遠くて近きルナプレール ~転生獣人と復讐ロードと~

ヘボラヤーナ・キョリンスキー

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第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!

3-250. マジュヌーン(96)混沌の渦 - あなたが人を裏切るのなら僕は人を殺してしまったさ

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 膠着状態がしばらく続いた。王国駐屯軍の魔人ディモニウム討伐隊はおよそ400。帝国流の編成で言う百人隊が四隊だ。内訳は歩兵と弓兵が半々。騎兵隊はなしで、歩兵も重装盾兵が中心だ。
 お得意の長槍兵が居ないのは、アルアジル曰わく完全な守りの構成だと言う。
 長槍兵はまずは騎兵に強く、そして規律だった軍隊同士の戦における攻撃の要。だが魔人ディモニウムの山賊のようは無秩序な群れを相手には小回りが効かない分やや効果が薄い。盾の壁で守りに徹して迎え撃つ。その方が確かに効果的だ。
 
 そして何よりここの魔人ディモニウム達は野戦に持ち込まざるを得ない。砦化しているとは言え、もともとアルゴードの渡し場はあくまでレフレクトルからの渡河点の船着き場。両脇を切り立った崖に挟まれたゆるい下り坂になる構造は、中に完全に籠もれば四方から矢で射られまくる。
 だから魔人ディモニウム側は、その崖の上を取られないよう野戦を挑む事になる。
 
 レフレクトルからアルゴードを繋ぐ道の途中を塞ぐかたちに野営陣地を張り、その前面に本隊含めた盾兵を前に立たせ、奥から放射状に矢を射続ける。
 それを鉄張りの盾を上に掲げ、巨大な炎の塊が焼き払ったりして防ぎつつ、機を見て鉄の穂先の付いた投げ槍や、鉄の礫を投げつける魔人ディモニウム勢。
 全体としては一進一退。軍としての規律だった動きは確実に王国駐屯軍が上で練度も高いが、無軌道な暴れ者の集団と思われてただろう魔人ディモニウム勢も、なかなかどうして、そこそこ集団戦が出来ている。
 そこは、なんというか前世で曲がりなりにも教員という立場だった“黄金頭”アウレウムの知識から……とも言えるんかもしれねぇが、まあどうだかな。
 
「王国軍の弓兵隊の隊長もなかなかのもんだぜ」
 鼻歌交じりな気軽さで、のんびり“観戦”しているエリクサールが言う。
「狙う位置がめっちゃ的確。こりゃ王国軍側にポイント加算だな」
 まるで野球観戦している酒飲みオヤジのようだ。
「しかし魔人ディモニウム側はまだ本気でもありませんね。“鉄塊の”ネフィルによる鉄製武具は使っていますが、“黄金頭”アウレウムも、“猛獣”ヴィオレトも、また獣人部隊も動いては居ません」
 そう、まだお互い様子見。相手の出方を伺いつつ、どこで決め手の攻撃をするかを計っている……てな所だろう。
「本隊のアウレウムは別として、獣人部隊と“猛獣”ヴィオレトの魔獣部隊は遊軍で待機……そう読むか?」
「かもしれません」
 獣人部隊に関しちゃそうかもしれねぇ。荒くれ者の猫獣人バルーティがボスの一派らしいから、規律だった作戦になんか加わろうとしやがらねえだろうしな。たが、“猛獣”ヴィオレト……小森に関しちゃそうとも限らねー。大野と日野川は、前世、そして王都脱出の頃からも見た目だけでなく態度人格も変わって見えたが、小森と金田にはあんまり変化があったとも思えねぇ。もちろん、そりゃただそう思えた……あるいは、そう思いたかっただけかもしれねぇがな。だがそうだとしたら、あの2人が能力の割に冷遇され、地味な裏方をやってるのにも納得がいく。
 2人はまだ、慣れちゃ居ねぇんだろう。この世界での、殺し殺されの糞みてぇな状況に。
 
「王国駐屯軍のアウグストってな、どんな野郎だ?」
 レフレクトルの建物の屋根の上から、膠着状態の小競り合いを眺めて岩蟹の薫製を摘まむエリクサールにそう聞くと、
「さーねー。よくは知らんけど、“腐れ”から聞いた話じゃあ、けっこうゴリゴリの復興派軍人みてーな?」
「復興派?」
「帝国サイコー! 他の連中クソ雑魚ナメクジ! 昔みてーにバンバン侵略して偉大な帝国を復興させよ~ぜ~! ……ってーな、イケイケ連中ね」
 帝国……てのは、今はティフツデイル王国を名乗ってる連中の“滅びの七日間”より前の国の呼び名。その帝国は、東方シャヴィー人による侵攻とその後の諸々とで大打撃を受けて分裂し、今の王国は以前の三割くれーの土地を領土としてる。つまり復興派はまずはその、分裂している旧帝国領を統一し復興させたい……て連中だと言う。
 けどまぁ、色々と聞いてる範囲の話としても、そりゃあ随分と「叶わぬ夢」臭い。
 ただその「イケイケの復興派」だと言うアウグストは、それで言えばつまり……、
「クトリアの領土的支配も想定しての魔人ディモニウム攻め……か?」
「あり得ますねぇ」
 クトリア領内の不穏分子の一掃、そこから発言力や地位を高める。“ジャックの息子”とかいう得体の知れない術士は、現時点でも強力なからくりドワーフ合金ゴーレムを操り、さらにどれだけ戦力を隠してるかも分からねぇ。そことやり合う覚悟も余裕も戦力もない王国軍は、いわば搦め手でクトリア領内での勢力を確立したい……てなのがアルアジルなんかの見立てだそうだが、まあなんだかこう……、
「ややこしい連中だな」
「はい」
 別に俺が猫獣人バルーティに生まれ変わったからでも、前世が「不良にしちゃ頭の良い方」程度のガキだったからでもなく、なんつーかこう……。
「王国のお偉方はそんなんばっかよ」
 そこにそう、横から口を挟むエリクサール。
「クトリアの連中はよ、まあ、長ぇこと荒れてたからってのもあんだろーが、結構単純よ。ムカつきゃ怒るし、嬉しきゃ笑う。
 けど王国のお偉方は、“滅びの七日間”だとかがあっても、頭ン中はまだまだ帝国時代からそう変わってねぇのよ。
 常に自分たちが一番だと思ってっし、やることなすこと一々回りくどい」
「回りくどいってのは?」
「見てのとーりだよ。王国駐屯軍の連中は、クトリア人のことなんざ見下してるしどーでも良いと思ってるけど、それでいてこうやって『クトリア人の解放の為』ってな態度で兵を動かし、それに文字通りに命懸けたりする。そりゃお偉方の頭ン中じゃ先々への布石で、クトリア領民からの評価を上げて、いずれ“ジャックの息子”との決戦になるか……ってなときに、クトリア領民を自分たちの側に引き入れたいからだ」
 クトリア人全般からの“ジャックの息子”への感情は、「恐れては居るが敬意はない」ってなところらしい。まあそりゃそうだ。そもそも一切表に出てこないから、誰も“ジャックの息子”がどんな奴か知らないし、そいつのおかげで政治的に安定しているってのも、理屈じゃ分かっていても実感はない。
 貴族街の三者協定のことなんかも、話には聞いてても具体的な内容なんかは誰にも分からねえし、市街地にしろ郊外の街にしろ、“ジャックの息子”のおかげで食いもんにありつけるってワケでもねぇ。
 結局ほとんどの連中にとっちゃ、“ジャックの息子”の存在自体は、ただ恐ろしいだけのもんでしかねぇ。
 つまり、言い換えりゃ「王国駐屯軍は“ジャックの息子”よりも強いし頼りになる」ということさえ印象付けることができれば、クトリア人たちをうまく操れる、てな計算もあるようだがさて、
「そう上手くいくもんかね」
「無理だろ」
「難しいでしょうなぁ」
 2人そろって全否定だ。
 
「ですがまぁ……」
 半笑いのエリクサールとは違い、アルアジルはそこからまた言葉を続け、
「今回の討伐……この結果いかんで、また駐屯軍の方針は変わるやもしれませんな」
「具体的には、どー変わる?」
「上手く行けば、今まで以上に治安維持と統治を進めるでしょう。何にせよ王国駐屯軍にとっても、魔人ディモニウムの賊達は厄介の種であることに変わりはありません。王国……旧帝国領からの流民、移民は転送門経由でも来ていますが、そういう者達を通じてクトリア領内での親王国派を増やす、というのも一つの方針のようですし、であれば治安は良いに越したことはありませんから」
 ふん、なるほどな、と思いつつ、それに
「しくじったらどうなる?」
 と聞くと、
「そりゃ当然、駐屯軍による討伐任務はしばらくお預けだろーな」
「王国の復興派は、クトリアに対しても領土的野心はありはしますが、そもそもそんなに優先度は高くありませんからね。現時点の駐屯軍兵力で対処しづらいとなれば、北方属領や辺境四卿領への警戒や進軍を優先させたく方針転換するでしょう」
 王国軍にとってクトリア自体の価値はそう高くはねぇ、って事か。
 
 ただ、方針転換すればクトリア自体の治安は弱まる。逆にこのままクトリアの魔人ディモニウム討伐に力を入れていけば、クトリアの治安は安定し……、
「リカトリジオス軍の侵攻に影響する……か」
 つまりは当初の話と変わらない。俺にとってここでの事は、リカトリジオス軍……シュー・アル・サメットの動きをどう操れるか、になり、そしてそれは、
「ただやはり、現段階ではどうあれ大局に大きな影響はないでしょう」
 と言う事にもなる。
 ここで王国駐屯軍が勝っても、魔人ディモニウム側が勝っても、リカトリジオス軍はまだ廃都アンディルだ。シーリオ、ボバーシオへと致るまでまだまだ時間も工程もある。
 
 だから、俺が手を出そうが出すまいが、そうたいして変わりゃあしない、って事になる。
 
 △ ▼ △
 
 夜になりお互いの攻防も終わる。王国駐屯軍も“黄金頭”アウレウムも、まだまだ余力を持っていて、初戦は互いに被害も軽微。数人の死者に数十人の負傷者。数で言えば魔人ディモニウム側の被害がやや多いぐらいだ。

 翌日、翌々日も似たような展開。日数を重ねると、多少の被害の差が広がっていく。じわりじわりと魔人ディモニウム側が劣勢になっていくが、まだ動かない部隊がある。それがどこで、どう動くのかで、またこの状況は変わるだろう。
 
 それが動いたのは四日目。昼になりややばたつく駐屯軍陣地。エリクサールの【遠耳】で様子を探ると、補給部隊が来ず、途中でやられたらしい。

「獣人山賊部隊が奇襲をかけたか」
 ジャヤカルの獣人山賊部隊は猫獣人バルーティが主力だが犬獣人リカートも少し居る混成の獣人山賊集団。魔人ディモニウムじゃないから魔術の力はないが、高い身体能力に加え、隠密索敵にも秀でてる。
 王国駐屯軍はここから半日ほどの転送門のある遺跡を改修してある種の砦のようにして居る。近いからこそ物資も食料も、また減った兵力もすぐに補充出来るが、その補充部隊の動きを獣人山賊部隊が探り出して襲った。
 兵力的には倍以上は居たようだが、不意を突かれたのと地力の差でやられたみてーだな。
 
 次も通じるかは分からないが、これで王国駐屯軍の矢が減った。遠くからの撃ち合いが続くこの状況で矢の不足はキツい。“鉄塊の”ネフィルが地味に作り続けていた鉄の穂先の投げ槍や投擲用の弾がガンガン撃ち込まれ、また奪っただろう矢も使われる。
 さらには炎を使う魔人ディモニウムを中心とした魔人ディモニウム部隊が突撃し、盾兵の列を乱し倒す。四日目の被害は明らかに王国駐屯軍側の方が多かった。
 
 その日の夕方から雨が降り始める。短い雨期の半ば、普段はカラカラに乾いた空気のクトリアでの珍しい雨にそれぞれ陣へと引き上げる。
 雨になればお互い動きも悪くなるし矢も礫も当たりにくくなる。魔人ディモニウム側からすれば特に、炎の効果が落ちる。
 翌日はまた、それぞれ様子見の様な攻防へと戻った。 
 
 状況が一変したのは、さらに翌々日の夕方だ。
 
 △ ▼ △
 
 轟々と渦巻く濁流がアルゴードの渡し場の半分以上を水没させている。一昨々日からの雨、そして雨期には頻繁に起こると言う洪水、河口部の氾濫だが、本来ならこの東側よりも対岸、西側の被害の方が多い。まして、一晩とちょいでこうまでなることはかなり異常だ……てのは、エリクサールの弁。
『こりゃ、アウグストが何か仕掛けたな~』
 上流で雨期の大雨に備えてある程度を水をせき止め貯めておき、頃合いを見て一気に放つ。濁流は河をさらに荒れさせてアルゴードをも飲み込む。
 カロド河はそれなりに川幅のある広い河だ。ちょっとやそっとの量ではここまで荒れない。つまり、この攻勢に合わせてかなり以前から下準備をしていたんだろう。
 そして雨の降るこの機会を待つ為に、ゆるい小競り合いを繰り返していたわけだ。
 
魔人ディモニウム達が数人、回り込んでこちらへ逃げてきてますね』
 王国駐屯軍はアルゴードを包囲するように隊列を組み、大水に追われた賊たちを囲んで射殺している。矢の数が減った分勢いに欠けるが、岸壁上にあった見張り台も盾兵に囲まれ、じきに制圧されるだろう。
 そして内部に残された連中が濁流から逃れるには真正面から上へ進まなきゃなきゃならないが、そこにはアウグストの本隊が待ち構えて居る。その正面突破の中心に居るのは、獣人山賊部隊。
 猫獣人バルーティ中心の獣人山賊部隊は、規律だった集団戦より、どろどろの乱戦の方が強い。それでも数、状況の不利はそう簡単には覆せない。
 
 そいつらの裏で、魔人ディモニウム部隊がレフレクトル側へと進んでいる。だが正面を塞がれた状態でどうやって向かって来たのかと言うと……。
 
『どうやらレフレクトルまで直通の古い隠し通路があったようですね。崩落し使えなくなってたものを、密かに復旧させていたようです。しかしレフレクトルの魔力汚染は、王国駐屯軍や獣人山賊部隊含めた魔人ディモニウムではない手下達も耐性が足りない。魔力耐性のある少数の魔人ディモニウム達のみが知っていた』
 と、アルアジルの考察。
 
「なるほどね。どうやらここらしい」
 大雨と濁流の中、アルゴードの真ん中あたりにある例の“黄金頭”アウレウムの寝床になっていた大きめの建物。その倉庫の一角に、隠されていた通路が開かれている。
 水攻め後の戦闘が始まるのを確認しすぐに、俺はアルゴードへと侵入して状況を直接確かめに来た。
 何をしに? と聞かれても明確な答えはねぇ。ただなんとなく……いや、とにかく、そうしなきゃならない気がしたからだ。
 
 濁流に飲まれて死んだ連中の死体がそこかしこに浮いている。浮き沈みしつつ、さらには流れては浮かんでいる家具や雑貨の残骸へとぶつかり、また別の渦へと巻き込まれ漂っていく。山賊連中がほとんどだが、檻の中に入れられ、捕虜となってた者達もそのまま死んで居る。その檻も多くはこの増水で壊れているようで、それが間に合っていりゃあ助かりもしたかもしれねぇが、そうもいかなかったようだ。
 隠し通路は倉庫の壁際の床面にあり、定間隔の細目の丸太が埋められた緩い下り坂から、水平の通路になる。
 通路の先は、既に膝ぐらいまで流れ込んだ水が溜まってる。そのさらに進んだ先がどうなってるかは、ここからじゃ確認出来ない。
 もっと時間が経てばさらに水の量が増して進めなくなるかもしれない。もしかしたらさらに先は完全に水没してるかもしれない。
 だが、ここでただそれを眺めていてもしょーがねぇ。
 
 膝まで濡らして先へと進む。 
 薄暗い中、だが猫獣人バルーティの俺の目にはうっすらとだが形が見えるし、何よりまだ匂いが後を引いている。つまり、ここを何人もがつい最近通り抜けた匂いが、だ。
 
 幅の広い通路をさらに進むと、ほとんど灯りの無い真っ暗闇。俺には見えてはいるが、普通の人間だったら灯りがないとかなり危うい。
 水平の通路が10メートル程度続くと、今度は緩い登り坂へ変わる。
 上からの水も流れてきて濡れた地面は、踏み固められた土と、やはり定間隔に埋め込まれた丸太。全体としちゃ古い坑道みたいにも見える。
 そのやや曲がりくねった緩い登りを歩くと、しばらくしてほんのりと灯りが見えてくる。
 そこは小部屋のようなやや広い空間で、長い通路の途中の中間地点、階段で言うなら広めの踊り場のような場所か。
 灯りの中、匂いに息づかいと、数人の気配がある。魔人ディモニウムの賊が隠れているのか……とも思うが、ちょっと違うようだ。
 対面すると、小部屋の隅に固まって怯えているのは10人前後の女、子ども……つまり、捕虜だった連中だ。
 手で「静かにしろ」との合図を送り、小さめのクトリア語で、
「お前ら、なんでここにいる? 他に誰かいるのか?」
 と聞くと、ボロだが東方風の服を着たまだ若いガキが、より小さなガキを庇うように立って、
「……檻、を、開けてもらったから、逃げて来た。この先は危険だから、ここで待て、言われた」
 と、ややぎこちないクトリア語で返される。
「誰に?」
「けもの、使う、おんなのひと」
 “猛獣”ヴィオレト……そう呼ばれている小森のことだろう。
 水没するアルゴードの中で、何人もの捕虜はそのまま捨て置かれ溺死させられていたが、小森はその中の何人かを助け出しここまで連れてきていたと言う事か。だがそりゃ、“黄金頭”アウレウムの指示かと言うと、多分そうじゃねぇな。
「そいつだけか? 他にいたか?」
 そうさらに聞いていくと、ガキは横に首を振り、
「たくさんの、魔人ディモニウム、先に行った。獣の人と、もうひとりだけ、残ってて、助けてくれた。他はみんな、もう行った」
 小森と、直接的な攻撃能力の無い“鉄塊の”ネフィルこと金田。その二人がしんがりとして最後まで残されていて、だから何人かの捕虜の檻を開けて助け出せた。そう言うことだろう。
 
 とりあえずはそう納得し、コイツらには「まだしばらく隠れとけ」とだけ言って先へ進む。
 
 前方に光が見え始めると、同時に空気も変わる。雨水が少しだが流れ込んできて床面を濡らし、かび臭く湿った空気の匂いに、ここ最近慣れてきてたレフレクトルの淀んだ潮臭い匂い。
 着いた先は北の城壁にやや近い辺りの、屋根もなく、半ば壊れた倉庫の中。俺たちが野営している地下からは離れているが、周りにかなりの魔獣の気配がする。
 
 アルアジルによれば、魔人ディモニウムってのは高濃度の魔力を含む特殊な液体に無理やり漬け込み“馴染ませ”てから、そこへ付呪で魔導具を作るかのように術式を埋め込む事で作られるらしい。
 死なずに魔人ディモニウム化に成功すればその付呪された術式の魔術が使え、また魔力汚染などへの耐性も得られると言うが、それらいずれも、長年の訓練で身に付けた魔術、魔力、耐性とは違い不安定でもある。
 このレフレクトルみてぇなかなり強い汚染の場所では、確かに何の耐性も素養もない普通の人間よりかはかなりマシでも、エルフや訓練された魔術士、また“災厄の美妃”を持つ俺なんかに比べればそうそう安心も出来ねぇ。その点だけは、イカれてるのもそうでないのも含めた“半死人”とは違う。“半死人”は魔力耐性を含めた不死性に関しては、他の魔人ディモニウムとは段違いに強いらしい。
 だから魔人ディモニウムの賊達も、最初からレフレクトルを拠点にする、てな方法はとらなかった。もちろん、魔獣や不死者アンデッドがうろついてるからってのもあるが、緊急避難場所としてはアリでも、生活するにゃあ向いてねぇ。
 問題は、水没するアルゴードから逃げ出した“黄金頭”アウレウム率いる魔人ディモニウム勢が、次に何を狙っているのか……だ。
 
 半ば廃屋と化してるその倉庫の床下から這い出て、辺りを警戒。すぐ前に見張りが残されてたりはしてねぇが、やや離れた倉庫の別区画には何者かの気配。
 近くの魔獣とは戦闘になってるようでもない。
 そろり近づき聞き耳を立てると、聞こえてくるのは何やら言い争うかの声。
 
「……って、このままここに居たって……もう、どうしようもないし……」
「だからッて、じゃあどこに行けるッてンだよ!?」
 誰か? は、考えなくても分かる。周りを囲む魔獣……おそらく岩蟹の気配。そいつらが敵対もせず、まるで守るかに陣取っているその真ん中から聞こえるのは日本語の会話。男と女……つまりは、“鉄塊の”ネフィルと“猛獣”ヴィオレト、前世でのクラスメイト、金田と小森の2人だ。
 
「どこだって良いよ……! 先生はもう正気じゃないし、大野君たちもどんどんおかしくなってる……! 人を殺す練習とか、捕虜をいたぶるとか……毎日毎日そんな事ばかり……! あたし達だって、このままじゃ……!」
 声というより叫び。この激しい雨の中、その音にかき消されることなく聞こえてくる。
 それに暫くは返さずに、やや間があってから、金田は逆に絞り出すように言葉を続ける。
「……今更、どーしようもねぇよ……。俺た……俺は、もうどーしようもねぇんだよ……」
「何が!?」
 金田の呻く声は、そこからさらに低くくぐもったものになる。
「……俺は、樫屋を殺した……ダチを殺したんだ……。今更、どうしようもねぇんだよ……」
 
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