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ステータスのいい男 山下様の場合

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「はい、書けたよ」
「ありがとうございます。確認させて頂きますね」

 私の名前は春風香織。とある結婚相談所で相談員をしている。今日のお客様は、若いが、どこか気品のある男性だ。

(こういういかにも『優良物件』なのに結婚相談所にくる方って何かしら問題を抱えているのよね……おっと)

 思わず先入観で人を判断してしまった事を反省しつつ、私はプロフィールシートを確認した。

名前:山下四郎
性別:男
年齢:26歳
職業:会社経営者
年収:2500万
結婚歴:なし
子供:なし


(わぁお! これはまた、引く手あまたになりそうね)

 どことなく気品があるように感じたのも納得だ。とはいえ……。

(なんでこの方、結婚相談所に・・・・・・来られたのだろう??・・・・・・・・・・

 山下様なら、わざわざ結婚相談所に来られなくとも、女性に困る事はないだろう。違和感を覚えながら、私は、山下様が希望される条件を見る。

相手に希望する年齢:20代
相手に希望する年収:100万円以上
子供を希望するか:要相談
その他、相手に希望する内容:家事全般をこなせる事

(んんん?? 年収100万円以上で家事をこなせる事?? これは……)

「ご記載頂き、ありがとうございました。山下様、ご希望される条件に『年収100万円以上』と『家事全般をこなせる事』がございますが――」
「――あぁ、それは別に『働きながら家事も全部こなしてくれ』って意味じゃないよ。ただ、最低限の社会人経験のある人がいいと思っているだけさ。結婚後は専業主婦になってくれて構わないよ」

(あ、やっぱり?)

 高収入の男性が、女性に年収を求める場合、『お金』ではなく『社会人経験』を求めている事が多い。年収100万円以上という、フリーターでもクリアできる年収を条件にしているのは、そういう事なのだろう。

(この条件なら、多くの女性を紹介出来るわ。むしろ希望者が殺到しそう……)

 見た目も清潔感があり、口調も丁寧で穏やか。色々と完璧な山下様は、婚活女性にとって、まさに、夢のような存在だろう。

(でも、なんだろう。なんか違和感がるのよね)

 一抹の不安を覚えながら、私は、山下様のプロフィールシートを受理したのだった。





 私の不安が現実のものとなったのは、それから一か月後の事だ。

 その日、私を含め、全ての従業員でクレーム対応にあたっていた。

「はい……はい、申し訳ありません。その件につきましては――」
「ご不快な思いをさせてしまい、申し訳ありません。ですが――」
「『被害届』、でしょうか。それは難しいかと――」

 クレームは全て、山下様と『出会い』が成立した女性達からだ。その内容は――。

「ちょっと!! あの山下って男に『やり逃げ』されたんだけど!!!」
「それは、その……」
ここ結婚相談所で紹介してくれた男だから信用したのに!」

 そう。クレームの内容は『山下と一夜を共にしたのに、結婚相手に選ばれなかった』という物だった。

 結婚相談所の中には、トラブル防止のために『婚前交渉』を禁止にしている所もある。しかし、うちは『出会い』が成立したとのことは、お客様同士に任せている。ゆえに――

「どう責任取るのよ!!」
「申し訳ありません。『出会い』成立後の事につきましては、結婚相談所では対処致しかねます」
「なっ!!」

 お客様の自己責任で対応して頂くしかないのだ。

「そんな!! 無責任でしょ!?」

 お客様は激怒されたが、私としては、どうする事も出来ない。それに、そもそも山下様が悪いというわけでもないのだ。

(有望な人や気になる人にアピールするために、男性が『お金』を、女性が『身体』を使って駆け引きするのは、婚活ではよくある事。その駆け引きに敗れたからといって、怒るのはお門違いだわ)

 もちろん、『結婚』をほのめかして『お金』や『身体』を騙し取ったのなら、それは『結婚詐欺』であり、『犯罪』だ。しかし、女性達に話を聞く限り、山下様は、結婚をほのめかしたりしたわけではないらしい。女性達から誘って、その誘いに山下様が乗っただけなのだ。ならば、山下様に責任を問う事はできないだろう。

(お酒を飲んだ女性からの誘いは断っている辺り、わかってやっているようだしね)

 お酒を飲んだ女性の誘いに乗った場合、女性から誘っていたとしても、準強制性交等罪が成立する事がある。会社経営者らしく、その辺りのリスクマネジメントはしっかりしているようだ。

「……申し訳ありませんが、お客様同士のトラブルにつきましては結婚相談所では対処致しかねます。どうぞ、ご理解下さい」

 結局、私達は、女性達からのクレームに対して、『自己責任で対処してください』と回答する事しか出来なかった。



 そこからさらに一か月後、山下様から『話したいことがある』と言われたので、私は山下様との面談の場を設けた。

「久しぶりー」
「お久しぶりです、山下様」

 二か月ぶりにお会いした山下様は、依然と変わらず、丁寧な挨拶をしてくださる。とても、複数の女性からクレームを入れられている方とは思えない。

「何かお話があるとの事でしたが……」
「ああ、うん。相談所を退会しようと思ってね」
「え?? 退会……ですか?」

 結婚相談所の仕組みとして、『退会』の他に『休会』がある。異性とお付き合いする事になった場合、結婚相談所を『休会』し、その後、正式に結婚する事になったら、『退会』するのだ。

 なので、『休会』せずに『退会』するというのは、ほとんどない。

(これは……)

「うん! たくさんの女性と会ったけど、好みの女性がいなくてさ。他の結婚相談所に行く事にしたよ!」
「……かしこまりました。それでは、退会の手続きを行いますね」
「よろしくー!」

 退会の理由を、山下様は『好みの女性がいなかったから』とおっしゃられたけど、恐らく本音は違うと思う。

 結婚相談所は、入る時に一番お金がかかる。なので、婚活を続けている人が、結婚相談所を移る事はあまりない。

お手軽・・・な女性とは、もう『出会い』きったのね)

つまりはそういう事なのだろう。



「――はい、こちらで退会の手続きは完了です。お力になれず、申し訳ありませんでした」
「あはは! 気にしないで良いよー。色々ありがとねー」

 そういうと、山下さんは結婚相談所を後にした。

(成婚できずに退会したのに、あんなに明るい人は初めてね…………さて、どうしようかしら)

 私は手元にある山下さんの退会手続きの書類を見ながら、山下さんをブラックリスト入りの申請をするか、否か、悩んだ。

(確かに山下さんへのクレームは多かった。でも、あの人、規約違反はしてないのよね……)

 結婚相談所の規定で、規約違反があったお客さんは、ブラックリスト入りにする事になっている。しかし、クレームが多い等の『何かしらの問題があったお客さん』のブラックリスト入りは、各自の判断に任されていた。

(個人的には、ブラックリスト入りにしたい……でも……)

 確かに山下さんに結婚の意思はなかったのかもしれない。女性達にとって、『搾取』されるだけの、無意味な時間だったのかもしれない。しかし、女性達にとって、『チャンス』の時間であった事も、間違いないのだ。

(山下さんだっていつかは結婚するんだ。だったら……)

 結局私は、山下さんのブラックリスト入りの申請をしなかった。念のため、上司に相談はしたが、上司も同じ意見だった。

「春風さんの言う通り、山下さんは規約違反をしたわけじゃない。自分のステータスを活かして『男女の駆け引き』をしただけね。手玉にとられた方が悪いのよ」

 どこか自虐的に感じる上司の言葉が、私の耳に残り続けた。
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