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第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!

3-208 J.B.(131)Women Lie, Men Lie (女の嘘、男の嘘)

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 厄介なことになりやがった。
 あてがわれた部屋は、客間の中では多分一番ランクが低いだろう程度のもので、多分お偉いさんの従者や何かが使う為の部屋だ。狭苦しいと言う程でもないが広くもなく、みすぼらしいワケでもないが豪華でもない。
 簡素で寝心地も良くもなきゃ悪くも無いベッドで仰向けに寝転がりつつ、頭の中で状況整理をする。
 
 俺が探していた同じ村の生き残りは、十中八九間違いなく、タロッツィ商会の奴隷兵“漆黒の竜巻”だろう。
 ただの奴隷兵ってだけじゃない。この闘技場でのかつてのチャンピオンでもあり、“毒蛇”ヴェーナの魔獣狩り部隊、“護民兵団”の部隊長でもあり、こうして街に滞在してる時は、ヴェーナの、また、デジモの刺客でもあり影の護衛でもある。
 だがそれよりも何よりも……あの拷問室での様子を見るに、何らかの魔導具、術、薬……そういったものを使って操られている……ように思える。
 
 そしてこの町の代官、デジモ・カナーリオ。こいつもなかなか厄介だ。術士であることは間違いない。どのくらいの力があるかまでは分からねぇが、少なくとも「ちょっと簡易魔法が使えます」、程度じゃないのは明らか。少なくとも本格的に魔術を学んでいる。
 
 その代官、デジモ・カナーリオの奴隷だろう南方人ラハイシュの大男、全身に俺たち南方人ラハイシュの加護の入れ墨を彫ってある……確か、ポロ・ガロと言う名の男。
 気になったのが……この男とデジモの関係性だ。
 デジモは、俺が加護持ちの南方人ラハイシュである事を知って、明らかにポロ・ガロに疑念を抱いていた。多分ありゃ、俺を引き入れたのがあの大男だと疑ったんだ。
 二つ、疑問が浮かぶ。
 一つはもちろん、何故あいつを疑ったのか、だ。もちろん加護持ちの南方人ラハイシュが、そうそうこっちの方まで流れてくるなんてのは珍しく、その珍しい加護持ち南方人ラハイシュが、“毒蛇”ヴェーナ来訪のその日に、偶然同じ町に居合わせた事を訝しく思うのは当然だろう。
 その偶然を訝しむ事と、その理由を自分の奴隷に求めるのはまた別な話だ。
 つまり、デジモとしてはポロ・ガロを疑う何らかの根拠がある。多分、過去に……だ。
 
 そしてもう一つの疑問は、そんな疑わしい奴隷を何故いつまでも使い続けて居るのか、だ。
 どうあれ自分の所有奴隷だというのなら、疑わしく思った時点で処分しちまえばいい。拷問室で衛兵や雑役夫の男を何ら躊躇なく殺して処分したところからすれば、ヴェーナ同様にデジモもまた、奴隷や配下の命を気にするような“マトモな”神経は持ち合わせちゃいねぇ。
 つまり、そうそう簡単に“処分”出来ない理由がある。
 
 それを考え、不意に一つの可能性が浮かぶ。
 
 ポロ・ガロは、どこかの村から連れてこられた加護持ち奴隷じゃなく、ボバーシオで会った老人と同じく、俺たち砂漠の村々を巡り歩き加護の入れ墨を彫っていた呪術師の一人だったとしたら……?
 そう考えれば、色々と説明がつく。つまり、ポロ・ガロが多くの加護の入れ墨を彫っていられたのも、呪術師としてどのように彫ればそれぞれお互いの加護の入れ墨の魔力が干渉し合い、また無効化したり暴走したりしないかを熟知していたからで、ポロ・ガロを簡単に処分出来ないのも、“漆黒の竜巻”の入れ墨の補修が出来るのが奴だけだから……。
 この可能性は、確かに考えられる。
 
 それから、もう一つ……いや、何よりも一番厄介な問題は、まさにこの地の支配者、“毒蛇”ヴェーナだ。
 さっきはまさに九死に一生、イベンダーのオッサン仕込みの嘘、大袈裟、でたらめをアドリブでなんとか駆使してヴェーナの疑念を逸らし、俺がグレタ・ヴァンノーニからの伝言役だと信じ込ませることは出来た。
 とっさの思いつきにしちゃあ上手くいったもんだ。特に俺自身ががグレタの生死を知らず、あくまでひと月以上連絡が途絶えたことで、事前に定められた通りに伝言を届けに来た……という設定にしたのは我ながら感心するぜ。
 それをヴェーナが信じている間は、身の安全は保障される。グレタの生死を確かめる……再び連絡を受けるかもしれない可能性がある以上、俺をクトリアへと無事に帰さなけりゃならねぇからな。
 
 だが問題は、そのグレタとヴェーナの関係性が、俺からは分からない事だ。
 どれくらい親しい間柄なのか。何らかのお互いだけに分かる符丁、密約、取り決めなどがあるのか。あるとしたらどのようなものか……。
 いや、ここは「二人の間には何らかの取り決め、密約は必ずある」 と考えておいた方がいい。
 ヴァンノーニ商会は帝国時代からの由緒正しい魔導具専門商会だ。今現在その拠点は“毒蛇”ヴェーナの領地にあり、またその庇護下にあるが、だからと言って支配下にあるわけじゃない。
 各地に支店と人脈と繋がりを持ち、さらには独立した武装勢力としての一面もある。
 辺境四卿の一人とは言え、ヴェーナ個人の思惑でそうそう好き勝手する事は出来ない相手だ。
 
 そのヴェーナの思惑が、グレタとの繋がり、密約にある……としたら、どうだ?
 それは充分にあり得る。
 ヴァンノーニ商会の過酷で酷薄な後継者選び……つまり、複数の女に生ませた腹違いの兄弟姉妹それぞれに支店を持たせ、お互い競い合わせた上で最も成果をあげたものに家督を譲ると言う決まり事。
 ヴェーナがグレタと密約を結び、その後継者争いを支援をする事で、将来的にヴァンノーニ商会を手中に収めようとしていたら……?
 つまり、グレタが俺たち “シャーイダールの探索者”相手やろうとしていたことと全く同じことを、ヴェーナはグレタを通じてヴァンノーニ商会に対してやろうとしている……いや、やろうとして“いた”。
 そう考えれば、色んなことが一つにまとまる。
 そして……こりゃかなり“ヤバい”。
 もしそうだとしたら……俺たちがグレタを殺した真犯人だとヴェーナに知られれば、間違いなくとてつもなく恐ろしい報復をされるだろう。
 
 ……糞、マジで厄介だ。
 そんなヴェーナと同じ館に逗留し、その上でヴェーナの“お気に入り”である“漆黒の竜巻”を奪還……さらには奴らに仕掛けられた術だか何かによる精神支配をなんとかしなきゃなんねぇ。
 
 ───時期を待つ……か?
 
 それも一つの手だ。直接対面したおかげで“漆黒の竜巻”がどんな奴なのかの情報を得た。所属もはっきりしてるし、少なくともどこで何をしているのか、そもそも生きてるのか死んでるのか全く分からなかった以前の状況に比べりゃ、はるかに良くなってる。
 この闘技会の間は適当にやり過ごし、後日改めて装備なんかも整えた上で奪還する。
 ああ、間違いなくその方が良い。魔獣狩りの護民兵団なんぞとかで部隊長をやっている以上、いつ何時危ういことになるかは分からねぇが、それでも野垂れ死にするって事ぁ無ぇだろう。
 
 そうだ、それがベストな選択だ。そう考え、ようやく一息ついてゆっくりと呼吸。
 ひとまずは眠り、気持ちを切り替え明日に望む……。
 
 そのつもりだったが……そうは行かなくなる。
 
 やはり俺が間抜けなのか、それとも相手が巧すぎるのか。どっちかといえば後者だと思いてぇが、そいつが部屋の隅、闇に紛れてそこにいることに気付いた時にはすでに奴の射程内。怖気の立つ思いを押し殺し、ビンビンに感じる嫌な気配にゲロを吐きたくもなるが、あちらさんにはまだ今すぐ俺をどうこうしようという意志はないようだ。
 
「───さすがに遅すぎねぇか? この時間じゃあよ」
 多分声は震えてなかった。そのはずだ。いつでも動けるようしながらも、体勢は変えずに寝転がったままそう呼び掛ける。
 
「だンまりはねえだろ。用事があるからわざわざこんな時間に忍んで来たんじゃねぇのか?」
 フッ、と小さな笑いか、或いは呼吸。
 それから聞こえる、やや嗄れたような掠れたような独特の声は、確かに聞き覚えがある。いや、誰か個人として……じゃなく、この声の調子は獣人……特に、猫獣人バルーティ独特のモンだ。
 
「───“漆黒の竜巻”」
 癖のあるその独特の声で、だが抑揚もなく響くその言葉は、考えていた何よりも意外なもの。
「明日の騒ぎに、お前が連れて逃げろ」
 即座に反応出来ずに、しばらくの間。
 
「何故だ?」
「四の五の言うな。お前の……同胞だろう? シジュメルだか言う、神様のよ」
 
 何だ? 何故……何を知ってる? 分からねぇ、分からねぇが……。
 
「簡単に言うな。どうやりゃ出来るってんだよ」
「言った通りだ。騒ぎが起きる。お前はただ、その機を見逃すな───」
 
 そう言って、そいつの気配は不意に消える。
 木戸の付いた小窓からの夜風がふわりと顔を撫でた僅かな間に、既に部屋の中には俺一人。文字通りに……闇の中から突然現れ、そしてまた闇の中へと去っていった。
 
 何者なのか、また俺の……そして“漆黒の竜巻”の何を知ってるのか……何も分からぬままただ生温い空気だけがその場に残されていた。
 
 □ ■ □
 
 安眠どころの話じゃなく、全く落ち着けないまま朝を迎える。ラシードの奴は「四者の異なる思惑を持つ者が居る」なんぞと言っていたが、今ここプント・アテジオにはそれ以上の何かが蠢いている。
 サッドを頭とする“闇エルフ団”。
 ラシード、ガンボンら、行方不明の仲間を捜している“疾風戦団”。
 ネミーラ達、シーエルフ。
 俺……“漆黒の竜巻”の解放を狙う俺。
 
 そして、“毒蛇”ヴェロニカ・ヴェーナ。
 代官のデジモ・カナーリオ。
 闘技場で最大派閥の奴隷商であり、傭兵団でもある“タロッツィ商会”。
 
 ヴェロニカ・ヴェーナは底が知れない。
 デジモ・カナーリオはヴェロニカ・ヴェーナに忠誠心があるが、そのヴェーナにも見せていない思惑もありそうではある。
 “タロッツィ商会”……。ヤコポ司令官とその配下部隊とやり合ったのは一週以上は前だが、ここに居る奴隷闘士たちはまた別派閥としても、組織としてはデカいし、またぶつかる事になりゃあ厄介だ。
 
 そして昨夜、俺の部屋に忍び込んでいた奴……猫獣人バルーティ
 何より一番得体が知れないし、目的も分からねぇ。
 奴は俺に“漆黒の竜巻”を連れて逃げろ、と言った。
 それが奴の本当の、本心からの言葉だとするなら、つまり俺が元々どういう目的でこの町に来たかを知っているということになる。
 あるいはかまかけ……誘いの罠、ということももちろん有り得る。デジモ・カナーリオは俺と大男のポロ・ガロとの関係を疑っていた。その線で言えば、何らかの形で俺に誘い水を向け罠にはめようとしている……というのも有り得なくはないが、だとしたら何故あんな胡散臭い奴を伝言役にしたのか?
 そう、罠にはめるつもりであの言葉を言わせたのならば、もっと俺が信頼したくなるような、罠にハマりそうなやり方があるはずだ。
 あの侵入者は得体が知れず、その言葉も信用できない。
 だからこそ……信用出来る。
 
 □ ■ □
 
 使用人から食事に呼び出され、身支度を整えてからそれに従う。一応は代官の館の客人扱いらしい。
 呼ばれた食堂には給仕たちにデジモ・カナーリオが居て、促されて着席すると最後にヴェロニカ・ヴェーナがやってくる。
 ヴェーナの服装は、多分この世界の一般的なファッションセンスからすれば“イカれ”ている。
 この世界の上流階級の服装ってのは、基本的には前世での映画やドラマなんかでイメージする「昔のヨーロッパ貴族」なんかに比べりゃ質素だ。大ざっぱに「昔の貴族」なんて言ったって、古代、紀元前のローマ帝国時代から中世、近世と、そりゃ千年以上も時代の開きがあるものを安直に「昔」なんて括ったら雑すぎる話だが、それで言うとキリスト教化された中世後半から近世なんかの、ゴテゴテした装飾や華美な飾りのあるドレス、服装なんてのは、まあ一般的じゃない。
 この世界では、貴族、上流階級の服装ってのは、一番に素材が違う。分かり易いのは絹だ。
 質素で華美じゃないが上等な絹織物。そこにある程度の刺繍や、宝飾品をワンポイントで身につける。
 
 そう言う帝国流の上流階級の服飾とはまるで違う。
 と言うより、ヴェーナのそれはそもそもドレスですらない。
 鎧。ドレスのようにも見える鎧。そう言うものだ。
 
 入室して来たヴェーナに対して席を立ち礼をする。そのヴェーナの着席を待ってから再び着席。砂漠生まれでクトリア育ちの野蛮人、てなのは間違いねぇが、さすがに辺境四卿の前で不作法は拙い。完璧なマナーかどうかは分からねぇけどな。
 
「どうだ、よく眠れたか?」
 ヴェーナが肉をフォークで突き刺しつつ聞いてくる。
「とても寝心地のよい寝具で休めました」
 ま、そんなには嘘はついてない。
 
 この世界、と言うか、少なくともクトリアではまだナイフとフォークで食事をする、と言う風習は一般的にはない。旧帝国領では貴族や上流階級で、二又、または三又のフォークが使われてるらしいが、庶民のほとんどは手掴みだそうだ。
 だから、デジモやヴェーナからすれば、砂漠生まれクトリア育ちの野蛮人が、それなりに礼儀正しく返答し、フォークもきちんと使えるってのはちょっとした驚きだし、そこもまた、俺がグレタと親交があったと言う証左になる。
 
「そう言えば……」
 改まった調子でそう切り出し、
「きちんと名を聞いてなかったな」
 と問われる。
 問われて答えないのは無理だが、果たして名乗って大丈夫か。そうは思うが、デタラメな偽名を使った後に、実はグレタが俺の名前まで伝えていた、となるのは最悪だ。
 
「JB……と、一応そう呼ばれてます」
「変わった名だな」
「俺の村では、子供の頃には幼名をつけて、成人後に改めて名付けられます。ですが、俺が成人する前に村は滅ぼされたので……」
「そうか」
 この辺も、昨日既にポロ・ガロによって明かされているから隠す意味はない情報だ。
 
「リカトリジオスは憎いか?」
 そこへ、さらに踏み込んで来るヴェーナ。
「憎くないと言えば嘘になりますが、何が出来ると言う事もありませんので、今はなんとも」
 我ながらヘタレた返答だが、そう当たり障りなく返す。が、
「嘘だな。取り繕うな」
 ヴェーナはそう斬って捨てる。
 何を根拠に? との心中の疑問に、
「そんなヤワな男を、グレタが気に入るワケがない。表向き取り繕ったところで、隠し切れぬ牙を持っているのだろう?」
 と、さも自信満々な顔で言ってのける。
 やはり、ヴェーナとグレタの関係性……そこは、かなりの地雷原だ。
「……だとしても、今はグレタの安否が大事だ……」
 答えて顔を伏せるのは、なるべく表情を読ませたくないから。
 俺のその答えに、ヴェーナは暫く口を閉ざす。今更ながらも、こうなってくるとあまり気分のいい誤魔化し方じゃねぇ。とは言え、この毒蛇の巣をうまく抜け出すためには、この演技をやり抜くしかねえだろう。
 
「───今日は、特別な試合がある」
 不意に、ヴェーナがそう話題を変える。
「せっかくプント・アテジオにまで来たんだ。最後まで見てからクトリアへと戻ると良い。今日は……楽しめ」
 
 楽しめるかどうかは別として、もちろんまだ帰れないし、帰るつもりも無い。
 
 
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