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その2
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「颯太さま。
では、シートベルトをお願いいたしますね」
後部座席に乗り込んだ僕に優しく確認してくれたのは、運転手の宮川さんだ。
僕にリムジンとか専用の運転手とか贅沢じゃないかな? そう思ったんだけど、でも皇さんは、そこだけは頑として譲らず、ドライブわずか5分の距離の移動ですら、リムジン。
近くのコンビニも、二時間かかる実家に帰る時も、オールリムジン。
……贅沢すぎる。
地下鉄とか公共交通機関で十分だと思うんだけど。
今までだってそうしてきたし。
だけどまぁ、皇さんが心配する気持ちも分からないでもないので、僕の方が折れた。
というのも、先月僕が体調を崩して会社で倒れてしまったからなんだ。
皇さんとの婚約の後にも、仕事が好きだった僕は変わらず出勤していたんだけど。
貧血を起こしてしまい、そこに連絡を受けた皇さんがやってきて、隠していたわけではないけど会社にも同僚にも皇さんが番ってバレてしまい、小さい会社が大変な騒ぎになった。
とはいえほんとに小さい会社だし、皆いい人だからマスコミにもバレてないから有りがたい。
でも流石にこれ以上会社で働くのは無理だって悟った僕は、会社をそのまま退職した。
もちろん、仕事より子供の方が大事だったってこともある。
また貧血を起こして頭でも打ったら大変だ! とは皇さんの談。
皇さんは以前にもまして、僕の体をより一層労わるようになった。
それで付けられたのが、専属のドライバーに専属のリムジン。
ついこの前まで庶民だった僕には贅沢すぎるし、とっても落ち着かないけど、子供のためだって言われたら反論出来ず、了承した。
僕の専属になった運転手の宮川さんは、とても気のいい五十代の男性で優しいくて、お父さんみたいな人。
息子さんが僕の下の弟の康浩と同じ年の22歳なんだって。
写真を見せてもらったけど、ダンディな宮川さんに似て、凄くイケメン。
ちなみに宮川さんは、僕の専属になる前は皇さんの専属だったらしい。
20代の頃から皇グループに勤務していて、勤続年数30年を超える宮川さんは、子供の頃の皇さんも知っているので、僕はリムジンに乗るたびに、僕の知らない皇さんの話を聞いている。
宮川さんは皇さんの学校の送り迎えもしていたそうだから、五歳の頃の皇さんも、十歳の頃の皇さんも知っているし、なんなら皇さんの歴代の交際相手も、初体験の相手だって知っているに違いない。
今日は、皇さんが初めて馬を買ってもらった時の話を聞かせてもらった。
三歳の皇さんは、馬を買ってもらえるって聞いて、喜んで所有している牧場の馬場に行ったんだって。
でも、三歳の皇さんが予想してたのは、ポニーみたいに可愛い馬。
だけど実際に現れたのは、特に体が大きいサラブレットの競走馬。
しかもちょっと気が荒かったらしい。
ばふばふと鼻を鳴らしながら登場し、皇さんを蹴り殺さんばかりの勢いで突進してきたその馬に、皇さんは恐怖した。
それでおもわずお漏らししちゃったとか、可愛いよね。
でもそんな話聞いたって知ったら、きっとものすごく恥ずかしがるから、僕の心の中にとどめとこうね。
三歳の皇さん、ああ、見てみたいなぁ……。
すっごくかっこかわいいんだろうな。
なんて思いながら窓の外に目をやると、ちょうどちっちゃい男の子と、お母さんが手を繋いで歩いてた。
カワイイぁ。
仲睦まじい様子を見てるだけで、何故か胸が熱くなって、涙が出そうになる。
……っと。
やばいやばい。
なんか最近、涙腺が緩くって困るよ。
もう半年もしたら子供が生まれるのに、こんなに泣き虫のお母さんじゃ子供が困っちゃうよね。
それでなくてもハイスペックすぎる皇さんと結婚するんだから、僕は皇さんに相応しくなれるように頑張らなくちゃいけないんだから。
滲んできた涙を拭こうとカバンを開けると、ちょうどタイミングよくケイタイが振動し始めた。
皇さん?
そう思って画面を見ると、阿弥先輩の名前が表示されていた。
阿弥先輩は、同じ会社で働いていた男性オメガの先輩で、凄く面倒見の良い優しい先輩。
皇さんが駆け付けた時も僕につきっきりで付き添ってくれてた。
お陰で、阿弥先輩が皇グループに負けるとも劣らない新谷グループの会長の息子さんってことが判明したんだけどね。
阿弥先輩は、皇さんと顔見知りだったんだって。
そんなご子息がなんでこんな中小企業に? って思ったけど、後で「ふたりだけの秘密だよ?」って教えてくれた。
阿弥先輩は、大学生の時に偶然うちの会社の社長令息の健也さんを見かけて、一目で恋に落ちたらしい。
それで新谷グループとか関係なしに好きになってもらいたいと、それを隠してこの会社に入ったんだって。
健也さんはアルファなんだけど、嗅覚障害があって、匂いがよく分からないって話を聞いたことがある。
それで阿弥先輩の恋の行方は? って思ったけど、聞いてみたら余裕の表情で微笑んだ。
そりゃ、納得だよね。
阿弥先輩は僕と違ってすごくきれいで上品で、いろんな人からモテモテだったもん。
それなのに自分から健也さんにアタックして恋を成就させたんだから。
すぐに諦めちゃった僕とは全然違うよ。
だから僕にとって阿弥先輩は、頭の上がらないかっこよくて憧れの先輩なんだ。
そんな阿弥先輩からの電話、出ないわけにはいかないよ。
僕はすぐにケータイを取り出して、通話ボタンを押した。
「もしもし? 颯太?」
途端に阿弥先輩の明るい声が響いた。
「はいっ!
阿弥先輩、お久しぶりです!!」
僕は久しぶりの少し甲高い阿弥先輩の声に思わず笑顔になった。
「……元気そうで安心したわ。
最近、どうしてるかって思って電話したんだけど」
「ありがとうございます。
子供も順調だし、今のところ順風満タンです!」
「ふふ。
それを言うなら順風満帆よ!
本当に元気そうで安心したわ!」
阿弥先輩とはそれから、会社の近況とかをいろいろ聞いた。
僕が抜けた後に入ってきた子がかなりマイペースとかで、阿弥先輩もいろいろ振り回されているらしい。
そんな話でついつい話し込んでしまったけど、僕のリムジンがブライダルエステを受けるホテルに到着して電話を切った。
「まぁ、また電話するわ。
くれぐれも体に気をつけて無理しないようにするのよ。
それに……何かあったら、すぐに相談するのよ。
一人で悩んだりしたら絶対ダメよ。
分かったわね?」
皇さんに勝るとも劣らない過保護っぷりに僕は呆れながらも素直に「分かりました」と応えた。
実は阿弥先輩、この時僕を心配して電話してくれていたらしい。
だけど呑気な僕は、全くそんな事気付かなかった。
それを僕が知るのは、ずっと後のことなんだけど。
では、シートベルトをお願いいたしますね」
後部座席に乗り込んだ僕に優しく確認してくれたのは、運転手の宮川さんだ。
僕にリムジンとか専用の運転手とか贅沢じゃないかな? そう思ったんだけど、でも皇さんは、そこだけは頑として譲らず、ドライブわずか5分の距離の移動ですら、リムジン。
近くのコンビニも、二時間かかる実家に帰る時も、オールリムジン。
……贅沢すぎる。
地下鉄とか公共交通機関で十分だと思うんだけど。
今までだってそうしてきたし。
だけどまぁ、皇さんが心配する気持ちも分からないでもないので、僕の方が折れた。
というのも、先月僕が体調を崩して会社で倒れてしまったからなんだ。
皇さんとの婚約の後にも、仕事が好きだった僕は変わらず出勤していたんだけど。
貧血を起こしてしまい、そこに連絡を受けた皇さんがやってきて、隠していたわけではないけど会社にも同僚にも皇さんが番ってバレてしまい、小さい会社が大変な騒ぎになった。
とはいえほんとに小さい会社だし、皆いい人だからマスコミにもバレてないから有りがたい。
でも流石にこれ以上会社で働くのは無理だって悟った僕は、会社をそのまま退職した。
もちろん、仕事より子供の方が大事だったってこともある。
また貧血を起こして頭でも打ったら大変だ! とは皇さんの談。
皇さんは以前にもまして、僕の体をより一層労わるようになった。
それで付けられたのが、専属のドライバーに専属のリムジン。
ついこの前まで庶民だった僕には贅沢すぎるし、とっても落ち着かないけど、子供のためだって言われたら反論出来ず、了承した。
僕の専属になった運転手の宮川さんは、とても気のいい五十代の男性で優しいくて、お父さんみたいな人。
息子さんが僕の下の弟の康浩と同じ年の22歳なんだって。
写真を見せてもらったけど、ダンディな宮川さんに似て、凄くイケメン。
ちなみに宮川さんは、僕の専属になる前は皇さんの専属だったらしい。
20代の頃から皇グループに勤務していて、勤続年数30年を超える宮川さんは、子供の頃の皇さんも知っているので、僕はリムジンに乗るたびに、僕の知らない皇さんの話を聞いている。
宮川さんは皇さんの学校の送り迎えもしていたそうだから、五歳の頃の皇さんも、十歳の頃の皇さんも知っているし、なんなら皇さんの歴代の交際相手も、初体験の相手だって知っているに違いない。
今日は、皇さんが初めて馬を買ってもらった時の話を聞かせてもらった。
三歳の皇さんは、馬を買ってもらえるって聞いて、喜んで所有している牧場の馬場に行ったんだって。
でも、三歳の皇さんが予想してたのは、ポニーみたいに可愛い馬。
だけど実際に現れたのは、特に体が大きいサラブレットの競走馬。
しかもちょっと気が荒かったらしい。
ばふばふと鼻を鳴らしながら登場し、皇さんを蹴り殺さんばかりの勢いで突進してきたその馬に、皇さんは恐怖した。
それでおもわずお漏らししちゃったとか、可愛いよね。
でもそんな話聞いたって知ったら、きっとものすごく恥ずかしがるから、僕の心の中にとどめとこうね。
三歳の皇さん、ああ、見てみたいなぁ……。
すっごくかっこかわいいんだろうな。
なんて思いながら窓の外に目をやると、ちょうどちっちゃい男の子と、お母さんが手を繋いで歩いてた。
カワイイぁ。
仲睦まじい様子を見てるだけで、何故か胸が熱くなって、涙が出そうになる。
……っと。
やばいやばい。
なんか最近、涙腺が緩くって困るよ。
もう半年もしたら子供が生まれるのに、こんなに泣き虫のお母さんじゃ子供が困っちゃうよね。
それでなくてもハイスペックすぎる皇さんと結婚するんだから、僕は皇さんに相応しくなれるように頑張らなくちゃいけないんだから。
滲んできた涙を拭こうとカバンを開けると、ちょうどタイミングよくケイタイが振動し始めた。
皇さん?
そう思って画面を見ると、阿弥先輩の名前が表示されていた。
阿弥先輩は、同じ会社で働いていた男性オメガの先輩で、凄く面倒見の良い優しい先輩。
皇さんが駆け付けた時も僕につきっきりで付き添ってくれてた。
お陰で、阿弥先輩が皇グループに負けるとも劣らない新谷グループの会長の息子さんってことが判明したんだけどね。
阿弥先輩は、皇さんと顔見知りだったんだって。
そんなご子息がなんでこんな中小企業に? って思ったけど、後で「ふたりだけの秘密だよ?」って教えてくれた。
阿弥先輩は、大学生の時に偶然うちの会社の社長令息の健也さんを見かけて、一目で恋に落ちたらしい。
それで新谷グループとか関係なしに好きになってもらいたいと、それを隠してこの会社に入ったんだって。
健也さんはアルファなんだけど、嗅覚障害があって、匂いがよく分からないって話を聞いたことがある。
それで阿弥先輩の恋の行方は? って思ったけど、聞いてみたら余裕の表情で微笑んだ。
そりゃ、納得だよね。
阿弥先輩は僕と違ってすごくきれいで上品で、いろんな人からモテモテだったもん。
それなのに自分から健也さんにアタックして恋を成就させたんだから。
すぐに諦めちゃった僕とは全然違うよ。
だから僕にとって阿弥先輩は、頭の上がらないかっこよくて憧れの先輩なんだ。
そんな阿弥先輩からの電話、出ないわけにはいかないよ。
僕はすぐにケータイを取り出して、通話ボタンを押した。
「もしもし? 颯太?」
途端に阿弥先輩の明るい声が響いた。
「はいっ!
阿弥先輩、お久しぶりです!!」
僕は久しぶりの少し甲高い阿弥先輩の声に思わず笑顔になった。
「……元気そうで安心したわ。
最近、どうしてるかって思って電話したんだけど」
「ありがとうございます。
子供も順調だし、今のところ順風満タンです!」
「ふふ。
それを言うなら順風満帆よ!
本当に元気そうで安心したわ!」
阿弥先輩とはそれから、会社の近況とかをいろいろ聞いた。
僕が抜けた後に入ってきた子がかなりマイペースとかで、阿弥先輩もいろいろ振り回されているらしい。
そんな話でついつい話し込んでしまったけど、僕のリムジンがブライダルエステを受けるホテルに到着して電話を切った。
「まぁ、また電話するわ。
くれぐれも体に気をつけて無理しないようにするのよ。
それに……何かあったら、すぐに相談するのよ。
一人で悩んだりしたら絶対ダメよ。
分かったわね?」
皇さんに勝るとも劣らない過保護っぷりに僕は呆れながらも素直に「分かりました」と応えた。
実は阿弥先輩、この時僕を心配して電話してくれていたらしい。
だけど呑気な僕は、全くそんな事気付かなかった。
それを僕が知るのは、ずっと後のことなんだけど。
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