意した湯船へと向かう。
湯浴みでリラックスしながら戦利品の鑑定だ。
成る程、ケルアディード郷の魔導具は格別だ、というのは本当のようだ。
杖三本は、それぞれ召喚、雷撃、回復の魔術が使える。
弓及び剣、手斧等各武器には命中とダメージ補正の他、属性魔法の付与と、一部に恐怖効果や対アンデッドがある。これは、低級の魔獣やアンデッド系モンスター等ならばパニックを起こさせて逃走させられるモノのようだ。これを持ってる奴が一行に居たら、スケルトン兵部隊は瓦解してたかもな。
革鎧及びミスリル鎧各種は、まずは基本として体力増強効果があり、他に耐性増加や自動回復効果等もある。
ブーツ及び篭手類に多いのは腕力増強で、手袋等には鍛冶や錬金のスキル増加等もあった。
指輪及び首飾りやサークレット等の装飾品には、白兵戦用よりも魔術師向けの付与が多い。
戦闘に直接関わらない魔導具にも面白いものが多い。
失せ物探しや探知機能の付与されたものや、声を大きくする、なんていうのもあった。
何れも、俺の作れるものの中には無い。
防具、特に鎧の方はサイズの問題もある。
鎧を与えるなら少なくともホブゴブリン並みの体格にまで成長している者達だろう。
逆に短剣の類なら、まだ成長していない若いゴブリンにやっても良い。
扱いが難しいのは術師向けの装身具だな。
正直まだ、シャーマンになれている者の数はそう多くない。
ダークエルフに対し、術師の練度、適性、総数では遥かに負けている。
そこをどう補い、戦略を立てるかは……今後の課題だな。
「ユリウス様」
湯浴みから上がった俺を待ち受けていたのは二人の女、カナンとアースラだ。
カナンは俺と同世代で、アースラは年長組。五人いる幹部のうちの二人でもあり、共に我が群れでは貴重な術者でもある。
アースラは年長組の遠征隊にいたが、その中でもっとも早く「新体制」に順応した一人だ。
年長組と言ったところで、そもそも成長も早く、また寿命も短いゴブリンでは短い者では半年から一年ほどしか差は無い。
無いが、成長が早い分、本来ならばその一年二年の差が、そのまま居残り組との能力差として決定的な違いとなる。
俺の上に居た年長組も当然そう思っていただろう。
自分達より後に生まれ、たいした狩りの経験もないヒヨッコが自分達に適うわけがない、と。
しかしそれは、奴ら自身がそうだったからでしかない。
野生の地豚や鹿等の獲物を狩り、人間の商隊を襲って“捕虜”を捕らえ、意気揚々と帰ってきた年長組リーダーとは「見解の相違」が元で対立し、正当な決闘で勝利した。
これで俺は、“居残り組の若手のリーダー”から、“この群れ全体のリーダー”へとなった。
思えば、それこそが今の下克上の原点であり、ゴブリンロードとしての生き方を決定付けた出来事だ。
年長組の不満分子はその後相応の処分をした。古い「ゴブリン流」から脱却出来ない奴らは必要無い。
アースラとカナンの二人は、他の女達が俺の身体に残った水分を布で拭いているのを待ちつつ、報告の機会を窺っている。
二人とも、今回の襲撃の実働部隊にいた。
俺がこの群れに加わって、初めてシャーマンとしてのスキルを得たのがカナンだ。
彼女は土魔法の適性を得て、今回は他のゴブリンを率いての【石飛礫】等の土魔法での攻撃を中心にやってもらった。
アースラは土の他に闇属性を得ている。術者としては先達のカナンに優るが、身体能力には劣るので、なるべく前線には立たせない。今回で言えば、スケルトン兵の召喚は彼女の仕事だ。
「カナン」
まずは俺の裸体に熱っぽい視線を送るカナンに声をかけ、報告を促す。促されたカナンは表情を引き締めてから、真面目ぶった声音で報告を始める。公私の区別の出来る女だ。
「我々の部隊は野営地の北側、崖の上で待機。指示通りに奴らが完全に休息を始めるまで待ちました。
それから【地揺れ】で揺さぶりをかけ、その後アースラのスケルトン兵による攪乱後、【石飛礫】等も併用し崖の下へと追い詰め、再び【石飛礫】で追い討ち、壊滅をさせました」
見事に俺の指示通りの働きをしている。
女達の手で毛皮のローブに着替えつつ、もう一人、闇のごとき漆黒の長い髪をしたアースラへと向き直る。
「“戦利品”の量に関してはどういうことだ?」
「事前に掘っておき、スケルトン兵を召喚させた地下道から運び出す手筈でしたが……その」
カナンに対し、些か言いにくそうに言葉が途切れる。
俺は視線だけで続けるよう促すと、逡巡の後に意を決して、
「増援が来ました。何者かまでは分かりません。
他の郷の一行か、レンジャーの巡回か、或いは別働隊が居たのか……」
「見張りを残し、我々の部隊も崖下へ降りて荷の回収と生き残りの捕縛へと移りましたが、箱の物資を降ろしたところで見張りから増援の報告を受けました。スケルトン兵のストックも無くなっていたため、安全を優先させ地下道への撤退の後に再び【地揺れ】で封鎖し、増援による追撃を阻止しました」
戦況が不利なら、無理をして手柄を立てようとせず、被害を減らす前提で撤退を優先し、追撃、追跡の類はきっちり断つこと。これも指示通りではある。
「ふむ……」
想定よりも早い増援。そこは気になる。
ダークエルフの隠し路にはまだ我々の知らぬ何かがあるのか。或いは此方の動きが事前に察知されていたのか……?
歩きながら考えるが、今ここで得られる答えはなさそうだ。
◆ ◆ ◆
ゴブリンには名前、という概念が無い。言語そのものが単純で、単に他との区別のため「若いの」「でかいの」「痩せっぽち」等と適当に呼ばれるだけだ。
なので、俺が名付け親になってやった。もちろん、俺の名前は自分でつけている。
人間やエルフの言葉を元に、それぞれの特性や功績に合わせて名を付ける。
そして名付けられるということはイコールで俺に認められること、でもある。
その認識は群れの中で概ね共有されている。
これにより、強さが全てという旧来ゴブリン流の原則は残しつつも、この群れのリーダーである俺による評価、というものが意味を持つようになった。
ただ単に狩りに出て獲物を多く持ち帰る、より多くの敵を殺す。それだけで威張り散らせる時代は終わった。
直接殺した敵、手に入れた獲物だけではなく、俺の作戦、戦略により忠実で効果的な行動をとれるかどうか。
補助も事前の下準備も、また群れの生活環境の向上も、全て評価の対象だ。
武器や防具を作る、整備をすることもそうだ。
以前の年長組が捕らえてきた捕虜の中には、鍛冶師や錬金術師も居た。
女だからと言うだけで連れてこられた彼女等だが、以前のままなら、彼女等は単なる性奴隷として使いつぶされ、混血の子を産まされて不衛生なまま檻に捕らわれ死んでいただろう。実際、俺がここの実権を握る前にいた捕虜達は、そうして次々に死んでいった。
かつてのゴブリンリーダーとの「見解の相違」の中でも大きな変更の一つが、その捕虜の扱い、だ。
「以前のやり方」においては、捕虜の扱いは家畜以下だ。
ある程度のエサは与えてもそれだけで、そもそも衛生観念も無かったゴブリン達は、糞尿の始末すらしていなかった。
俺は自分がゴブリンリーダーとなってまず最初にこれらを改善し、捕虜の檻を作り替え、監視を兼ねた世話係を付けた。
そして勝手に虐待や強姦をする事を禁止し、相手がそれに同意しない限りは手出し無用、と厳命した。
これに反発した年長組の男どもは多数いたが、彼らには、僅かな食料と装備類を与えて穏便に出て行ってもらっている。まあたいした知恵も力もないはぐれゴブリンの集団など、そう長くは生きられるものではない。
捕虜達の中で、有能で従順な者達には仕事とともにある程度の自由を与えている。
さっき例示した鍛冶師、錬金術師はその代表で、専用の作業場を与えて仕事をしてもらっている。
そして、我々への害意が無いことがハッキリしている者達には、望むならば解放もすると伝えたが、今の所それを希望した捕虜は居ない。
まあそうだろう。
彼女等はゴブリンが捕らえた女をどう扱うかを聞かされていたはずだ。
そうして連れてきたゴブリンリーダーを、俺が圧倒的な戦力差で打ち破り、ここでの実権を得てからの待遇は、想定していたものとは全く違う。
下手すれば、外の人間の社会でのそれよりも快適だとも言える。
何より───彼女等の知っているゴブリンの在り方とは全く異なる、知性と理性を持つ俺の存在───。
彼女等が自ら進んで「同意」を持って関係を望んだのも当然だった。
戦力として組み込んだ捕虜もいる。
捕らえられた者達の護衛だった女剣士もそうだ。
その後暫くして捕虜になったエルフ達の中にも我々の戦力として組み込まれた者も居る。
エルフは貴重な弓士であり術者だ。
ゴブリン達はいまいち弓を使うのは巧くない。若いうちは体格が小さく、成長してもそういう細かい作業には向かない者が多い。
手に入れた武器の中では石弓の方が使い易いが、多くのゴブリンには革と紐で作った投石器を装備させている。長距離では長弓には遙か及ばないが、森の中のゲリラ戦では十分な戦力になる。
捕虜の収容施設で、まだ処遇の決まっていない者達の区画へと行く。
ここら辺りは洞窟の中でも湿気が多く、空気も淀みがちであまり環境の良くない場所だ。環境の良い場所は当然、地位の高い者、手下のゴブリン、そして従順になった捕虜達に優先的に使わせているからだ。
反抗的な者、見極めの済んでいない者達を纏めて閉じこめているが、出来れば取り込みたい者も少なくない。
今、見に行くのは竪穴式の独房へと入れた、最も新しい捕虜だ。
見張りのゴブリン達が敬礼をする。
アースラに案内させ、幾つかの竪穴式独房の中から、例の新しい捕虜が居る檻へと向かう。
独房の天井───つまりは今、俺の足元にある格子窓から何やら喚き声がしていた。
ふん、活きが良いじゃないか。
「こいつは、どんな奴だ?」
「オークの男よ。何故ダークエルフ達に同行していたのかは分からないけどね。
魔術で支配、使役されていた捕虜なのか、傭兵なのか……。
しかしカナンの話によると、自ら身を挺して【石飛礫】による攻撃から使節団長の女を守り続けて居たらしいから、かなり彼らと深い関係にあるんじゃないかしらね?」
口調が幾分砕けてきたのは、公私の区別にうるさいカナンが居ないからだ。
カナンはカナンで、戦闘の後は高ぶりが中々治まらずすぐにも俺を求めたくなるので、事後処理が終わるまで外してもらっている。夜まではお預けだ。
しかし……ダークエルフに忠義を尽くすオーク、だと?
確か話によると、ダークエルフとオークはあまり良好な関係ではなかったはず。
まして闇の森ダークエルフは、闇の主の配下でありつつも、主を裏切り、人間の軍との戦いから逃げたような連中だ。
そんな連中と共に行動していたというのは、どういう事だ?
興味深い奴だ。
「ただ……」
捕虜のオークについて考えていると、少し言いにくそうにアースラは続ける。
「ちょっと頭がイカれてるのかも、ね。
気絶してたときからずーっと、仔地豚をこう、胸のところで抱え込んでて離さないの。
何か訳わかんないこと喚き続けててさ」
「ほう。
妙に元気だとは思ったが、何を喚いてるんだ?」
「さあ?
俺はタカギだとかブーだとか……」
「……はい?」
多分そのとき、俺は眉根を寄せながら、片方の目を見開いていた。
何だ、コイツは……?
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