遠くて近きルナプレール ~転生獣人と復讐ロードと~

ヘボラヤーナ・キョリンスキー

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第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!

3-273. マジュヌーン(119)ねこの森には帰れない - 星影のワルツ

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 いくつかのくだらない任務、つまりは“災厄の美妃”に対する贄を捧げる殺しをこなし、けれども計画自体の進展がないまましばらくする。
 クトリア共和国はその後もある意味順調、例のダークエルフは各地を飛び回りながら様々な計画を立案、実行していた。
 カーングンスはリカトリジオスとは距離を置き、クトリア共和国へは外交大使を派遣するくらい親密になった。
 半ば完全な裏目。もちろん俺らが関わらなくてもこの結果にはそう変わりはなかっただろう。
 フォルトナにはそのままリカトリジオスの特使だったイーノスを追跡させ、さて俺はどうするか、と考えて、逆へと向かう事にした。
 逆……つまりはボバーシオ方面だ。
 
 結局のところ、シューの奴がいつまでボバーシオとの膠着状態を続けているのか、するつもりなのか。そこがてんで見えてこねぇ。
 はっきり言ってリカトリジオスの戦力からすりゃあ、いくら城壁に囲まれた堅固な守りのあるボバーシオとはいえ、攻略するにゃああまりに長すぎ、手間取りすぎてる。そこが不自然だ。
 “残り火砂漠”方面に潜ませている下っ端、外部協力者たちからも少しずつ情報は入ってきちゃあいるが、そのどれを見ても長い膠着状態の理由が見えてこない。
 なら、結局は自分で行くしかねぇ。
 
「お供はいかが致します?」
 と、アルアジルは聞くが、フォルトナもエリクサールも居ねぇし、ハシントはブランコ団から離れられねぇ。ムスタはフリーだが、あの巨体と能力的な適正から言っても、敵地への潜入調査に連れて行くのは難しいが……まったく連れてかねぇとそれはそれで面倒ではあるんだよな、アイツも。
 
 少し考えて、
 
「ムスタは別働隊、連絡係に下っ端をそれぞれに付けてくれ。人選は任せる」
 
 と指示すると、アルアジルはいつものように慇懃に、「了解しました」と深々頭を下げた。
 
 ▽ ▲ ▽
 
 ボバーシオまではレフレクトルの海岸側、断崖絶壁の入江に造った隠し波止場から小舟で移動する。“門”も使えなくはないが、残り火砂漠方面でボバーシオ近くだと完全にリカトリジオスの領域内になるから移動が厄介だ。
 念のため夜の船出で夜陰に乗じ、西カロド河対岸へと着いてから小舟は隠して朝方まで移動。
 街中への潜入は俺と下っ端の1人で、ムスタともう一人の下っ端は外で別行動。
 
 猫獣人バルーティはボバーシオじゃクトリアほど目立たねぇ。獣人種の傭兵も多いらしく、城門でチェックはされるがそれほど怪しまれるワケでもねぇ。戦時下にしちゃなんともヌルいとも思えるが、こりゃある意味長引く包囲と撤退の繰り返しで、色々判断が鈍ってんのかどうか……だな。
 
 宿をとって荷物を整理したらまずは休息し喉を潤す。
「夜の調査は基本、俺が1人でやる。昼はお前だ」
 ってのは、下っ端との打ち合わせ。今回連れてきたのは南方人ラハイシュの男で、ウペイポとかいう名前だ。そこそこ長身で体格もよく腕前もそこそこ。素早い動きとなかなか達者な口先を持ってて、普段から流しの薬売りに偽装して残り火砂漠、ボバーシオ方面での情報収集を担当している。目つきも鋭く、口元から大きな傷跡が頬に伸びているから、ぱっと見の雰囲気は強面だが、話術と物腰がそれをカバーしている。
 早めに下の食堂で飯にして、店の客や店主との雑談から情報を仕入れると、ボバーシオ包囲の奇妙さが改めて分かる。
 
「どうも、やはりあえて長引かせているかの印象がありやすね」
 ウペイポがそう言うが、確かにそうだ。
「だとしたら、何のためにか……だな」
 シューの基本戦略がボバーシオ陥落から間髪入れずのクトリア攻めにあるとしたら、今はクトリアの事前工作が悉く潰され上手くいってない。なら、その事前工作の失敗を取り返す為にボバーシオ攻略を引き伸ばしている……てのも、考えられなくはない。
 考えられなくはないが……まあ、しっくりとはこねぇな。
 
 と、その食堂に、がちゃがちゃと喧しい集団がやってくる。
「だーからよ、てめーはそこが甘ったれなんだよ」
「……って、また甘ったれって言ったなコノヤロウ!」
「熊髭魂舐めんな、死の呪いくらわすぞ!」
 耳に入るやりとりは子どもの喧嘩、馬鹿げた口論をするチンピラ丸出しの歩き方の連中。
 その数人には全く問題はない。明らかな雑魚だ。問題はその後ろについてきてた連れの連中。
「……ったく、下らねえ話いつまでも引っ張ってンじゃねーよ」
 あきれ気味のその言葉は1人の南方人ラハイシュ。ついこの間やりあった元シャーイダールの探索者で、ダークエルフの護衛だった空を飛ぶドワーフ合金鎧を着た男。そして、ルチアと同じ“シジュメルの加護の入れ墨”をした、元リカトリジオスの奴隷……。
 それだけでもとんでもねぇニアミスだが、さらに続くのはカーングンスの一員で、その後ろはアウグストの弓兵隊長だった元王国軍兵士、さらには……。
「……」
 どこ見てんだか何考えてんだかよく分からねぇとぼけた面した宿無し猫獣人バルーティ、スナフスリーだ。
 
 なんだって、こんなところこんなタイミングで、こんなに“知ってはいるが会いたくねぇ奴ら”が纏まってやってくるんだ!?
 慌てて、それでいて目立たない自然な仕草で顔を伏せる。勿論変装もしてるし目立たない席で目立たないよう気配を消しているから、万が一にも気付かれることはない……ハズだ。だがそれでもこんな距離、しかも俺同様に鼻も効く猫獣人バルーティで旧知のスナフスリーが居るのはかなりヤバい。もう数年は会ってないが、奴が俺の匂いを覚えてないと言う保証はねぇ。本来の匂いを誤魔化す小細工はしているが、それでも、だ。
 
「……おい、俺はねぐらを変える。お前は此処に残って、今来た奴らの動向もそれとなく探っとけ。かち合うと厄介だからな」
 と、小声でウペイポへと指示。何の事やらってな面ではあるが、とりあえずは頷き返してくる。
 とにかく、今はひたすら気配を消しながら、さして旨くもない揚げた魚をかじってやり過ごすしかねぇぜ。
 
 ▽ ▲ ▽
 
 夜中のボバーシオはさすがに警邏も多く警戒態勢だ。リカトリジオスの攻撃は何度も繰り返されている。しばらく攻め続けてから撤退し、またしばらくすると攻めてくる。
 宿屋やその他の街中で聞く限り、この奇妙で嫌な状況はずっと続いている。城壁内にまで攻撃は及んでないから、兵士以外にはそんなに大きな被害は出てないが、それでも包囲戦ってのは囲まれる側のストレスが半端ねぇ。それが定期的にやってきては暫く続き、また去って安心したかと思えば再びやってくる。
 一旦緊張が緩むからこそ、その後のストレスもより大きくなるし、さらには「どんなに数で攻め立ててもリカトリジオスにこの町は落とせない」と言う侮りと、「繰り返しやってくる大軍への恐怖」とがそれぞれに大きく膨らんでいる。
 揺さぶりとしちゃあめちゃくちゃ効果的だ。
 そしてその「侮り」と「恐怖」とが、市民の間にも軍や王家の間でも広がり、対立も生み出している。
 膠着それ自体の構造はハッキリしてる。ボバーシオは軍自体は弱ぇが街そのものの守りは固い。そして本来の包囲戦で防衛側にとって最大の弱点であるはずの食糧問題は、海に面した港町だから解決できる。
 正規軍、市民軍の弱さも、元々以前から“砂漠の咆哮”頼りだったこともあり、その残党を傭兵として雇い入れて補完してる。精鋭駱駝騎兵の大半を序盤に失ってはいるが、それを補うだけの戦力だ。
 
 だがそれでも、シーリオに集結してるリカトリジオス軍には人数、質ともに敵わない。
 そう、リカトリジオス軍は数、質共に明らかに勝っている。しかし城攻めの経験に乏しく、野戦なら圧勝でも城を落とすのは上手くはねぇ。
 両者とも決定打に欠けているからこその膠着……。
 
 が、そりゃ包囲の序盤ならそうかもしれねぇ。
 だが、いつまでもそんな事はあるか? ってな話しだ。
 いくら城攻めの経験に乏しくても、これだけ続けてりゃ慣れてくる。だから、ただ単に経験不足で落とせない、ってワケじゃあねぇハズだ。
 
 夜はさすがに自由な出歩きが禁止されてる。夜間外出禁止令だ。特別な許可があるか、緊急事以外で出歩けば、警邏の衛兵にとっつかまり、それがよそ者となりゃスパイ容疑で逮捕拷問、場合によっちゃ城門前にて縛り首だ。
 だがここの間抜けな衛兵に見つかるほど俺の隠密術はヤワじゃねぇ。猫獣人バルーティの感覚、身体能力、そして“闇の手”特製の付呪された魔装具に装束。闇夜に紛れ、警邏を避け、幾つかの建物に忍び込み、また中の様子を探るのはワケもない。
 以前に何度か工作しに来た時、またそれ以前からの見知った顔も見かける。レイシルドとルゴイ、さらにはファーディ・ロンまでが守備隊に居るのを確認し、またも厄介な事になってるなとため息を吐く。
 盗賊ギルドと海賊ギルドの様子も基本的にゃ相変わらずだ。盗賊ギルドは反リカトリジオス寄り。海賊ギルドは日和見で、場合によっちゃリカトリジオスと繋がる可能性もある。以前ボバーシオの裏組織の抗争を操ったときには、海賊ギルドを通じてリカトリジオスの侵攻を早めようとし、それ自体はそこそこ巧く行った。だがそれらボバーシオ弱体化の工作の効果も既にあまり効いていない。下っ端連中にある程度の工作と情報収集の継続をさせてたが、そうたいした成果もねぇ。
 
 海賊ギルドと盗賊ギルドは元々友好的じゃなく、基本的な勢力範囲も違う。盗賊ギルドは市街地の地下、古い下水道網の中に隠れ家を持ってるが、海賊ギルドは港側の貧民窟に分散して居るし、さらに本格的な拠点は湾の外の小島だ。海賊ギルドの方がリカトリジオスへの危機感が薄いのは、基本的に「いざとなりゃ島、海へ逃げりゃ良い」と言う考えがあるからだろう。それに比べると盗賊ギルドにはそういう逃げ道がない。盗賊ギルドなんつってるが、要は世間の寄生虫、社会がある程度安定してなきゃ利益も少ない。ボバーシオが滅ぼされりゃ山賊になるしかなく、山賊になったところでリカトリジオス支配地域じゃあ長生きも出来ねぇだろう。
  
 以前の工作で隠れ家は分かってる。魔法の守りはほぼ無いが、逆に仕掛けの方はやたら多いから、俺にとっちゃむしろ厄介。以前より警戒もしてるハズだし、気軽にちょいと忍び込む、ってのも難しい。まずは入り口近くを張って様子を見る。
 市街地の中の一部、主に貧民の多い地区にはむき出しになった下水、用水路がある。クトリア、古代ドワーフの上下水道を真似て作られたらしいが、完全に地下に埋設したのは上級地区だけで、下層民の住む辺りは中途半端なまま。その下水用水路の一部に最低辺の貧民が住みついてもいる。
 それらの下水用水路の何カ所かに、さらに仕掛けられた隠れ家への入り口がある。
 今、観察してるのはその中で最も使われている隠し戸の場所だ。
 やはり全体として出入りは減ってて、しんと静まり返った夜の“下水街”。そこを向かいの建物の屋根上から見てることしばらく、夜陰に紛れて数人がそろり現れる。一仕事終えたのか、けっこうな荷物を背負ったそいつらは、警戒しつつ仕掛けを操作し、隠された入り口を開ける。
 さてどうするか。お目当ての盗賊は居る。以前接触したことのある奴だ。だが“闇の手”の外部協力者と言うほどに近くはない。ただ小銭で情報のやり取りをした程度。そいつから盗賊ギルド内での情報でも貰えりゃ良いか、くらいの感覚だったが、深夜遅くのこの時間でも見かけねーなら、別の手にする方が良いかもしれねぇ。
 そんな事を考えていたところ、先手を打たれた。
 
 毛が逆立つ、ってなのはこういう時の言葉だ。いつからそこに居たのかもちっと分からねぇ。だがそいつは、俺が盗賊ギルドの入り口、下水道に神経を向けていたその隙に俺の背後をとっていた。
 距離は……そうだな、ひとっ飛び半か。間に焼き煉瓦製の煙突があり、相手は素早く乗り越えこっちの背を狙えるが、俺は振り向き、確認し、反撃の形になるから二手遅れる。その二手の遅れを見逃してくれるほどにゃ手ぬるくもなさそうだ。
 どうする? いったん逃げるか? その手ももちろんある。だがこの匂い……馴染みのあるこの匂いが、俺にそれをさせてくれない。
 
「知ってル~? 今、ボバーシオで夜中にうろついてるのは、ヤバい奴か、お馬鹿さんか、あともう一つの何かくらいなんだってニャァ~?」
 
 やや耳に馴染みのあるしゃべりの癖。鼻にかかった、高いトーンの語尾も。そして何より、覚えのある……ありすぎる匂い。
 
「……マ……ハ……?」
 違う。
 そうじゃねぇ。そうじゃねぇ事を俺は知ってる。知ってるが、それでもその名前を口にしてしまう。
「ンフ~? アナタ、知ってるノかニャ~? マーは……ん~、会った事はないヨ?」
 
 ゆっくりと、俺はぎこちなく振り返る。
 月が雲に隠れ、その姿は影のまま。
 それが次第に、徐々に、そしてはっきりとしだす。
 黒衣に身を包んだ隙間から覗く、白く美しい毛並み。野性味に溢れ、それでいて柔らかくしなやかな肉体は、すらりとした長身で手足も長い。
 何よりもその面差し……顔が完全にマハと同じ……瓜二つだった。
 ただ一つ、白に焦げ茶色のポイントが入っていたマハと違うのは、その色が金色に近い薄茶色……というところだけだ。
 
 別人……それは頭では理解してる。だが感情、感覚がそれを拒絶する。
 あまりにも似ている。似すぎている。それだけで俺はまるで身動きが取れず、それだけで心の奥底の空洞が埋められていく。
 そして……いや、だからこそ俺は……。
 
 不安定な屋根の上で、軽々とステップバックをして避ける。
 安定感、素早さ、判断力その全てがマハに匹敵、いや、或いは上を行く。
 二撃、三撃と続く俺からの山刀を踊るようにかわしながら、腕が伸びた瞬間を狙い澄ましたように絡め捕り肩を捻りあげてくる。
 反転しそれを逃れようとする俺にさらに合わせて巻き込むと、反対側の手が首元へと絡みついて正面から組み付かれ……さらに反転。
 まるでコマだ。くるりくるりと回されて、足を払おうと仕掛けてもその直前に浮かされ足踏み……いや、ステップを踏まされる。
 不細工なワルツ。社交ダンスのコーチと生徒。動く先全てをコントロールされる俺は、完全な操り人形だ。
「……くッ……てめぇ……」
 漏れ出る悪態は、だが次のそいつの言葉に切り捨てられる。
 
「真嶋ァ~……おめー、マジ、だりぃ奴になったなぁ~~~?」
 
 マハと同じ顔のソイツが、そうはっきりと日本語で耳元に囁いたからだ。
 
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