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第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!

3-293.J.B.(147)Let's Escape This Town (この町からの卒業)

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 ぶち破られた門扉から雪崩れ込むように食屍鬼グール犬獣人リカート兵が現れる。
 巨大化した食屍鬼グール犬獣人リカート兵を筆頭に、突進する奴に跳躍する奴、そして特殊能力はないが盾と剣でがっちりと固めた犬獣人リカート兵と、トータル50……いや、百人隊ほどだろうか。
 
「ぬぅ、まだ早い……!」
 アルバが険しい顔……だろう声でそう言うと、再び呪文を唱える。
 新しい呪文……じゃなく、追加の補強をする為のそれは、ゴリラ野郎の足元を捕らえていた黒い沼地をさらに広げて行く。
 
 当のゴリラ野郎は既に居ない。だが侵入して来た食屍鬼グール犬獣人リカート兵達は次々と黒い沼地へとはまっていく。何よりあのバカでかいのは、自重もあって胸までどっぷりだ。
 嬉しい誤算、てよりかはこりゃアルバの計算通り……てとこだろう。この展開、局面も踏まえてのあの魔術だった。つまり、ゴリラ野郎1人をどうにかする為の術じゃなく、その後に城門を突破してきたリカトリジオス軍をもハメる為の、な。
  
「……ここはひとまずこれで良かろう。上へ頼む」
 そう言うアルバを抱きかかえて城壁の上へ。アルバ自身も飛行の術は使えるが、ここは攻撃に専念するつもりか。
 
 城壁上ではさっきの白髪ダークエルフとナナイとの戦いが続いてるかと思いきや、こちらも既に決着か逃げられたのか、他の国軍兵たちと共に、城壁上へ跳んで来た食屍鬼グール兵や、また外の食屍鬼グール犬獣人リカート兵やらへと矢を射掛けてはいるが、付呪された爆裂矢もなく、全体の手数も少なくあまり効果があるとは言いがたい。食屍鬼グール犬獣人リカート兵の不死性の高さからは、ただ矢が刺さっただけじゃ戦闘力を奪えない。
 
「……っそ、あのガキ逃げ切りやがった! 中、どうなってる?」
「内部の足止めはアルバのおかげで成功だ。すぐさま入ってはこれねぇが……時間の問題じゃああるぜ!」
 返す言葉と交わる視線。だがそこでさらに状況は一変。誰がやったか、城門内部の落とし格子が落とされて、後続部隊がさらに足留めを食らう。
 
「こりゃ良い! お次は……」
 そう、お次は当然……レイシルドの指示次第だ。
 
 □ ■ □
 
 市民兵、半数以上の獣人傭兵は既に撤退済み。城内に残っているのは俺たちクトリア共和国からの援軍組みと、一部の獣人傭兵や国軍兵達。
 黒い沼地の効果も薄れはじめ、また落とし格子も瓦礫のバリケードも撤去されて、西小城門から入り込んだ食屍鬼グール犬獣人リカート兵達はさらに南大正門を開き、アスバルによる竜巻被害を受けた本隊も入城してきている。
 タイミング、情勢、援軍との連携。
 レイシルドが最初に言っていた通り、そしてイベンダーのおっさんがそれらを纏めて評した通り、絶妙なまでに全てが噛み合った上での「今」だ。
 
 犬獣人リカート兵たちは困惑しているだろう。本来なら残った国軍兵や獣人傭兵達と戦い、存分に略奪と殺戮を行えるはずだと言うのに、この古い街の城下にはまるで人の気配がない。
 隠れ、怯え、縮こまっている人間達へ、これまでの長い攻城戦で溜まりに溜まった鬱憤を晴らせる。
 そう期待していたはずだ。
 
 だが、どれだけ探しても、めぼしいお宝はもとより、財宝どころか資材も食糧もまるでない。
 
 あるのは───。
 
 街をぐるり囲む城壁に沿うように火がつけられ囲い込んだのは、ほぼ全ての犬獣人リカート兵が入ってから。
 シーエルフ達から提供された鯨油はかなりの量だが、それを廃材などと合わせて発火材とした。犬獣人リカートの鼻を誤魔化す為に、もろもろ匂いのキツい汚物やゴミも大量に混ぜている。
  
 ナナイだけじゃなく、炎の魔術を得意とする、また火矢などで素早く火をつけて離脱できる者達が、同じタイミングで数ヶ所に火を放つ。
 
 城壁付近の部隊は慌てて消火を試みる。しかし計算されて事前に張り巡らさせられていた発火材からの炎は、そう簡単に消せるもんじゃない。
 
 だが、これの狙いは火計じゃない。
 
 火はあくまで奴らの動きをコントロールし封じ込め、分断する為のもの。
 
 本来の狙いは別。
 
 必死で消火をしてる次の段階で襲い掛かるのは、火ではなく水だ。
 
 ネミーラ達シーエルフによる津波───大量の海水による水攻め。
 
 プント・アテジオの再来、てのとも違う。あのときはただ力任せ数任せで水流を叩きつけてただけだが、今回は街の中のどの位置にどう海水を流せば効果的なのかを計算している。そしてそれらの位置へと誘導する為の火だ。
 
 押し寄せる水流は下水網を溢れさせ濁流となりリカトリジオス軍を押し流し、さらには事前の工作で崩れやすく加工されていた建物もまた追い討ちをかける。
 
 街一つを全て犠牲にしての“最期の反撃”だ。
 
 ただ撤退、逃げ出すだけじゃあない。圧倒的兵力差のある籠城戦で、ここまで持ちこたえられたのもある種の奇跡だが、その兵力差で勝てぬまでもそれだけの被害を与える。
 ボバーシオはどうあれ歴史ある街だ。少なくとも住んでた者達にとっちゃ大事な故郷だろう。
 俺には故郷と呼べるような場所はない。この世界での生まれた村はとっくに焼かれてる。前世のコンプトンは今の俺にとって故郷と呼べるもんでもねぇ。だから、それを我が事のように考えることは出来ねぇが、それでも……想像は出来る。
 
 けどそいつを、あのイングェ・パンテーラ王太子……いや、パンテーラ王は決断した。
 歴史ある街、故郷を捨て、自らの手で“粉砕”してでもリカトリジオス軍へと一矢を報いる。それにより、新たな地での再起を図る。
 その決断をした。
 
 □ ■ □
 
 リカトリジオス軍はボバーシオ攻略を次の侵攻の為の新たな拠点と見なしていたはずだ。だから出来るだけ城壁に損害を与えずに攻めていた。
 また、元々犬獣人リカートは航海技術も造船技術もない。ボバーシオ攻略はそれらを同時に手に入れる……それらの技術を持つ奴隷を手に入れる手段でもあった。
 
 その二つの目論見は、この“反撃”で瓦解した。
 イングェ・パンテーラ王による「全ボバーシオ住人の脱出」と「街に侵入したリカトリジオス軍を、火計と水攻めで反撃しつつ、街そのものを使い物にならなくする」と言う二つの策で、だ。
 
 ボバーシオ住人の半数以上は、事前に攻略していたマレイラ海沿岸の群島、海賊達の拠点があった島々へと移り住んだ。
 中には個人的な理由や伝手を使ってクトリア共和国含む別の土地へ行った者達も居る。
 環境にも生活そのものにも不安、不満もあるだろう。パンテーラ王の全住人脱出と町を破壊しての反撃に賛成した住人ばかりじゃない。むしろ未だに反対を叫ぶ者達も居る。先行きそう安心も出来ねぇくらいには、な。
 
 それでも、パンテーラ王はそれを強行した。
 
「国とは民だ」
 
 パンテーラ王はそう言った。

「王が玉座に座り、高き城壁を築き、広い国土を平らげたからと言って、それが国か?
 違う。
 そこに人々の生活があり、喜びがあり、人生がある。それこそが国だ。
 
 玉座が失われ、華やかで美しい宮殿が瓦礫と土と破片に埋もれようと、民さえ生き続けていれば、国は滅びぬ。
 
 椰子の木と葉で造られた宮殿でも、そこに王が居て国民が居て、喜びも悲しみも分かち合いながら生き続けていれば、それこそが国であり、それこそが我らの故郷なのだ」
 
 議会でのこの演説が響いたかどうかは分からねぇが、とにかく奴はやってのけた。
 
 この裏に、レイフの策と交渉があったってのは、あまり表には出ていない話だがな。
 
 □ ■ □
 
「うっあぁ~~、だっりぃ~~~ッ!」
 
 船室の中、背もたれに寄りかかりながら大きな伸びをしてあくび混じりにわめくのは、例の特大竜巻をぶっ放した空人イナニース、アスバルだ。
 本来なら背中に翼が生えた、それこそ前世で言う宗教画の天使みてぇな姿の種族らしいが、以前ラアルオームの惨劇で負った怪我によって羽根と両手足、さらには両目までをも失ったと言う事で、顔には上半分全てを覆うようなマスクをし、両手足にはミスリル銀と革を使った魔装具としての義肢がつけられ、その両腕がちょうど空を飛ぶ際の翼代わりになるようにしてあるという。
 そもそも空人イナニースは翼で飛んでいるのではなく、その翼の部分がある種の「魔術師の杖」みてぇな役割をして魔力で飛ぶ。それと後は、空中で姿勢を保つ補助的な役割。だからその義手自体にそう言う補助の役割が出来る術式を埋め込んであるらしい。
 
「まあ君には今回一番負担の大きな役割してもらった。もう少ししたら島に着く。そしたら好きなだけ休むと良い」
 
 レイシルドは自分自身も疲労困憊と言う顔をしながらも、アスバルのことをそう労う。
 
「だぜぇ~~~? ッたくよォ~~、マジで俺、働き過ぎじゃね? 聞いてなかったっつーのよ、こんなに働かさせられるなんてさァ~~?」
 
 続けてのボヤきには、さすがのレイシルドもただ苦笑いするだけだ。
 アスバルの言い分は実際ごもっともではある。
 今回の作戦でアスバルの役割はデカい。あそこでの一発でリカトリジオスの本隊に打撃、混乱を与えてなければ、城内に入られてからの工作の効果も半減しただろう。余裕のない、焦りのある状態だったからこそ、きっちりと罠にハマってくれた。
 
 もちろん最上は壊滅まで行けることだったが、さすがにそりゃ高望みしすぎ……と言うか不可能。1人で7000近い軍勢にあれだけの打撃を与えられただけでも破格の戦果だろうぜ。
 
 とは言え、
 
「秘薬、魔装具、事前の訓練含め、我らの力あってのことなのは……忘れるなよ?」
 
 とアルバが一睨み。
 
「うへぇっ、忘れてない、忘れてない! 先生、マジ感謝マジック!」
 
 ……どーにもこう、絵に描いたような軽薄さだ。巷の噂とはえらい違いだぜ。
 
 改めて、そうなった経緯は知らねぇが、今アスバルの身に着けてるマスク、義肢それぞれ、アルバとナナイによる共同製作で、ほぼ寝たきりだったところから今みたいな状態に持ってくるリハビリ含めて相当な世話をしていたらしい。
 王国の外交特使団に紛れてクトリア入りし、けれどもその後早々にヴォルタス家の本拠地である南方諸島に行ってからはまるで音沙汰なしで動向が分かってなかったが、とにかくそういう事だ。
 結果的にゃあ、外交特使なんぞよりもはるかに凄い成果だがな。
 
「んでよー、この後も来んだろーなー? いや、祝勝会に、って意味じゃねぇぜ?」
 
 どうやら旧知らしい猿獣人シマシーマのファーデ・ロンがそう肩を組みながら聞くが、
 
「んにゃ~。俺はこの後はラアルオームに戻るぜ~。ただその前によ~……」
 と、ここで少し妙な間があってから、
「ムーチャにもしつこく言われてっからな~。バカボケ糞ガキの奴を連れて帰んなきゃなんねーのよなぁ~……。あーーー、面倒くせぇーーーー!」
 
 と、よく分からねぇがそんな事を小声で言っていた。
 
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